第14話 ワイルドハント

 蛆蠅の教徒と出会った後、クロキ達はついにチューエンとワルキアの境界に辿り着く。

 途中イムレ王国で一泊したが、特に何事もなく通りすぎた。

 イムレ王国はブリュンド王国に比べたら小国で、ブリュンド王国の王族が国を離れて建国した。

 そのため、ブリュンド王国と関係が深い。

 土地は貧しいが、何とか人が生活できる程には実りがある。

 そのイムレ王国で一晩を過ごす予定である。

 しかし、小国であるので、すべての戦士達を入国させる事は難しい。

 そのため、多くの戦士は城壁の外でキャンプという事になる。

 もちろん、食事はイムレ王国が負担する。

 イムレ王国はブリュンド王国の食糧支援を多く受けているので、小国であるにも関わらず余裕がある。

 また、後日ブリュンド王国から食料は補填されるようなので、イムレ王は戦士達を歓待した。

 クロキとクーナは王族並みの待遇を受けて、イムレ王国で一晩をすごし、ワルキアの境界へと辿りついたのである。

 時刻は夜であり、ワルキアの境界には柵砦があり、すでに松明が灯されている。

 柵砦は溝を掘り、掘った土を積み上げて土塁にして、木で柵を作る、簡単な砦だ。

 ここから、柵を石で補強して城壁を作り、さらに大きくしたのが国である。

 つまり、柵砦は簡易な国と言えるだろう。

 魔物が多い地域に国を作るのは難しいが、警戒のためにこういった砦が作られる事がある。

 駐在しているのは聖鉄鎖騎士団と呼ばれる、騎士団である。

 聖鉄鎖騎士団はオーディスとフェリアの教団が作った宗教騎士団でどこかの国家に所属しているわけではない。

 チューエンの地は魔物が多く、街道の安全を守るための武力が必要であった。

 ブリュンド王国のような大国の近くであれば街道は守られるが、小国を繋ぐ街道まで手が回らない事もある。

 そのため、オーディスとフェリアの教団が呼びかけて、チューエン全域を守る騎士団を作る事を提唱したのである。

 まず、滅んだ小国の生き残りの騎士等が参加して、各国の指導者と安全な街道を望んだ商人達が支援をした事で、騎士団が設立された。

 その後、騎士団の考えに賛同した、貴族の次男三男が参加して騎士団は大きくなり、チューエンの各国を繋ぐ聖なる鎖を旗に掲げた事から聖鉄鎖騎士団と呼ばれるようになった。

 今ではチューエン各国に支部を持ち、2000名の団員を抱える程にまでなっていた。

 目の間の砦はそんな聖鉄鎖騎士団が管理しているものの一つであった。

 聖鉄鎖騎士団はワルキアから時々溢れ出てくるアンデッドが他の国に行かないように常に目を光らせているのである。


「うん?」


 クロキは砦に近づくと、突然異変を感じる。

 それは他の者も同じのようで馬車が急に止まる。


「うう、何だか嫌な予感がするですう」


 ティベルが不安そうに馬車の中を飛ぶ。

 先程から外の様子が変であった。


「クーナ」

「わかっているぞ、クロキ」


 クロキとクーナは頷き合うと外に出る。

 既に日は落ちているが、空は暗くない。

 なぜなら、青白く光る無数の亡霊が飛んでいるからだ。

 亡霊達は唸り声を上げて、砦の周りを飛び、一部がこちらへと来る。


「ワ、ワイルドハントだ!」


 1人の戦士が叫ぶ。

 この亡霊の群れはワイルドハントと呼ばれるものである。

 ワイルドハントは霊体の亡者の群れで、出会った人の魂を狩る。

 そのワイルドハントを率いているのはかつて人間の英雄で、死の君主によって魂を狩る者へと変えられた。

 狩られた者はワイルドハントに加わり、さらに人々の魂を狩るようになる。

 そして、最後は死の君主ザルキシスに喰われてしまう。

 そのため、ワルキアに近いチューエン諸国では扉にワイルドハントを避けるため護符を付けるのが一般的だったりする。 


「魔法の武器を持たぬ者は隠れろ! 魂を狩られるぞ!」


 王子クーリは叫ぶと剣を抜く。

 その剣には魔法文字ルーンが刻まれているのがクロキの目にわかる。

 ルーンソードと呼ばれる、魔法の武器である。

 本来なら鉄は魔法と相性が悪く、一時的にしか魔法を帯びさせる事ができない。

 そのため、一般的に魔法の武器には青銅が使われる。

 しかし、魔法文字ルーンを刻み込む事で、鉄にも恒常的に魔法を帯びさせる事が出来る。

 ただ、作るのは難しく、人間には作る事が出来ず、ドワーフやサイクロプス等の魔法鍛冶師のみにしか作成できない。

 そのため、一般的に流通はしない。

 クーリが持っている武器はドワーフから送られた、ブリュンド王国の国宝である。

 ワイルドハントの狩人達は全員霊体アストラルボディであり、魔力を帯びない武器では追い払う事ができない。

 さすがの戦士達も武器が効かない相手では、どうする事もできない。

 魔法が使えず、魔法の武器も持たない者は下がるしかなかった。

 司祭のフルティンは陽光の魔法を唱え、アンデッドハンターのモンドは魔法の銀の小剣で、そして、戦士マルダスは獣の霊感によって得られた魔法で対処する。

 

「クーナ」


 クロキはクーナを見る。


「わかっているぞ、クロキ。この程度、クーナの魔法なら一瞬だぞ」


 クーナは魔法の盾を大きく広げる。

 本来なら防御のためのものだが、ぶつければ攻撃にも使える。

 しかも、霊体アストラルボディの相手ならば特に効果は絶大であった。

 魔法の盾により、次々と亡霊は消えていく。

 そして、最後に残ったのは複数の幽霊の猟犬ゴーストハウンドを連れた亡霊がただ1人。  

 その亡霊は馬に乗り、猟犬達を引き連れて降りてくる。

 弓と矢を持った男だ。

 着ている物から、生前はかなり身分が高かったようである。


「おのれ……、偉大なる死の君主に捧げるべき魂を……」


 最後に残った亡霊は降りてくるとクーナに怨嗟の声を出す。

 

「ふん、死の君主に操られている愚か者め、まあ、本体はそちらだろうがな」


 クーナは亡霊ではなく幽霊の猟犬ゴーストハウンドの方を見る。

 気付かれた幽霊の猟犬ゴーストハウンドは逃げ出そうとするが、それを許すクーナではない。

 クーナは大鎌を呼び出して振るい、残った亡霊達を一瞬で消し去る。

 それを見た。戦士達が喝采を上げる。


「さすがは戦乙女様だ」

「はい、さすがです」


 フルティンとクーリが感心したように言う。

 クロキは砦を見る。


(砦もワイルドハントに襲われていたみたいけど、大丈夫なのかな)


 クロキがそんな事を考えていると砦から松明を持った数名の者が馬に乗り近づいて来る。

 鎖帷子チェインメイルを着込んだ騎士風の男で、年齢はフルティンと同じくらいだろうか、鼻の下の髭がとても特徴的である。


「おお! 誰かと思えば! 我が友フルティンではないか! それにモンド殿も一緒か!」


 騎士風の男はフルティン達を見て嬉しそうな顔をすると近寄り、馬から降りる。


「その通りだ、フニャーチン。久しぶりであるな」


 フルティンとフニャーチンは抱擁する。

 クロキは事前にフルティンから聞いていた事を思い出す。

 フニャーチンは聖鉄鎖騎士団に所属する騎士で、この砦にいる騎士達の指揮官である。

 フルティンの妻ポナメルとも昔からの知り合いで、ポナメルを巡り争った事もあったそうだ。


「それに、そこにいるのはクーリ様でありませんか? お久しぶりでございます」


 フニャーチンはクーリに頭を下げる。

 

「お久しぶりです。フニャーチン卿。ワイルドハントに出くわすとは……、運がありません」


 クーリはそう言うと苦笑いを浮かべる。

 ワルキアに近いチューエンの地では、ワイルドハントが出没するが、そこまで頻度は多くない。

 少なくともこれまではそうであり、クーリはワイルドハントに出会った事を運が悪かったと思っているようであった。


「それなのですが、クーリ様。ワイルドハントに出会うのは今月で4度目なのです……。何とか霊除けの護符でしのいでいたのですが……。どうも最近亡霊共の力が強くなっているようなのです。このままではそのうち犠牲者が出るでしょう」


 フニャーチンはそう言って目を伏せる。

 クーリとフルティンは驚く。

 ワイルドハントは年に1回2回出会うと運がないと言われている。

 それが、月に4度も出現しているのだ。驚くのも当然であった。


「ところで、ワイルドハントを退けたあの光は一体。魔法ですかな?」

「ああ、それなのですが、フニャーチン卿。紹介したい方がいます。戦乙女様」


 クーリがクーナの方を見る。

 クーナはクロキの側で退屈そうにしていたが、呼ばれて、クーリ達の方を見る。


「うん? 何だ?」


 クーナがフニャーチンの方を見た時だった。

 フニャーチンは驚きで目を見開く。


「何という。美しい御方だ……。ク、クーリ様。この方は一体?」

「この方は戦乙女クーナ様です。フニャーチン卿。先程ワイルドハントを退けたのは戦乙女様です」


 クーリは笑って言う。

 クーナを見れば当然の反応であった。

 クロキもそんなフニャーチンを見て笑う。

 そして、自分の紹介はしてくれないのだろうかと思う。

 クーリに悪気があるわけではないのだろうが、完全に忘れられているようであった。

 フニャーチンはクーリからこれまでの経緯を聞き、頷く。


「なるほど。そういう事だったのですか……。しかし、ここで話すのもなんですし、砦で続きの話をしましょう」


 フニャーチンはクロキ達を砦へと案内する。

 砦はそこまで大きくないので、戦士の多くは外で待つ事になる。

 入るのは王子であるクーリを始めとしたごく一部の者だけだ。

 中に入ると騎士の従者達が出迎える。

 砦にいるのは騎士だけでなく、騎士の従者も生活している。

 彼らは騎士達の生活を支え、いざという時は歩兵となる。

 クロキは砦の中を見る。

 ざっと30名程の者達の姿が見える。

 騎士らしき者の姿は少ないように感じる。

 クロキ達はフニャーチンの案内でオーディスの礼拝所へと入る。

 礼拝所は神殿を建設する場所がない時に城の部屋等に作られる場所だ。

 基本他の部屋よりも広めに作られるので会議室になる事もある。

 

「どういう事だ? いつもよりも人が少ないように感じる。ベルモもいないようだが?」


 クロキと同じように感じたのかモンドが言う。


「モンド殿。そのベルモ殿なのですが、数名の騎士と共にワルキアに入ったのです」


 フニャーチンは説明する。

 ベルモはモンドと同じアンデッドハンターである。

 アンデッドハンターは聖鉄鎖騎士団と協力し合う関係にある。

 モンドとベルモは何度もこの砦に来た事があった。

 そのベルモはつい3日前に砦の騎士と共にワルキアに入ったようであった。


「何!? 馬鹿な!? 戻って来るまでは動かないはずだ」

「それが、モンド殿。最近ワルキアから出てくる亡者の群れがさらに多くなり、ベルモ殿は少し様子を見てくると言って出掛けられたのです。それに、騎士達の何名かが同行しました。ワイルドハントの事もそうですが、やはりワルキアで何かあったようですな」


 フニャーチンは溜息を吐く。

 ベルモと騎士達はワルキアに入ったまま戻ってこず、ワイルドハントの襲撃で少数だが騎士達に犠牲が出た。

 騎士の数が少ないのはそれが理由であった。


「ふん、異変の理由は死の神が力を取り戻したからだ。これから先、亡者の群れはさらに多くなるぞ」


 クーナは礼拝所の椅子に座るとつまらなそうに言う。

 フニャーチンは驚いた表情でクーナを見る。


「クーナ達はその死の神の様子を見にこの地に来たのだ。お前達はクーナ達が安全にワルキアに入る手助けをしろ。そういう事だ」


 そう言ってクーナは指示を出すのだった。




★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


 遅れて申し訳ないです。

 土曜日曜に突発の用事が入りました。そのため、平日の月曜と火曜日に出来るだけ早く帰って、急いで執筆をした結果だったりします。

 次回は速く更新できるように頑張ります。

 いよいよワルキアに入ります。


 4月から忙しくなりそうです……。コロナには皆さん気を付けて下さい。


 ワイルドハントですが、名作ゲーム「The Witcher 3」の副題でもありますね。

 ネットフリックスで実写化されたとか?



 そして、フニャーチン……。

 下ネタですね。ごめんなさい……。

 


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