第12話 蛆蠅の教徒1
翌日になりブリュンド王国から、戦士達が旅立つ。
目指すはワルキアである。
戦士達はブリュンド王国の自由戦士がほとんどで、一部にオーディス教団所属の戦士とブリュンド王国の騎士達がわずかに交じっている。
死の大地ワルキアに向かうというのに戦士達の士気は高く、全員顔が明るい。
理由は美しい
例え死んだとしても美しい戦乙女に天界に連れて行ってもらえるのなら、むしろ望むところである。
彼らは死を怖れずに戦うつもりである。
それは同行するクーリも同じであった。
いつものクーリは騎士を率いる者として馬に乗るが、今回は馬車に乗っていく事にした。
クーリの乗る馬車の前は騎士達が先行して後ろでは戦士達の乗る馬車が続き、ワルキアへと向かっている。
馬車は12台であり、多くの戦士と物資を乗せている。
普段の戦士達は徒歩で歩くのだが、それだと時間がかかるのでブリュンド王国の王グンデルが馬車を多く用意したのだ。
後ろの馬車では戦士達の楽しそうな歌声が聞こえる。
戦いに行くのが嬉しい様子だ。
「羨ましいな。私も彼らと同じように戦いに参加したいものだ」
「いけません、クーリ様。御身はブリュンドの王になる身。人には役割があります。生きて人々を導くのも立派な戦いですぞ」
クーリがそう言うと同乗するフルティンがクーリを窘める。
クーリはブリュンド王国の次の王であり、死ぬことは許されない。
同行するのも途中までの予定である。
「まあ、無理もねえな。あれ程美しい戦乙女様がいるのなら、誰よりも勇敢に戦いたくなるのも無理ないぜ」
同じように同乗するマルダスが笑いながら言う。
戦乙女は勇敢に戦う戦士を天界へと運ぶと言われている。
地上の戦乙女ではあるが、彼女達は女神アルレーナと繋がりがある。
彼女の目に留まりたいと思う戦士は多いはずであった。
「確かにそうですね。あれ程の美女を見るのは初めてです。それにしても、戦乙女様と一緒にいる者は何者でしょう?」
クーリは笑って後ろに続く馬車を見る。
このすぐ後ろの馬車には戦乙女クーナが乗っている。
クーリは彼女と同乗したかったが、戦乙女が嫌がったので別の馬車に乗る事になった。
彼女の馬車にはクロキという名の者が乗っているだけだ。
クーリは彼がとても羨ましかった。
「さあな、何者かな? あんまり、強そうには見えねえけどな。頼りなさそう感じだが」
マルダスが首を傾げる。
戦乙女は優秀な戦士を好むはずであった。
一緒にいる男は優秀な戦士に見えない。
それはクーリもフルティンも同じで不思議に思う。
「そうかな、俺にはあの男が只者には見えない」
この馬車に一緒に乗っている最後の一人であるモンドがぼそりと呟く。
モンドは馬車の中で武器の手入れを黙々と続けていて滅多に喋らない。
そのモンドが会話に参加するのは珍しい。
本来、この馬車はクーリとフルティンだけが乗る予定であった。
しかし、クーリが話し相手としてマルダスとモンドを望んだため、一緒に同乗している。
「只者ではないですか?」
「はい、あの足運び、それなりに訓練を積んだ者に違いない」
モンドの言葉にクーリとフルティンとマルダスは驚く。
「ほう、モンド殿がそう言うのなら間違いないでしょう。モンド殿の目は確かですからな」
フルティンは頷く。
戦乙女と一緒にいる男性の名はクロキ。
クーリは彼があまり強そうに見えなかった。
しかし、考えてみれば戦乙女が従者としている程の者だ。
実際は強いかもしれない。
「戦乙女に選ばれた戦士か……。実力を見てみたいぜ」
マルダスも頷いて言う。
その言葉にクーリも頷くのだった。
◆
クロキとクーナを乗せた馬車はワルキアへと進む。
屋根付きの馬車は豪華ではないが、作りが立派で広く、御者を含め9人は乗れるだろう。
しかし、御者は屋外にいるので馬車の中にはクロキとクーナしかいない。
他の馬車には戦士達が満員である事を考えればかなりの好待遇だ。
馬車の横には騎士達が馬に乗り同行している。
ブリュンドの騎士の半数である30名で、かなりの数であった。
そして、戦士を含めてワルキアに向かうのは約100名であり、この後他国の戦士達と合流する予定だとクロキは聞いていた。
これ程の数の戦士が集まるのはブリュンド王国が大国であり、チューエン諸国の盟主だからだ。
また、これだけの馬を用意出来る事もブリュンドが大国である事を示している。
馬の速度であれば通常よりも速く、ワルキアまで行けそうであった。
そんな、ワルキアに向かう馬車の中、クロキの目の前には
どこから衣装を用意したのかわからないが、かなり凛々しい姿であり、見ていて飽きない。
(これは、なかなか……。本当に似合っている。だけど、ちょっと複雑な気持ちになっちゃうなあ)
クーナが戦乙女に化けた事で人間達は死を怖れずに戦うだろう。
その方がワルキアに侵入しやすくなるが、犠牲が多くなるかもしれない。
だけど、クロキは犠牲を少なくすませたい。
彼らは囮であり、死ぬまで戦う必要はない。
しかし、中には死ぬまで戦う者もいるだろう。
それがクロキとしては嫌であった。
クーナは人間が死ぬ事を何も気にしていない。
クーナはクロキから見られているのが嬉しいのか「ふふん」と笑っている。
「さすがに暇ですねえ……。どれくらいかかるんですかあ?」
馬車の中でティベルが暇そうに飛ぶ。
「そうだね、ブリュンドからワルキアの境界までは馬車で2日。明日の夜にはついていると思うよ」
クロキは答える。
緊急時にはワルキアの境界の国を支援するために街道がある程度整備されているため、思った以上に速くワルキアに到着する事ができる。
もっとも、ティベルには遅く感じるらしく、嫌そうな顔をする。
確かにクロキとクーナの足なら1日とかからずに辿り着ける距離である。
「仕方がないぞ、ティベル。特に急ぐ必要はない」
クーナがティベルを窘める。
クーナにしてみればクロキと一緒にいる事が出来ればどこでも良いのである。
だから、クロキと一緒にいる事が出来るのなら遅かろうが速かろうが問題はない。
クロキも1日2日ぐらいなら遅くても問題はない。
だから、馬車に揺られて進んでいるのだ。
そんな時だった。
馬車が急に止まる。
「うん? どうしたのだろう? 休憩かな」
クーナは馬車の窓から外を見る。
日が暮れるにはまだ早い。
馬を休ませるつもりかもしれなかった。
「いや、違うかもしれないぞ、クロキ。もしかすると問題があったのかもしれない」
クーナは険しい顔をする。
一番起こりそうな問題は魔物が襲ってくる事である。
チューエンはどちらかといえば魔物が多い地域である。
昼間はさすがに少ないが、それでも襲ってくる魔物がいないわけではない。
クロキがそんな事を考えていると馬車の外から声をかけてくる者がいる。
「戦乙女様。よろしいでしょうか? 我々の行く先に怪しい集団がいるようなのです」
声はブリュンド王国の王子であるクーリである。
クロキとクーナは顔を見合わせる。
行かないわけにはいかなかった。
「わかったぞ。すぐに行くぞ」
クロキとクーナは馬車を降りる。
クーリ達の様子がおかしい。
何か見つけたのかもしれない。
「戦乙女様。どうぞこちらに少し丘になっている所があります」
クーリはクロキ達を案内する。
少し丘になっている所に上るとそこには司祭であるフルティンと数名の者達が遠くを見ていた。
クーナが近づくと道を開ける。
「どうした? 何かあったのか?」
「はい、ここから先をご覧ください。遠くに何者かの集団が見えますでしょうか?」
クーリに促されてクロキとクーナは遠くを見る。
かなり、遠くに複数の人影が見える。
普通の人間なら、何かいるぐらいしかわからないだろう。
しかし、この世界のクロキは視力が良くなっているので、その者達の姿をはっきりと見る事ができた。
白い衣を着た集団である。
ただ、おかしいのは全員に大量の蠅が飛んでいる所である。
白い衣の集団は蠅を追い払う様子はない。
クロキはさらに白い集団を見る。
「蛆が顔に張り付いている? どういう事だ?」
クロキは呟く。
白い衣の集団はフードを被っているが、こちらを向いている者もいる。
その者の顔に蛆が張り付いているのがクロキには見えた。
まるで、顔が腐っているようである。
「ほう? ここから見えるのか? その通りだ。あの者達は蛆蠅の教徒共に違いない」
つばの広い帽子を被った男が言う。
モンドというアンデッドハンターである。
クロキはこのモンドという名の男性が歩き方から、かなり手練れだと見ていた。
帽子の陰から覗く眼光はするどく、クロキを品定めしている。
「戦乙女様。どういたしましょう? 蛆蠅の教徒は邪神を崇める者達です。掃討すべきだと思いますが、どうしまししょうか?」
クーリは進言する。
本人は最初から掃討すべきだと思っているが、念のためにクーナに伺ったようであった。
「王子よ。蛆蠅の教徒共は疫病を振り撒く。奴らの武器にかすりでもすれば、危ない。火矢を使い遠くから攻撃すべきだ」
モンドの言葉を聞いて、その場にいる者達は嫌そうな顔をする。
クロキも蛆蠅の教徒達の事は聞いていたのでその気持ちはわかる。
蛆蠅の教徒は死の御子である蛆蠅の法主ザルビュートを崇める者達だ。
その身に病気を宿し、振り撒き、多くの人を死に至らしめる。
「確かにそうですね。誰か……」
クーリがそう言おうとした時だった。
一人の騎士が前に出てくる。
「お待ち下さい、王子。それが、矢が効かないようなのです。すでに何名かの戦士が矢を射かけたのですが、風もないのに届く前に全ての矢が落ちたのです」
「何だって!?」
その言葉にクーリは驚く。
「魔法だな。おそらく、奴らの中に司祭がいる。やっかいだな。フルティン殿。貴方の魔法で疫病を治癒する事はできますか?」
「少し難しいですな。ファナケア様の司祭がいれば何とかなったのですが」
フルティンは険しい顔をする。
疫病の魔法は結果的に多くの者を死に至らしめる。
医と薬草の女神ファナケアの司祭ならば対抗できるかもしれないが、フルティンが使う魔法では対抗するのは難しそうであった。
「何をうだうだと言っている。クーナが片付けてやるぞ」
しびれを切らしたクーナが鎌を取り出す。
「えっ!? お待ちください!? 戦乙女様をあのような不浄の者達に近づけるなど」
「ふん、今更何を言っている。これから、不浄の地であるワルキアに行くのだぞ」
クーナは構わず行こうとするとクーリ達が止める。
清浄なる戦乙女を近づけたくないようであった。
「待って、クーナ。自分が行くよ。顔を隠して本気を出さなければ気付かれないかもしれないし」
クロキはクーナに言う。
すると、周囲の者達はクロキを見る。
ほぼ全員が「何を言っているんだ、お前は」という顔であった。
「良いのか? クロキ? 奴らの中にはあの死神の子と繋がっている奴がいるかもしれないぞ」
「確かにそうだね。でも、あれをこのままにはしておけない。もし、あれが蛆蠅の教徒なら大変な事になる」
クロキはここに来る前にザルキシスとその眷属の事を調べていた。
調べた事が本当なら、そのままにはしておけなかった。
「貴方が? 一人で行くのですか?」
「はい、王子様。自分だけ行きます」
クロキがそう言うとクーリは信じられないという顔をする。
(ワルキアに到着したら、彼らに戦ってもらう事になる。ならそれまでは自分が戦う)
クロキはそんな事を考える。
戦士達の何名かは死ぬかもしれない。
彼らは元々ワルキアに行く予定だったらしい。
だけど、それでもクロキは気にしてしまうのである。
「それじゃあ、行って来るよ。クーナ」
「ああ、わかったぞ、クロキ」
クロキがそう言うとクーナは頷く。
そして、クロキはただ一人丘を降りる。
◆
クロキが蛆蠅の教徒に向かうのをクーナは見送る。
特に心配はしていない。
クーナはクロキを信じている。
クロキがクーナを信じていなくてもだ。
クロキがクーナを愛してくれるのなら、信じてくれなくても良いのである。
「あの大丈夫でしょうか?」
名前は忘れたが一緒について来ている王子がクーナに聞く。
クロキの事を信じていないようだ。
それは他の人間共も同じだ。
いや、約一名だけ違うようだ。
帽子を目深に被った男はクロキの様子をじっと見ている。
この人間だけは評価しても良いとクーナは思う。
「大丈夫に決まっているだろう。クロキは強いんだぞ。もちろん、クーナよりもな」
「えっ!? そうなのですか!?」
クーナがそう言うと王子は信じられないという顔をする。
その表情は面白く、少しだけクーナの機嫌を良くする。
「まあ、見ているが良いぞ、王子。クロキの戦いぶりをな」
そう言ってクーナは笑うのだった。
★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★
また一日遅れました。ごめんなさい。
本当は今回で蛆蠅の教徒は終わる予定でしたが、二つに分けました。
実は途中まで、書いて書き直したのです。
その割には大したものは出来ていませんが……。
急いだので誤字もかなり多そうな気がします。
報告して下さると助かります。
そして、ハエの漢字ですが「蠅」と「蝿」の二つがあります。
どうやら、「蠅」の方が一般的らしいので、これに統一しようかなと思います。
過去に書いたのも順次書き直そうと思います。
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