第13話 よこしまなる神々

 不愉快な道化師と出会ってから10日、ようやくチユキ達は目的の蒼の森の中心付近へと辿りつく。

 時間が掛かったのは余りにも集めた自由戦士の数が多くなったからだ。

 数が多くなればそれだけ動きも鈍る。

 エカラスは喜んでいたが、この計画を立てた貴族の話だと、戦士を募集しても千人も集まらないと思っていたようであった。

 しかし、予定の3倍以上の人数が集まってしまった。

 そのため、ヴェロス王国政府は戦士を選別して少なくするか、計画を立て直すかで決断を迫られた。

 そして、結局後者を選んだらしい。

 そのため、準備に時間が掛かり、行軍にも時間がかかってしまった。

 蒼の森へと向かう自由戦士は約4千人。

 かなりの大軍である。

 チユキはグリフォンに乗り、上空から自由戦士達が進むのを眺める。

 大軍が進むのはかなり壮観であった。

 ただし、その行進はバラバラで一糸乱れぬ動きではない。

 自由戦士は個人の武勇では兵士に勝るが、規律正しく行動ができない者が多い。

 チユキが下を見ると酒を飲みながら歩く者も見える。

 この軍団を率いているポルトス将軍も頭が痛いだろう


「あれ、大丈夫っすかね。チユキさん」


 ヒポグリフに乗ったナオがグリフォンに乗ったチユキの横に来て言う。


「さあ、まあでも心配しても仕方がないでしょ。私は止めたのに彼らは行くと言うのだから」


 チユキは冷たく言う。

 これから行く場所はチユキ達でさえ危険な場所だ。

 あの道化師からは、とても危険な何かを感じた。

 だから、チユキは遠征を取りやめるように進言したのである。

 だけど、当の自由戦士達から反対の声が出た。

 獲物を横取りするなと、そして金を稼ぐ機会を奪うなと。

 こう言われてはチユキも止める気は起きない。

 せめて、協力してもらおうとチユキは思う事にした。

 そう思ったからこそ彼らに合わせてチユキ達も進んでいるのだ。


「ねえ、やっぱり。シロネさんの幼馴染が待ち構えているのかな?」


 リノが不安そうに言う。

 おそらく道化師の事を思い出しているのだろう。


「それはわからないな。リノ。だが、奴はいないような気がする。なぜかわからないがそんな気がする」


 ペガサスに乗ったレイジは前を見ながら言う。

 レイジの視線の先にはピンク色の靄がかかった場所がある。

 間違いなく、あの靄の中に御菓子の城がある。

 レイジの言葉がチユキは気になる。


「彼がいないとはどういう事なの? ナオさんはどう? 彼の気配を感じない?」

「さあ、ナオにはわからないっす」


 しかし、ナオは首を振る。


「ナオさんにわからないじゃ、本当にいないのかどうかわからないわね」


 チユキは首を傾げる。

 ナオはチユキ達の中で一番鋭敏な感覚を持つ。

 そのナオにわからないのでは判断はできなかった。


「いや、チユキさん。レイジ君の言う通りだよ。私もあの中にクロキはいないような気がする。それに、もしクロキがいるのなら、多分もう出てきているよ」


 一番前を飛んでいたシロネはピンクの靄を睨みながら言う。


「そう……。2人がそう言うのなら、そうかもしれないわね。だけど、あの道化師が何もしてこないとは思えないわね。きっと何かを仕掛けて来るはずよ」


 チユキが言うと全員が頷く。


「確かにそうっすね……。あの靄の中から嫌な気配を感じるっす。うかつに飛び込めば大変な事になりそうっすよ」


 ナオの言葉でチユキ達はピンクの靄を見る。


「うわ~。何か嫌な感じがする。道化師なんか放っておいて、もう帰らない?」

「それは魅力的な提案だわリノさん。確かに帰りたいわね。そもそも道化師の言葉に従う理由なんかないのだから」


 チユキはレイジを見ながら言う。

 エカラスには悪いが、被害出るよりはましなはずである。

 撤退をするべきかもしれなかった。


「え~! 駄目だよ! クロキはいなくても、あの子はいるはずだよ! あの子が何を企んでいるのか確かめないと!!」


 当然のごとくシロネが反対をする。

 彼女は幼馴染を取り戻したいと思っている。その彼を操っている白銀の魔女を放ってはおけないようだ。


「確かにそうだな。折角の美女の誘いだ。このまま帰るのもどうかと思う。それに、あいつがいないのならこれは逆にチャンスだ」


 レイジが不敵な笑みを浮かべる。

 シロネの暗黒騎士の彼がいないと思った途端にこれであった。

 チユキは頭が痛くなる。


「まあ、良いわ。ポルトス将軍達が野営を始めるみたいよ。突入するにしても明日になるはずだわ。私達も降りて休みましょう」






「ああ~! 勇者達が来てしまったよ!!」


 御菓子の城の大広間。

 魔法の映像には勇者達が映っている。

 ダティエはそれを見て慌てる。


「ゴズ! ヘルカート様はまだ戻って来ないのかい!!」


 ダティエが尋ねるがゴズとしては当然知るわけがない。

 三つ首の蛙の女神ヘルカートはここにはいない。

 何か仕込みをすると言ってどこかに行ってしまった。


「そんな事を言われても母上……。わたくしにはわかりませんよ……」

「ちっ! 全く使えない子だね! お前は!!」


 ダティエはゴズに悪態をつく。

 ゴズは「本当に死ねよ、この糞ババア」と思うがもちろん口には出さない。


「いやあ。これは本当に見捨てられちゃったのかもね~。かわいそ~」


 道化師の格好をした男が楽しそうに空中を跳びはねながら言う。

 仮面を被っているから表情は見えないが、これっぽっちも可哀そうとは思っていなそうであった。


「くう~! こうなったら! 私の美貌で勇者を虜にするしかないようだね!!」


 ダティエは身をくねらせる。

 その様子は凄く不気味であった。

 ゴズはもちろん、近くにいる側近のゴブリン達ですら吐きそうになっている。


(案外そうした方が勇者も退散するんじゃないか? この気持悪さにさすがの勇者も逃げ出すだろうよ)


 ゴズはついそんな事を考えてしまう。

 そんな事を話している時だった。

 突然、空中に魔法陣が現れる。


「どうやら間に会ったようだね。ゲロゲロゲロ」


 魔法陣から現れたのはヘルカートである。


「ヘルカート様ああああああああああ! 何処に行っていたのですぁ~!!!!!!!!!!!!」


 ダティエは鼻水を垂らしながらヘルカートにしがみ付く。


「全く、どうしようもない奴だね。頼もしい助っ人を連れて来てやったのさ」


 ヘルカートがそう言うと、いくつもの魔法陣が空中に現れる。

 その魔法陣から出て来るのは複数の影。人間のような姿の者もいれば、異形の者もいる。

 ゴズは何者だと思い、彼らを眺める。


「あの~。ヘルカート様。この方達は一体?」


 ダティエも首を傾げながらヘルカートに尋ねる。


「ふん、こいつらは女神レーナに求婚している男神共さ。もっとも全員袖にされたようだがね。ゲロゲロゲロ」


 ヘルカートの言葉でゴズは現れた者達を見る。

 全員がとんでもない威圧感を発している。


「聞き捨てならねえな。ヘルカート。俺様は袖にされたわけじゃねえぞ。ただ俺の良さがわかってないだけだ。何が光の勇者だ。あんな野郎。ぶっ殺して誰がレーナに相応しいか思い知らせてやる」


 岩のような顔をした男神がヘルカートに詰め寄る。


「そうだ。なんでぽっと出の異界の者に我らの天上の美姫を奪われねばならん。このまま黙っている事なぞできようか?」

「そうだ! そうだ!!」

「あんな! 軽薄そうな男に天上の美姫はふさわしくない!!」

「私は何百年もレーナに思いを寄せているのだぞ! それが何であんな男に!!」

「そうでしゅ! レーナちゃんはぼくの物でしゅ!!!」

「あ?! 誰が手前の物だって! 表出ろや! 俺の物に決まっているだろ!!」

「君達こそ、何を言っているのかね? 彼女のように美しい姫は私にこそふさわしい」

「何だと! このキザ野郎が!!」


 男神達が喧嘩をしそうになる。


「まちな! 喧嘩はやめな!」


 ヘルカートから強力な魔力が放出される。

 その圧力にゴズはちびりそうになる。

 突然の事に男神達はヘルカートを見る


「誰が天上の美姫に相応しいかは、勇者を殺した後で決めるんだね。それからでも遅くないはずだよ。ゲロゲロゲロ」


 ヘルカートがにんまりと笑いながら言うと男神達は顔を見合わせる。


「確かにそうだな……」

「ああ、あのすかした野郎を殺すのが先だな」

「それまではこの勝負はお預けですね」

「ぼくちんのレーナちゃんを奪おうする奴は真っ先に殺すです!!」


 それまでの殺伐した雰囲気が嘘みたいに静かになる。


「さあ、話はこれで終わりだよ。後は勇者が結界に入って来るのをまつだけさ。そうすりゃ誰も中の様子がわからない。誰が愛しい者を殺したのかわからない以上はレーナから恨まれる心配はないさね。ゲロゲロゲロ」


 ヘルカートは笑う。

 ヘルカートはこの城にいない間に光の勇者に恨みを持つ者達を集めて回っていたのだ。

 短期間に集められたのは前もって計画していたからである。

 そんな事を考えている時、1つの魔法陣が現れる。

 魔法陣から現れたのは黒い獅子の頭を持つ者だ。背中に巨大な大剣を持っている。


「ふん。まさかこれ程集まっているとはな。身の程知らずが」


 黒い獅子の頭を持つ者が集まっている男神達を見て呟く。

 黒い獅子の頭は被り物なのだろうか、口元が動いていない。

 ただ、その眼光は鋭く、他の男神たちを睨んでいる。

 

「おや? まさかお前さんまで来てくれるとはね。意外だったよ」

「ふん。カエル婆か。本当ならぶっ殺してやりたい所だが、しばらく見逃してやる。光の勇者を名乗るあの野郎を殺すのが先だからな」


 黒い獅子から強烈な殺気が放たれる。

 それはヘルカートにだけではない。この場にいる全員に対してだ。

 その強烈な殺気に再び男神達に緊張が走る。

 あの黒い獅子の頭を持った者は何者だろうとゴズは考える。


「へえ~。まさか、彼まで来るとはね~。こりゃ面白い! クーナ様に早速報告だ!!」


 ゴズの後ろにいた道化が楽しそうに言う。

 道化には黒い獅子が何者かわかっている様子であった。


「さしもの勇者もこれだけの神々を相手に勝てないだろうよ。そして、モデス坊やの仲間じゃない男共がいくら傷ついても何も問題ないさね。ゲロゲロゲロ」


 ヘルカートの笑い声が御菓子の城の大広間に鳴り響くのだった。





「どうしたの? トトナ? 貴方が私を尋ねるなんて珍しいわね」


 レーナはエリオスにある自身の宮殿でトトナを出迎える。


「ちょっとした用事。レーナ。兄さんを見なかった? エリオスにいないみたい」

「兄さん? トールズがどうかしたの? エリオスにいないって? どういうこと?」


 トールズはエリオスの守る役目を背負っている。

 そのため、エリオスを離れる事は滅多にない。

 そのトールズの居場所がわからないというのは何か事件が起きたのかもしれなかった。


「わからない。だけど、兄に外部の者が接触した形跡がある。兄が貴方に相談しているのではないかと思ったのだけど違った。邪魔をした。帰る」


 そう言ってトトナは去って行く。


(トールズに外部の者? それって、どういうことよ?)


 レーナは首を傾げる。

 トールズはエリオスに属さない者を嫌う。

 エリオスの外にいる海王トライデンが考えられるが、トライデンなら隠れて接触したりはしない。

 そのため、外部の者はエリオスに属さない者と言う事になる。

 しかも、トールズは追い返さずに会ったらしかった。

 これは普通なら考えられない事である。

 レーナは何だか嫌な予感がするのだった。


★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


かなり短いです。

当時の状況ですが、かなり仕事が忙しかったのを思い出します。


「カクヨム」に暗黒騎士物語設定資料集を作りました。

良かったら、そちらも読んでくださると嬉しいです。

いつになるかわかりませんがモンスター図鑑等も作りたいと思っています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る