第6話 ブリュンド王国

 ミノン平野から北東のヒュダンの地を超えるとチューエンの地へと辿り着く。

 チューエンは北の海に面した地であり、遥か北にある氷の島から吹く風雪がその大地を白く染める。

 チューエンはナルゴルよりも南にあるにも関わらず、北風の向きの影響のためかナルゴルよりも雪が多い。

 1年の多くが雪に覆われ、大地は痩せており、作物は多く実らない。

 チューエンの多くを覆う黒い森にはゴブリンと狼人が住み、北西にはオーク族が多く住むノード半島がありチューエンにまでやって来て人々を襲う。

 そして、またチューエンの南部には死の大地ワルキアがあり、死者達が起き上がり生者を仲間にしようとやって来る。

 そのため、チューエンの地は人間が住むには過酷な土地だ。

 それでも、チューエンの人々は僅かな実りを糧にしてこの地を生きるのである。

 そのチューエン西部の人間諸国の中心となるのがブリュンド王国である。

 人口は4万5000であり、他の諸国に比べるとかなり多い。

 その理由はチューエン沿岸の諸国と他の地域へと繋がる交易路にあるからである。

 チューエンは貧しいが、それでも交易品が全くないわけではなく、特に北の沿岸部から獲れるニシンはチューエンの特産品である。

 これらの特産品がブリュンド王国に集まり、他の地域へと輸送されるのである。

 クロキとクーナはそんなブリュンド王国へと来ていた。



 クロキはブリュンド王国の宿屋の1階から、外を眺める。

 木で作られた窓は少し開かれていて、大通りを歩く人々を見る事ができた。

 時刻は昼過ぎであり、通りには人が多い。

 それだけなら、人口の多い国なら普通であるが、歩いている女性の中には着飾っている女性がちらほらと見かける。

 ブリュンド王国に来るのが初めてであるクロキはそれが普通の光景なのかとクロキは思ったが、どうらや違う様子であった。

 城門近くにある宿屋渡り鳥亭の1階は酒場兼食堂になっていて、その酒場に多くの人が集まっている。

 時刻は昼であるが、集まっている人は酒盛りをしている。

 酒場に集まった人々が飲んでいるのはエールと呼ばれる麦酒であり、集まった人々はエールを楽しそうに飲んでいる。

 席はすでに満席であり、にぎやかな声が酒場に響く。


「まったく騒がしい奴らですねえ。クーナ様ぁ」


 卓の上にある干した果実と蜂蜜が練りこまれた菓子パンを頬張りながらティベルは文句を言う。

 ダークフェアリーであるティベルは目立つ種族である。

 しかし、現在ティベルは隠形の魔法を使っているので、戦士達には気付かれない。

 だから、堂々と卓の上に座っているのである。

 卓にはエールと黒パンと焼いたソーセージとキャベツのスープがある。

 菓子パンを除けばチューエンで一般的な食事である。

 チューエンの地は水質が悪く、沼や池はあっても毒が含まれている事が多い。

 そのため、長期保存が可能なエールが飲料水の代わりに飲まれるので、水よりも安かったりするのだ。

 パンはアリアディア共和国で食べられるような白いパンは少なく、酸味があり、日持ちがする黒麦から作られる黒パンが一般的だ。

 肉も保存の効くように加工され、また食が豊かでないため血の一滴も無駄にしない。

 クロキの目の前にあるソーセージも血とハーブを腸に詰めたものだ。

 固いキャベツは痩せた土地でも育つが、生食に適さずスープにするか発酵させてやわらかくして食べられる。

 全体的に質素な食文化なのがチューエンであった。

 もっとも、ティベルが食べている菓子パンは特別だったりする。


「確かにうるさいな。クロキ。奴らを静かにしようか?」


 外套のフードを目深に被ったクーナも不機嫌そうに戦士達を見る。

 美人であるクーナはそのままでは目立つのでフードを被って行動している。

 そのためか、ブリュンド王国に来てから不機嫌であった。


「ダメだよ、クーナ。どこかで、死の眷属の奴ら見ているかもしれない。目立つ行動はやめよう」 


 クロキはあたりをきょろきょろしながら言う。


「それについては大丈夫だぞ。クロキ。死の眷属は瘴気を発する。少なくともここにはいないぞ」


 クーナはさも当然のように言う。

 確かにクーナの言う通りであった。

 ザルキシス達死の眷属は瘴気を発する。

 瘴気の多い場所ではごく一部を除き生物は病気になる。

 人間も瘴気に弱く、この国で瘴気を感じ取れるようなら、疫病が発生しているという事だ。

 酒場の人々等を見ても、この国で疫病が発生している様子はない。


「そうですよ~。クロキ様~。気にし過ぎですよ」


 ティベルもうんうんと頷きながら言う。

 現在クロキとクーナについて来ているのはティベルだけだ。

 道化もこの国に入るまでは一緒だったが、目立つので城壁の外に待機してもらっている。

 クロキはクーナの魔法で門番を操り入国した時の事を思い出す。

 城壁の門には入国を希望する者達が列を作っていた。

 普段からこのように人が多いのだろうかと疑問に思う。


「まあ確かにいないだろうけど、目立つのは良くないよ……。それにしても本当に人が多いな。何かあったのかな?」


 クロキは酒場にいる人達を見る。

 次々と人が宿屋に入っている。

 しかし、すでにこの宿屋はいっぱいで泊まる事はできない。

 クロキとクーナも宿は見つからなかった。

 そのため、どうしようかクロキは悩んでいる所である。

 クロキの乗っていた空船はワルキアの南を飛んでいる。

 つまり、クロキ達のいるブリュンド王国と反対側にいる事になる。

 理由は陽動である。

 ザルキシス達もクロキ達や天使達がワルキアの近くに来ている事は気付いているはずである。

 反対側に空船を飛ばして、そちらに注意を向けて、その隙にワルキアに侵入する予定であった。

 また、ヘルカートが指揮をしているので安心である。

 問題はクロキ達の乗っている空船をエリオスの天使達も警戒している所だろう。

 チューエンを飛んでいた天使達も空船の方に行ったようで、現在ブリュンド王国の上空に天使はいない様子であった。


「それならば聞けばよいぞ、クロキ。おい、そこの女。クーナの質問に答えろ」


 クーナは歩いている給仕の女性を止める。

 

「えっ、お客さん? 何か用かい?」


 給仕の女性は急に声をかけられたので、キョトンとした様子で答える。


「女? ここはいつもこんなに人が多いのか?」


 そのクーナの質問に給仕の女性は驚いた顔をする。


「えっ!? お客さん何も知らないの!? クーリ王子様が花嫁を探している事を!?」


 給仕の女性は説明する。

 ブリュンド王国のグンデル王の嫡子クーリは22歳である。

 背が高く眉目秀麗であり、勇敢なクーリ王子は、戦士としても優秀であり、ブリュンド王国を襲うオークやゴブリンの群れを何度も討伐した。

 優しく、賢いクーリ王子を見て、ブリュンドの市民達は王国の未来が安泰だと誰もが思った。

 しかし、問題はこのクーリ王子に浮いた話が何もない事であった。

 チューエンの地では17歳ぐらいで結婚するのが普通なので、かなり遅い。

 グンデル王は縁談を進めるが、クーリは乗り気ではない。

 そんな王子を心配したグンデル王は家臣達に相談する。

 家臣達は王子が気に入る女性が現れれば結婚するだろうと進言した。

 そこでグンデル王は王子の花嫁を公募したのである。

 それが、2ヵ月前の事である。

 現在多くの美しい女性と付き添いの者とその美女を見物しようとする者達が国の内外から集まっているのである。

 そのため、人が多いのである。


「なるほど……。それで人が多いのか」

「そういう事だよ、お客さん」


 そこで給仕の女性はクーナを見る。


「おや、顔を隠しているけど、お連れさんは美人のような感じがするね。もしかして、お城に行って公募に参加するのかい?」

「いえ、違いますが……」


 クロキは首を振る。


「そうかい。まあ、外国の方だと、紹介状がないと無理みたいだけどね。私ももう少し若かったら、参加したのだけどねえ。一度で良いからお城の中に入ってみたいもんだよ」


 そう言って給仕の女性は笑う。

 誰でも参加可能だと、選ぶのが大変なので、原則として公募には一定の身分の者か、一定の身分の者の紹介がないと参加できない。

 当たり前の話であった。

 

「まっ、そういう事だよ、それじゃあね」


 給仕の女性はそう言って仕事に戻る。

 クロキとクーナはそれを見送ると顔を前に戻す。


「なるほど。何でこんなに人が多いのかわかったよ。これじゃあ、今夜の宿を探すのは難しそうだな」

 

 クロキは悩む。

 クロキだけならば、野宿でも良い。

 肌寒いチューエンは冬でなくても野宿に適していないが、強靭な肉体を持つ、クロキならば野宿も可能だ。

 しかし、クロキはクーナに野宿をさせたくなかった。

 だから、今夜の宿をどうするか迷う。


「それならば心配ないぞ、クロキ。あそこに泊まれば良い」


 心配するクロキをよそにクーナは笑うのだった。




 ブリュンド王国の王子クーリは城の廊下の窓から外を眺める。

 彼は今ある事で悩んでいた。

 国内の貴族や有力市民の令嬢はもちろん、国外からも多くの姫君が集まっている。

 その中から花嫁を選ばなければならないのである。

 期限は特に定められていないが、ここまでお膳立てをされては早いうちに選ばなければならないだろう。

 クーリが悩んでいると、誰かが近づいて来る。


「ここにおられましたか? クーリ様? どうなされました? 何かお悩みようですが?」

「そうだぜ、王子。そんな辛気臭い顔をしていたら、皆が心配するぜ」


 近づいて来た者達はクーリに声をかける。


「これは……。フルティン先生にマルダス師匠ではないですか」


 クーリは近づいて来た者を見て笑う。

 近づいて来たのはフルティンとマルダスであった。

 フルティンは中年のオーディス神殿の司祭であり、グンデルの頼みでクーリの家庭教師をしていたのである。

 そして、マルダスはクーリの剣の師匠だ。

 マルダスは戦いの神トールズ信徒であり、剣と拳闘に優れている。

 高名な戦士であり、彼もまたグンデルの頼みでクーリの師匠となったのである。

 

「もしや、結婚に乗り気ではないのですかな? クーリ様」

「わかりますかフルティン先生。父の気持ちはわかりますが、どうしても乗り気になれないのです」

 

 クーリは首を振る。

 クーリは別に女性に興味がないわけではない。乗り気になれない理由があった

 今から4年前の事である。

 北から来たオークの軍勢と、チューエン諸国の騎士達が戦った事があった。

 その時、クーリはブリュンドの騎士達を率いて参戦したのだ。

 オークの軍勢は強く、チューエン騎士団は負けそうであった。

 クーリはエリオスの神々に助力を願った。

 その声にエリオスの女神レーナが応えたのである。

 レーナの力により、力を得たチューエン騎士団は勝利した。

 その時にクーリは見てしまったのである。

 女神レーナの姿を。

 初めて見る女神の姿は美しく、クーリを虜にした。

 もちろん、相手は女神なので結ばれる事はない。

 その事をクーリも理解しているので、諦めねばならない事はわかっている。

 しかし、心は思い通りにならず、他の女性に興味が持てなくなってしまったのである。


「なるほどなあ、こればかりはどうにもならねえからなあ。何かきっかけがありゃ良いんだがな」

「確かにそうですな」 


 マルダスとフルティンは困った顔をする。

 マルダスは戦士であり、フルティンは鋼の戦司祭と呼ばれ、戦う聖職者である。

 4年前の戦いの時、マルダスとフルティンはクーリの側にいた。そのため、クーリの事情を知っているのである。


「ところで先生と師匠はどうしてここに? 私を探していたようですが? それに後ろにいる方はどなたですか?」


 クーリはフルティンとマルダスの後ろを見る。

 近づいて来たのはフルティンとマルダスだけではない。後ろにもう一人誰かがいたのである。

 その者は黒いフードを被り顔は良く見えないが男性のようであった。


「おお、そうですな。実はお伝えしたい事があるのです。クーリ様。モンド殿、あの話をお願いします」


 フルティンがそう言うと黒いフードの男が前に出る。


「初めまして、クーリ王子様。私はモンドと申します。1週間前までワルキアの地にいまいた」

「ワルキアに? どういう事でしょうか?」


 クーリは首を傾げる。

 チューエンはワルキアに隣接しており、その近くに住む者がブリュンド王国に来ることは珍しい事ではない。


「王子。モンド殿は死ねない者達を眠らせる者なんだぜ」

「えっ!? そうなのですか!?」


 マルダスの説明でクーリはモンドが何者であるのかに気付く。


 不死者狩りアンデッドハンター


 モンドはそう呼ばれる者なのだ。

 ワルキアとそれに近い地域では死者が蘇り、生者に襲い掛かる事は珍しくない。

 アンデッドは普通と違い倒し難い。

 そんな、アンデッド達を専門に倒す者がアンデッドハンターである。

 中にはヴァンパイアを標的にするヴァンパイアハンターもいたりする。

 

「はい、王子様。私は死ねない者達を眠らせる者です。王子様にお伝えしたい事があってまいりました」

「私に伝えたい事? 何でしょうか?」

「はい、最近ワルキアの様子がおかしいのです。その事をお伝えしたくて参りました」


 モンドはそう答える。


「はい、大変な事ですか?」

「はい、大変な事です。最近になってワルキアの土地からアンデッドの群れが湧き出す頻度多くなりました。もしかすると、過去に起こった死者の軍勢が来るかもしれません」

「死者の軍勢が……」


 クーリは困った顔になる。

 突然、そんな事を言われてもどうしようもないからだ。


「突然、このような事を言われても困るかと思います。クーリ様、ただ心に留めておいて欲しいのです。そして、私はマルダス殿とモンド殿と共にワルキアの地の様子を見に行こうと思うのですよ」

「フルティン先生とマルダス師匠がですか?」

「そういう事だぜ、王子。今日はそれを伝えに来たんだ」


 マルダスはそう言って笑う。

 その言葉にクーリは何と答えて良いかわからなかった。

 ワルキアは危険な土地だ。フルティンとマルダスは生きて戻れるかわからない。

 しかし、フルティンとマルダスは行くだろう。

 止めようもなかった。


「もっとも、今すぐに行くわけではありません。また、必ず戻るつもりです。戻られたら可愛いお世継ぎが生まれている事を期待していますよ」


 フルティンはそう言って笑うのだった。


 

 ★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★

 

 更新です。

 久しぶりの完全書下ろし……。

 遅くなりました。

 新しい要素を加えると更新ペースが今後も落ちます。 

 

 また、モブの名前については色々と悩む事もあります。

 一番は自分が忘れない事。

 そして、世界観的におかしくないようにすることです。

 色々と人名を調べてつけています。

 実はフンデル王の嫡子ゲーリにしようと思っていました。どちらも、普通の名前のはずなのですが、違う意味にも聞こえる。

 難しいですね(;´・ω・)




 

 

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