第19話 背毒のゴンズル

 斧魚ハチェットフィッシュの襲撃を撃退したクロキ達の前に何者かが立ちふさがる。

 黒に白の線が入ったような体色をしたマーマンである。

 そのマーマンは下卑た笑みを浮かべてクロキ達に敵意を向けている。


(あれ? どうしてマーマンが? 何だか敵みたいだけどどういう事だ?)


 クロキは首を傾げる。

 マーマンはダラウゴンの眷属であり、姫であるトヨティマもいるのに敵意を向けるはずがないはずであった。

 急にマーマンが現れたのでレイジ達もこちらの様子を見ている。

 一応気を使っているようであった。


「ありゃ、ゴンズルじゃねえか!? どういう事だ!? どうしてここに手前がいる!?」


 現れたマーマンを見てコマサが驚きの声を出す。


「へへへ、久しぶりじゃねえかよう! コマサの兄貴! いや、もう兄貴じゃねえか! コマサ! よく俺様の斧魚を防いだな!」


 ゴンズルと呼ばれたマーマンが答える。

 予想通り先程の斧魚ハチェットフィッシュは現れたマーマンが放ったようであった。


「知っとるんか? コマサ? あれは何者や?」


 トヨティマがコマサに聞く。

 どうやらトヨティマも現れたマーマンの事を知らないようであった。

 

「へいお嬢。奴はゴンズル。かつてはうちらの者であった奴でさあ。ただ、ある時つまらねえ喧嘩をして、相手の奴らを毒殺しようしたんですよ。未然に防ぎやしたが、当然奴は追放でさあ。その奴がこんなところにいるとは思いやせんでした」


 コマサはゴンズルを睨みつけて言う。

 気の荒いマーマン達の間で喧嘩は日常茶飯事である。

 しかし、それでも命のやり取りまで発展する事はない。

 だが、本気で殺そうとして、さらに身内に毒を使う事は忌避される事であった。 

 そのためゴンズルは追い出されたのである。


「そうなんか? でも、なんでうちらの前に立ちふさがるん? どういう事や?」


 トヨティマは首を傾げる。

 もっとも、理由は一つしか思い浮かばない。


「へい、確かに気になりやす。聞いてみましょう。 おい、ゴンズル! 手前が斧魚を放ったのか? どういう了見だ!」

「決まっているじゃねえか! お前らを殺して額環を奪い! 俺様が蛇の女王様に捧げるのよ! そうすりゃ俺様の覚えもめでたくなる!」


 ゴンズルは答える。

 これで、ゴンズルの目的はわかった、明らかに敵である。


「どうやら、敵のようですね。殿下離れて下さい。戦います」

「ええ、うう。わかりました……。先生……」


 クロキがそう言うとようやくポレンが離れてくれる。

 実は今までしがみついたままであった。


「殿下~。閣下に迷惑かけちゃダメなのさ」

「ちょっと、ぷーちゃん。べ、別に迷惑かけてないよ」


 クロキから離れるとポレンはプチナに怒られる。

 少しほほえましいと思うが、今はそれどころではない。

 クロキはポレンが離れたのを確認すると水竜の力を解放する。

 先程のレイジのとの手合わせの時は使わなかった。

 理由はあくまで手合わせであり、またレイジは光の魔法を使わず基本的に剣のみで戦おうとしたからである。

 こちらが炎を使いにくいだろうと思い魔法を使わなかったのだ。だったら、クロキも竜の力を使えるわけがない。

 剣のみで応戦したのもそのためだった。


「どうやら、敵のようだな! 良かったら、俺がやるが!」


 レイジがこちらに聞く。

 クロキがどうしようかと思っている時だった。


「待ってくだせえ! 相手はゴンズル1匹だ! 暗黒騎士殿や光の奴が出るほどの事じゃねえ! ここは俺に行かせてくだせえ!」


 銛を持ったマーマンが前に出てくる。


「イシマッツか!! ゴンズルの様子が変だ! 大丈夫か!?」


 コマサは心配する。

 コマサの知るゴンズルは弱い。

 体も小さく、力も弱い。しかし、自尊心だけは誰よりも強かった。

 その弱いゴンズルだけが姿を現している事にコマサは異常さを感じていた。

 陰で隠れている者がいるか、もしくは何か策をめぐらしている可能性があった。


「大丈夫だ! コマサの兄貴! ゴンズルごときにやられる俺じゃねえぜ! この銛のイシマッツが相手をしてやる!」


 コマサが止めるのを聞かず。

 イシマッツはゴンズルの元へと向かう。


「へへ、イシマッツが相手かよ。手前で相手になるかよ」


 ゴンズルは笑う。


「ぬかしやがれ!」

 

 その次の瞬間、イシマッツは右手を素早く動かす。

 それはクロキが見ても感心する早業であった。

 イシマッツの手から離れた銛はゴンズルの眉間をあっさりと貫く。


「油断したな、ゴンズル! 俺の突きの速さはお前も知っているはずだぜ!」


 イシマッツは笑う。

 銛のイシマッツはダラウゴン配下の中でも最高の投銛の使い手であり、投げた銛は素早く泳ぐ魚の目を正確に貫くと言われるほどであった。

 ゴンズルは眉間を貫かれ、絶命した。

 誰もがそう思う。

 しかし、そうはならなかった。


「へえ、やるじゃねえか。まあ、普通ならこれでやられるんだろうがな」


 銛が頭に刺さったままのゴンズルは何事もないかのように笑う。


「こっ、こっ、こりゃどういうこった!?」

「良い表情だぜ! イシマッツよう! 今度は俺の番だよなあ!」


 ゴンズルがそう言った時だった、その体が分裂していく。

 それを見たクロキ達は驚く。

 気配を感じる限り幻術ではない。

 全てに実体がある。

 本当の意味で分裂している様子だ。


「逃げろ! イシマッツ!」


 コマサは叫びでイシマッツは大急ぎでゴンズルから逃げようとする。


「「「「逃がすかよ!」」」」


 ゴンズル達が身を屈めると背ヒレから針のようなものが飛び出てイシマッツの背中を襲う。


「ぐはっ!」


 イシマッツは背中に針が突き刺さりながらも何とかコマサの元へと戻る。


「大丈夫か! イシマッツ!」

「すまねえ兄貴……」


 イシマッツは苦しそうに詫びる。

 クロキがイシマッツの背中を見ると、色が変わっている。

 針が刺さっただけではない。毒針のようだ。


「イシマッツ! 喋んなや! 今治療したる!」


 トヨティマは駆け寄ると魔法でイシマッツを癒す。


「ゴンズル! 手前の体はどうなっている!?」


 イシマッツをトヨティマに任せたコマサはゴンズルに問う。


「ぎゃはははは! 驚いたかよう!」

「これはなあ、ディアドナ様の持つ混沌の霊杯の力よ! 俺はその力をもらったのよ!」

「そうよ! もう昔の弱い俺じゃねえ!」

「そうだぜ! けけけけ! 俺様達がお前らを嬲り殺しにしてやるぜ!」


 数千匹に分裂したゴンズル達が嘲るように言うとクロキ達へと向かって来る。


「殿下! 自分の後ろに下がっていて下さい!」


 クロキは魔剣を構えポレンの前に出る。


「イシマッツの仇だ! 行くぞ!」


 コマサの号令でマーマンの戦士達も前に出る。

 レイジ達も同じように戦闘態勢へと入る。

 千以上へと分裂したゴンズルがクロキ達に向かって来る。

 クロキはコマサ達やレイジ達と共にゴンズル達を迎え撃つ。

 ゴンズルは弱く、瞬く間に斬り裂かれる。

 しかし、それで終わりではなかった。


「何じゃ!? こりゃ!?」


 マーマンの誰かが驚きの声を出す。

 斬り裂かれたゴンズル達はさらに分裂、もしくはくっつき元に戻り始めたのである。


「ぎゃははははは! 俺様は不死身なのよ! これがディアドナ様が持つ混沌の霊杯の力なのよ! おめえらは俺様に殺される運命なのよ!」


 ゴンズルは嘲笑する。

 このままではきりがない。


「諦めるべきじゃないわ! こんな出鱈目! 絶対に限界があるに決まっているわ!」


 そう叫んだのはレイジの仲間であるチユキである。

 クロキも同意見である。

 強力な再生能力があるトヨティマの兄クランポンでもゴンズルのような事はできない。

 簡単に神族を超える力を与える事などできないはずである。

 

「けけけ、それはどうかな? ディアドナ様は何も言ってなかったぜ。さあ、どんどん行くぜ!」


 ゴンズルの体がさらに分裂していく。

 このままでは狭いバーゴ海はゴンズルであふれかえるだろう。


「「「「「これだけの数に分裂したのは初めてだぜ! さあ、もっと行くぜ! 驚けよ!!!」」」」

 

 ゴンズルはさらに分裂する。

 しかし、数が万に近づいた時だった。


「あれ? 何か様子が変っすよ?」


 レイジの仲間であるナオがゴンズル達の変化に気付く。

 確かにナオの言う通りであった。

 新しく分裂したゴンズルの様子が変であった。

 呆けたような顔をして、敵意もなく、体もどこか崩れていた。


「ナ……ニ……。ドウイウ事ダ……」


 他のゴンズルの様子もおかしく、喋りが変になっている。


「チユキの言う通り。限界が来たようだな。みんな距離を取れ。相手をする必要はない」


 レイジが言うと彼の仲間達が下がる。


「トヨティマ姫。こちらも下がります」

「わかった! みんな下がるんや!」


 クロキ達もレイジ達と同じように下がる。


「アレ……。オカシイ……。分裂ガトマラナイ」


 自身の異変に気付いたゴンズルは分裂を止めようとするが、どうする事もできないようであった。


「意識ガ消エ……」


 やがてゴンズルは分裂するごとに分身は体を崩し、やがて何もなくなってしまう。

 

「何なのあれ? 意味ないじゃん」


 リノは呆れた顔で言う。

 ゴンズルは現れて勝手に自滅してしまったのだ。

 そう思うのも当然であった。

 レイジ達は白けた雰囲気になっている。

 だけど、クロキ達はそうは言ってられなかった。


「しっかりせえ! イシマッツ!」


 トヨティマは毒で倒れているイシマッツをゆさぶる。

 マーマンの顔色はわからないが、その様子からかなり具合が悪いのがクロキにもわかる。

 レイジ達の被害はないがこちらには被害が出ている。

 イシマッツは生きてはいるが危険な状態である。


「お嬢。イシマッツの様子は?」

「コマサ! うちの力じゃ全ての毒を消し去るのはできんかった! 急ぎオババ様の所に戻らんと! オババ様なら解毒できるはずや!」


 トヨティマは首を振る。

 トヨティマの魔法の力ではイシマッツの完全な解毒は不可能であった。

そのためトヨティマは師匠である魔女カリュケラの元へと運ぶ事にする。


「まちなさい。海神の姫」


 そんな時だった、マーメイドの姫マイアラがこちらへとやってくる。


「なんや? なんか用か? こっちは今忙しいんや!?」

「おそらく、解毒は私の方が得意です。だから、彼を私に見せなさい」

「えっ!?」


 おどろくトヨティマとマーマン達を無視してマイアラはイシマッツに近づく。

 

「姫! 危険です!」


 1名のトリトンが叫ぶとマイアラを止めようとする。


「待って! 多分大丈夫だから!」


 しかし、そのトリトンをシロネが回り込み止める。

 多くマーマンが見守る中でマイアラはイシマッツの胸に手を置き魔法を唱える。

 するとイシマッツの表情が穏やかなものへと変わる。


「マーメイドは癒しの力に優れている。それはそちらも知っているはずだぜ」


 レイジはそう言って笑う。

 確かにその通りであった。

 マーメイドには直接的な戦闘能力はないに等しい。

 しかし、歌や癒しの魔法に優れているのだ。

 これはマーメイドの女神メローラの血を引かないトヨティマにはできない事であった。


「何とか解毒できました。これで大丈夫はずです。先を急ぎましょう」


 そう言うと何事もなかったかのようにマイアラはレイジの方へと戻る。

 トヨティマは複雑な表情でマイアラを見る。


「お嬢。奴らにしてみたら、俺達に戻られたら困るから、イシマッツを癒したんだ。気にする事はねえぜ」


 トヨティマの様子に気付いたマーマンがそう言う。

 だけど、クロキにはマイアラがそのためだけにイシマッツを癒したのだとは思えなかった。

 彼女には何か思うところがあったのかもしれない。


「そうか、まあ、ええわ。先に行こう……。向こうの王子様が待っとるからな」


 トヨティマは前を向いて先へと進む。

 クロキ達も後に続く。

 

(それにしても、混沌の霊杯の力か……。嫌な予感がするな)


 クロキはゴンズルの事を考える。

 最終的には自滅したとはいえ、一時的にもクロキ達を圧倒したのは事実であった。

 混沌の霊杯は大母神ナルゴルが残した四至宝の一つであり、強力な力を持っているようであった。

 クロキは出したままの魔剣の柄を握る。

 この黒血の魔剣も四至宝の一つであり、もしもの時はこの魔剣が役に立つかもしれないとクロキは考える。

 ゴンズルが塞いでいた海域を抜け、鬼岩城に向かう。

 これから進む先に何が起きるかわからない。

 だけど今は先に進むしかないのであった。 




★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


ゴンズルは退場。まあ、前座なのでどうでもよいですが。

マーマンであるオーマサ、コマサ、イシマッツ。

時代劇見ている人なら名前の由来はわかりやすいですね。


また先週はお休みして申し訳ないです。

また、7月4日まで休みます。1ヶ月と少しの休みになります。

理由はリアルの仕事が忙しいからだったりします。7月4日をすぎるとかなり暇になるはずなので、続きは5日からしか書けそうにないです(≧◇≦)


自分の唯一の趣味なので小説を執筆はやめません。

暗黒騎士物語は未完では終わらせたくないのです。

ただ、自分が死んだら、更新はさすがに無理です。

以前にも書きましたが、自分が小説を書いている事を家族は知らないので、何かあっても報告することはできません。

この作品が完結せず1年以上音沙汰がなかったらもしかすると死んでいるかもしれないですね。

本当にベ〇セルクの三浦建〇郎先生が亡くなられた事はショックです (*ノωノ)

学生の頃に出会い、影響を受けた作品の1つだったりします。

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