第5話 吸血鬼伯
森の中をジュシオは姉のアンジュに手を引かれ走る。
「足が痛いよ、姉さん」
ジュシオは泣きながら言う。
先ほどから走ってばかりである。
まだ、6歳のジュシオには長く走る事が難しかった。
しかし、そんなジュシオの泣き言を姉のアンジュは聞く様子はない。
「駄目よ、ジュシオ! 早く逃げないと奴らが来るわ!」
そう言ってアンジュはジュシオの手を取り無理やり走らせる。
ジュシオとアンジュが住むアングリム王国は死の地であるワルキアに近く、そのワルキアの地から、死の軍勢が出てきてアングリム王国へ向かって来たのである。
死の軍勢の数は多く、王国の騎士や兵士達が全員で守ってもどうしようもない程であった。
そこで、アングリム王ワーキルは自分達が足止めをしている間に女性と子供だけでも逃がそうとしたのである。
だけど、死の軍勢は多く、ワーキル達だけでは止められず、追いつかれて、一緒に逃げていたアングリム王国の者達は散り散りになってしまった。
そんな中、ジュシオは姉アンジュと2人だけで逃げる。
ジュシオ達に両親はいない。ジュシオが物心つく前に死んでしまった。
そのためアンジュが母親がわりであった。
生活は苦しかったけど、アンジュはジュシオに優しく。
2人で頑張って生きてきた。
「ああっ!」
ジュシオは足がもつれて転ぶ。
足がすごく痛くて、もう一歩も動けそうになかった。
「ジュシオ! 大丈夫!」
アンジュはジュシオの側に膝を付く。
ジュシオはアンジュを見上げる。
表情からアンジュもきつそうであった。
「ごめん、姉さん……。もう走れない」
「駄目よ、ジュシオ! お願いだから立って!」
アンジュは泣きながら言う。
「あら? 鬼ごっこはもう終わりなのかしら?」
突然、ジュシオの横から声がする。
ジュシオが声のした方を見ると、そこには血のような真っ赤な服を着た女性が立っている。
その女性はとても美しくで、肌はとても白かった。
ただ、現実感がなくまるで幻のような女性であった。
先ほどまで近くには誰もいなかったはずであった。
どうして、今まで気づかなかったのだろうとジュシオは不思議に思う。
「けけっ、おいしそうな子供ですね。ザファラーダ姫様。指の一本だけでもあっしに下さいよ」
また別の場所から声がする。
今度はもっと近く、地面の方であった。
そして、声を発した者を発見して、ジュシオは叫びそうになってしまう。
そこにいたのは大きな鼠だ。
ただし、その鼠の顔は人間である。
鼠はいやらしく笑っている。
それを見てジュシオは体が震える。
こんな化け物鼠を連れているのだ。この赤い服の女性は人間ではないのかもしれない。
「ダメよ。こんな美味しそうな子ども。私が美味しくいただくわ。たまたま、様子を見に来て良かったわ」
そう言ってザファラーダは口を開く。
ジュシオはその時に見てしまう。
口の中にある無数の牙を、それを見て、心の中から恐怖が沸き上がって来る。
「ジュシオ! 逃げるよ!」
アンジュはジュシオを無理やり起こす。
しかし、一歩も動く事が出来ずに転ぶ。
「ごめんなさい姉さん。もう動けない……。僕を置いて逃げて」
「ジュシオ……」
アンジュは泣きそうな顔をする。
「残念。もう逃げられないわね」
ザファラーダは近づいて来る。
「お願い。弟は見逃して……」
アンジュは泣きながら懇願する。
それを聞いたザファラーダが笑う。
「あら、美しいわね、うん?」
ザファラーダはジュシオの顔をまじまじと見る。
「どうしたのですかい? 姫様?」
「ふふ、とんだ拾い物だわ。この子、少し混じっているわ。いいわ、弟は助けてあげる、でも貴方は駄目」
「えっ?」
アンジュの驚く声。
アンジュは空中に浮かび上がると、その体はザファラーダへと引っ張られる。
「ふふ、それじゃあ貴方の血を頂くわね」
ザファラーダは大きく口を開く。
耳まで裂けた口の中には無数の牙が生えている。
それが、アンジュの首へと突き立てられる。
それからはあっという間だった。
ジュシオの目の前でアンジュの体が次第に細く、干からびていく。
「ああ……。姉さん」
ジュシオは何も出来ずに、見ているしかなかった。
◆
ワルキアの地の北部、カルンスタイン城はチューエンの地の近くにある。
その城の棺の中でジュシオは目を覚ます。
どれだけ時間が経過しても、ジュシオの心を締め付ける。
ジュシオは棺から起きる。
周囲は暗い。
ジュシオは昔暗い場所が怖かった。姉のアンジュが手を繋いでくれないと眠れない程だった。
しかし、死の眷属となった今のジュシオには心地良く感じる。
棺はジュシオが治める城の中にあり、その最上階の城主の部屋に置かれている。
死の貴族であるジュシオが起きた事で城の中の
中には狂って
棺から起きると何者かが部屋に入って来る。
入って来たのは一匹の
「ようやくお目覚めですかい? 領主様?」
ブラグはジュシオを見て悪態をつく。
ブラグはジュシオの執事であり、この城の実質的な管理者である。
ブラグは
本来の主はザファラーダであり、ジュシオに対して忠実ではない。
「えっと、ブラグ? どうしたんだい?」
「どうしたじゃないですぜ! ザシャ公子様がお見えになるそうです? 支度をして下さい」
ブラグは呆れた声で言う。
ザシャ公子はジュシオの主君である鮮血の姫ザファラーダの弟である。
迎えに出る必要があった。
「全く何で後から来たお前が領主様なんだよ!」
ブラグは不満そうに言う。
ブラグも元はジュシオと同じように人間だった。
しかし、弱い人間である事を嫌がり、吸血鬼になる事を願った。
ブラグは自らの仲間と家族を死の眷属に売渡し、仲間になる事をねがった。
そして、願いはかなったが、吸血鬼ではなく、薄汚い人面の鼠である。
それに対して、ジュシオは
城の近くにはサンショスの村があり、村には餌となる人間共が飼育されていて、ジュシオはその人間達を管理して、支配している。
後から来た者がアンデッドの
「ブラグ。それは姫様の決定に逆らうと言う事か?」
ジュシオがそう言うとブラグは悔しそうに唸る。
「ぐっ! そんなつもりはねえよ!」
「そう、ならば良いよ」
そう言うとジュシオはブラグの態度を忘れる。
相手にするのも面倒であった。
ジュシオはザシャを出迎えるために城の屋上へと上がる。
外は夜であり、霧が出ているが、青白い鬼火達が多く飛んでいるので明るい。
黒い石造りの屋上には広い物見台があり、そこにジュシオは立つ。
ジュシオが空を見上げると一隻の空船が飛んでいるのが見える。
その空船の周りには多くの
すると、船から桟橋が出され誰かが下りてくる。
降りて来たのは8名の美しい人間の女性達である。
美女達は色とりどりの衣装で身を包み、華やかである。
その美女達に交じって一名の少年も降りてくる。
少年は金髪碧眼で美しく、年齢は人間でなら12歳ぐらいである。
美女と同じように金の刺繍が入った衣装を身に纏い、軽い足取りでジュシオに近づく。
この少年こそが紅玉の公子ザシャであった。
一見人間の少年に見えるが、ジュシオが生まれるずっと前から生きている、死の御子であった。
「出迎えご苦労だね。ジュシオ卿」
ザシャはジュシオに微笑む。
「ははっ! ザシャ公子様。城を預かる者として当然の事でございます」
ジュシオは跪き頭を下げる。
カルンスタイン城はザファラーダの持ち物である。
ジュシオはその城を預かっているだけにすぎない。
これは全ての
「そうかい、それでは少しの間滞在させてもらうよ。ジュシオ卿。さあ、行くよ君達」
ザシャがそう言うと美女達は静かに頭を下げる。
美女達の顔に表情はなく、全員が虚ろな表情をしている。
美女達はザシャの愛妾である。
そんな、美女達は人間の国から攫われるか、
美女達はザシャの後を付いて歩く。
ジュシオはそんな彼女達の後に続く。
そして、ザシャは謁見の間に来るとその城主の椅子に座り、美女達はその横に並ぶ。
「さて、ジュシオ卿。実はここに来た理由だけど、父上が帰還された事は知っているだろう?」
「はい、ザシャ公子様。偉大なる陛下がモードガルへとお帰り遊ばした事は知っております」
ジュシオは答える。
死の君主ザルキシスがワルキアの中心である幽幻の死都モードガルへと帰還した事は
「そうだ、ジュシオ卿。そこで、父上の帰還を祝福して宴が催される事になったのだ」
「なるほど……。では、もしや血の捧げものを? ですが、サンショスの村に今は捧げられる年頃の者は……」
ジュシオは困った顔をして言う。
ジュシオの支配するサンショスの村には死の君主と死の御子に捧げるための人間を飼育している。
しかし、つい最近捧げものをしたばかりであり、残っているのは子どもばかりだ。
その子どもを捧げる事をジュシオはしたくなかった。
「いやいや、ジュシオ卿。それは知っているよ。もちろん、父上に献上はするさ。だけど、別の場所から連れてこようと思ってね」
「別の場所ですか?」
「そうだよ、ジュシオ卿。このカルンスタインから近いよね。そこに遠征に行こうと思ってね」
ザシャは楽しそうに笑う。
「しかし、ザシャ公子様。あの地には今は天使達がいます。行くのは危険です」
ワルキアの北にあるチューエンの地には人間の国がいくつもある。
ただし、エリオスの天使達の監視下にあり、攻め込めば天使達と戦う事になるかもしれなかった。
「確かにそうだね。だけどジュシオ卿。だけど、父上が帰還されたのだ。出来る限り、エリオスの眷属の血を捧げるべきだよ。それに僕の女の子も減ったから、補充しないといけないしね」
ザシャは笑う。
ザシャは好色であり、美しい人間の娘ばかりを侍らしている。
本当はエリオスの女神や女天使にエルフを捕らえたいのだが、彼女達は強く捕らえるのは難しい。
そのため、人間の娘ばかりになってしまうのだ。
問題は人間の娘は脆弱であり、すぐに死んでしまう事であった。
ザシャはかなり下位だが、神族であり、下等生物である人間が相手をするのは難しい。
「う、うう……」
突然ザシャの横に並んでいた美女の一人が苦しみだす。
美女はお腹を押さえている。
ジュシオはその美女を見た時から気付いていたが、彼女は妊娠をしているのだ。
美女は苦しみ悶え、倒れる。
美女の少し大きくなったお腹が脈打つ。
倒れた美女は床で苦しむ。
衣装はまくれ上がり、艶めかしい太ももが露わになる。
しばらくすると、美女の股から何かが出てくる。
それは赤い巨大な蛭であった。
巨大な蛭は血を纏い、美女の胎内から出てくる。
ザシャと美女との間に出来た子どもに間違いなかった。
蛭からは知性は感じられず。母の胎内から出た後は床をゆっくりと這っている。
そして、巨大な蛭を生んだ美女は泡を吹いて倒れたままだ。
目を大きく開き痙攣している。
他の美女達は虚ろな目で倒れた美女を見下ろしている。全く動じていない様子であった。
「やはり、下等な生き物ではまともな子は生まれないか……。はあ、僕のまともな子を産んでくれる女性はいつになったら現れるのだろうね」
ザシャは美女を見てため息を吐く。
ザシャは多くの人間の娘を孕ませた。
しかし、生まれてくる子は全て知性のない巨大蛭であった。
ザシャはその事を嘆き、新たな娘を探すのである。
「さて、この娘ももうダメだな。最後に僕が飲んであげるよ」
そう言うとザシャは美女の横に膝を付き、右手をその首に添える。
すると、美女の苦悶の表情が次第に穏やかになる。
その様子は気持ち良さそうであった。
だけど、徐々に美女の体が細くなっていく、まるで体の中のものが吸い出されているかのようである。
そして、美女の体がしなびた時、ザシャは右手を離し、その手のひらを自身の口に持っていき舐める。
ジュシオはそのザシャの右の掌を見る。
そこには口があった。
掌には丸い口があり、口の中にはびっしりとした牙が生え、血で赤く染まっている。
ザシャはその掌の口から娘の血を吸いつくしたのだ。
娘の血を吸いつくした後、ザシャは立ち上がる。
もはや、娘に興味はない様子である。
「さて、ジュシオ卿も手伝ってくれないかな。ミナの子の眷属である人間を狩るのをね。もし、天使が出てきたら、卿に相手をしてもらい。天使殺しの実力を見せてくれたまえ」
ザシャはそう言ってジュシオを見て笑うのだった。
★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★
更新です。日曜に間に合わなかったです。
金曜土曜が仕事で潰れてしまいましたが、頑張って書きました(T_T)
今後も更新が遅くなるかもしれません。
また、感想の返信も遅れてしまい申し訳ないです……。
そして、新しい死の御子ザシャの正体は巨大な吸血蛭。
普段は美少年の姿をしていますが、その真の姿はかなりグロテスクだったりします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます