第25話 夢の中の想い

 夢の中のシロネは馴染みのあるクロキの部屋へと入る。


「あれ? まだ寝ているの? クロキ?」


 シロネは部屋に踏み込みながらそう呟く。

 案の定クロキはまだ寝ている。

 もう朝の8時だ。

 休日とはいえ寝すぎである。

 クロキにしては珍しい事であった。

 クロキはどちらかと言うと、規則正しい生活をしている。

 そのため、休みの日でも早く起きている事が多い。

 しかし、今日に限って寝坊をしている。

 シロネはクロキを起こすため、ベッドに近づく。

 夏であるためかクロキはシャツとトランクスだけで寝ている。

 タオルケットははだけていて、クロキの鍛えられた腕が剥き出しになっている。

 シロネはそれを見て悔しくなる。


「また鍛えたみたいね。昔は私の方が強かったのにな……」


 昔は何をするにしてもシロネの方がクロキよりも上だった。

 剣も駆けっこも木登りもシロネの方が上で、何度もクロキを泣かした事を思い出す。

 だけど、今クロキと勝負をしたらシロネが負けるだろう。

 泣き虫なクロキはもういない。シロネはそれが寂しかった。


「全く、私を置いて成長しないでよね……」


 シロネはクロキの成長を認められずにいる。

 今もシロネの中ではクロキは小さい男の子なのだ。

 そして、クロキの下半身を見る。

 トランクスからクロキの大きくなったモノが収まりきれず出てしまっている。


「変なとこまで成長しすぎ。可愛くない」


 シロネそんな事を考えながらクロキを起こす事にする。


「こら!! クロキ!! 起きなさい!!」


 シロネはクロキを揺さぶる。

 しかし、クロキは起きる気配がない。

 今日は買い物に行く約束であった。

 シロネはレイジの別荘に行くための水着を買う予定だ。

 チユキにキョウカという美女が一緒に行くのである。

 シロネは恥ずかしくない水着を買いたいのである。


「ちょっとクロキ! 早く起きなさい! 水着を買ったら後で見せて上げるから!」


 すると突然クロキは目を開ける。


「ええと、おはよう。シロネ……。今何か言っていたような」


 クロキはようやく目を覚ます。


「特に何も言ってない! 何寝ぼけているの! ほら、さっさと起きる!」


 シロネはため息を吐く。


(全く最初は見せて上げようと思ったけどな)


 シロネはそんな気がなくなってしまった。

 クロキはベッドの上でもたもたしている。


(もう、いつになったら起きるの? ん? 起きる?)


 そこで、シロネは何かに引っかかる。

 シロネはクロキではなく自身が起きなければいけないような気がしたのだ。

 遠くから、呼ぶ声が聞こえる。

 チユキの声であった。

 他にもレイジ、サホコ、リノ、ナオ、キョウカにカヤもシロネの名を呼んでいる。


(ああ、そうだ……。私は目を覚まさないといけない)


 シロネは意識が徐々にはっきりする。

 目を覚ますとシロネは白い天井が見える。

 日本のシロネの部屋ではない。

 異世界のシロネの部屋だ。

 近くにはチユキが心配そうに、シロネの顔を覗き込んでいる。


「シロネさん! 良かった、目を覚ましたのね!」


 チユキは泣きそうな目でシロネを見ている。


「どうしたの? チユキさん? 何があったの?」


 それを聞いたチユキはあきれた顔をする。


「何がって……、シロネさん! 貴方は蠍神の毒にやられて! 今まで眠っていたのよ !みんな、心配したのよ!」


 シロネはその言葉に驚く。


「そうだぜ。シロネ。解毒薬を水魔法で投与しても、中々目を覚まさないから心配したんだ。だけど、目を覚まして良かった」


 レイジもまた安心したような顔をする。

 他のみんなも安心したような顔をしている。


「その解毒薬ですが、レイジ様とチユキ様は解毒薬を作るべくジプシールまで行っていたのですよ。かなり大変だったようです」


 カヤは補足する。


「そうなんだ。ありがとうレイジ君にチユキさん」


 シロネはそう言うとレイジは困った表情になる。

 それに対して横のリノは意味ありげに笑っている。


「ふっふ~ん。実はねシロネさん。解毒薬を手に入れる事が出来たのはね。シロネさんの幼馴染のおかげなの」


 リノは楽しそうに言う。

 シロネはその言葉に首を傾げる。


「幼馴染って? クロキが? どういう事? 解毒薬を手に入れに行ってくれたのはレイジ君とチユキさんじゃないの?」

「シロネさん。それはっすね……」


 ナオは説明する。


「そう。クロキが私のために……」


 シロネはクロキが自身のために行動してくれた事に心が暖かくなる。


「よかったね。シロネさん」


 お腹の大きいサホコは涙を流す。

 サホコは自身の事のように、とても喜んでいる。


「ありがとう。サホコさん」


 シロネはお礼を言う。


(クロキが私を助けるために頑張ってくれた。何だかクロキに会いたいな)


 シロネはクロキがこの場にいない事を残念に思う。


「ねえ、カヤ。やはりクロキさんはわたくしの思った通りの殿方のようですわ。貴方の言う野獣では無いと思いますわ。ぜひともわたくし達の所に来てもらいたいものです」

「お嬢様。確かにあの者はシロネ様を救いました。しかし、あの者の中にいる野獣は絶対に危険です。迎え入れるのは反対です」


 カヤがキョウカに反対する。

 これは、とても珍しい事であった。

 シロネは自身が眠っている間に何があったのだろうと首を傾げる。


「カヤさん。クロキはエッチな所もあるけど、危険じゃないよ。私が保証する。ねえ、チユキさんもそう思うでしょ?」


 そう言ってシロネはチユキを見る。


(私を救うために頑張ってくれたクロキ。その様子を見ていたチユキさんならわかってくれるよね)


 シロネはそう思いチユキを見る。


「えーっと、確かに彼の野獣は危険かもしれないわね……。ブルルルンとか……」


 しかし、チユキはすごく困った顔をしてカヤに賛同する。

 その言葉を聞いた、他の者達も驚く。


「ねえ、チユキさん? どうしたの? 前はクロキを取り戻す事に賛成してくれたよね? 何があったの? ブルルルンって何?」


 シロネは起き上がりチユキの前に立つ。

 しかし、チユキは気まずそうに目を反らす。


「いや……。何ていうか……。彼がここに来るのはね、ちょっと私には刺激が強すぎるというか……」

「それじゃ! わからないよ!? チユキさん! 何があったの!?」


 シロネはチユキの肩に手を置いて揺さぶる。

 しかし、チユキは目を反らしたまま何も答えないのだった。







「よく来ました。我が娘達よ」


 結婚と出産の女神フェリアはトトナ達に微笑む。

 今エリオスの天宮でトトナとレーナはフェリアの前に座っている。

 トトナの目の前にはお茶と御菓子が並べられている。

 御菓子はサクランボをふんだんに使って可愛らしい。

 同じように良い香りがする薔薇のお茶に合いそうであった。


「今日はどうしたのですか? フェリア様?」


 レーナは優雅に笑いながら聞く。


(確かにどうしたのだろう?)


 トトナはフェリアを見る。

 トトナはいつものように書庫にいると、突然母フェリアの使いがやって来た。

 何でもフェリアが呼んでいるらしいとの事だった。

 言う事を聞かないと後が面倒なので、トトナは渋々とフェリアの元に来たのである。

 トトナが天宮に着くとちょうどレーナも来た所だった。

 その事にトトナは驚く。

 まさか、レーナも一緒に呼ばれたとは思っていなかったからだ。


「実はですね、トトナにレーナ。今しがたファナから連絡があり、トールズが目を覚ましたようです。これも貴方達のお影です。今日はその功を労うために呼んだのですよ」


 フェリアはそう言って笑う。


「そう、兄さんが目を覚ましたの……。良かった」


 トトナはほっとする。

 姉のファナケアは医と薬草の女神。

 大魔女ヘルカートには及ばないにしても、その腕は確かである。

 材料さえあれば、解毒薬を作る事も出来るだろう。


「これも貴方達のおかげです。ご苦労様です」


 フェリアはトトナとレーナを労う。

 その母の言葉にトトナは少し首を傾げる。

 フェリアはトトナがナルゴルの者であるクロキの力を借りた事を知らない様子であった。

 レーナはトトナとクロキの事を伝えなかったようだ。


(どういうつもりだろう? まあ、レーナも光の勇者を救うためにクロキを利用したらしいから、私の行為をとやかく言われるつもりはない。レーナもその過去の事があるから母に言わなかったのかもしれない)


 トトナはそう考える。


「いえ、フェリア様。私は最後に少しだけ手伝っただけです。褒められるような事は何もしておりません」


 レーナは謙遜して言う。


(全く母の前では良い子ちゃんぶるのがうまい)


 トトナはそんなレーナを冷めた目で見る。


「いえ、レーナ。トトナを心配して駆けつけたそうではないですか? 仲が悪いという噂は違っていたのですね。私はとても安心したのですよ」


 フェリアは嬉しそうに言う。

 トトナはレーナと仲が悪いが、さすがに母の前では互いに大人しくしている。

 だから、フェリアはトトナとレーナの本当の仲を知らない。


「貴方達は姉妹なのです。互いを思いやり、苦難があれば協力して立ち向かう。そうでなくてはなりません」


 フェリアはお茶を飲みながらトトナとレーナを見る。

 トトナは思わずレーナの顔を見てしまう。

 レーナは微妙な顔をしている。

 その気持ちはトトナも同じであった。

 姉妹と言われても困ってしまう。


「ふふ、きっと貴方達は深い所で繋がっているのですね。もしかすると同じ殿方を好きになったりして」


 フェリアは御菓子を食べながら、楽しそうに言う。

 トトナは思わず「そんな事はない」と、叫びそうになる。


(私が光の勇者を好きになる事はない。確かに彼はとんでもない美形だ。だけど、私にはクロキの方が好みだ)


 トトナが愛するのはクロキである。

 そして、クロキはレーナの恋人に勝った。

 トトナの愛する男がレーナの愛する男に勝ったのである。

 その事にトトナは喜ぶ。

 トトナはクロキを利用しているようで悪い気はする。

 しかし、この想いは止められなかった。


(私はきっと性格が悪いのだろう。腹黒のレーナを笑えない)


 トトナはそっと下腹を触る。

 トトナはクロキの事を考えると暖かい気持ちになる。

 トトナはちょっと大変だったジプシールの夜を思い出すと、レーナを横目で見る。

 レーナもまたトトナを見ている。

 その目はどこか訝しげであった。






 シロネの追及を何とか逃れた後、チユキは書庫にいる。


(ブルルルンの説明なんて出来る訳がないわよ。しばらく隠れておきましょう)


 そう考えたチユキは解毒薬が届くまでの間に集めた情報を整理する事にする。

 手元には複写の魔法で集めたジプシールからの資料がある。

 それを読み溜息を吐く。


「どうしたんすかチユキさん?溜息を吐いて?」

「どわああああ?!」


 いきなり後ろから声を掛けられたのでチユキは思わず大きな声を出してしまう。

 いつの間にかナオがチユキの後ろにいる。


「ちょっとナオさん? どうしてここに? いつから?」

「ちょっと前からっすけど。それより? どうしたんすか?何を読んで溜息を吐いていたんすか?」


 ナオはチユキの手元の資料を見る。


「ああ、これね。ちょっと疑問に思う事があったから、色々と資料を集めてみたら、ますます訳がわからなくなってね。それでため息を吐いていたのよ」

「疑問に思う事っすか?」

「そうよ。例えばジプシールの事とかね。聖レナリアの神話には特に言及されてなかったから調べてみたのよ」


 聖レナリア共和国の書庫で調べた神話にはジプシールに関する記述がない。

 だから、チユキはジプシールから資料を集めたのである。


「それで、どうだったんすか?」

「結果は頭が痛くなるだけだったわ。ジプシールの神話によると、この世界はウシャルスとセクメトラの兄妹神が作ったそうよ。そして、レーナや神王オーディスに魔王モデスに関する記述が全くなかったわ」


 チユキが言うとナオは驚く顔をする。


「何だか矛盾するっすね。確かこの世界を作ったのはエリオスの神々なんじゃなかったっすか? どういう事っすかねえ?」

「それは私が聞きたいわ。その事をイシュティアにも聞いたけど、この世界を作ったのは彼女だそうよ。本気で言っているのかどうかまではわからないけどね」


 チユキはイシュティアとの会話を思い出して、頭を抱える。

 イシュティアはそもそも過去の事をどうでも良いと思っているのか、まともに取り合ってくれない。

 そもそも、イシュティアは虚言の女神と言われている。

 面白ければ真実なんかどうでも良いのかもしれなかった。


「今度リノちゃんを交えて話をしてみたらどうっすか? リノちゃんなら嘘かどうかわかるはずっす」

「それも考えたけど、虚言の魔法を使われれば、リノさんでもどうにもならないわ。実際に彼女ならやりかねないし」


 イシュティア信徒が得られる恩恵の中には虚言の加護がある。

 その魔法を本人であるイシュティアが使えないわけがなかった。

 虚言の魔法を使うと嘘感知をごまかす事ができる。

 この場合はリノの魔力がイシュティアの魔力を上回れば嘘を感知できるが、イシュティアは魔力が高そうであった。

 リノの嘘感知能力でもどうにもならないかもしれない。


「本当に何を信じたら良いかわからないっすね」

「本当にね……」


 チユキは頷く。


(ナオさんの言う通りだ)


 それぞれが思い思いの事を語る。

 「藪の中」という小説を読んだ事があるが、まさにそれだ。

 それぞれが矛盾し錯綜しているために真実を捉える事が難しい。


「これはもう地道に調べて、情報を取捨選択していくしかないっすかね」

「まあ、結局はそういう事になるわね」


 チユキとナオは一緒にため息を吐く。


「そうそう。わからないと言えばもう一つあるっす」


 ナオは思い出したようにポンと手を叩く。


「わからない事? それは何かしら?」


 チユキは何の事だろうとナオに聞く。


「ブルルルンって何っすか? 実はシロネさんに聞いてくるように頼まれたっすよ」


 それを聞いてチユキは椅子からずり落ちてしまうのだった。






 レーナは天宮から自身の宮へと戻る。

 レーナは結局クロキとトトナの関係はフェリアには知らせなかった。

 なぜなら、レーナもクロキの手を借りてレイジを救った事になってしまうからだ。

 それに、レーナはクロキとトトナの仲を認めるつもりはない。

 だから、何も言わない。

 それに、あの臆病なトトナが大胆な事をできるわけがないとレーナは思っている。

 だから、何もなかったはずであった。

 レーナはそう自らに言い聞かせる。


「まー!」


 部屋に入るとコウキがヨチヨチ歩きでレーナの足にしがみつく。


「おかえりなさいませ、レーナ様。どうやら、帰ってくることに気づいたようです」


 レーナはコウキの世話をしていた戦乙女のデネボラから報告を受ける。

 コウキはどんどん大きくなっている。

 このまま、エリオスで育てるのは難しいだろう。

 レーナはコウキの存在はできる限り秘密にしておきたかった。

 コウキには可哀そうだけど、どこかに預ける必要がある。


(だけど、どこに預ける? 父親であるクロキの所? それはダメ! コウキが暗黒騎士になってしまう)


 レーナは悩む。


「やはり、あそこしか無いわよね」


 レーナは東を見る。

 東にはレイジ達が作ったエルドとかいう人間の国がある。

 そこに預けようとレーナは決める。

 レーナの血を受け継ぐコウキには力がある。そのため、普通の人間の国においては目立つ。

 しかし、同じように力があるレイジ達の側なら目立たないはずであった。

 そんな事を考えながらレーナはコウキを抱きかかえる。

 コウキは嬉しそうな顔をする。


「コウキ。貴方は強い子だから、我慢できるわよね。母を守る立派な騎士になりなさい」


 そう言ってレーナはコウキに微笑むのだった。





★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


次回で第7章も終わりです。

8章はどこまで書き直した方が良いだろうか悩みます。

大きく変更すると、時間がかかります。

難しいですね(;´・ω・)



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