第14章 草原の風

第1話 策謀と策謀

「来たか、ザルキシス。そろそろ来る頃だと思っていたよ」


 蛇の女王ディアドナはアポフィスの離宮にて死神ザルキシスを出迎える。

 女王の間は薄暗いが両者にとっては問題ではない。

 どちらも暗闇を問題としない。

 

「そうか、色々とお見通しのようだな。ディアドナ。ではなぜこの儂が来たかわかるであろう?」


 ザルキシスは女王の間に足を踏み入れる。

 今この場には誰もいない。

 だが、護衛がいないからといってディアドナに危害を加える事はできないだろう。

 ディアドナ自身もかなり強いからだ。


「凶獣の血を引く者の事か? それがどうしたというのだ?」

「それよ。なぜ、その血を引く者を匿う? どういうつもりだ」


 ザルキシスは咎めるように言う。


「簡単な事だ。ザルキシスよ。かの者が成長し、力をつければ凶獣の枷を解くために再び動くだろう。それが狙いよ」


 ディアドナは何を当たり前の事を聞くのだと言う。

 凶獣の血を引く者である獣神子テリオン。

 かの子狼には力が見えた。

 成長すればかなりの力を持つだろう。

 そうなれば凶獣フェリオンの封印を解くために動くのは目に見えた。

 前回は失敗したが、今度こそ復活させようと思っている。


「それも、問題よ。ディアドナ。凶獣がこの世に解き放たれればどうなるかわからぬわけではあるまい。世界が本当に壊れるぞ。他の者も黙ってはいまい。なぜ黙って行動した」


 このアポフィスには多くの神々が集まっている。

 ディアドナと共にエリオスの神々と戦う事を約束した者達である。

 彼らも凶獣が復活する事をよしとはしないだろう。


「確かにそうだろうな。だからといって奴らに何もできんよ。あんな腑抜け共には、利用できるかもしれんから引き入れているだけよ。せいぜい我が眷属と遊んでいれば良い。」


 ディアドナは窓から外を見て言う。

 外ではディアドナに協力するアポフィスの神々が美しいラミア共と遊んでいる。

 ラミアだけではない。攫って来た様々な種族の美女もいる。

 その腑抜けた様子にザルキシスは顔を顰める。


「ふん、あの者達はただ利用するだけの存在か……。まあ、そうだろうな」


 ザルキシスは眉間を押さえて言う。

 アポフィスの神々は美しいエリオスの女神達欲しさに集まっただけでまとまりがない。

 ディアドナも彼らを利用するだけの存在と見ている。

 そもそも、ディアドナはよほどの者でなければ信頼等しないだろう。

 虹の都ニルカナイではなく、この離宮をアポフィスの神々の本拠地にしている事からもそれはうかがえた。

 ザルキシス自身もニルカナイに行った事はない。

 それがディアドナとザルキシスの関係を表していた。

 もちろんザルキシスとしては不満はない。

 自身の都である死都モードガルにディアドナを招待したことなどないのだから。

 もっとも招待してもディアドナは来たがらないだろう。


「ふん、だが秘密にしているのはお前も同じではないか、ザルキシスよ」

「何の事だ?」

「とぼけるなよ、ザルキシス。モードガルの事だ。まさかあのような巨大なアンデッドになるとは聞いていないぞ」


 ディアドナは探るような視線をザルキシスに向ける。


「それがどうかしたか? それぐらいの事を言う必要はないだろう。巨大なアンデッド等を気にするものか?」

「そうかな。だがお主は冥魂の宝珠ソウルオーブを持っておる。お主、母を復活させようとしていたのではないか?」

「……」


 ザルキシスは黙る。

 それは本当の事だったからだ。


冥魂の宝珠ソウルオーブに母の魂の残滓を集める。モードガルはその魂の依代。違うか?」


 ディアドナは己の仮説を述べる。

 大いなる母神ナルゴルは死にその魂は砕け散った。

 だが、その魂の残滓は残っている。

 ザルキシスはその魂を冥魂の宝珠ソウルオーブに集めている事をディアドナは知っている。

 だが、魂を集めても、その器がなければ復活は難しいだろう。

 だからザルキシスは依代としてモードガルを作ったのだ。


「……。だとしたらどうだと言うのか。母の復活は我らが願う事ではないか」


 ザルキシスは首を振る。

 大いなる母神ナルゴル。

 破壊の女神と呼ばれ、この世界を壊そうとした。

 ディアドナもザルキシスもそのナルゴルに仕える者であったのだ。

 主の復活を願うのは当然である。


「本当に元通りになるのなら問題はない。だが、お主が復活させる母はお主の言う事しか聞くまい。それでこの世界に死を満たそうとしたのかな? まあそれも暗黒騎士によって失敗したようだがな」

「ぐっ……」


 ザルキシスは呻く。

 ディアドナの推測通りであった。

 冥魂の宝珠ソウルオーブとモードガル。

 この二つを組み合わせる事によりナルゴルと同等の力を持つアンデッドを生み出す。

 それがザルキシスの狙いであった。

 世界を瘴気に満ちた死の世界に変える。それがザルキシスの望む世界だ。

 もちろん、それはザルキシスの眷属である神々以外が望む事ではない。

 ザルキシスの眷属を除き、誰も死の世界などを望まないだろう。


「図星のようだな。だが、怒っているわけではないぞ。我らは互いに利用し合う仲だ。あのミナの子を滅ぼすまでのな。しかし、できればその後も仲良くしたいとは思っているぞ、ザルキシス。我らのどちらかがこの世界の支配者となるには邪魔者が他にもいるからな」


 ディアドナは笑う。

 ミナの子を滅ぼした後の事はまだ定まっていない。

 場合によっては争う事になる。

 そして、邪魔者は他にもいるのだ。

 ディアドナの言う通り、争うのは得策ではないだろう。


「なるほどな……。そう言う事にしといてやろう……。ディアドナよ」



 ザルキシスはたくさんある目を細めて言う。


「話はそれで終わりか? ザルキシス?」

「ああ、そうだ……。だが、次に凶獣を解くための行動を取る時は教えてもらいたいな。こちらにも手伝える事があるかもしれんからな」

「そうか、善処しよう。ザルキシス」


 そして、2柱の邪神は笑う。

 互いに相手に対する不信を隠しながら。




 ザルキシスが去り、下がっていた部屋の温度が再び上昇するのをディアドナは感じる。

 

「ボティスか? いるのだろう。出て来い」

「はい、女王様」


 ディアドナが言うと部屋の隅から、上半身が角の生えた人間の女性、下半身が蛇の姿の者が現れる。


 堕落の蛇ボティス。

 

 ディアドナの腹心の部下である。


「ボティスよ。お前はどう思う?」

「おそらく、全て気付いているでしょう」


 ボティスは笑って言う。

 ディアドナは世界を破壊するつもりであった。

 世界を壊し、再び混沌の海に沈める。

 世界があるからこそ、この世の全ての者が存在できるのだ。

 それが無くなればどんな強者も存在する事は出来ない。

 唯一混沌の海を制御できるとされる混沌の霊杯ケイオスグレイルを持つディアドナを除いてだ。

 そして、混沌は生も死も存在しない世界だ。

 この世界を死の世界と変えたいザルキシスにとっては都合が悪いだろう。

 

「お前もそう思うか。邪魔をされるとやっかいだな……」


 ディアドナは思考する。

 ザルキシスは共にエリオスの神々を滅ぼすという共通の目的がある。

 だから、協力関係を維持してきた。

 しかし、これからはどうなるかわからない。

 だが、だからといってザルキシスと直接敵対するわけにはいかなかった。

 そんな事をすればこちらも被害を受ける。


「でしたら、こちらからザルキシスの邪魔をしましょう。私達が直接は難しいですから、誰か適当に良い者を見つけましょう」


 ボティスが提案をする。


「なるほどな。ではそれで行こう。ボティス。任せたぞ」

「はい。女王様」


 ボティスはそう言うと頭を下げて部屋を出ていく。

 

「ボティスならば任せても大丈夫だろう。さて、今後はどうするかな……。凶獣以外にも手を打っておきたい。くそ、モデスが使えればな……。うん、待てよ……」


 ディアドナがそこである事を思いつく。

 それは冥魂の宝珠ソウルオーブについてだ。


「ザルキシスはモードガルを依り代にするつもりだった……。だが、モデス自身を依り代にした場合はどうなるのだ?」 


 魔王モデスはナルゴルの力を受け継いだ者。

 その身にナルゴルの魂が宿れば復活したのと同様ではないだろうか?

 そして、それは本当の復活といえるだろう。

 ディアドナはその自身の思い付きに身を震わせるのだった。

 

 


 ザルキシスはアポフィスの離宮から出ると、自身の空幽霊船スカイゴーストシップへと乗り込む。

 そこには妻である万死の女王ラーサが待っていた。

 力を失って以来、子どもの姿のままで元に戻っていない。


「お前様。どうしたのじゃ。そんな苛立って」


 ラーサは夫の様子を見て心配そうに言う。

 

「ふん、ラーサか。どうしたも、こうしたもない。ディアドナめ……、奴は危険だ……。ミナの子を滅ぼす前に何とかした方が良いかもしれん」


 ザルキシスは不機嫌そうに言う。


「へえ、じゃあ蛇の女王と戦うかい? それならば妾は去る事にしようかな」


 ラーサはそう言って逃げ出そうとする。


「安心せい。直接敵対するような愚かな真似はせん。しかし、どうするかな」


 ザルキシスは考える。

 直接ディアドナと争う事は愚かしい。

 だが、このままディアドナを放っておきたくはない。

 消えてもらいたかった。


「そうじゃな。蛇の女王を快く思わぬ者を代わりにぶつけるのが良いが……。適当なのがおらぬな……。エリオスの奴らとは遠すぎるしのう。うむ? 待てよ。そういえば、もっと近くに手頃なのがおらぬか?」


 少し考えたラーサはザルキシスに向かって言う。


「ほう、誰だ? それはラーサよ?」

「かの竜王じゃよ。かなり前にディアドナと争っていたかの者がおるではないか」


 ラーサがそう言うとザルキシスは目を細める。


「紅蓮の炎竜王か……。確かに過去にはディアドナと敵対していたな……。だが奴は過去の戦いの傷のせいで千年以上も眠っている……。下手に目覚めさせればこちらに牙を向けてくるだろう」


 紅蓮の炎竜王は西大陸の巨大火山の火口の中で眠っている。

 竜は眠れば中々目が覚めず、下手に目覚めさせようとすれば怒り、その者を焼き尽くすだろう。

 蛇の女王の都であるニルカナイに近いとはいえ目覚めさせるのは難しかった。


「そこはまあ……。どうするかのう……。良い考えかと思ったのじゃがな」


 ラーサはしょんぼりする。


「いや、良い考えだぞ。ラーサよ。かの竜王ならば凶獣にも匹敵する。それをディアドナにぶつける事ができればあるいは……」


 暗い雲に覆われた夜の空、空幽霊船スカイゴーストシップの中で死神ザルキシスは考えにふけるのだった。

 



 


★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


 今回の章は最初は本題とは違う話が多いです。

 ですが、今後の展開のために重要だったりします。

 最終章へと繋がる話も少しずつしていこうと思います。

 次回はモデス側の話です。

 アルファポリス版も充実させたいですが、時間がないです;つД`)


 前回の最後で言おうと思っていたのですが、良かったらギフトを下さると嬉しいです。

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