第18話 外海へと続く道

 西大陸と南大陸に挟まれたバーゴ海はセアードの内海と外海を繋ぐ海道である。

 セアードの内海からバーゴ海を抜けると南大海へと出て、そこから西側に進むと蛇の女王の支配する海域へ入ることになる。

 このバーゴ海はセアードの内海を実質的に支配する海神ダラウゴンと蛇の女王ディアドナの争いの場になった事もあり、係争地なっていた。

 しかし、新たにセアードの内海にトライデンが現れダラウゴンと争いになったことで、バーゴ海はディアドナが支配する事になった。

 そのバーゴ海の底には多くの奇岩があり、そのもっとも深い場所にその城はあった。

 オーガの怒った顔に似た巨大な奇岩を元に作られた城は鬼岩城と呼ばれ、蛇の女王配下であるフェーギル将軍の居城でもあった。

 鬼岩城の一番奥、城主の間にある椅子に座りフェーギルは報告を受ける。


「へっへへ、フェーギルの旦那。どうやら、こちらへ向かっているようですぜ」

「そうか……。どうやら見捨てるつもりはないようだな。なぜトライデンの息子を助けに来るのかわからぬが安心したぞ」

 

 フェーギルは笑うと石となったトライデンの息子を見る。

 フェーギルとしては人質を見捨てられるのが一番困るのである。

 そのため、ダラウゴンの娘がこちらに来ている事に安心する。


「へい、確かになぜ助けに来るのかわからねえですな。しかし、来てくれるのなら歓迎しようじゃないですか」

「ほう、歓迎か? 何をするつもりだ? ゴンズル?」


 フェーギルは平伏する目の間の男を見る。


 背毒のゴンズル。


 それが報告している者の名だ。

 巨人出身のフェーギルに比べてあまりにも小さく、片手でひねりつぶせてしまいそうであった。

 ゴンズルは元マーマンである。

 他のマーマンに比べて特に小さく、弱いゴンズルは下っ端として扱われていた。

 しかし、虚栄心だけは誰よりも大きかったゴンズルはその境遇を嫌い、ダラウゴンの元を去ったのである。

 その時に一悶着あったらしいがフェーギルは詳しい経緯を知らない。


「いえね、フェーギル様。このままトライデンの息子と引き換えにするのは芸がないと思うのですよ。奴らから至宝を奪って来ようと思いやす。けへへ、あっしを馬鹿にした奴らに一泡吹かせてみせましょう」


 そう言うとゴンズルは笑う。


「ほう? 良いのかダラウゴンはお前の主だったはずだが?」

「げへへ、構いませんよ。あっしの主は力を与えて下さったディアドナ様だけです。この力を見せてやろうじゃないですか」

「なるほど、かつての者を見返してやりたい。その気持ちはわかる。好きにしろ、ゴンズル」


 フェーギルはゴンズルが行くことを認める。


「感謝しやすぜ、フェーギルの旦那。それではこのゴンズル。行かせていただきやす」



 レイジ達と合流したクロキ達はセアードの内海の南西へと来る。

 西大陸と南大陸に挟まれた海峡を通ると外海へと続くバーゴ海へと入る。

 この狭いバーゴ海を抜けると外海であり、蛇の女王が支配する海域へと出る。

 フェーギルの居城である鬼岩城はこのバーゴ海にある。


「うう、儂としては行って欲しくはないんやがの……」


 合流したダラウゴンはトヨティマを止める。

 ダラウゴンが同行できるのはここまでである。

 フェーギルはダラウゴンが同行することは許さなかったからだ。

 

「今更言いっこはなしやでお父ちゃん。まあ、暗黒騎士もいるし、コマサ達もついてくれるから大丈夫やろ」


 そう言ってトヨティマはクロキと近くにいるマーマン達を見る。

 マーマン達はムルミルの精鋭ムルミッロであり、率いるコマサはマーマン随一の剣士である。

 トヨティマの護衛のためにここからは彼らも一緒だ

 

「必ずお嬢は守りやす、この命に代えましても」


 頬に大きな傷を持つコマサがダラウゴンに頭を下げる。


「ダラウゴン殿。自分も全力を尽くすつもりです。殿下とトヨティマ姫は命に代えても守ります」

「ああ、頼むで暗黒騎士。それにしても、なんでポレンの嬢ちゃんは暗黒騎士に張り付いとるんや?」


 ダラウゴンは不思議そうにクロキを見る。

 なぜかクロキの体にポレンがしがみ付いている。


「ああ、それな。マーメイドの姫さん達が暗黒騎士に色目使ったんで怒ってるんよ」


 トヨティマは説明する。

 ポレンは美少女に変身した状態でマーメイド達の方を睨み、怖い顔をして「がるるる」とうなり声を上げている。

 マーメイドの姫達は美女ばかりで半裸である。

 クロキもポレンがいなければ凝視をしていただろう。

 しかし、もちろんクロキは目を奪われても彼女達の所に行くつもりはないので杞憂である。

 そのマーメイドの姫達の側にはレイジ達もいて、トライデンもそこにいる。

 トライデンはダラウゴンと同じように見送りに来ている。

 実はトライデンは同行しない。

 これはもしもの時のための苦渋の選択である。

 王子もトライデンもいなくなればマーメイド達は立ち直れなくなるだろう。

 だから、トライデンは残る事になったのである。

 同行するのは姫達の長女にその護衛のマーメイドとトリトンの精鋭数名、そしてレイジ達である。


(レイジ達と同行する事になるとはな……)


 クロキはレイジ達を見る。

 レイジ達はマーメイドの姫達と話をしている。

 どうやら見送りは終わったようだ。

 クロキがレイジ達と同行すべきと言ったのは安全性を高めるためだ。

 自分だけで大丈夫とは言える状況ではない。

 相手が嫌いだからと言って、ポレンとトヨティマを危険にさらすわけにはいかないのである。


(それにしてもレイジに教えられるなんて思わなかった……)


 クロキはレイジとの手合わせを思い出す。

 あの一戦で海の中での戦いの感覚をある程度掴めた。

 フェーギルの実力がどうなのかわからないが、以前よりは戦えるだろう。


「なるほどなあ、何かようわからんけど難儀やな。それじゃトヨ、気を付けてなあ」


 泣きそうになるダラウゴンを残しクロキ達はバーゴ海へと入るのだった。



 トライデン達と別れ、光の勇者レイジとその仲間達はバーゴ海へと入る。

 トライデンはとてもすまなそうにしていたのをチユキは思い出す。

 しかし、マーメイドやトリトンを率いる者として、行く事は出来ない。

 その代わりトリトンの精鋭部隊を送る事にしたのである。

 こうしてチユキ達はレイジを先頭に進む。


「ずるいなあ、私もポレンちゃんと仲良くしたいのに」


 チユキの隣にいるリノが羨ましそうに言う。

 チユキ達の少し離れた所で暗黒騎士達が泳いでいる。

 同行すると言っても仲良く並んで行くわけではない。

 こちらのトリトンと向こうのマーマン達は反目しているので、下手に近づくと喧嘩をしかねないので仕方がなかった。

 側にいるシロネも幼馴染と話をしたいみたいだが、近づけなくて残念そうにしている。

 リノは美少女になったポレンを気に入り、仲良くしたいようだ。

 ポレンの正体は魔王の娘だと聞いた。

 つまり、彼女の父親の命を狙ったチユキ達は本来敵なのである。

 今でこそ休止しているが、仲良くするのは難しいだろう。

 そのポレンは暗黒騎士にしがみつき、マーメイドの姫に唸っている。

 どうやら、暗黒騎士が取られるのではないかと不安になっているらしい。

 おかげで話が全くできない。

 仕方がないので、今はトルキッソスを助けるのに全力を出すしかなかった。

 チユキはレイジに近づく。


「そういえば、レイジ君。あの時のことだけどもし本気だったらどうだったの?」


 チユキは気になっていた事を聞く。

 レイジは暗黒騎士の彼が海の中では本調子ではないことを見抜き、手合わせをする事でトヨティマにそれを示したのだ。

 おかげでこっそり後をつけるという手を使わなくて済んだのである。 

 ただ、もし手合わせでなく、本気だったらどちらが勝っていただろうか、チユキは気になっていた。

 

「さあな、わからない。ただ、海の中では俺の方が有利だった。しかし、それでも超えてくる気配があったからな」


 レイジは首を振って答える。

 レイジの光の魔法は海の中でもある程度使えるが、相手の炎は明らかに使いにくそうであった。

 また、暗黒騎士の剣技は地上でこそ本領発揮されるもので、海中では勝手が違う。

 泳ぎが得意なレイジの方が有利なのも当然であった。

 しかし、それでもなお暗黒騎士はレイジを超えてきそうな気配があったのも確かである。

 その事をレイジは説明する。 


「おお、珍しく弱気っすね。どうしたんすか?」


 ナオが茶化すように言う。

 確かにレイジにしては弱気であった。

 

「何度も敗れれば考えも変わるさ、ナオ。いつか超えてみせる。また、俺が有利の場所の勝っても意味がない。勝負は海から出てからさ」


 レイジは不敵な笑みを浮かべる。

 おそらく、もう一度戦う事になるレイジはそんな気がしているようであった。


「そんな事よりも、チユキ。どうやら何かが来るぞ」


 レイジがそう言った時だった。

 光る何かが前方から来る。


「気を付けてくださいっす! 何か来るっす!」


 ナオが後ろにいるマーメイドの姫達に呼びかけると高速で複数の銀色の何かが襲ってくる。


「危ないチユキさん!」


 動きが鈍いチユキの前にシロネが出て、銀色の何かを剣で斬り裂く。


「えっ? 何これ? 魚なの?」


 チユキはシロネに斬られた何かを見て驚きの声を出す。

 向かって来た何かはチユキの頭ほどもある魚である。

 その魚は尾びれと背びれが鋭利な刃物になっていて、斧に似ていた。


「これは斧魚ハチェットフィッシュです! でも、どうしてここに!? 普段は大人しいはずなのに?」


 ただ一人付いて来たマーメイドの姫マイアラが説明する。

 マイアラは直接的に戦う事は出来ないが、魔法の歌で支援する事が出来る。

 その魔法は海の中でならリノに匹敵する程らしいので、頼りにしたいとチユキは思う。

 斧魚ハチェットフィッシュの数は多く、チユキ達に襲ってくる。

 

「おそらく、操っている者がいるな! みんな、固まれ! リノ! 頼む!」

「わかった、レイジさん。水の精霊さん、出て来て力を貸して!」


 リノが叫ぶと、向かってきた斧魚ハチェットフィッシュが突然止まる。

 リノが水の精霊の力を使い、壁を作ったのだ。

 その壁によりチユキ達はもちろんマーメイドの姫達も守る事ができる。

 

「よくやった! リノ! 後は俺がやる! 千の光の刃を喰らえ!」


 レイジは結界から出ると剣を振り、近くの斧魚ハチェットフィッシュの全てを斬り裂く。


「おお、さすがっすね。レイジ先輩。あっちも大丈夫っぽいっす。ちょっと見てたけどすごいっす……」


 ナオが暗黒騎士の方を見て苦笑する。

 暗黒騎士の方に向かった斧魚ハチェットフィッシュは海神の娘であるトヨティマが一瞬で飲み込んでしまったのである。

 その時、トヨティマの顔が化け物のようになったので、見ていたナオは驚いたのである。

 チユキもちらっと見たがその醜さは夢に出そうであった。

 どうやら、ポレンと同じようにもう一つの姿があるようであった。


「はは、まあちょっと個性的かな。それよりも斧魚ハチェットフィッシュを操っていた奴が出てきたようだ」


 レイジは進んでいる方に剣を向ける。

 そこには一匹のマーマンが浮遊して待ち構えているのだった。




★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


 更新です。

 思ったよりも遅くなりました。

 また、このまま鬼岩城に突入も味気ないので前座を用意しました。


 そして、ごめんなさい来週はお休みします。

 7月4日まではリアルがすごく忙しいので、6月の更新は難しいかもしれません。

 再来週の5月30日は一応更新予定です。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る