第24話 不毛の地の予感

 蛇の女王ディアドナが率いる邪神達撤退していく。

 だけど、クロキは勝った気がしなかった。

 戦っていたらどうなっていたのかわからない。

 特にディアドナが呼び出した杯からクロキは何か嫌な気配を感じた。

 クロキは疑問に思ったが、今は考えても答えは出ないだろう。

 とにかく蛇の女王との戦いは避けられた。

 クロキはレーナやトトナの方を向く。

 空の向こうから空船が近づく。

 レーナが所有する空船であった。

 本来セクメトラの許可がなければ、空船はジプシールに入る事ができないが、構わずに入って来たようであった。

 そして、クロキは視線を下げる。

 ゆっくりとレイジがただ一人、こちらに歩いて来るのが見える。

 レイジは立ち上がる程には回復をしているようである。

 先程からクロキはずっと背中に視線を感じていた。

 だから、何となくこうなるような感じはしていた。


「勝負しろ! 暗黒騎士!」


 レイジは2本の剣を構えてクロキを睨む。


「待ちなさい! 光の勇者!」

「ちょっと! レイジ君!」


 慌ててトトナとチユキはクロキの方に来ようとする。

 もっとも、すぐにレーナによって阻まれる。


「どういうつもり? レーナ!?」

「止めないで! 彼はシロネさんの幼馴染よ! 殺し合いをさせるわけにはいかないの!」


 トトナとチユキは怒ってレーナに抗議する。


「大丈夫だから、落ち着きなさい。誰も傷つかないわよ。だから大人しく見ていなさい」


 レーナは静かに言うとクロキとレイジを見る。

 クロキはその目を見て、レーナは全てを見透かしているように感じた。


(本当に嫌だな。変な期待をしないで欲しい)


 レーナはクロキに何かを期待している。

 クロキはそれがわかる。だから、その視線が嫌だった。

 獅子の女王セクメトラをはじめとしたジプシールの者達もクロキとレイジのただならぬ気配を感じ、静かに見守っている。


「こちらには戦う理由はないのだけど……」


 仕方がなくクロキは魔剣を構える。

 クロキは戦いたくはないが、背を向けるつもりもなかった。

 対峙するクロキとレイジ。

 頭上にはエクリプスとベンヌが飛んでいる。

 クロキはエクリプスをまだ制御が出来ない。

 攻撃に使うのは難しかった。

 ただ、それはベンヌも同じだろう。

 ベンヌはかなり弱っている。

 クロキに向かってくるとは思えない。

 だから、クロキとレイジの戦いは互いに上位精霊抜きで行われる事になる。


「そうか、悪いな。だけど、ここで戦っておかないと、俺がまずいんだ」


 レイジは不敵な笑みを浮かべる。

 クロキはレイジの笑みが前に見た時とちょっと違う気がした。


(そもそも何がまずいんだ? 意味がわからないな)


 クロキは首を傾げる。

 レイジが何を考えているのかわからなかった。

 だけど、戦う意思は感じる。

 クロキはそれを受ける事にする。


「行くぞ!」


 レイジはクロキに向かう。

 その動きは光の矢のようであった。

 クロキが静なら、レイジは動。

 レイジの2本の剣がクロキを襲う。

 クロキは1本を弾くと返す刃で2本目を弾く。

 剣を弾かれたレイジは態勢を崩す事なく回転して、さらに剣を繰り出す。

 クロキはレイジの剣が以前よりも鋭くなっているような気がしていた。

 しかし、それでもまだ当初の予想よりも鈍いので、対処は可能であった。

 クロキはレイジの怒涛の攻撃を全て剣で防ぐ。

 そして、レイジが放つ右の斬撃を弾いた時だった。

 レイジは回転してクロキの後ろに回る。

 クロキは後ろに回ったレイジの剣を、振り向かずに剣を後ろに回して防ぐ。

 そして、そのまま右足を軸に腰と肩を回してレイジを弾き飛ばす。


「何の!」


 レイジはその力に逆らうことなく回転して砂の上に足をつくと、すかさずレイジは2本の剣を巧みに使い攻撃する。

 その動きは踊っているようであった。

 レイジの華麗な動きにセクメトラに付いて来たスフィンクスにイシュティアの猫人の侍女、レーナの戦乙女から歓声が上がる。


(羨ましくないもんね!)


 クロキは自身に言い聞かせる。

 前にアルフォスと戦った時はもっと酷かった。

 あの時の女性達は今でもクロキを嫌っているだろう。


(本当にこいつらイケメン共とは戦い難い)


 そんな事を考えながら、クロキは再びレイジと剣を合わせる。

 そして、何度か剣を合わせた時だった。突然レイジは後ろに跳び、距離を取る。


光弾ライトバレット!」


 レイジの周りに数十個の光の球が浮かぶとクロキに向かって来る。


闇弾ダークバレット!」


 剣で弾く事も出来たが、クロキは魔法で迎撃することにする。

 クロキは同じ数だけ闇のエネルギーを持った球を作り出すと、光の球へとぶつける。

 空中でぶつかる光の球と闇の球。

 光のエネルギーと闇のエネルギーが衝突して、魔力の波動を周囲にまき散らす。


「え?」


 クロキは少しだけ驚く。

 光弾と闇弾が行きかう中をレイジが突っ込んできたのだ。

 おそらく、光弾を放つと同時に動いたのだろう。


(大胆な事をする!)


 クロキはレイジの度胸に舌を巻く。

 下手をすると自らが作り出した光弾で傷つくかもしれないだろう。


「獲った!」


 レイジは叫ぶと光の剣を振るう。

 だけど、クロキはこの程度の奇襲ではやられない。

 何をするのかはわからなくても、何かをしてくるのはわかっていたのだから。

 クロキは魔法の影を纏い、体を揺らすよう歩行する。

 一歩前に出るごとに幻影がクロキの後を追いかける。

 光速の剣の全てをすり抜け、レイジの後ろへと移動する。

 レイジは何が起きたのかわからなかった。

 クロキが通り過ぎる時にレイジは驚く顔を見せる。

 クロキはレイジが振り向くのを待ってから、思いっきり力を込めて剣を振るう。

 予測通りレイジは2本の剣で受け、そのまま後ろに飛ばされる。

 飛ばされたレイジは倒れることなく砂に足跡を残しながら踏ん張る。


(倒れなかった? 少し手加減しすぎたかもしれない)


 クロキは再び剣を構える。

 しかし、レイジが来る気配はなかった。


「終わり?」

「ああ、ここまでだ……」


 一時の静寂の後、レイジは首を振ると剣をしまう。

 クロキはそれを見てようやく安堵する。

 レイジは気が済んだようであった。

 頭上のベンヌが消えている。おそらく帰還したのだろう。

 これで、クロキもエクリプスを帰還させる事ができる。

 クロキが周囲を見ると、とても静かであった。

 その場の全員がクロキとレイジの戦いを静かに見ていたのだ。


「トトナ! 約束は果たした! 自分は帰らせてもらう!」


 クロキはトトナを見ると大声で叫ぶ。

 ジプシールでのクロキの役割は終わった。

 だから、これ以上クロキはここにいる必要はない。

 クーナの所に帰らなければいけなかった。

 トトナは残念そうな顔をしている。

 だけど、聡明なトトナならわかってくれるとクロキは思う。

 クロキは帰還の魔法を使う事にする。

 ジプシールの結界はここまで及んでいないはずであった、すぐに戻れるだろう。

 空間が揺らぐと御菓子の城の王の私室であった。

 クーナは嬉しそうにベッドに腰掛けてクロキを出迎える。

 クーナが嬉しくなるとクロキも嬉しい。


「ただいまクーナ」

「おかえりクロキ」


 クロキは鎧を脱ぐとベッドへと倒れこむ。


(疲れた。 特にエクリプスは大変だったな)


 クロキは大きく息を吐く。

 元々クロキは精霊とは相性が悪い。それを無理やり言う事を聞かせたのだ。

 疲れるのも当然だった。


「ごめんね、クーナ。少し休ませて……」

「ああ、わかったぞ、クロキ。クーナの膝の上に来ると良いぞ」


 クーナが膝枕をしてくれる。

 クロキはクーナの膝に頭を乗せると、とても安らぐ。

 そして、そのままクロキは意識が遠くなり闇の中へと落ちて行った。








 レイジは暗黒騎士であるクロキとの戦いを終えてチユキの元へ帰って来る。


「ちょっとレイジ君! どういうつもり!? 彼はシロネさんを助けるために来てくれたのよ! どういう経緯で女神トトナと手を組んだのかわからないけど、間違いないわ! 解毒薬の材料が手に入ったからと言って、攻撃するなんて!」


 チユキはレイジに怒る。

 チユキはクロキがジプシールに来た理由はシロネを救うためだと思っている。

 以前クロキはチユキ達を助けるためにレーナと手を組んだ。

 今回はトトナと手を組んでも可笑しくない。

 実の兄を救うためなのでトトナとも利害が一致するはずであった。

 どちらから同盟を持ちかけたのかまで、チユキにはわからない。

 だけど、そんな事はチユキにとってどうでも良い事だ。

 おかげで蠍神の毒は手に入った。

 これで、シロネは助かるだろう。

 また、手を組む理由がなくなったからと言って、すぐに戦う必要はないはずである。


「すまないな、チユキ。だけど、奴とはもう一度戦っておかなければならなかった」


 レイジは意味ありげに笑う。


(一度戦う? どういう意味?)


 チユキはそのレイジの笑みを疑問に思う。


「気は済んだのかしら、レイジ?」


 レーナがレイジの近くに来る。

 横にはぶすっとした表情のトトナがいる。

 トトナはレーナと仲が悪そうにチユキには見えた。

 レーナと一緒にいたくないのかもしれない。


「ああ、レーナ。すまない、心配をかけた」


 レイジはレーナに謝る。


「光の勇者にレーナ!」


 セクメトラがチユキ達に近づいて来る。

 横にはハルセスとネルがいる。

 ハルセスもネルも大人しい。

 どちらもセクメトラがいる時は大人しくなるようであった。

 セクメトラが近づくとレーナは獅子の女王に頭を下げる。


「初めてお目にかかります。獅子の女王」

「噂通りの美貌じゃな。レーナ。ハルセスが夢中になるわけじゃのう。イシュティア。お主を越えておるのではないか?」


 セクメトラが言うとイシュティアの雰囲気が変わる。

 イシュティアは笑っているが、内心は穏やかでないようであった。


「ふふふ、どういう意味かしらセクメトラ?」


 イシュティアとセクメトラの間に緊張が走る。

 イシュティアは美しさでは誰にも譲る気はない。

 ハルセスとネルが目に見えて怯えた表情をしているのが可哀そうであった。


「いえ、獅子の女王。私ではまだまだイシュティア様の美貌に敵いません」


 レーナはセクメトラに言う。

 その言葉でイシュティアの雰囲気が穏やかになる。


「そうか、奥ゆかしいな、レーナ。まあ、そう言う事にしておこう。さてトトナよ。まさか、あの奇妙な者が暗黒騎士じゃったとはな。ネルよ、お前は知っていたのか?」

「ごめんにゃあ……。お母様」


 ネルはしゅんと小さくなる。


「申し訳ございません。セクメトラ様。騙すような事をしてしまいまして。私が秘密にして欲しいと頼んだのです。ネルは何も悪く無いのです」


 トトナは頭を下げる。

 正直チユキも騙されたと思っている。

 まさか、あんな変な格好をして側にいるとは誰が思うだろうか。


「ふむ、別に怒ってはおらぬ。ネルもトトナも気にするでない。それに最後に面白いものも見れたしの。全くモデスもとんだ化け物を抱え込んだものよ」


 セクメトラは楽しそうに笑う。


「暗黒騎士が化け物ですか? しかし、先ほどの戦いを見る限り、勇者の攻撃に最後の一撃を除き、手も足も出なかったように思えますが」


 ハルセスが言うと周りのスフィンクスや猫人の侍女達が頷く。

 確かに視た感じ、暗黒騎士の彼はレイジの攻撃にほとんど防戦一方だったように感じる。

 しかし、それは違うような気がする。


「たわけ!」


 セクメトラがハルセスの頭を叩く。


「何を? 叔母上?」


 頭を押さえたハルセスは驚く顔でセクメトラを見る。


「どこを見ておる!暗黒騎士が光の勇者に対して、防戦一方だったわけがないぞえ! 4回じゃ! 4回! そうじゃろう、勇者よ!?」


 セクメトラの問いにレイジは首を振る。


「いや、違う。5回だ」

「ほう!? 5回とな!? ひとつ見逃したか」


 レイジの言葉にセクメトラは驚く。


「ねえ、レイジ君。4回とか、5回ってどう言う意味なの?」

「それはねチユキ。本来ならレイジが斬られていた回数よ。ちなみに私は3回と思っていたわ」


 代わりにイシュティアが答える。

 その言葉に驚きチユキはレイジを見る。

 レイジは特に否定はしない。


「つまり、向こうは全く本気ではなく、手加減してくれたって事? どうなのレイジ君?」

「ああ、イシュティアの言うとおりだ。チユキ。奴は全く本気じゃなかった。殺す気だったら俺は死んでいただろうな」


 レイジは少し笑って言う。


「わかったかハルセス。少しは目を養え。帰ったら修業じゃ」

「ひいいいいいいいい!!」


 ハルセスは悲痛な叫び声を出す。


「さて、皆の者。帰るとするかのう? ところでイシュティアよ。ピラミッドは取り戻す事は出来なかったとはいえ、破壊は出来た。祝宴をするが付き合うかの?」

「もちろん私は付き合うわ。レーナちゃんとトトナちゃん。それにレイジはどうする?」


 イシュティアが聞くとレーナは首を振る。


「私は解毒剤を作らねばなりませんのでエリオスに戻ります。それにザルキシスが復活した事を報告しなければなりませんので。トトナも良いわね。それから後で色々と聞かせてもらいますからね」

「私は特に話す事はない。でも、解毒薬を急いで作るのは賛成。黒髪の賢者チユキ。蠍の尾を渡して欲しい」


 トトナはレーナに睨まれても全く動じる事なく答える。

 そして、トトナはレーナの方を見ずにチユキに手を差し出す。

 チユキは蠍の尾を渡す。


「あの……、解毒薬をお願いします」

「わかっている。レーナに渡すから、彼女から受け取って。それではセクメトラ様、私は戻ります。ネル、また会いましょう」

「うむ、また来るが良いトトナ」

「またにゃあ。トトナん」


 トトナは転移魔法で姿を消す。

 チユキは彼女とは色々と話をしてみたい。

 そして、何とか仲良くなれないだろうかと考える。


「さて、私も戻るわ。レイジ、また会いましょう。それでは獅子の女王、ごきげんよう」

「ああ、我が夫によろしくな。ザルキシスが復活した今、お主達はこれから大変だろうからな」


 セクメトラは笑って言う。

 蛇の女王ディアドナと死神ザルキシスはエリオスに恨みがある。

 良く考えたらレーナ達はこれから大変だとチユキは思う。

 もちろん、チユキ達も大変な事になるだろう。

 レーナは戦乙女達と共にここから離れる。


「レイジ君。私達はどうするの?」

「俺達も戻ろう。チユキ。みんな心配しているだろうからな。それに、修業もしないといけない」


 チユキが聞くとレイジは真剣な顔をして言う。

 前向きなのは良いが、誰に勝つために修業をするのかと思うとチユキは頭が痛くなる。

 だけど、レイジが努力するのは良い事であった。

 チユキはザルキシスの事を思い出す。


(あの邪神は危険だわ)


 チユキはロクスの地下でザルキシスに初めて会った時、とても怖かった。

 だから、レイジに強くなってもらいたい。

 チユキはこれから、大変な事になるような気がしていた。

 チユキはその事に身震いする。


(レイジ君の言う通り、早く戻ろう。みんなも心配している。これでジプシールともお別れね)


 そう思いチユキは風の舞う砂漠の地を見るのだった。


★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


さて、これで第七章はジプシールは編は実質終わりです。

次回はエピローグ。

忙しくて、執筆がはかどりませんが、頑張ります。


前も書きましたが、ジプシール編はもっと長くしたかったりします。

今章は他の章と違って、一般人目線がなかったりします。

古代エジプトの文献を調べて、ジプシールの風俗とか色々と考えていたのですが、ほとんど出せないまま終了です ( ;∀;)

他の地域も色々と考えているのですが、自分の能力不足のせいで、異世界をうまく書けていないのですね。

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