第13話 蛆蠅の教徒2

 フードで顔を隠したクロキはクーナ達と別れ丘から降り、白い衣を着た蛆蠅の教徒達に近づく。

 彼らの歩みは遅い。

 何しろ、体のあちこちが腐っているからだ。

 しかし、彼らは病に侵され、腐っているにもかかわらずにも歩けなくなる様子はない。

 クロキは少しだけ素早く動き、彼らを追い抜くと前に立つ。

 

「あの…。そこで、止まってもらえますか?」


 クロキは彼らの先頭を歩く者の前に立つ。


「ひひっひ、何か用かなあ。もしかして、あんたもわし等の仲間になりたいのかね~。運が良いよう、あんたは。偉大なる死の君主様がお帰りになられているんだ。あんたも一緒に行こうよう」


 先頭の男がクロキに答える。

 蛆だらけの顔だ。

 その顔は半分腐っている。

 だけど、ある程度考える力はあるようであった。

 もっとも、正気はではないようである。

 彼らはザルキシスを信仰している。

 しかし、それは彼らが自らの意思で信仰しているとは限らなかった。

 病に侵され、体が腐り、死蠅の蛆が脳に到達した彼らは、熱心な信徒にさせられてしまうのである。

 彼らは死の神ザルキシスを讃えるためにワルキアに行くのだ。

 それも、疫病を撒きながらだ。


「ごめんなさい。貴方達の旅はここで終わりです」


 クロキは剣を抜く。

 魔剣ではなく、クロキ自身がありふれた素材で作った剣だ。

 蛆蠅の司祭は力を与えた者と繋がっている。

 魔剣を使えば暗黒騎士だとバレるので、正体を隠す必要があった。

 顔を隠しているのも念のためである。

 蛆蠅の教徒達はクロキをにやにやと笑いながら見る。

 剣を怖れる様子はない。 


「くくく、何者かは知りませんが? 我らの邪魔をしないでもらえますかな?」


 太った蛆蠅の教徒が奥から出て来て言う。

 太った男は他の者と違い、立派な身なりである。

 クロキは着ている物から、この太った男がこの教徒達の指導者である蛆蠅の司祭だと判断する。

 司祭の顔も蛆が張り付き、崩れている。

 しかし、残っている部分から、元の顔もかなり醜いようであった。


「貴方がこの者達の指導者ですか?」


 クロキは剣を蛆蠅の司祭に向ける。

 しかし、蛆蠅の司祭が怯む様子はない。


「いかにも、私が偉大なる蛆蠅の法主様に仕える司祭ウリミです。何者かはわかりませんが。我らを斬りたいのならどうぞ斬りなさい。そうすれば、貴方も我らの仲間です。それに我らに剣は効きませんよ」


 蛆蠅の司祭ウリミは笑う。

 蛆蠅の教徒の体液を浴びた者は病に侵され、新たな蛆蠅の教徒となる。

 また、彼らを剣で斬っても、蛆がその傷口を塞ぎ、宿主を生かし続ける。

 体が病に侵され足が腐っても、蛆がその部位を補強するため動き続ける事が出来る。

 むしろ、彼らは蛆によって体の大半が食いつぶされるまで、死ねないと言っても良かった。

 その呪いとも思えるような蛆の祝福があるためか、ウリミとその教徒達はクロキを馬鹿にするように笑う。


「さあ、貴方も我らの仲間になりなさい。私の愛しき蠅達よ、雲となり、敵を味方に変えよ」


 ウリミがそう言うと、その体から大量の蠅が出て来て、クロキに向かってくる。

 その様子は黒い雲が向かって来るようであった。


「そうですか、ならばこれならどうでしょう」


 クロキは自身の中に眠る火竜の力を発動させる。

 蛆蠅の教徒はスケルトンやゾンビと違い、死んでいるわけではないので、陽光の魔法はあまり効果がない。

 そのため、フルティンは難しいと言ったのである。

 彼らの弱点は火。

 火で蛆と一緒に焼き殺せば良いのである。

 クロキは火竜の力で周囲に結界を張る。

 蠅達は結界に触れると、燃えて瞬時に消えていく。


「何という事を! 可愛い蠅達を殺すなんて! 罰が当たりますぞ!」


 ウリミは笑うのをやめて怒りを露わにする。

 蠅は鼠のように瘴気を平気とする生物であり、死の神の眷属である。

 彼らにとって崇めるべき聖虫であり、その蠅達を殺された事でウリミは怒る。

 クロキはそんなウリミを冷たい目で見る。

 蛆蠅の教徒に取りつく蛆蠅は普通ではなく、魔蛆魔蠅とも呼ばれ、世界に不浄をばら撒く害虫である。

 クロキは温厚であるが、自身にそして、自身が住む世界を汚すものにまでは優しくするつもりはない。


「みなさん。彼をこらしめて、蠅を大切にする気持ちを植え付けてあげましょう」


 ウリミの号令で教徒達が各々武器を取る。

 短剣、剣、長剣、鉈。

 様々な武器だ。

 共通点はどの武器もぬらぬらとした緑色の粘液がついている所だろう。

 ほんのかすり傷でも、傷口は膿んで、病気にする事ができる不浄の刃である。


「炎よ」


 クロキは剣に火竜の力を注ぐ。

 すると、剣身が赤く輝く。

 普通に斬っても、蛆の力で傷が塞がれてしまう。

 だから、火で蛆ごと燃やす。

 黒い炎の方が威力はあるが、正体を隠すために今は使うつもりはない。

 クロキが剣に魔法を使うと蛆蠅の教徒は目に見えて怯える。


「何をしているのです。取り囲み、全員で襲うのです。少しでも傷をつければ、改心して我らの仲間になるでしょう」


 ウリミが言うと教徒達はクロキを取り囲むように動き始める。

 その動きはもはや火を怖れていない。

 クロキはウリミを見る。

 この集団でウリミからだけは意思を感じる。

 

「一つ質問をしても良いですか?」


 クロキは剣を下げ、蛆蠅の司祭に問いかける。


「おや、どうしたのですか? 改心して我らの仲間になりたいのですか? 皆さん止まりなさい」


 ウリミがそう言うと教徒達は動きを止める。 


「この人たちを蛆蠅の教徒に変えたのは貴方ですか?」


 クロキはウリミを睨みつける。

 

「ふふふ、まあそう言えるかもしれません。人は皆が平等であるべきです。皆が等しく醜くなれば、容姿で蔑まれる事はありません。私はとても良い事をしたのです」


 そう言うとウリミは側にいる女性の教徒に口づけをする。

 女性の顔は右目の辺りが崩れて、醜くくなっているが、残った部分から、蛆蠅の教徒になる前はかなりの美人だったようだ。

 女性は嬉しそうに笑っている。

 しかし、その笑い方から、女性は正気を失っているようだ。

 

「最初は醜い私を嫌っていた彼女も、今では同じように醜くなっています。どうです、私達はお似合いでしょう? 人は皆、醜く平等であるべきなのです」


 ウリミは女性教徒を抱き寄せゲヒャゲヒャと笑う。

 笑うたびに緑色の唾を飛ばすその姿を見て、クロキは眉を顰める。


「だから、この人達を教徒にしたの?」

「そうです。最初は嫌がっていましたが、蛆蠅の法主様の祝福を受け、皆さん改心されたのです」


 ウリミは笑いながら説明する。

 ある国で醜い容姿で生まれたウリミは世の中を憎んだ。

 そんなウリミを偶然見つけた蛆蠅の法主ザルビュートは彼に力を与えたのである。

 ウリミはその力を使って、疫病をばら撒き、大勢の人に蠅の卵を植え付けた。

 自身を醜いと蔑んだ者達が、自身と同じように醜くなる事に快感を感じたウリミは喜び、さらに蛆蠅の教徒を増やそうと活動しているのである。


「どんなに自分が醜くても、他者にそれを強制してはダメだよ……」


 クロキはモデスの事を考える。

 モデスは自身がどんなに醜くても、美しいものを愛そうとした。

 またクロキは知らないが、その娘のポレンは醜い容姿でも頑張ろうと努力しようとしていた。

 その魔王親子に比べればウリミの性根はあまりにも醜かった。


「来なよ、哀れな者達よ。蛆蠅の軛から解放してあげる」


 クロキは剣を高く構える。

 妖虫に侵された者を元に戻す事はクロキには出来ない。

 それはクーナの治癒魔法でも無理であり、軽度ならともかく、症状が進んだ者は元に戻せないとクロキは聞いていた。

 だから、クロキは決心する。


「おや、改心されるのではないのですか? 残念です。皆さん、彼を取り囲みなさい」


 ウリミの号令で教徒達が再び動き出す。

 その動きは遅い。

 どんなに蛆で体を補填しても、腐った体では素早く動く事はできないようであった。

 左から来る蛆蝿の教徒の小剣を躱すと下から、その教徒の体を突き刺す。

 突き刺された教徒の体は刺された個所から燃えていき、やがて消える。

 普通の炎ではこのような燃え方はしない。クロキは火竜の放つ魔法の息吹を剣に込めたのである。

 教徒の体が瞬時に燃えて消えた事にウリミは驚く。


「ふふ、やりますね……。ですが、まだまだです。皆さん! 一斉にかかりなさい!」


 ウリミのその言葉で蛆蠅の教徒達が次々とクロキに向かってくる。

 クロキはその攻撃を全て紙一重で躱し、次々と斬っていく。

 斬られた教徒は斬られた個所から燃えて消える。


「ぬう! やりますね! ではこれならどうでしょう。出てきなさい」


 ウリミが言うとその側にいる2人の教徒が前に出る。

 他の教徒よりも巨体で、どちらも巨大な戦斧を持っている。

 その巨体の教徒は白い衣を脱ぐ。

 中から出て来たのは鉄の仮面を被った上半身裸の男だ。

 筋肉が盛り上がった体をしているが、所々に穴が開き、緑色にただれているのが見える。

 不浄の戦士テーンティドウォーリアと呼ばれる戦士である。 


「怖れる事はありませんよ。貴方も彼らと同じになります。行きなさい」


 ウリミが指示を出すと2名の不浄の戦士テーンティドウォーリアがクロキに迫る。

 腐った体にもかかわらず、その動きは速い。

 しかし、それは他の蛆蠅の教徒に比べたらの話だ。

 クロキから見たら止まっているのと同様である。

 クロキは最小の動きで斧を躱すと滑るように足を動かし、2名の不浄の戦士テーンティドウォーリアを斬り落とす。

 瞬時に2つに斬り裂かれた2名の不浄の戦士テーンティドウォーリアは炎に包まれ消える。


「ば、馬鹿な!? どういう事ですか? 彼らは元は高名な戦士なのですよ! ええい、皆さんこの者を捕らえなさい!」


 奥の手だった不浄の戦士テーンティドウォーリアが簡単に倒されたのでウリミは狼狽し、残った蛆蝿の教徒を向かわせる。

 その教徒達をクロキは剣で次々と斬っていく。

 そして、残りはウリミだけになる。

 

「もう、終わりですか?」


 クロキは剣をウリミに向ける。


「ぐぬぬぬ、仕方がありません。教徒達はまた増やせば良いのです。貴方には蛆蠅の法主様の加護の力見せてあげましょう。不浄の風よ! 吹き荒れ、全ての物を腐らせよ!」


 ウリミの周囲に風が吹く。

 どうやら、この風が騎士達の矢を防いだようであった。


「させないよ……」


 クロキは剣を横に振り、風を斬り裂く。

 不浄の風が吹き荒れれば大地を汚す。

 発動させるわけにはいかなかった。

 魔法の風が急に消えた事でウリミは何が起こったのかわからずキョトンとする。

 クロキは瞬時に間合いを詰めると剣をウリミの顔に突き立てる。

 ウリミは自身に何が起きたのか理解する事なく絶命する。

 クロキはそんなウリミを見て悲しくなる。


「思い通りならない世の中を憎む……。憎みたくなる気持ちもわからなくもないよ……。でもね、魔王でさえも思い通りにならない事はあるんだ。折り合いをつけて、手に入る幸せを大切にするしかないんだよ」


 クロキは燃えていくウリミの体に向かって呟くのだった。


 


 ブリュンド王国の王子、クーリは丘の上からクロキの戦いぶりを見る。

 遠くからでも何が起こっているのかがわかる。

 次々と蛆蠅の教徒が火によって消えているのだ。


「やるな、あれ程の数を1人でとはな」


 クーリの横にいるモンドが呟く。

 モンドの言う通りであった。

 いかに動きが遅い蛆蠅の教徒といえどあれだけの数を1人で倒すのは至難のはずであった。

 それを1人で行ったのである。

 クーリはクロキを認めざるを得なかった。


「フルティン先生。戻って来たら、彼の浄化をお願いします」

「そうですな、わかりましたぞ。クーリ様」


 蛆蠅の教徒に限らず、アンデッドと戦うと瘴気を浴びる事がある。

 だから、戦いが終わった後は必ず体を浄化するのが一般的であった。

 クーリは近くにいる戦乙女クーナを見る。

 クーナは真っすぐクロキがいる方を無言で見ている。


「どうされましたか? 戦乙女様?」

「なんでもないぞ、王子。それにクロキが不浄となる事はない。だが、なったとしても、クーナが浄化をする。それにしても、全く……」


 クーナは振り返って言う。

 その顔は少し怒っているようであった。


「戦乙女様……?」

「なぜ、あんな奴らに情けをかける? クロキ……」


 横のクーリに構わず、クーナはそう小さく呟くのだった。




 

★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


 また、遅くなりました。

 現在、土曜日が潰れたので、日曜日のみで書いているのですが、間に合いません。

 今後も遅れるかもしれません。

 

 誤字脱字があったら報告して下さると嬉しいです。

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