第3話 チューエン騎士団領

 中央山脈の北端に近い場所にチューエンの地がある。

 北の寒い地で人が住むには厳しい場所だ。

 しかし、低地で寒さに強い作物ならば栽培可能であり、人間が住むことができないわけではない。

 人間が住めそうな土地に集まって集落を作る。

 そんなチューエンの北側の海に面した場所にマゾフェチェと言う都市がある。

 1つの都市が1つの国である事が多いこの世界においてマゾフェチェは国ではなく、またどこかの国にも属していない珍しい都市であった。

 この都市を統治しているのはとある騎士団である。


 聖鉄鎖騎士団オーダー・オブ・ホーリーチェイン


 それが、この都市を統治している騎士団である。

 チューエン騎士団とも呼ばれ、どこの国も属さずチューエンの地の平和を守るために結成された騎士団であり、このマゾフェチェを本拠地としている。

 元はとある王国であったが、本拠地がなかった騎士団に当時の国王自身がこの地を騎士団に移譲したからである。

 それ以来マゾフェチェは騎士団の本拠地となり、騎士団はマゾフェチェ騎士団とも呼ばれるようになった。

 騎士団に所属する正式な騎士は2000名程だが、その騎士に仕える従卒の数を含めるとかなりの数になる。

 苦難をむしろ神の試練と思い、喜びをもって受けろというのが信条であり、どのような痛みにも耐える者達が大勢いる勇壮な騎士の集まりだ。

 マゾフェチェには500名程の騎士が待機して、それ以外の騎士達は各地に散ってチューエンの地の平和を守るために戦っている。

 そのマゾフェチェの上空にレーナの空船は待機していた。



「本当に大丈夫なの? レイジ君?」


 チユキはレイジを見て心配そうな顔をする。

 目の前にはボロボロのフード付きのマントを纏ったレイジがいる。

 レイジは普通の戦士の姿になり地上に降りる予定だ。

 そして、冥王ザシュススを倒しに向かう。


「大丈夫だ。それよりもみんなの方が心配だ」


 レイジはチユキ達を見て言う。

 エリオスの軍勢を率いているのはレーナである。

 レーナの配下である戦乙女隊は健在であり、残存の天使の軍勢は彼女達の指揮下に入った。

 これから先ザシュススがどう動くかわからない。

 しかし、宣戦布告をした以上は何かしらの行動は取るだろう。

 その時レーナはザシュススを止めるために動く。

 そして、チユキ達はそれを手伝う事になっているのだ。

 ある意味、レイジ達よりも危険になるかもしれない。


「まあ、私達は囮ね。攻めると見せかけてザシュススを引き付けるわ。まあ、本命は貴方達よ」


 レーナはそう言ってレイジともう1名を見る。

 今空船の甲板にはチユキ達やレーナに以外にもう一名いるのだ。

 レーナの視線の先、そこには吟遊詩人の恰好をした男がいる。

 竪琴を持った彼は地味な恰好をしているが、その美貌を隠せていない。

 

 歌と芸術の神アルフォス。


 レーナの兄であり、男天使で構成された聖騎士団を率いていたらしい。

 多くの天使は負傷したが、彼は特に怪我はなく、健在だ。

 今回レイジだけでなくアルフォスも同行する。

 さすがにレイジだけでは心配になったレーナがアルフォスに同行するようにお願いしたのだ。

 アルフォスもザシュススをこのままにしておけないので、レーナの呼びかけに応じた。

 

「まあ、まかせておいてくれ、レーナ。そこにいる光の勇者君の世話は僕がしてあげるよ」


 アルフォスは竪琴を少し奏でてレイジを見る。


「それはありがたいな。無様に負けた時と同じようにならないでくれ」


 レイジもまたアルフォスを見る。

 両者の間に緊張が走る。

 どちらも顔は笑っているのが怖く感じる。


「アルフォスもレイジも仲良くしてよね。下には私の信徒がいるからその子から話を聞いて」


 レーナは頭を押さえて言う。


「ああ、わかっている。レーナ。任せてくれ」

「ああ、行ってくるよ、レーナ。僕に任せてくれ」


 レイジとアルフォスが同時に空船から飛び降りる。

 下にはマゾフェチェの街があり、その騎士団の中にレーナの信徒がいるのだ。

 その信徒が地上でのレイジとアルフォスの案内をすることになっている。


「ねえ、大丈夫かな?」

「心配っすね。互いに足を引っ張らなきゃ良いっすけど」

「うん、折角どっちもイケメンなんだから、仲良くしてほしいのに……」


 シロネとナオとリノが心配そうな声を出す。


「そうですわね。本当に大丈夫ですの? わたくし心配ですわ」

「そうですね、仲裁する方が誰か必要なのではないでしょうか?」


 キョウカとカヤも心配する。

 そして、チユキもカヤの意見に賛成だった。

 レイジとアルフォスだけでは喧嘩になる。

 上手く手綱を取れる者が一緒に行った方が良いかもしれない。


「ねえ、レーナ。私も行った方が良いんじゃない。あの二人だけじゃ喧嘩になるわよ」


 チユキはレイジ達と一緒に行く事を申し出る。


「ああ、それなら大丈夫よ。レイジとアルフォスよりも強いのを同行させるから。むしろ彼が作戦の主力ね」


 レーナは首を振って言う。

 チユキ達は顔を見合わせる。


(うん? レイジ君よりも強い者? 誰の事なの?)


 チユキや他の仲間達もわけがわからないという顔をする。


「まあ、あの3名ならザシュススに勝てると思うわ。私達はそれを外から手助けしましょう」


 そう言ってレーナは空船の外を見るのであった。

 


 

「かなり大変な事になっているみたいだな……」


 クロキはマゾフェチェの街並みを見て呟く。

 今マゾフェチェの街には戦士達が大勢来ている。

 ワルキアから不死者アンデッドの軍勢があふれ出したのだ。

 そのためワルキア周辺の諸国で大きな被害が出ている。

 そんな不死者アンデッドの軍勢に対抗すべく、聖鉄鎖騎士団が中心となって軍団が組織される事になったのだ。

 騎士団は各地に呼びかけて戦士を集める事にした。

 そして、今多くの戦士達がこのマゾフェチェに集まっているわけである。


「クロキ。本当に一人で行くつもりか? ティベルを付いて行かせようか?」


 隣にいるクーナが言う。

 通りの影に隠れているので周囲に人影はなく、ここまで見送りに来てくれたのだ。


「いや、良いよ。クーナは外から見ていて、今回は自分だけで行くよ」


 クロキはクーナの肩にいるティベルを見て言う。

 すごく嫌そうな顔であった。

 さすがに付いて来させるのは可愛そうである。


「それにエリオスの軍勢だってそのままでは済まさないだろうし、その隙を伺うよ」


 クロキは空を見て言う。

 まだ昼だというのに空はどんよりと曇っていて暗い。

 その雲には瘴気が含まれていて嫌な感じだ。

 ワルキアからあふれ出した瘴気の風は雲を作り、さらに広がろうとしている。

 瘴気が広がれば人間だけでなく多くの生命が死んでしまう。

 一度は敗れたエリオスの軍勢もそのままではすまさないだろう。

 前回エリオスの軍勢は周囲から見ているだけで行動はしなかった。

 アルフォスもこのままでは済まさないだろうし、彼らの動きに合わせようと思う。


「なるほど、それに動いているのはアルフォスだけじゃないみたいだぞ。クロキ。勇者達も動いている。そいつらも利用すると良いぞ」

「そうみたいだね。協力は無理だけどね。ねえ、クーナ。レイジ達が今どうしているかわかる?」


 クロキが聞くとクーナは空を見る。


「おそらく、レーナと一緒にいると思うぞ。雲の超えた先に空船がいるようだからな」

「なるほど……。アルフォス達が敗れた後はレーナがエリオスの軍勢を率いるのらしいけど大丈夫かな。まあレイジ達がいるから大丈夫とは思うけど……」


 クロキは少しだけ心配する。アルフォスですら敵わない相手にレーナが勝てるとは思えない。

 おそらくはレイジ達頼みになるだろう。

 アルフォスと同等の強さのあるレイジならばそれなりに戦えるはずだ。

 レーナ達が引き付けている間にザシュススを倒す。

 それが一応の作戦だ。

 人間の軍勢に紛れてある程度は近づくのは前回と同じである。


「さて、そろそろ行くよ。クーナ」

「ああ、クロキ。何かあった時は直ぐに駆けつける。気を付けるんだぞ」


 クロキは頷くとクーナと別れる。

 とりあえず戦士を募集している受付所に行くつもりだ。

 場所はすぐにわかる。

 なぜなら、多くの戦士達が集まっているからだ。


 (う~ん。これは時間がかかりそうだな)


 マゾフェチェの街の城門近くの広場が受付だ。

 そこでは戦士達が集まって列を作っている。

 かなり長い列で受付まで時間がかかりそうであった。

 有名な戦士であれば優遇されて先に受付をしてもらえるらしいが、クロキは普通の戦士に扮している。

 そのため、普通に並ばなければならない。

 周りにいる戦士達を見ると色々な者が見える。

 いかにも歴戦の戦士の風貌の者もいれば、あまり戦士に見えない者もいる。

 並ぶのに飽きて割り込みをしようとした者がそれをさせまいとする戦士と喧嘩になっている。

 そのため、さらに時間がかかりそうであった。


「おい、そこのお前」


 突然、クロキは声をかけられる。

 何だろうと声をかけて来た者を見ると1人の武装した男性が立っている。

 いかつい顔をしたまだ若い男だ。

 男は高価な鎖帷子を纏い、汚れていないマントと装飾が施された剣を持っているところから、この都市を支配している騎士の一人だろうと推測できる。

 誰かが喧嘩を売って来たのかと思ったがそれなりの身分のある騎士だったのでその可能性を捨てる。


「あの……。何でしょうか? 何か自分に用でも」

「それはこちらが聞きたい……。なぜお前のようなのを……。とにかく付いて来い」


 騎士は背を向けると歩き始める。

 クロキは訳もわからず付いていく。

 周りの戦士達がクロキを見て噂を始める。

 当然だろう突然騎士に呼ばれて連れていかれるのだから。

 騎士はどんどん先に進むとかなり立派な館の中へと入る。

 入り口を守る従卒が敬礼をするところを見ると思った通りかなりの身分のようだ。


「姫様。連れてきました」

 

 騎士はとある部屋の前まで行くと扉に向かってそう言う。


「ご苦労。その者を中に入れてくれ、お前は引き続き任務に戻れ」


 中から女性の声がする。


「はい、わかりました。……そういう事だ。お前は中に入れ、何か問題を起こした時は命がないものと思うのだな」

「は、はあ……」


 クロキは訳もわからず返事をする。

 連れて来た騎士はそんなクロキを一瞥すると去って行く。


(何だろう? とにかく中に入れば良いのかな)


 扉の前に残されたクロキは中へと入る。

 そこには1名の若い女性と2名の男性がいる。

 女性は初めて見る相手だった。

 問題は男の方である。


「なんでやねん!!!?」


 クロキは思わず声が出る。


「それはこっちの台詞だよ? なぜ君がここにいる!?」

「確かにな……。本当にどういう事だ?」


 

 部屋の中にはレイジとアルフォスが不貞腐れた顔をして座っている。

そのレイジとアルフォスはクロキを見て嫌そうな顔をする。


(なんで!! レイジとアルフォスがいるんだよーーーーー!!?)


 クロキは心の中で叫ぶ。

 この状況を企んだ女神が笑ってる気がしたのであった。




 

 


★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


しまった…12時すぎてた。

でも更新です。

カクヨムネクストと同時並行して暗黒騎士も書いていきます。

カクヨムネクストの方は話のキリが良い所で切っているので短くなったり長くなったりしています。

20話までは最新話のみが有料です。

21話以降勝負ですね。

できれば登録お願いします。


ちなみマゾフェチェは実際にあるマゾフシェという地名からです。

特に他意はないです。

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