第15話 歌と芸術の神

「ようこそアルゴアへ。お久しぶりですシロネ様。今日はどうされたのです?」


 そう言うとオミロスはシロネに頭を下げる。

 今シロネはアルゴア王国へと来ている。

 シロネの翼ならば野営地からアルゴア王国まで1時間ぐらいでたどり着く事ができる。

 シロネがアルゴアへと来た理由はオミロス達の様子を見に来るためだ。


「久しぶりだね。オミロス君。今日は近くまで来たからこの国の様子を見に来ただけだよ。変わりはない?」

「はい、作物の出来が去年よりも良くないですが……。そういう意味ではないですよね。特に変わりはありません。平和だと思えます」


 オミロスは笑って答える。


「そうなんだ。そういえばこの国に残した商人はどうなったのだっけ? 意識は取り戻した?」


 シロネはオミロスに聞く。

 人狼のダイガンはクロキが引き取ったが、商人のエチゴスはこの国に残したままであった。


「はい。シロネ様。あの商人なのですが、無事に意識を取り戻しました。ただ、その後行方がわからなくなりまして……」


 オミロスは申し訳なさそうに言う。


「そうなんだ。まあ、でも特に捕らえておいて欲しかったわけじゃないから別に良いよ」


 シロネは手を振って、気にしないでとオミロスに言う。

 エチゴスは小悪党だ。

 オーガとダイガンの後ろ盾がないのなら、大それた事はできないはずであった。

 だから、シロネは気にしない事にする。


「あの、ところでシロネ様? 急でしたので特に何も用意ができておりません。本来なら宴をしなければならないのですが?」


 オミロスは再び申し訳なさそうに言う。


「別に良いよ。急に来た私が悪いんだしさ。それから、リエットちゃんもお久しぶり。確かオミロス君と結婚したんだって? おめでとう」


 シロネはオミロスの隣にいる王太子妃となったリエットを見る。


「はい。ありがとうございます。シロネ様」


 リエットは優雅にお辞儀をする。

 前に会った時は年相応に見えたのに、しばらく見ない間に大人っぽくなったものだとシロネは思う。


(やっぱり結婚すると変わっちゃうのかな?)


 シロネはそんな事を考えてしまう。

 日本だったらリエットの歳では結婚はできない。

 しかし、この世界では結婚できる年齢に法的な縛りがない国が多く、リエットの年齢でも結婚しても珍しくはない。

 だけど、シロネはちょっとだけ寂しい気がする。

 自身よりも年下の女の子に追い抜かれたような気がしたのだ。


「あの、そのシロネ様。その……」


 オミロスはリエットの方を気にしながらシロネに何か聞きたそうにする。


「大丈夫わかっているよ。リジェナさんならアリアディア共和国で元気でやっているよ」


 シロネがそう言うとオミロスは安心したような顔をする。


「そうですか、元気でやっているのなら良かったです……」

「オミロス君……」


 オミロスはずっとリジェナの事を心配していた事に気付き、シロネは何だか切ない気持ちになる。

 

「ねえねえ! シロネ様! アリアディア共和国って! 確か、ここから遥か西にある大国の事だよね?!!」


 突然リエットがシロネに詰め寄る。

 先程までと違い子供に戻ったようであった。


「う、うん。確かに私が見た国の中で一番大きかったかな?」

「うわ~。良いな~。私も行って見たいな~」


 リエットはキラキラした瞳で天井を見る。

 その瞳はまるで都会に憧れる少女だ。

 かなり離れているにもかかわらずアルゴア王国でもアリアディア共和国の名前は知れているようだ。

 娯楽の少ないアルゴア王国に生まれたら行って見たいと思うのも無理のない事であった。

 リエットはもうリジェナの事をもう特に何も思っていないようで、シロネは少し安心する。


「おいおいリエット。お前は次期王妃だっていうのに何言ってんだ? ちったあ、大人になったかなと思ったんだけどな。やっぱガキだな」

「何よ! マキュシス兄! 行って見たいんだから仕方がないでしょ!!」


 リエットは兄であるマキュシスに怒りだす。


(最初はびっくりしたけど、変わっていないみたい。ちょっと安心しちゃった)


 シロネは思わず笑みがこぼれてしまう。

 つられてオミロスも笑う。


「もう! 何よ! みんな!!」


 リエットは頬を膨らませて怒る。

 その様子が可愛くて、その場の全員が笑うのだった。







 日が暮れて、戦士達はそれぞれの夜を過ごす。

 戦士達の大半は酒を飲んで大騒ぎするのが何時もの事だ。

 チユキ達の居る場所でも、その声は聞こえて来る。

 行軍中に酒を飲む事は良くない事だとチユキは思う。

 それは将軍であるポルトス達も同じように思っているみたいだが、特に何も言うつもりはないようであった。

 もちろん、酒を飲まない真面目な戦士もいる。

 真面目な戦士達は武器の手入れや、戦闘の練習をしている。

 武芸の稽古の方法は多様である。

 中には捕えたゴブリンを使って剣の練習をしたりもする。

 もちろん、ゴブリンは素手だが、生きて抵抗する相手と戦う方が鍛錬になるのだろう。

 これは自由戦士だけでなく騎士や兵士も行っている練習方法だ。

 たまに闘牛のように見世物にする事もある。

 それは残酷な事なのかもしれない。

 しかし、この世界で生きるには残酷な事もしなければならないのだろう。


「ねえ、チユキさん。彼がリノの方を見てる~」


 チユキの横にいるリノが笑いながら私に言う。

 チユキ達はポルトス達と共に夕食中だ。

 目の前には料理が並んでいる。

 戦士や兵士達の食べる携帯食ではない。

 料理は王族や貴族用の特別なもので、パンは柔らかく、スープは塩辛くない。

 獲ったばかりのウサギの肉が付き、果物までも添えられている。

 遠征にしてはかなり豪華であった。

 また豪華な食事に、さらに吟遊詩人の歌まで付いている。

 リノのいう彼というのはその吟遊詩人の事だ。

 この吟遊詩人は昨日までいなかった。

 何でもレイジに会うためにここまで追いかけて来たそうであった。

 吟遊詩人は勇者や英雄の歌を作りたがる。

 彼もその口なのだろうとチユキは思う。

 しかし、その事は特に珍しい事ではない。レイジの歌を作りたがる吟遊詩人は多い。

 ただ、この吟遊詩人は普通と違う。

 何よりもとんでもない美男子なのである。

 さらっとした髪にすっと通った鼻。

 顔の造形は完璧で声も美しい。

 吟遊詩人が歌う英雄譚はチユキ達だけでなく、その場にいる全員が聞き惚れている。

 その吟遊詩人が時々こちらに意味ありげに視線を向けて来る。その瞳は艶めかしい。

 その瞳に見つめられリノははしゃぐ。

 騒いでいるのはリノだけではない。チユキ達を世話するために来た女性達もまた騒いでいる。

 それに対してレイジは静かであった。

 チユキがその表情を見る限り、平静を装っているように見える。

 歌が終わると拍手が沸き起こる。

 歌い終わった吟遊詩人はチユキ達の方へと来る。


「初めまして勇者レイジ殿。お会いしたかったです」


 吟遊詩人の瞳がレイジにまっすぐに向けられる。

 美形が互いに見つめ合う状況にリノや周りの女性達がどよめきはじめる。


「これは中々絵になるっすね、チユキさん」

「確かにそうねナオさん。これは絵になるわ」


 チユキも彼らから目が離せない。

 レイジと美形の吟遊詩人が並ぶと一つ絵画がそのまま出てきたようであった。

 もっとも当の本人のレイジにはその気がないのが残念である。

 吟遊詩人の彼に挨拶されたレイジの顔に変化はなく、普段と変わらない。


「そいつは良かった。所で何者なのかな? 人間じゃないんだろう?」


 レイジがそう言った瞬間だった。

 吟遊詩人が竪琴を小さく鳴らす。


「えっ?」


 リノは突然慌てた声を出す。

 なぜなら、チユキやレイジにリノとナオ以外が動かなくなったからだ。

 ポルトスの目が虚ろになっている。それは他の者も同様だ。

 間違いなく魔法であった。

 その魔法を発動させたのは目の前の吟遊詩人に違いなかった。


「さすがは光の勇者と言ったところかな。レーナが呼んだだけの事はあるよ。僕の正体に気付くとはね」

「いや、正体はわからない。だが、只者じゃない事ぐらいはわかる。何者だい色男?」


 レイジは立ち上がり不敵に笑うと剣に手をかける。


「今は貴方と戦うつもりはないよ。光の勇者レイジ。美しい御嬢さん達も身構えないで下さい。僕の名はアルフォス。レーナの兄です」


 アルフォスと名乗った吟遊詩人はそう言ってにっこりと笑う。

 とても素敵な笑みであった。

 リノはもちろんチユキとナオまでもため息を吐いてしまう。

 そして、チユキはアルフォスと言う名には聞き覚えがあった。


 歌と芸術の神アルフォス。


 エリオスで一番の美男子である神だ。

 そして、知恵と勝利の女神レーナの兄でもある。


(なぜ、レーナの兄が私達の前に?)


 チユキはアルフォスを見る。

 アルフォスは左手に竪琴を持ったまま、右手を開いて前に出し、戦う意志がない事を示す。


「なるほど、レーナの兄か。確かによく見ると顔が似ている。で? 俺に会いたかった理由は何かな?」

「ふふふ、それは噂のレーナの恋人に会って見たかったからですよ。だけど、意味はなかったみたいですね」

「どういう意味だ?」

「言葉通りの意味ですよ。貴方がレーナの恋人とは思えない。だから、真偽を確かめに来たのです。会って話してみれば、納得できるかと思ったのですが……」


 アルフォスは首を振る。

 その動作もまた優雅である。


「納得できなくても、真実は変わらないさ。俺はレーナの勇者にふさわしい行動するだけだ」


 レイジは真っすぐな視線でアルフォスを見ると笑う。


「なるほどね。まあ、そう言う事にしておきましょう。まあ、私以外にも納得していない者も大勢いますよ。彼らから勝負を挑まれたらどうします?」


 アルフォスはそう言うとレイジを見つめる。

 レイジはその視線を正面から受け止める。


「もちろん、受けて立つ! そして、勝つ!」

「すごい、自信ですね。彼らの数は多いですよ」

「レーナを賭けての勝負なら退く事はしないさ。それが愛を受ける者の義務だ」


 レイジは堂々と答える。


「なるほど、大した覚悟ですね。レーナの愛を疑わないのですね」

「もちろんだ。俺とレーナが出会うのは運命だと思っている」

「そうですか……。それではこれ以上は何も言いません。彼らの挑戦を受けると良いでしょうね。僕は傍から見ていますよ。ああそうだ。1つだけ忠告しておきましょう。もし勝負を挑まれても黒い獅子の男だけは殺さない方が良いですよ」


 アルフォスは意味ありげな笑みを浮かべる。


「また。意味のわからない事を。どういう意味だ?」


 しかし、その問いにアルフォスは答えない。


「忠告はしましたよ。光の勇者」


 アルフォスは再び竪琴を鳴らす。

 すると、その姿が霞のように消える。


「あれ? 先程まで吟遊詩人がいたような。チユキ殿一体何が?」


 アルフォスが消えるとポルトス達は動き始める。


「何でもありません。ポルトス将軍。気まぐれな神が去っただけです」


 チユキがそう言うとポルトスは首を傾げる。


「すごい、美形だったね。チユキさん」


 リノは楽しそうにチユキに言う。

 久しぶりにレイジ並みの美形に会ってうれしいようであった。


「そうね。確かに美形だったわね……。それにしても彼は何をしに来たのかしら」


 チユキは少しだけ気になるのだった。


★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


ようやく、第6章も半分です。

第6章は変更予定が少ないのでサクッと終わらせたいです。


アドスコアの基準は気になるので、どなたかが解き明かしてくれると嬉しいです。

アドスコアは公開しても良くて、知りたい方がいたら公開しようと思います。

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