第2話 冥魂の宝珠

 魔王宮は広大なナルゴルの地を支配する魔王モデスが座する領域である。

 その地下には大母神ナルゴルを祀る祭壇があり、モデスは今そこにいた。


「ごめんよ……、ごめんよ……。母ちゃん……」


 モデスは泣きながら祭壇に謝る。

 謝るのは何度目だろう。

 もし側に誰かが見ていたら、ナルゴルの地の支配者であり、世界でもっとも強いとされる魔王の姿とは思わないだろう。

 しかし、今は誰もいない。

 だから、母への呼び方も変わる。

 モデスは今でも悔いている。

 もっと、母を思いやる事が出来なかったのかと。


「陛下、陛下はおられますかな?」


 遠くから声がする。

 声からして腹心の部下ルーガスだ。

 どうやら探しに来たみたいであった。


「ここだ。ルーガスよ」


 モデスは立ち上がるとルーガスに答える。

 一瞬で支配者の表情に戻る。


「また、ここでしたか。最近多いですな」


 ルーガスは入って来るとモデスと同じように祭壇に頭を下げる。

 

「そうだな。ザルキシスから奪った宝珠の影響かもしれん」


 モデスは祭壇の中央に置かれた冥魂の宝珠ソウルオーブを見る。

 ザルキシスは冥魂の宝珠ソウルオーブに母の魂の残滓を集めていた。

 そして、その残滓の多くはこのナルゴルに残っている。

 モデスは最初に見た時より冥魂の宝珠ソウルオーブにより多くの母の魂が集まっているのを感じていた。

 そのため、母の魂を感じ頻繁に通うようになってしまったのだ。

 

「陛下。上がりましょう。報告したい事があります。それに、あまり思い詰めているのもよろしくありません。ここを出ましょう」

「そうだな……。色々と心配をかけたようだな。すまぬ」


 モデスは祭壇を見て謝る。

 確かに長くいすぎるのも良くはない。

 心配をかけてしまう。

 だから、モデスは祭壇のある礼拝所を出る事にする。


「そういえば、ポレンはどうしている」


 モデスは自身の愛娘の事を聞く。

 部屋に引きこもる事もなくなり、モデスとしては嬉しいところだ。

 最近は色々と外に出かけているようであった。


「殿下ですか? 最近はクロキ殿の子と遊んでいるようです。かなり気に入っている様子ですな。楽しそうです」

「おお、そうかあの子が楽しそうにしているのならそれで良い。それでは行こう」


 モデスは笑う。

 妻のモーナと娘のピピポレンナの存在がモデスの幸せなのだ。

 ポレンが楽しくすごすならそれはモデスにとっても嬉しい事である。 

 

(だが、それでも時折全てを破壊したくなる……。それがモーナであってもだ……)


 モデスは自身の腕を抑える。

 モデスは母親から破壊の力と定めを受け継いだ。

 だが、モデスはその定めを否定し、なるべく力を使わないようにした。

 しかし、どんなに否定しても時折破壊衝動に駆られる時がある。

 モデスはそれを常日頃から抑えていた。

 モデスが出来るだけ戦わないのもそれが理由だ。

 力を使う事でこの世界を破壊してしまうのではないかと危惧するからだ。

 モデスは礼拝所を出る為に祭壇に背を向ける。


「そういえば、報告したい事があるとか言っていたが、どのような事なのだ?」

「はい、実は蛇の女王殿が使者を送って来たのです。どうやら友好関係を築きたいと」

「ディアドナが? 友好関係? どういう事だ?」


 モデスは首を傾げる。

 現在ディアドナとは友好関係にないが、はっきりと敵対しているわけではない。

 ディアドナはモデスを裏切者と呼んでいるが、特に戦いを挑むつもりもないようである。

 ディアドナとしてはオーディス達エリオスの神々を亡ぼすのを優先しているのだろう。

 そのディアドナから友好関係を結ぶために使者が来ている。

 モデスはどういう事だろうと考えながら部屋を出る。

 祭壇の中央、冥魂の宝珠ソウルオーブの奥底で黒い闇が蠢いていた。



 魔王宮、魔王モデスの愛娘であるピピポレンナ姫は自身の部屋で1人の幼子を抱きしめる。


「ぬふふふふ、リウ君はいつも可愛いでしゅねええ」


 ポレンはリウキを抱きしめる。

 リウキは特に嫌がる様子もなくされるがままだ。

 ポレンはそれを嬉しく思う。

 少し前はかなり嫌がられたのである。

 しかし、リウキの母であるクーナが何かをすると急に嫌がらなくなった。

 嫌がらなくなっただけでなく急に大人しくなり、聞き訳も良くなり、正直何をしたのか怖いところがある。

 ポレンは聞いてみたいが怖くもあり、結局聞けずにいるのだった。


「あの……。殿下……。あまり強く抱きしめてはその……」


 ダークエルフのヴェルタが言う。

 彼女はリウキの乳母であり養育係だ。

 貴種は我が子を養育せず、下々に任せるのが一般的だ。

 ポレンも母親ではなく魔女の大母ヘルカートに養育された。

 ヘルカートは蛙の女神であり、乳がでないのでそのあたりは熊人達が代わりを務めてくれた事を思い出す。

 リウキの養育に関してはかなり悶着があったようだ。

 様々な種族が名乗りを上げたのである。

 中にはデイモン族や堕天使達もいたようだ。

 しかし、最終的にダークエルフから選ばれる事になった。

 ダークエルフはリウキを闇の王子ダークプリンスと呼び、可愛がっている。

 ポレンとしてはとても羨ましい事である。

 ポレンは魔王の娘であり、養育係にはなれない。それが悔やまれた。


「いや、大丈夫ぽいのさ。普通ならとっくにつぶれているのさ。さすが閣下の子。丈夫なのさ」


 側にいたプチナがリウキを見て言う。

 

「いえ、それは逆に不安なのですが……」

 

 プチナの言葉を聞いてヴェルタの体が震える。


「ちょっと、ぷーちゃん。私だって力の制御はかなり出来るようになっているんだよ。たまに失敗するけど。でも大切なリウ君を潰したりしないよ」


 ポレンはリウキを腕の中であやす。

 リウキは大人しいままだ。

 実はポレンも最初は不安だったのである。

 小さいリウキを潰してしまうのではないかと。

 だが、師匠であるクーナが大丈夫だと言ってリウキを渡してくれ、実際に抱っこしてみた結果、リウキはかなり丈夫であり、痛みで大泣きする程度であった。

 大泣きされたがかなり嬉しい事であった。

 美しい種族は脆いのが多く、成人してもポレンの怪力には耐えられない事が多い。

 まだ小さいのにこれ程丈夫なら大きくなったら思いっきり抱き着いても大丈夫だろう。

 大きくなるのが楽しみである。

 そんな時だった部屋の外から声がする。


「殿下。閣下がお見えになられましたよ」


 外にいる熊人の侍女がそう伝える。


「えっ? クロキ先生が? 入ってもらって」


 ポレンがそう伝えると扉が開けられる。

 扉の外にいたのは思った通りクロキである。

 暗黒騎士の恰好であり、兜は脇に抱えている。


「殿下。リウキがこちらに来ていると聞きまして。会いに来ました。良い子にしていましたか?」


 クロキは入って来ると礼をする。


「いらっしゃい先生。リウキ君はいつも良い子ですよ」


 ポレンは笑う。

 リウキは特にクロキに反応はしない。


「そうですか。ごめんね、リウキ。あんまり構ってあげられなくて」


 クロキはリウキに近づくと跪いてリウキを見る。

 リウキは不思議そうな目でクロキを見ている。


「それはそうですよ。閣下に出て来られては私達のやる事がありません。むしろ構いすぎです。閣下には大事なお役目がありますから、リウキ様のお世話はお任せください」


 ヴェルタはそう言って頭を下げる。

 クロキがリウキの世話を第一にしだしたら出番がなくなる。

 そうなれば何のために養育係になったのかわからない。

 貴種は養育をしないのが普通であり、クロキがリウキに構わないのは普通の事であった。


「そうそう、リウキ君の世話は私に任せて、先生。ねえ、リウ君」


 ポレンはそう言ってリウキを高く持ち上げる。

 リウキは大人しいままだ。

 少し大人しすぎるが、まあ良いだろう。


「あの、殿下。それもどうかと……」


 ヴェルタが抗議するが聞くつもりはない。

 ポレンもリウキと一緒にいたいのだ。


「はは、リウキ。人気者だな。クーナも安心かな……」


 クロキは頬を掻きながら言う。

 リウキの母であるクーナは育児をする気がなく、たまにしか会いに来ない。

 クロキはそれを心配しているのだ。

 ポレンとプチナが笑い、クロキとヴェルタが心配する中でリウキだけは何かを悟ったかのように大人しいままであった。



 

 



★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


 更新です。

 なぜ草原の風かというと、この章での舞台は草原なんですよ。

 次回でようやく草原に行く話になります。

 プロローグが長いですね。


 そして、お盆にコミケ。

 夏の風物詩です。

 実はコミケには一度しか行った事がないんですよ。

 九州からだとさすがに遠いです。

 でも、また機会があったら行ってみたいですね。

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