第12話 氷海のクラーケン

 アスピドケロンの頭の近くでクロキ達は海上へと姿を見せた大海蛇シーサーペントを見る。

 大海蛇シーサーペントは体長12メートルぐらいである。

 その大海蛇シーサーペントから敵意は感じない。

 こちらに襲うために来たわけではないようだ。


「あの……クロキ先生。まだ、何か来るみたいです」


 クロキの横にいるポレンが言う。


「はい殿下も感じ取ったようですね。確かに大海蛇シーサーペントは何かから逃げて来たようです」


 クロキがそう言った時だった。大海蛇シーサーペントの周囲から水しぶきが上がる。


「何なのさ! あれは!!」


 プチナが大声を出す。

 大海蛇シーサーペントの周囲から出てきたのは何かの触手。

 その触手1本は大海蛇シーサーペントよりも太く大きい。

 触手は大海蛇シーサーペントに巻き付くと再び大きな水しぶきを上げて沈む。


「あれはクラーケンの触手。しかし、何と巨大な……」


 リブルムが呻くように言う。

 どうやら、あの触手はクラーケンの物のようだ。

 だけど、リブルムは過去にクラーケンを見た事があるはずだ。何でそんなに驚いているのだろう?

 しかし、疑問を抱いている暇は無いようだ。

 別の触手がエザサ達の船を襲おうとしている。

 突然6本の触手が現れるとエザサ達の船に巻き付き海に沈めようとする。

 エザサ達の船はかなりの大きさなのに触手は船体に巻き付くほど長い。


「まずい!!」


 自分は黒血の魔剣を呼び出すと飛ぶ。


「はああっ!!」


 回転しながら剣を振るい、斬撃を飛ばす。

 斬撃はエザサ達の船に巻き付いた触手を斬り裂く。


「おお!!」


 周囲からどよめく声が聞こえる。


「リブルム将軍! 転覆した船の乗員を急いで救助して下さい!!」


 触手は斬り裂いたが、幾つかの船が横転している。

 その船からオーク達が投げ出されているのが見える。

 急いで助けないといけない。


「わかりました閣下。お前達。エザサ殿達を助けよ!!」


 リブルムの配下のドラゴニュート達が空を飛び救助に向かう。

 普通なら 蜥蜴人リザードマンは寒い所が苦手だ。

 しかし、蜥蜴人リザードマンと違いドラゴニュート達は冷気に対する耐性を持っているので、館の結界の外でも問題なく動ける。

 ドラゴニュート達は海に落ちたオーク達を次々に拾い上げる。

 斬り裂いた触手がうねりながら引いていく

 クロキは再びアスピドケロンへと降りる。


「さすがはクロキ先生! カッコ良かったですぅ~!!」


 ポレンが拍手をしながら出迎えてくれる。


「お褒めいただき、ありがとうございます殿下! しかし、エザサ殿達が危険なようです。救助をしないといけません」


 クロキはエザサ達オークの船を見る。

 触手によって横転した船は2隻。

 先頭を航行していたエザサの船も沈んでしまった。

 オーク族は人間に比べて強靭な体を持ち。脂肪が多いので海に沈まないので全員無事だ。

 リブルムの配下によってエザサが運ばれてくる。


「大丈夫ですか? エザサ殿?」

「はい。閣下。何とか……」


 エザサの様子を見る限り外傷はない。

 しかし、その顔は沈んでいた。


「それにしても、触手1本で簡単に船を沈めるとは……。初めて見ましたが、クラーケンとはあれ程巨大なのですね」


 そのクロキの言葉に助けられたオーク達は顔を見合わせる。


「いえ、閣下。普通はもっと小さいのです。触手の1本ぐらいでは船を沈める事はできません。先程のクラーケンはあまりにも規格外です」


 エザサはクロキの側に来ると説明する。

 オークの女性は男性よりも体格が良く、しかもエザサはその中でも特に体格が良い。

 2メートルを超える巨体が近くに寄って来るので、すごい迫力だ。


「閣下。あのクラーケンは異常です。あれを捕えるのは無理です。ここは一旦引きましょう」


 エザサは鼻息を荒く顔を寄せて来る。

 ちょっと近いとクロキは後ろに下がる。


「閣下。エザサ殿の言う通りです。あれ程巨大なクラーケンは見た事がありません。ここは退きましょう」


 リブルムもまたエザサと同じように言う。


「待って下さい! それでは僕達セルキーはどうなるのですか! 仲間も犠牲になっているのですよ! また、あのクラーケンは大食いで、この辺りの魚を食い尽くされています! このままでは僕達はここで生活ができません! お願いですクラーケンを退治して下さい!!」


 ポレンの側にいたイヌルが大声を出す。

 セルキー達は生活が懸かっている。必死にもなるのも当然だった。


「何を言っている。殿下を危険な目に会わすつもりか? セルキーは身の程をわきまえぬ者ばかりのようだな」


 リブルムが睨むとイヌルが青ざめた顔をして下がる。

 セルキーは弱い。八魔将軍であるリブルムに言われれば黙るしかない。


「まったくだね。普通のアザラシのように皮をはいで食べてやろうか?」


 エザサがクロキから離れてイヌルの方へと向かう。

 離れてくれたので、クロキは正直助かったが代わりにイヌルがピンチである。

 オークはアザラシをも食べる、それはセルキーも同じかもしれず、イヌルの表情が恐怖で歪む。


「そんな……。殿下はクラーケンを退治してくれる事を約束して下さいました……」


 イヌルがそう言うと、全員の視線がポレンへと向かう。


「あれ? えーっと。ははは。確かにそうだね。…………しよう」


 ポレンは頭を掻きながら言う。

 確かにポレンの名で助ける事を約束した。それを反故にする事は良くなかった。

 それにポレンが折角やる気になっている。

 ここは助け舟を出すべきかクロキは迷う。

 先程のクラーケンはかなり危険な存在みたいだ。

 ポレンの安全を考えれば退く方が良いかもしれない。

 しかし、セルキー達も助けるべきであった。

 だから、クロキは自身が動く事にする。


「リブルム将軍! エザサ殿! 殿下はクラーケンを退治する事を約束されました! ここで退いては殿下の名に傷がつきます! しかし、殿下の身を危険に晒す事はできません! ですから自分が代わりにクラーケンを退治します!!」


 クロキはそう宣言する。

 代理で行けば、ポレンの身の安全もセルキーとの約束も守れるはずであった。


「あの……。クロキ先生。良いのですか?」


 ポレンは申し訳なさそうな顔をする。


「大丈夫です。殿下。まあ……なんとかしてみせます」


 正直に言うとクロキはクラーケンと戦うのは初めてだ。

 海面から出ているならともかく、海に潜られると厄介そうである。

 水中戦もそんなに自信があるわけではない。

 しかし、やるしかなかった。

 決意を固めた、その時だった。

 海の向こうから強力な敵意をクロキは感じる。


「すごい敵意を感じるのさ!!」


 プチナは海を見ながら大声を出す。

 敵意を感じたのはクロキだけではない。

 リブルムやエザサも海を見る。

 巨大な気配がこちらに向かって来る。先程の大海蛇シーサーペントよりも遥かに大きい。


「どうやら、撤退する暇はないみたいですな……」


 リブルムは呟く。

 巨大な気配が近づくと同時に、巨大な波がアスピドケロンを襲う。

 普通の波では揺らぐことのない巨体がゆれる。

 イヌル達の悲鳴が聞こえる。

 だが、揺れるだけでは終わらなかった。

 波が過ぎ去った時、複数の触手が海の中から現れてアスピドケロンに絡みついてくる。

 その数は太いのから細いのも含めると数十本はある。

 一番太い触手の長さからみても、島と同じ程の大きさのアスピドケロンよりも大きいようである。


「ク!? クラーケン!!」


 エザサの配下のオークが叫ぶ。

 クラーケンはその長い触手をアスピドケロンへと巻き付け海に引きずり込もうとしている。

 複数の触手がアスピドケロンに乗っている者達に襲い掛かる。

 強力な敵意と怒りを感じる。

 おそらく、クロキが触手を斬った事に怒っているのである。


「まずいな……」







「あわわわわわわわわわわわわわわわ! 揺れているよ! 揺れているよ! ぷーちゃん! 私泳いだ事ないのにっ!!!」


 ポレンは叫ぶ。

 巨大な触手が現れてアスピドケロンを揺らしている。

 足元がぐらぐらするので立っている事が難しい。

 複数の触手が海面より現れてポレン達を襲う。


「危ないのさ! ポレン殿下!!」


 プチナはポレンを押しのける。

 するとポレンが立っていた場所に触手の1本が襲い掛かりプチナを締め上げる。


「のわ―――――!!!」

「ぷーちゃ―――――ん!!!」


 触手は数ある触手の中でも細いが、それでも力の強いプチナを簡単に捕える。

 

「そんな、ぷーちゃん。私を庇ったばかりに」


 ポレンは触手に巻き取られたプチナを見る。

 プチナは暴れているが振りほどけない。

 このままでは海に引き込まれるだろう。


「危ないプチナ将軍!!」


 飛び上がったクロキがプチナを捕まえた触手を斬り裂く。

 そして、クロキは数本の触手を斬り裂き、他に触手に掴まった者達を解放すると、空中に投げ出されたプチナを抱きとめ降りる。


「助かったのさ。閣下……。によほほほほほ」


 お姫様抱っこをされて、降ろされたプチナが嬉しそうに笑いながら、お礼を言う。

 そのプチナの頬が少し紅かった。


(ちょっとー!  すごく羨ましい! くうう―――――!! 私もぷーちゃんみたいに抱きかかえられたい!!)


 ポレンはなぜ自身が触手に捕らわれなかったのかと後悔する。

 触手を斬り裂かれた事でアスピドケロンの揺れは止まる。

 だけど敵意は消えていない。

 再び襲って来そうであった。


「ポレン殿下! 自分が海に入ってクラーケンと戦います! 殿下は急ぎ残った船へと移動して、ここから離れて下さい!!」


 クロキがポレンを安全な場所へ逃がそうとする。


(それじゃ駄目ー!! 私もクロキ先生に助けられたい! 危ない目にあったら先生が私を抱きかかえて助けてくれるはずだ! 泳いだ事はないけど! そんな事はどうでも良い! 私もお姫様抱っこをされたい!!)


 ポレンは当初の目的を思い出す。


「いえ! 先生! 私も行きます!!」


 ポレンははっきりと言う

 それを聞いたクロキは驚いた顔をする。


「えっ? しかし、殿下。危険ですよ……」

「いえいえ、セルキー達を助けると約束したのは私ですから、私が行きます」


 ポレンがそう言うとクロキは「おおっ!」と唸る


「そこまでの覚悟を持たれていたのですね。わかりました殿下! 一緒に行きましょう!!」


 クロキはポレンに手を差し出して力強く言う。


(先生の目がキラキラしているちょっと恥ずかしくなってきた)


 ポレンは少し恥ずかしくなる。

 クロキはポレンが自分から動いた事が嬉しいのだ。

 実際はよこしまな気持ちなのだが、それは言えない。


「ど! どうしたのさ! 殿下! 何か変なものでも食べたのさ?!!!」

「もう折角良いところを! ぷーちゃんは黙ってて!!!!!」


 ポレンは「ぷーちゃんだけお姫様抱っこをされてずるい!!」と言いそうになるのを我慢する。

 クラーケンが触手をさらに伸ばしてアスピドケロンを揺らす。


「一刻の猶予もありません殿下! 誰か殿下に武器を!!!」

「いえ、先生。私の武器なら大丈夫です。来なさい轟鬼の大鎚よ!!!」


 ポレンは叫ぶ。

 すると巨大な大金鎚が現れる。

 轟鬼の大鎚は魔王モデスが愛娘であるポレンに与えた武器の中で、唯一ポレンの力に耐える事ができる武器である。

 ポレンは轟鬼の大鎚を手に取る。


「さあ! 行きましょう先生!!」


 ポレンとクロキはアスピドケロンの端まで走ると、大きく息を吸う。


(これで海の中でもしばらくは大丈夫のはず。泳いだ事はないけど先生が助けてくれるよね)


 ポレンはクロキと共に海へと潜る。

 海に入るととても寒い。

 ポレンはたくさんの空気を吸い込んだので、なかなか深く潜れず、足をばたつかせる。

 ポレンは目を凝らすと暗い海の中に巨大な何かがいる。

 巨大な何かは触手を伸ばしてポレン達に襲い掛かって来る。

 触手がポレンを襲う前に、クロキが前に出て斬り裂く。


(おしい! これでは先生は私を助けてくれない!)


 ポレンは頑張って手足をバタつかせると、クラーケンへと向かう。

 横にいるクロキが慌てるのがポレンにわかる。

 前に出すぎなので、下がってと言いたそうであった。

 だけど、ポレンとしては聞くわけにはいかない。

 泳ぐのは初めてだが、ポレンは何とか前に進む。

 クラーケンの触手がポレンに向かって来る。

 クロキが慌てて追いかけてくる。

 やがて触手がポレンに巻き付き、頭の方へと運ぶ。


(良し! 計画通り! だけどちょっと苦しい! 少しだけ緩めて!)


 ポレンは轟鬼の大鎚を投げるとクラーケンの頭にぶつける。

 轟鬼の大鎚はいつでも呼び出せるので、海に沈んでも回収が可能なので問題はない。

 大鎚をぶつけられたクラーケンは触手の締め付けを緩める。


(これで良し! 後は先生が私を助けるのを待つだけ~!)


 ポレンはクロキがクラーケンに勝てる事を疑っていなかった。

 颯爽と駆けつけたクロキはポレンを助けてお姫様抱っこをしてくれるだろう。

 ポレンの中で妄想が捗る。


(さあ、クロキ先生!! 私を助けに来て!!)


 ポレンはクロキを待つ。

 しかし、助けに来ているクロキは途中で止まる。


(あれ!? どうしたの? それに何だか締め付けがすごく弱くなったような)


 ポレンはクラーケンの様子を見る。

 何故か敵意が消えていた。

 それに先程まで赤く光っていた目から光が消えている。

 ポレンを捕まえたクラーケンが浮かび上がる。

 そのまま巨大なクラーケンと共に海面へと出る。

 力が抜けた触手がポレンを離す。


「見事ですポレン殿下! まさか一撃でクラーケンを倒すなんて!!」


 海の中から出たクロキがポレンの所に飛んで来る。


(えっ!? 嘘でしょ!? ちょっと軽く叩いただけなのに、あれで死んだの?)


 クラーケンはポレンの剛力と轟鬼の大鎚の力により、一撃で死んでしまったのである。

 怠け者とはいえポレンは魔王の娘、軽く投げただけでも巨大なクラーケンを殺せるほどであった。


「えーっと……」


 ポレンは頭を掻くと、ちょっと泣きたくなる。

 クロキは離れてしまい。

 代わりにアスピドケロンの背から複数の小舟が迎えに来てくれる。


「みんな! クラーケンはポレン殿下が退治された! 殿下を讃えよう!」


 クロキは叫びながらアスピドケロンへと戻る。


「すごい! すごいです! ポレン殿下!!」

「すげえ! あのクラーケンを倒しちまった!!」

「さすがは魔王陛下の御子! このリブルム! 感服しましたぞ!!」

「ああ!! 殿下! さすがです!!」

「ポレン殿下! ポレン殿下!!」

「ポレン殿下! 万歳!!!」

「殿下―――! 一体何を拾い食いしたのさ―――! 早く薬師に見てもらうのさ――――!!!」


 ほぼ全員がポレンを褒め称える。

 ただ約一名すごく失礼な事を言っている子がいるが、ポレンは聞かなかった事にする。

 リブルムの部下とエザサの船がポレンにたどり着く。


「やり直しを! やり直しを要求しますっ!!」


 しかし、ポレンのその声は歓声に打ち消されるのだった。


★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


更新です。

昨日は風邪で寝込んでしまい、更新できませんでした。

今朝になって体調が良くなったので見直して更新です。


そして、クラーケンですが、文献を調べてもタコなのかイカなのかがわからなかったので、はっきりと書きませんでした。

ダイオウイカが元ネタだとイカだし、伝承ではタコが多いようです。

ダイオウイカっぽい設定にするなら、マッコウクジラと同じくケートスの食糧になる設定にしようかなと思います。

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