第11話 海に潜むもの

 一晩が経過して、クロキ達を乗せた大亀アスピドケロンは島を離れる。

 クロキが窓の外を見るとオーロラが見える。

 霧氷の島の上空を漂うオーロラは冷たい魔力の波動である。

 太陽の女神ミナが死んだのも霧氷の島の近くであり、オーロラがたまに赤く光るのはその血が降りかかったからだとされている。

 別名でミナをオーロラの姫と呼ばれるのもそのためだ。

 ミナはこの霧氷の島の上空で死に、永遠に眠れる美女となってしまった。

 ミナの血は虹色に輝きオーロラと共に漂い上空を美しく彩らせているようであった。

 もっとも、破壊の女神ナルゴルにとっては忌まわしい美しさだろう。

 クロキはオーロラの美しさを堪能すると窓から離れる。

 クロキがいるのは館の最上階の一室だ。

 部屋は広く綺麗で、ここからだと周囲の景色が良く見える。

 部屋の中央にはポレンがセルキーの若者に囲まれて、嬉しそうにしている。

 だらしない姿に見えるが、クラーケンを倒すと宣言した時のポレンは真剣な表情だったとのクロキは覚えている。

 困っているセルキー達を助けたいと真剣に考えているようであった。

 クロキはどうやったらポレンをクラーケン退治に乗り気になってくれるのか考えていた。

 だけど、浅はかな考えは何の役にも立たない。

 現にポレンを動かしたのはセルキーの涙であった。

 セルキーの真剣な訴えがポレンを動かしたのである。

 クロキは自身が無力だと思うと同時に嬉しく思う。

 これから動くのはポレンの意志だ。

 クロキはその手伝いをするだけである。

 そのポレンは若い男性セルキーに囲まれてだらしない顔になっている。


(だらしなさそうな顔をしているけど、きっとその奥に熱い闘志を秘めているに違いないよね。……うん、きっとそうだ)


 クロキは無理やりそう思う事にする。


「クロキ様。お飲み物はどうですか? それとも私はどうでしょうか?」


 セルキーの女性がクロキに飲み物を差し出してくれる。

 セルキーの若者達同様、セルキーの女性達もこの島に来ている。

 そして今、彼女達はアザラシの皮を脱ぎ人間形態になっている。

 男性陣と同じく彼女達もまた美形であった。

 ただし。彼女達の格好はアザラシの毛皮を体に巻きつけるのではなく裸に貝殻のビキニである。そのため、クロキは目のやり場にすごく困る。

 つまり、クロキはポレンと同じ状況になっているのである。


「ありがとう。飲み物だけをいただくよ」


 クロキは飲み物を受け取るとセルキーの女性は何故か少し残念そうな顔をする。

 だけど、心を動かされるわけにはいかない。

 貝殻ビキニを着た少女達が周りを取り囲んでいる状態で下半身がのっぴきならない状態になっている。

 これは、自身の中にある竜の力の副作用のせいか、クロキは節操がなくなっているような気がした。


(やばい! 何とか気を反らさなければいけない! 下手をすると、ここがとんでもないエロ時空に変わってしまう。それだけは避けなくてはいけない!!)


 クロキは周りにいる三人のセルキーの女性達をなるべく見ないようにする。


「あれ?」


 何かの気配を感じクロキが足下を見た時だった

 セルキーの女性達の足元に小さなアザラシがいる事に気付く。


「きゅ~」


 小さなアザラシは可愛らしく鳴く。


「えっイヌラ!? あなた!? ついて来たの!? 里にいなければ駄目じゃない!!」


 近くにいたセルキーの女性が小さなアザラシを抱き上げる。


「その子は?」

「申し訳ありません! 勝手に付いて来ちゃったみたいなのです!!」


 セルキーの女性はクロキに謝る。


「別に構わないよ。この子は人の姿になれないんだね?」

「はい。この子の名はイヌラ。私達の代表であるイヌルの妹でございます。まだ子供ですので皮を脱ぐ事はできません。ですから、クロキ様の御相手はできないと思います。お許しください……」


 セルキーの女性が頭は下げる。

 セルキーの子供は人型になる事はできない。

 だけど、人型にならなければならない理由はクロキにはなかったりする。


(そもそも、何の相手!?)


 クロキは心の中でつっこみを入れる。

 イヌルはポレンの相手をしているセルキーの若者で、小さなアザラシはその妹らしかった。

 アザラシ状態のセルキーの見分けはつかないので、そもそも男の子か女の子の区別がつかない。

 しかし、どちらにせよもふもふしていて、とても可愛い。


「別に構わないよ。可愛い子じゃないか」


 そう言うと小さなアザラシは可愛らしく鳴く。

 クロキの言葉がわかるのか恥ずかしがっている様子であった。

 この小さなアザラシを見ていると小さい頃にシロネと行った水族館の事をクロキは思い出す。

 2人で見に行った水族館にはアザラシの親子がいた。

 母親に寄り添う生まれたばかりの小さなアザラシはとても可愛かった。

 その時のシロネは小さなアザラシに触りたくて水槽に入ろうとしたのである。クロキはそんなシロネを止めるのが大変であった。

 これはクロキとシロネの思い出の1つだ。


(今頃、あのアザラシはどうしているだろうか?)


 クロキは子供の頃の気持ちに戻ったおかげで下半身が落ち着き助かる。


「きゅ~」


 セルキーの女性の腕にいたアザラシが身をよじる。

 クロキの側に来たがっているみたいであった。


「いいよ、おいで」


 クロキは小さなアザラシを受け取る。

 すると小さなアザラシは甘えるようにクロキの胸に鼻をすりつける。


「よしよし。可愛い子だね」


 クロキが頭を撫でると小さなアザラシは嬉しそうにする。


「あの……。もしかしてクロキ様はイヌラが御望みなのですか? 私達もアザラシの姿になった方が良いのでしょうか?」

「いえ!! そのままの格好でお願いします!!」


 クロキは思わず本音を言ってします。

 本当なら貝殻ビキニ姿を後ろから拝みたいところを我慢しているのである。

 そして、少し大きな声を出したのでイヌラが驚く。


「きゅう?」

「いや。何でもないよ」


 クロキはイヌラの頭を撫でながら見る。

 イヌラの瞳はとても純心に見えた。いやらしい事など考えもしないだろう。


「ところで、君達の里から、かなり離れたみたいだけどクラーケンはいる場所は遠いのかい?」


 クロキは話題をそらすように言う。


「えっ? クロキ様、すでにもうクラーケンのいる海域に入っていますよ」

「えっ? そうなの?」


 その言葉にクロキは驚き外を見る。

 特に変わりはない氷が浮かんでいるだけだ。


「もしかして、近くにクラーケンがいたりして、ちょっと探ってみるか……」


 クロキは目を閉じて意識を集中させる。

 何か巨大な何かがこちらに向かって来る事に気付く。

 敵意を感じないから気付くのが遅れしまった。


「ちょっと、まずいかもしれない……」







「ぷーちゃん。やっぱり……。ちょっと無理かも……。そもそも私泳げないし、外出るの苦手だし、クラーケン退治なんて無理だよ……」


 ポレンは周囲にいるセルキーの殿方に聞こえないようにこっそり言う。


「殿下~。今更それはないのさ~。良かったのさ? あんな大見得をきって?」

「ぶー。失敗だったかも……。あの時は思わず。セルキーの殿方が魅力的だったからさつい……」

「はあ……。まあ、確かに、その方が殿下らしいっちゃ、らしいのさ。何だか安心したのさ」


 プチナはやれやれと首を振る。

 

「もう、ぷーちゃんの中の私っていったいどうなっているのか?」


 ポレンは憮然とした表情で言う。


「姫様。御菓子をもってまいりました。いかがですか」


 イヌル達が御菓子を持って来る。

 その顔には少しだけ怖れがあった。

 か弱いセルキーは、ポレンがその気になれば簡単に殺せる。

 怖れるのも無理のない事である。

 その事がポレンは少し悲しかった。

 ポレンと付き合える者は頑丈でなければならないのである。

 だからこそ、強靭な肉体を持つクロキにポレンは期待してしまうのだ。

 そのクロキはセルキーの女性に囲まれている。

 ポレンが見る限り、クロキはセルキーの女性を見ないようにしている。

 その事にポレンは安心する。



「うん。ありがとういただくね。あーん」


 ポレンはイヌルに直接食べさせてもらう事にする。

 イヌルのその綺麗な手から直接ポレンの口に御菓子を入れる。

 

(う~ん。いつもよりも甘く感じる♪ やはり、美男子に食べさせてもらうのは良い♪)


 御菓子はいつもポレンが食べている蜂蜜を使ったものだ。

 しかし、美男子であるイヌルに食べさせてもらう事で美味しさが倍増する。

 そのイヌル達の格好は裸にアザラシの毛皮だ。

 スラリした肢体が半分以上見えるので眼福であった。

 時々、股間のアザラシが見えてしまうのではないかとポレンはドキドキしてしまう。


「むは――――!!」


 ポレンは鼻息が荒くなる。

 だけど、その事に気付かれるわけにはいかない。

 イヌル達はキラキラした瞳で見ている。

 ポレンがクラーケンを退治してくれると信じているのだ。

 その目を見てポレンは申し訳ない気持ちになる。

 

(だけど、私が何もしなくてもクロキ先生がクラーケンを退治してくれるよね。なにしろ先生はお父様も認める最強の暗黒騎士だもの)


 ポレンはついそんな事を考える。

 自身がやると言ったにもかかわらず、ポレンはクロキに任せるつもりであった。

 出来る限り、動きたくないのである。

 ポレンは御菓子を食べてゆっくりする事にする。

 すると、突然館がゆれる。

 アスピドケロンが急に止まったようであった。


「ど! どうしたの!?」


 急に止まったのでポレンは驚いて立ち上がる。

 すると、セルキーの子供を抱きかかえたクロキがこちらにやって来る。

 セルキーの子供は甘えるようにクロキの頬に鼻をこすりつけている。

 ポレンはすごく羨ましいと思う。

 

「ポレン殿下。どうやら巨大な何かがこちらに向かって来ているようです。ですからここで迎え撃ちます」

「そ? そうですか?! クラーケンが出たのですか?」

「わかりません。ですがクラーケンの可能性もあります。おそらくリブルム将軍殿とエザサ殿達は応戦の準備をしているでしょう。ですから殿下も準備をなされて下さい」

「えっ? 私も動くの?」

「えっ?」


 ポレンとクロキは同時に不思議な顔をする。

 そこでポレンは思い出す。


(そ、そう言えば、クラーケンを倒す約束をしたのだった)


 ポレンは思い出すが顔に出さないようにする。


「ああ! そうですね! すぐに行きます!!」


 ポレンは準備をするとクロキ先生と共に館を出る。

 アスピドケロンの頭の部分に行くと、そこには竜魔将軍のリブルムが既に待機していた。


「これは殿下に閣下。すでに先行するエザサ殿の船団が迎え撃つ準備をしています」


 リブルムはポレンに跪いて答える。

 ポレンが前方を見るとオークのエザサが率いる船団が待機しているのが見える。

 その先の海を見るが特に何も見えない。


「殿下。目を瞑り意識を集中して下さい。殿下ならばきっと感じ取れるはずです」


 小さなアザラシを抱えたクロキがポレンの肩に手を置く。

 クロキに触られるとポレンは心臓の鼓動が速くなるような気がする。


「はい。先生」


 ポレンは眼を閉じて意識を集中する。

 すると、感覚が広がったような気がする。

 エザサの船団のはるか先から何かが来るのがわかる。

 かなり、大きい。

 エザサ達では止める事は難しそうであった。


「先生、何か大きいのが来ます。このままじゃ先行する船が危ないです」

「はい、殿下。リブルム将軍! エザサ殿に下がるように伝えて下さい! おそらく止められない!!」


 クロキそう言うと小さなアザラシをセルキーの女性に渡すと前に出る。


「クロキ先生! どうするのですか!?」

「安心してください殿下。ここは自分が止めます。そして、もしクラーケンの時は殿下にお任せします」


 クロキはそう言って手を前に出す。

 すると強力な魔力が体から噴き出す。

 その強力な魔力に周囲からどよめく声が漏れる。


「さすが先生! すごい魔力!」

「すごいのさ……」


 クロキから放たれた魔力は向かって来る巨大な物にぶつかる。

 エザサの船の前で巨大な水しぶきが上がる。


「「「蛇?」」」


 水しぶきから出てきた物を見てアスピドケロンの背にいた者達の声が重なる。

 ポレン達の所に向かって来た巨大な物の正体は巨大な大海蛇シーサーペントであった。


★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


季節の変わり目になると必ず風邪をひきます。

喉が痛いです(>_<)

オーロラの設定はいまいち、しっくり来なかったので、保留です。

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