第7話 アンデッドハンター

 ブリュンド王国の王城のすぐ近くにオーディスとフェリアの神殿がある。

 その神殿のすぐ近くの宿屋にマルダス率いる鉄血戦士団は宿泊している。

 神殿は市民達の集い場であり、冠婚葬祭に使われる場でもある。

 宿は神殿の外から来た関係者等が利用するために作られた。

 しかし、神殿に用のある外来客は稀であり、現在はマルダスの戦士団の拠点になっている。

 宿の1階は他の宿と同じように酒場兼食堂であり、戦士達がエールを飲んでいる。

 戦士達のほとんどは上半身が裸体である。

 なぜなら、彼らのほとんどはトールズの戦士だからだ。

 トールズの戦士は鎧を着るのは死を恐れる臆病者のやる事であり、むしろ裸同然の格好が望ましいとされている。

 冬でも裸でいるのが当然で、毛むくじゃらで鍛えられた肉体を持つ彼らは寒さをものともしない。

 そんな戦士達が集まっているので、宿の中はかなりむさ苦しい状況であった。

 

「団長……、やはりワルキアに行くんですかい」

「アナガ。お前はまだそんな事を言っているのか? そんな事じゃ神の戦士としてエリオスに行けねえぞ」


 マルダスは眉を顰める。

 マルダスはつい先程王城から戻って来たところだ。

 この神殿の責任者であるフルティンは他に用事があるらしく王城に残ったままだ。

 また、モンドはファナケア神殿に用事があるらしく、途中で別れた。

 そして、戻って来て、酒盛りに加わり、しばらくすると仲間の戦士アナガに声をかけられたのである。

 アナガも優秀なトールズの戦士だが、アンデッドを苦手としていて、今回のワルキア行きを嫌がっていた。

 トールズの信徒はレーナの信徒と同じく、勇敢な戦士は死後その魂は戦乙女によってエリオスへと運ばれて神の戦士となると信じられている。

 だから、本来ならトールズの戦士は死を怖れない。

 しかし、アナガにとってアンデッドは別のようであった。

 

「確かにそうだ。だが、アンデッドにされちまったらエリオスに行けねえんじゃねえか、死の神に捕らわれたらよお」


 アナガはそう言うと仲間達を見る。

 ワルキアの地で死んだ者は永遠の死の神の奴隷になると噂されている。

 それは、死を怖れないトールズの戦士も怖れる事であった。

 マルダスも団員を見る。

 他の団員も不安に思う者もいるようであった。


「おぞましき死の神に捕らわれた者に安らぎを与えねばならない。それは天の神々も望む事だ。戦乙女様も見ているだろう。怖れずにワルキアに行くべきだ」


 突然宿の入り口から声がする。

 マルダスが入り口を見るとそこには黒い喪服を着た男が立っている。

 アンデッドハンターのモンドである。

 どうやら、戻って来たようであった。

 マルダスを除く戦士達はモンドを見て微妙な顔になる。

 モンドは鉄血戦士団の団員ではない。

 信仰も戦神トールズではない。

 モンドはマルダス達と違い、嘆きの天使バンシィラを信仰する。

 嘆きの天使バンシィラは女神フェリアに仕える女性の天使であり、死と勇気の天使ニーアと同じく死を司る天使だ。

 戦乙女でもあるニーアは戦士の死を見守り、バンシィラは戦士以外の者の死を見守る。

 バンシィラは人の死ぬ数だけの涙を流し、人の魂に安らぎを与えると言われている。

 そのため、葬儀の時には嘆きの天使を模した泣き女バンシーが付きそう地域もある。

 ただ、一般的にバンシィラのみを信仰する事はなく、葬儀もオーディス又はフェリアの司祭が執り行う。

 例外的にアンデッドハンター達が守護天使として信仰するぐらいである。

 アンデッドハンターはバンシィラに代わり、アンデッドと化した人の子に安らぎを与えるのだ。

 だが、信仰する対象が違うだけなら、戦士達は微妙な表情はしない。

 これはアンデッドハンターが総じて陰気な所があるからだ。

 そのため、陽気な者が多いトールズの信徒とは反りが合わない事が多い。

 マルダスがいなければ、共に行動する事はなかったであろう。 

 

「モンド殿の言う通りだぜ! 死を怖れるな! 戦いこそが俺達の進む道だ! 行くぞお前達!」


 マルダスは声を上げる。

 すると戦士達の何名かが同調する。

 同調したのは古株の戦士達だ。マルダスと同じよう相手が何であっても怖れる事はない。


「ところで、モンド殿。どこに行っていたんだ?」


 マルダスはモンドを見る。

 マルダスはフルティンの紹介でモンドと出会った。

 知り合って日は浅いが、マルダスはモンドが無駄な事をしないと知っている。

 そのため、何をしていたのか気になったのである。


「ちょっとポナメル殿の所だ。調べたい事があったのでな」

「ポナメル殿の所? と言う事は治療院か? どうして、そこに?」


 マルダスは首を傾げる。

 フェリアの司祭であるポナメルはフルティンの妻だ。

 普段はブリュンド王国にある治療院で患者の世話をしている。

 そこで調べる事があるのだろうか、不思議に思うのは当然であった。


「死の使徒がいないかどうかを探すためだ。死の神に魂を捕らわれた者は死んだ者だけとは限らない。奴らの中には疫病を発生させようとする者もいる。だから、治療院に行っておかしな事がなかったか調べていた」


 モンドは淡々と答える。


「そうか、それでおかしな事はあったのか? モンド殿」

「いや、わからなかった。だが、少なくとも蛆蝿の法主に帰依している者はいないようだ。あれはわかりやすい」

「なるほど……」


 マルダスは頷く。

 マルダスも蛆蝿の法主の信徒の事は知っていた。

 蛆蝿の法主ザルビュートは死の神ザルキシスの子である。

 その信徒は体が腐っていて、自らの肉体に蛆を養っている。

 自らの意思で、信仰しているのか、それとも無理やり信徒にされたのかはわからない。

 しかし、その信徒が近くにいると臭いですぐにわかる。

 また、疫病が発生する可能性があるので信徒を殺すしかない。

 このブリュンド王国にその信徒がいないのなら喜ぶべき事であった。


「だが、吸血鬼になり、夜の貴族になりたがる者は厄介だ。簡単には尻尾を出さない。いない事を祈るしかないな」


 モンドはそう言って窓の外を見る。

 夜が近づこうとしていた。 

 



 ブリュンド王国の王城の執務室にて大臣のコアックは仕事をしている。

 仕事は王子の花嫁選びである。

 コアックは花嫁に応募してきた女性の選別をする仕事をしているのだ。

 ブリュンド王国の貴族や近隣諸国貴族ならばともかく、一般市民で応募して来た者全員を王子に会わせる事は出来ない。

 そのため、コアックとその配下がある程度選別するのだ。

 

「あっあの! 閣下! 王子の花嫁に応募する者がまた来ました! お通ししてもよろしいでしょうか!」


 コアックが書類の整理をしていると配下の者が部屋に入って来る。

 配下の者は慌てている。

 その様子はただ事ではない。

 

「どうした? 応募者が来る事は珍しい事ではない。只者ではないのか? 紹介状はちゃんと確認したか?」


 コアックは聞く。

 あまりにも数が多すぎると全ての者を面接するのは無理なので、応募には紹介状が必要という事にしている。

 紹介状を見れば応募者が何者かわかるはずであった。


「それが、紹介状は持っていらっしゃらないようなのです」

 

 配下の者は困惑した表情で言う。


「何だ。紹介状を持っていない? なぜ、追い返さない」

「それが、そのあまりにも美しいので……」

「はあ!? 美しい!?」


 コアックは首を傾げる。

 今まで配下の者がこのような様子を見せた事はない。

 そのため、コアックは応募者に興味を持つ。

 執務室を出て、応募者の所へ行く。

 そして、待合室に入った時だった。

 コアックは驚きのあまり目を見開く。

 待っていた女性はあまりにも美しかった。

 輝く美しい銀色の髪、透き通るような白い肌、腰は細いが、胸はとても大きく、目を引く。

 配下の者が追い返せないのも当然だった。


(ごくり、これほど美しいとは……。これは死の君主に捧げれば、吸血鬼にしてくれるかも。戦うしか能のない奴らに力を見せてくれる)


 コアックは唾を飲むと、服の上から首飾りを触る。

 服の上から見えないが、首飾りは羽を広げた蝙蝠を模している。

 魔物の多いチューエンの地で生まれた男は戦士としての能力を求められる。

 それは貴族といえども変わらない。

 臆病であったコアックは魔物と戦う事を嫌がった。

 それでも、戦う以外の能力を示せば、誰からも蔑視される事はないだろう。

 だが、コアックは特に能力もなく、結局貴族の血筋で何とか役人のとして生きていた。

 しかし、気位の高いコアックは栄達を望み、邪神に祈ったのである。

 そして、汚い事をして大臣の地位を得た。


(何と言う美しさだ。これは、捧げるのが惜しくなるな……)


 コアックは応募者の女性を見る。

 王子の花嫁を募集するように進言したのはコアックである。

 その真の狙いは死の君主の生贄にするためだ。

 都合の良い事に、死の君主が復活したことで、ワルキアの貴族達は宴を催すようであった。

 コアックの捧げものは喜ばれるだろう。


「死の神を崇めるだけあって下卑た顔だな。何を考えているのか、クーナにはまるわかりだぞ」


 クーナと名乗った応募者の女性が笑う。

 そして、右手に持つ物を見せる。

 それは首飾りのようであった。中心部に蝙蝠の飾りがある。

 コアックは驚き、自身の胸を服の上から触る。

 そこには首飾りがあるはずであった。

 しかし、その感触がない。


「なっ、何!? どういう事だ!?」

「ふん、クーナに隠し事はできないぞ。クロキ、これで今夜の宿は大丈夫だ」


 クーナはそう言うと後ろのいる男性に言う。

 コアックはクーナにばかり気を取られていたので、もう1人いる事に気付いていなかったのだ。

 

「う~ん、強引なのはどうかと思っていたけど、まあ何かの企みを防げたのなら良しとしようか……」

 

 クロキと呼ばれた男性は頬を掻きながら言う。

 それなりに整った顔立ちだが、特に目を引くような者ではない。

 クーナの側にいるせいか全く気付く事はなかった。

 しかし、今はそれどころではなかった。

 目の前の美女は普通の人ではない、逃げなければならなかった。

 コアックは、後ろの扉に近づこうとするが、足が動かない。

 まるで、足が床に張り付いているかのようであった。

 横を見ると、一緒に入った配下の者が倒れている。

 意識を失っているようであった。

 そこで、コアックは気付く、青白く輝く蝶が部屋にたくさん飛んでいる事に。

 

「逃げられると思うな。だが、運が良いぞ、死の神がお前にもたらす過酷な運命から逃れられるのだからな。お前はこれからクーナの下僕だ」


 そう言ってクーナは笑うのだった。

 


 日が落ちるとワルキアのカルンスタイン城から1隻の空船が飛び立つ。

 空船の周りには幽霊を含んだ霧が纏っているためか、見えにくい。

 見る人が見れば、幽霊船が空を飛んでいると言うだろう。

 幽霊空船が飛ぶと空気が凍り、生き物は生命を奪われる。

 空は黒い雲に覆われているが、鬼火の灯りが幽霊空船を闇夜に浮かび上がらせる。

 その幽霊空船の中をジュシオは歩く。

 幽霊空船の船員である青い死者ドロウナー達が仕事をしている。

 青い死者ドロウナーは元船乗りの人間であるが、死の神によって船を沈められアンデッドにされた。

 今でも北の海ではドロウナーの乗せた幽霊船が姿を見せる。

 彼らは仲間を求め、人間の乗る船を襲うのである。

 この空船も元は海を行く船であった。

 それを改造して空船にしたのである。

 この船に乗る青い死者ドロウナー達もその船の船員であったらしかった。


「やあ、ジュシオ卿。この船の乗り心地はどうかな?」


 歩いていると突然声を掛けられる。

 この船の持ち主であるザシャ公子である。

 側には相変わらず美女達を引き連れている。

 先程、2名の美女を使い潰したというのに、まだ多くの予備がいるようであった。

 そして、これからさらに多くの美女を捕らえに行くのだ。


「良い乗り心地です。公子様」


 ジュシオは頭を下げる。


「ふふ、そうだろうとも。これから、迎え入れる姫君も気に入ってくれると嬉しいね」


 ザシャは幽霊空船が進む方向を見る。

 これから、向かうのはブリュンド王国と呼ばれる人間の国だ。

 そこには、死の君主を崇める信徒が美女達を集めているはずであった。


「それにしても、天使達がチューエンから離れてくれて良かったよ。折角の美女を迎えに行けないところだったからね」

「はい、公子様。南に出現したナルゴルの船に天使達は気を取られているようです」


 少し前まで、チューエンの空は天使達の監視下にあった。

 しかし、ワルキアの南にナルゴルの空船が現れた事でチューエンから天使が少なくなったのである。

 絶好の機会だとザシャはブリュンド王国へと向かう事にしたのである。


「ふふ、どんな姫君がいるかな。僕にふさわしいのだと良いのだけど」


 そう言ってザシャは自身の掌を舐める。

 掌には蛭の口があり、先程吸った美女の血が残っているのか赤い。

 血を舐めるとザシャはいやらしい笑みを浮かべるのだった。

 


 ★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★

 

日曜日にしか執筆できる環境にないので、しばらく週一更新になりそうです(T_T)


そして、泣き女の風習ですが、古代エジプトにもいたとの事。

また、ヨーロッパやアジア圏でもその風習はあり、バンシーの伝承もそこから来たらしいです。

そういうわけで、モンスターではないですが、バンシー設定を作りました。

 

それから、カクヨムとマグネットで設定資料集も更新しました。

良かったら、見に来て下さると嬉しいです。



 

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