第14話 野営

 グリフォンに乗ったチユキの眼下には野営の準備をしている戦士達の姿が見える。

 日が沈むのにはまだ早いが準備は今からしないと間に合わないだろう。

 野営の場所はかつて国があった所だ。

 いや、国を造ろうとしていた場所というべきかもしれない。

 人が住めそうであったが、度重なる魔物の襲撃で国造りを断念したのだ。

 もし国が今でも存在していたら最大で5百人は住めた場所には、今は誰も住んでいない。

 しかし、城壁は半ば朽ち果て所々壊れているが健在なので、野営をするには丁度良かった。

 問題は戦士達全員を収容するには狭すぎるぐらいであった。

 収容できない、殆どの戦士達は城壁の外で野営をする事になる。

 彼らの殆どは野外で生活をしているからだろうか、特に不満の声は聞かれない。

 チユキの下で裸の戦士達が笑い合っているのが見える。

 彼らの多くは碌な装備をしていない。

 それどころかトールズの戦士の中には普段から服を着ていない者もいたりする。

 狂戦士と呼ばれる彼らは防具を身に付けずに戦う事を信条にしている。

 だけど、鎧を着ないのは良いが、せめて下着ぐらいは履いて欲しい。

 そのため、目のやり場に困る時があった。

 そんなチユキの様子をリノやナオは笑う。

 チユキとしては「彼女達は平気なの?」と問いただしたいところだ。

 また、シロネも平気ようであり、彼女が言うにはあれぐらいなら可愛い物らしかった。

 過去にもっとすごいものでも見たのかもしれないが、チユキは怖くて聞けなかったりする。

 そのシロネはここにはいない。

 ここからすぐ近くのアルゴア王国へと飛んで行った。

 もちろんチユキはナルゴルに入らないように言ってある。

 朝までには戻るはずであった。


「ねえレイジさん。そろそろ降りようよ。疲れちゃった」


 ナオと一緒にヒポグリフに乗っていたリノがレイジに言う。

 堪え性のないリノはヒポグリフに乗っている事に疲れたようであった。


「わかったよ。リノ。そういうわけだ、チユキ。そろそろ降りて休もう」

「わかったわ。みんな。ポルトス将軍に予定を聞いておきたいし、そろそろ降りましょう」


 チユキはペガサスに乗るレイジの言葉に頷くとグリフォンを国の広場に当たる場所へと降ろす。


「良い匂いがするっすね。今夜はいつもよりも御馳走を作っているみたいっすね」


 降りるとナオが涎を出しながら言う。

 広場では野営追行者達が夕食の準備をしている。

 野営追行者は戦士ではなく、ヴェロス王国に雇われた人達だ。

 主な仕事は物資を運んだり食事を作ったりする事と、チユキ達の世話をする事だ。

 彼ら1人が木箱から塩漬けの肉を取り出しているのが見える。

 この世界にもチユキ達の世界と同じような保存食がある。

 乾燥に塩漬け等が主であるが、魔法による保存食もあるところが異世界らしさを物語っている。

 この魔法による保存は食材を劣化させることはなく、チユキ達の元いた世界の保存技術よりも優れている。

 ただし、この魔法を使える者は少なく、魔力が乏しい人間では最大でも効果は3日ぐらいが限界のようであった。

 そのため、多くの保存食は魔法を使わずに作られる。

 ただし、魔法を使わない保存食の塩漬けは塩気が強く、乾パンは固くて水に浸しながらでなければ食べる事はできない。

 チユキも試しに食べてみたが美味しくなかった。


「これは勇者様方。天幕の用意はできております」


 チユキ達に気付いた野営追行者の女性の1人がやって来て頭を下げる。

 彼女はチユキ達の世話係の1人である。

 ヴェロス王のエカラスは特別にチユキ達の世話をしてくれる人を付けてくれたのである。

 旅に慣れない彼女達は他の野営追行者とは違い馬車に乗って来た。そのため服が全く汚れていない。

 さらに、チユキ達の寝床や風呂場に料理を作る人にペガサスやグリフォンの世話を人までも付けてくれた。

 全く至れり尽くせりである。

 ただ、これ程のエカラスは問題を解決してくれるのを期待しているようであるが、チユキとしては期待に応える自信はない。


「ありがとう。世話になるよ」


 レイジが微笑むと彼女の頬が赤く染まる。


「それじゃあレイジ君。私はポルトス将軍の所に行くわね」

「ああ。頼むよ。チユキ」


 チユキは1人でポルトス将軍の陣幕へと向かう事にする。


(さて将軍はどこにいるのだろう?)


 手の空いている野営追行者をチユキは探すと1組の男女が歩いて来るのが見える。


「あれ? レムス君じゃない? こんな所で何をしてるの?」


 歩いて来ているのは赤熊の戦士団のレムスとカリスである。


「これは黒髪の賢者様。食事の配給の手伝いですよ。不正に食料を取る者がいないかどうか確認しないといけませんので、カリスは僕を手伝ってくれているのです」


 レムスが言うと横にいるビキニアーマーを着た女の子カリスが頷く。


「なるほど、それは大変ね。でもレムス君なら大丈夫かな。だって優秀だもの」

「そんな……」


 チユキが褒めるとレムスは顔を赤くする。

 中々整った顔をしているので、からかいがいがある。

 チユキはレムスとは行軍中に知り合った。

 トールズの戦士団に所属しているのにしては珍しく読み書きや計算ができ、しかも一度見た顔は決して忘れないという特技を持っている。

 戦うしか能のない者ばかりでは組織の運営は難しい。

 彼のような者がいるおかげで赤熊の戦士団は大いに助かっているだろうと思う。

 ただ、レムスは華奢であり、戦士としての能力は低い。

 そのためチユキは荒くれ者が多い戦士達の中でやっていけるか心配になって来る。

 もっとも、本人は隣にいるカリスと離れたくなさそうだから、戦士団を抜けようとは思っていないだろう。

 カリスはチユキから見ても、かなり可愛い女の子である。

 ビキニアーマーから覗く褐色の肌がとても健康的だ。

 カリスは戦女神アマゾナの戦士だ。

 華奢な外見をしているが、獣の霊感を得ているためか、かなり強く、同年代の男の戦士も彼女には敵わない。

 シロネには負けたが、かなり見事な動きだったのをチユキは思い出す。


「それよりも賢者様。賢者様こそどちらに行かれるのですか?」

「ええと、ポルトス将軍を探しているのだけど、レムス君。知らない?」

「ああ、それでしたら。この先の天幕にいるはずです」


 そう言ってレムスは指さす。


「そう、ありがとう。それじゃあ2人さん、お邪魔な私は行くわね」


 チユキはそう言うと2人は驚いた顔をする。

 そして、すぐ後で顔を赤くする。


(全く羨ましい関係ね。さっさと離れる事にしましょう)


 チユキは2人を置いて歩く。

 レムスの案内でそれらしい天幕はすぐに見つかった。

 なぜなら明らかに自由戦士とは違う兵士らしい男達が沢山いるからだ。

 そのポルトス将軍の天幕は壊れた城壁を補強するように作られている。

 ポルトス将軍は城壁の中を遠征のための物資やそれを運んで来た野営追行者等の非戦闘員が主に寝泊まりするのに使うようだ。

 ポルトス将軍が連れて来た騎士が6名に兵士が50名。

 彼らも城壁の外で寝泊まりするようである。

 兵士の1人に来訪を告げると陣幕の中に案内してくれる。

 天幕は立派で、そこら辺の宿屋よりも快適にすごせそうだ。

 入るとポルトス将軍達がすでに集まっていた。


「これは黒髪の賢者殿。そろそろ来られるのではないかと思っていました。お待ちしておりましたぞ」


 立派な鎧に身を包んだ太った男が立ち上がり、チユキを席へと案内してくれる。

 この太った男が戦士達を率いるのはポルトス将軍である。

 ヴェロスの名門貴族の出で騎士の称号を持っているらしいが、とてもそうは見えない。

 騎士の鎧を着ていなければ普通のどこにでもいる、中年太りのおじさんにしか見えないからだ。


「いやあ、ここまで来ることができたのも、ひとえに勇者殿達のおかげです。感謝いたしますぞ」


 ポルトスがそういうとその場にいる者達がうんうんと頷く。


「本当に大変でしたな。将軍閣下。何しろ規律を守りませんからな……。ましなのはアルカス殿が率いる赤熊の戦士団ぐらいです。もっとも、彼らがいるおかげで魔物の被害が少なくなっているのかもしれませんが」


 ポルトスの横にいる初老の男が相槌を打つ。

 この眼光の鋭い初老の男の名はホーネス。

 彼はヴェロス王国の自由戦士組合の組合長である。

 ヴェロス王国の自由戦士組合は自由都市テセシアの自由戦士協会と違い、ヴェロス王国の市民しか加入する事ができない、閉鎖的な団体である。

 ホーネス率いるヴェロス市民の自由戦士達もまたこの遠征に参加している。

 そして、ホーネスのいう奴らとは市民権を持たない自由戦士達の事だ。

 実はこの遠征に参加している自由戦士は大別すると2種類に分かれる。

 どこかの国の市民権を持った自由戦士と、どこの国の市民権も持たない自由戦士だ。

 そして、この軍団の戦士達の大半は市民権を持っていない者が多い。

 きちんと教育を受けた市民権を持つ自由戦士は規律を守るが、市民権を持たない自由戦士は規律を守る者が少ない。

 彼らはいつ死ぬかわからない生活をしているせいか、後先を考えずに刹那的な生き方をする。

 金が有ったらすぐに酒と女に使い。貯蓄をしない。

 欲しいものがあったら盗み取る者さえいる。

 行軍中も物資を盗み取ろうとする者が後を絶たなかったと聞いている。

 レムスやカリスが所属する赤熊の戦士団は本当に例外なのである。

 そのため、騎士や兵士とホーネスの仲間達は物資を勝手に持ち出されまいとかなり苦労したみたいである。

 もっとも、魔物が多いこの世界において、彼らのような命知らずがいるおかげで助かっているところもある。

 何しろ、危険な魔物に進んで戦ってくれるから、ホーネス達の市民権を持つ自由戦士が死ぬ危険が少なくなっているのだ。

 そのため、文句も言えないのである。


「本当に困った者達でした。まあ、それももうすぐ終わりですな将軍殿」

「確かに。明日は彼らに存分に働いてもらおう。そのためにも今日はいつもよりも多く酒と料理を出すように命じている。」


 ポルトスは笑いながら言う。


「その事なのですが……。ポルトス将軍。あの森は本当に危険です。今からでも中止した方が良いのではないでしょうか?」


 チユキは中止を再度提案する。


「賢者殿。また、その話ですか?そうは言った所で戦士達は納得しないですぞ」


 ポルトスは困った顔をする。

 殆どの戦士達にとって戦う事は仕事であり存在意義である。チユキの提案は彼らの存在意義を奪うものかもしれない。

 特にトールズの戦士にとって戦って死ぬことは名誉な事だ。

 また、そうじゃない戦士達の中には今回の報酬目当ての者もいる。

 ここまで、来て今更やめる事はできないのかもしれない。


「確かに、そうですが……。そもそも、私達でも危険かもしれないのですよ」


 チユキは声を落として言う。

 シロネの幼馴染の暗黒騎士はいなくても、白銀の魔女は危険だ。

 何が起こるかわからない。


「大丈夫ですぞ。賢者殿。その時は我々だけでも撤退します。そもそも情報を持ち帰るのが我らの仕事ですからな」


 ポルトスはにこやかに笑う。


(そのために何人の戦士が犠牲になるのだろう? )


 彼ら自身が選んだとはいえチユキは頭が痛くなるのだった。







 レムスは夕日が照らす森の中を1人仲間達がいる所へと戻る。

 カリスは勇者様の付き人の女性が御菓子をくれるらしいからそちらに行っているので今はいない。

 レムスが所属する赤熊の戦士団はもっとも外れた場所に野営をしているためか夜道は暗く、足元が見えず歩きにくい。

 なぜ、ここに野営するのかというとアルカス団長が、もっとも危険な場所を引き受けたからである。

 いかにも団長らしいとレムスは思う。


「黒髪の賢者様。すごく綺麗な人だったな」


 レムスは先程の事を思い出すと笑みがこぼれる。

 あんな綺麗な人から優秀と言ってもらえるのはすごく光栄な事であった。


「ごきげんじゃないか? レムス」


 横から声がした瞬間だった。

 レムスは突然足払いをかけられると、体勢を崩してそのまま地面に倒れ込む。


「何をする! トルクス!!」


 レムスは倒れたまま振り向くと足払いをかけた人物を怒鳴る。

 足払いをかけたのは同じ赤熊の戦士団の団員のトルクスであった。


「何をするんだって? 壁の中に籠る臆病者に尻尾を振りやがってよ。それでも俺達の仲間か?」

「将軍閣下の手伝いなら! 団長の命令でもある! やましい事はしていない!!」


 レムスは大声を出すと、木の陰に立っている者を睨みつける。


「何だ! その口のきき方は! ろくに戦えない奴が偉そうに!!」


 トルクスは近づくとレムスの胸を踏みつける。


「ぐふっ!!」


 胸を踏みつけられレムスは息が出来ない。

 何とか足をどけようとするがびくともしない。


「おいおい。軽く踏んでいるだけだぜ。これぐらいでへばるのかよ。どうして、お嬢もこんな奴なんか……」


 トルクスの声には怒りが含まれている。

 お嬢とはカリスの事である。

 トルクスはカリスの事が好きなので、いつも一緒にいるレムスの事が気に喰わないのである。

 トルクスはレムスと同じ歳で、同年代の戦士達の中ではカリスの次に強い。

 強さを価値基準にする戦士団で弱いレムスがカリスの側にいる事が許せないのだ。

 だけど、そんな事はレムスの知った事ではない。

 レムスは闇を睨みつけて何とか足をどかそうともがく。

 しかし、足は動かない。

 獣の霊感こそ得ていないが、トルクスの強さは本物である。

 本人には軽く踏んでいるつもりかもしれないが、それでもレムスの全力よりも強い。


「はあ、情けない奴だな。本当に死ねよお前」


 トルクスは冷たい声でレムスに言う。


(まずい! 死ぬかもしれない!!)


 胸を踏む足の力が強くなるのをレムスは感じる。


「何やってんの! トルクス!!」


 レムスは意識が朦朧として来た時だった。

 カリスの声が聞こえる。

 カリスの声は聞こえるとトルクスは足を除ける。

 レムスは息を吸うと上体をおこす。

 レムスが声のしたほうを見ると。闇の中で金色に輝く瞳が見える。

 間違いなくカリスの目であった。


「何もしてませんよ。お嬢。ちょっとレムスに稽古をつけていただけです。そうだよな。レムス?」

「嘘! だったら倒れているレムスを踏むの! 必要はないでしょ! 殺す気なの?!!」


 カリスは怒った声を出す。

 豹の霊感を得たカリスは普段でも暗視の能力を持っている。

 レムス達の様子ははっきりと見えていたのである。


「待って! カリス! トルクスの言っていた事は本当だよ! 僕がトルクスに稽古を頼んだんだ」


 レムスは荒い息を吐きながら僕はカリスを止める。

 レムスは同年代の男の戦士達の中で、嫌われている。

 理由は弱いくせに団長やカリスに目を掛けられているからだ。

 それに対してトルクスは強く、若い戦士達から人気がある。

 そのレムスを助けるためにカリスがトルクスを叱れば、若い戦士達とカリスとの間で溝が出来るだろう。

 それは避けなくてならなかった。

 だから、レムスは我慢する。


「本当だよ。カリス……。だから何も心配することはないよ」


 レムスはそう言って無理やり笑顔を作る。


「そう言う事です。お嬢。俺はもう行きますね」


 トルクスは去って行く。


「レムス……。どうして?」


 カリスはレムスの側へと来る。

 どうしてトルクスを庇うのかと聞きたいのである。

 だけど、レムスにはそれは言えない。

 トルクスとは争えない。

 弱いレムスとトルクスが争えば団員達はトルクスを応援するだろう。

 そうなれば、団をまとめるために団長はレムスを追放するしかなくなってしまう。


「本当に大丈夫だから……」


 レムスはカリスの側にいたい。

 だから、我慢をして明るい声を出すのだった。


★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


たまに内容について要望があったりします。

出来る限りは反映したいと思いますが、難しい時もあります。

ごめんなさい。

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