第26話 闇の中の想い

 夜の闇に包まれたアポフィスの宮殿でザルキシスは瞑想する。

 そして、瞑想していると、ザルキシスは後ろから何者かが近づいて来る気配を感じる。


「ディアドナか? ダハークとギルタルはどうだったのだ?」


 ザルキシスは振り返らずに言う。

 近づいて来たのはこの宮殿の主である、蛇の女王ディアドナであった。

 ディアドナは傷を負ったダハークとギルタルの様子を見に行っていたはずである。

 これからの戦いを考えると戦力は多い方が良い。

 まだまだ、未熟だがダハークとギルタルの力は欲しい。

 だからこそ、ディアドナは様子を見に行っていたのだ。


「ダハークは問題ない、暗黒騎士と戦えなかった事を悔やんでいるよ。ただ、ギルタルは問題だ。毒の尾は再生したが、心の方が癒えておらぬ、このままでは戦力にはならぬ」

「そうか……。戦力はいくらでも欲しいのだがな。残念だ」


 ギルタルは邪神の中では強い方だった。

 だからこそ、ザルキシスは残念に思う。


「確かにな。戦力と言えば、ザルキシスよ? 肉体の方はどうなのだ?貴様の力をあてにしたいのだが?」


 ディアドナはザルキシスに聞く。


「まだだ。元の力にはまだ足りぬよ、ディアドナ。だが、もう少しだ、必ずや復活してみせる」

「そうか、期待しているぞ。ザルキシス」

「ああ、必ずや復活してみせるとも……」


 ザルキシスは笑うと自身の中に闇が広がっていくのを感じるのだった。







 ナルゴルの魔王モデスは、ルーガスから報告を受ける。


「そうか。ザルキシスが、本来の力を取り戻したか」


 そう言ってモデスは目の前の祭壇を見る。

 今モデスとルーガスがいるのは魔王宮の地下である。

 地下にはモデスの母であるナルゴルを祀る祭壇があり、モデスはそこにいるのだ。

 光を嫌うナルゴルを祀る祭壇は、常に暗くなるようにしている。

 モデスはルーガスから報告を受けて、嫌な奴が力を取り戻したと思う。


「まさか、陛下に対して復讐をしようなどとは思わないでしょうが、念のため、ザルキシスに関する情報を集めさせております」


 報告していたルーガスが頭を下げる。

 過去にザルキシスが力を失う事になった原因は、モデスである。

 モデスはザルキシスと戦い。打ち破った。

 しかし、ザルキシスは消滅していなかった。

 力を取り戻したザルキシスが、復讐に来る事はありえる事だった。


「このモデスを狙う可能性はあるだろうな、母を裏切った者を奴らが許すとは思えん……」

「しかし陛下、そうしなければ世界は滅んでおりました。陛下が行った事はこのルーガスには間違いとは思えませぬ」

「そうか……。ありがとうルーガス」


 モデスはルーガスに礼を言う。


「それにしても、ディアドナ達に付き従う者達が何を考えているのかわかりませぬな。ディアドナとザルキシスが進む道は世界の滅びとしか思えませぬ」

「滅びか? だろうな……。ディアドナに付き従う者達はそれをわかってはいないのだろう。馬鹿な奴らだ」


 モデスはディアドナに与する邪神達を考える。

 ごく一部を除き、ディアドナに付き従う神々はおそらく騙されている。


「おそらく、何か餌をチラつかされたのだろうな……。欲深い奴らだ。まあ、他者の事は言えないがな……」

 

 モデスはモーナの事を考える。

 モデスはディアドナがモーナの存在を許すとは思えなかった。

 もし、ディアドナがモーナを消すつもりなら、モデスはディアドナの敵になるつもりだ。

 モデスはそうならない事を祈る。


「できれば争いたくはないのだが……」


 モデスは祭壇を見上げそう呟く。

 モデスは闇が広がっていくのを感じるのだった。






 シェンナの目の前で、ものすごいブサイクな男が縄でつるされている。


「ふふふ、ゴズ。まさか貴方とここで出会うとは思いませんでした」


 ブサイクな男の前ではリジェナが鞭を持ち不気味に笑っている。

 その、リジェナの笑い声を聞いて、シェンナは背筋が寒くなる。

 縄はカメの甲羅のように男の体を締め上げている。

 猿轡をされた男は苦しそうに呻く。

 男の名はゴズ。

 リジェナとシェンナがつい最近捕らえた男だ。

 ゴズはかなり強かったが、竜女メリュジーヌであるリジェナの方が強く、最後には捕らえる事が出来た。

 このゴズという男はリジェナの昔の知り合いである。

 ただ、シェンナがリジェナの表情を見る限り、あまり良い関係ではない。


(リジェナさんとの間に何があったのだろう?)


 シェンナは知りたくないような微妙な気持ちになる。

 シェンナがいるのはアリアディア共和国のリジェナの屋敷の地下室だ。

 暗い闇を照らすのは僅かな蝋燭の光、鞭を持った美女に縛られたブサイクな男。

 何だかとんでもない状況であった。


「残念でしたね。ゴズ。貴方の体には魔法の印が付けられているのです。逃げられるはずがないのです。こちらに来たから捕らえるように、旦那様からお願いされた時はびっくりしました」


 そう言ってリジェナはゴズの体を鞭で叩く。


「むふー!」


 鞭で叩かれゴズは呻く。


「あのー? リジェナさん? あんまり叩きすぎないほうが……」


 シェンナはたまらずリジェナに声を掛ける。


「何ですか? シェンナさん?」


 声をかけられリジェナはシェンナの方を向く。

 その目を見てシェンナは何も言えなくなる。

 その目は正気ではなかった。


「……いえ。何でもないです」


 シェンナは何も言えず首を振る。


(ダメだ! 怖くて何も言えない!)


 再び、リジェナはゴズの方を再び見る。


「ふふふ、ゴズ。貴方を殺すなと言われていますから、殺しません。ですが、貴方をナルゴルに引き渡すまで痛ぶってあげます。シェンナさんから教えていただいた、この拷問方法は生かさず殺さず痛ぶる事ができるのですよ。そうですよね、シェンナさん?」


 リジェナに問われシェンナは頷く。


「ええ、たぶん死ぬ事はないと思います……」


 そもそもリジェナが行っている拷問はシェンナが教えたものだ。

 実はシェンナはクーナの命令で、イシュティア信徒の、夜の秘技を書き記した、資料を集めている。

 その資料の中に、何故か拷問に関する資料が、紛れ込んでいたのである。

 最初の方の文字が掠れていて読めなかったが、挿絵を見る限り、拷問に関する内容のようであった。

 シェンナはそれをリジェナがゴズを生かさず殺さないようにして、苦痛を与えたいと言うので教えたのである。


「あんまり確認しないまま、資料の内容をクーナ様に伝えちゃったけど、大丈夫かな?」


 シェンナはそんな事を考える。

 向こうで大変な事になっているかもしれなかった。


「ふふふ、痛いですか? ゴズ? ですがまだまだ終わりではないですよ」


 シェンナの目の前ではリジェナが蝋燭を手に取っている。

 蝋燭は鞭や荒縄と共に、シェンナがイシュティア神殿の倉庫から持ち出したものだ。

 どれも特殊な素材で作られていて、相手を傷つけずに苦痛を与える事ができるらしい。


「この蝋燭は低温でも溶けるので、火傷を負う事はありません。ですが、確実に熱さを貴方に伝えてくれるでしょう」


 リジェナは蝋燭に火を灯すとゴズに溶けた蝋を垂らす。

 ゴズは苦しそうに呻き声を上げて、身をよじる。


(何故だろう? 喜んでいるような気がする)


 シェンナは縛られているゴズを見る。

 その醜い顔が恍惚の表情を浮かべているように感じる。

 その顔は醜すぎて、長い時間見たくなかった。


「ほほほほ!」


 リジェナは蝋燭を垂らしながら、鞭を振るう。

 恍惚の表情を浮かべながら、呻き声を上げるゴズ。

 ゴズはどこか喜んでいる様子であった。

 それを見てシェンナは闇が広がっていくのを感じるのだった。







「クロキ。シロネは助かったようだぞ」


 クロキは御菓子の城スウィーツキャッスルでクーナの報告を受ける。

 クーナはレーナから情報を得られる。

 だから、シロネが助かった事を知ることが出来る。


「そう……。ありがとうクーナ」


 クロキは短く答える。クーナの前で喜ぶ姿は見せられない。

 しかし、シロネが無事で良かったと思っている。


(元気ならそれで良い)


 クロキは遠い聖レナリア共和国にいるシロネを思い浮かべる。


「ところでクロキ。わかっているな」


 クーナが期待するような目で自分を見上げる。


「わかっているよ。クーナ。さあ、お嬢様、どうぞこちらに」


 クーナの手を取り、椅子に座らせる。

 今日一日、クロキはクーナの従者である。クーナの命令に従わなければならない。

 それが、クーナに寂しい思いをさせた代償である。

 もちろん、命令はしない。

 いわゆる遊びのようなものだ。クーナがお嬢様でクロキは執事である。

 しかし、執事と言われてもどうすれば、良いのかわからない。うまく出来ただろうか?


「うむ、苦しゅうないぞ」


 クーナは嬉しそうに笑う。

 それを見てクロキはほっとする。

 クーナはクロキの拙い行為を喜ぶ。

 すごく大事にしないといけないと、クロキは改めてそう思う。


「さあ、お嬢様。ネペンテスのお茶でございます」


 用意していたお茶を淹れる。

 ネペンテスはジプシールから取り寄せたものだ。

 良い香りが部屋に漂う。


「クロキ。隣に座って」

「えっ? 良いの?」


 従者としては良くないのではないだろうかとクロキは思う。


「別に構わないぞ。クロキ。クーナが良いと言っているのだ」


 ふふんとクーナは笑う

 しかし、命令には従わなくてはいけない。

 椅子に座ると、クーナがクロキの膝の上に移動する。


「クーナ?」

「やっぱり、従者で無くて良い。クロキ。一緒に御茶にしよう」


 クーナは頭をクロキの胸に預ける。

 クロキはクーナのお尻の柔らかい感触を感じると、何だか幸せな気持ちになる。


「ジャックオランタン。クロキの分の御茶を淹れろ」

「「「ホーイ、クーナ様!!」」」


 クーナが命令すると内部に鬼火を宿したカボチ頭の者達がふわふわと飛んでくる。

 カボチは南瓜に似たナルゴル原産の野菜である。

 甘みがあり、そのまま焼くか煮るかして食べても良いが、御菓子の材料にする時もある。

 また、このカボチには霊力があり、鬼火を封じる事で命を持たせる事ができる。

 それに案山子の体を与える事で、ジャックオランタンが完成する。

 このジャックオランタンはクーナがヘルカートから学んだ新たな力だ。

 さらにクーナはジャックオランタンに人形の服を与えて従者として使っている。

 それにしても、御菓子の城スウィーツキャッスルにジャックオランタンがいると、何だかお化け屋敷みたいだとクロキは思う。

 ジャックオランタンは宙に浮かびながら御茶を淹れる。

 そして、別のジャックオランタンはクロキ達にカボチを使った御菓子を持ってくる。


「クロキ。あーん」


 クーナは口をあける。


「はい、クーナ」


 クロキはカボチの御菓子を取るとクーナの口に入れる。


「ふふ、美味しいぞ。クロキ」


 クーナは笑う。

 クーナが楽しそうに笑うと、クロキも嬉しくなる。

 クロキは心の中に暖かい何かが広がるのを感じるのだった。




★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★



これで第7章も終わりです。ゴズとリジェナの感動の再開です。


南瓜は南北アメリカ大陸原産。そのため、この世界にはないはずですが、ジャックオランタンの頭の為にカボチという南瓜に似た野菜を作りました。


8章はなるべく早く終わらせたいですが、書き直したいので、更新が遅くなるかもしれません。

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