第4話 クロキ先生の蜂蜜授業

 魔王宮にある庭園は別名ランパスの庭と呼ばれている。庭には樹が多く茂り、沢山の綺麗な花が咲いている。

 クロキが最初に召喚された時にお茶を飲んだのがここであった。

 お茶を飲んだ場所は庭の一部であり、庭はもっと広い。

 魔王宮は都市と同じくらい大きく、庭と言うよりは森と言って良いだろう。

 ちなみに、この森を管理しているのはダークエルフ達である。

 樹の精霊と仲が良い彼女達は庭師としてとても優秀である。

 クロキは今そのランパスの庭に呼び出されている。

 庭園の一角には卓と椅子がありそこにクロキはモデスと共に座る。


「どうぞ、閣下」


 ダークエルフの女王メンティアがお茶を淹れてくれる。

 メンティアは妖魔将軍シャーリの母である。

 ダークエルフでもっとも長く生きているのにも関わらず、その姿は少女のようであった。

 メンティアが淹れてくれる茶葉はナルゴルで最高級であり、それを魔法で熟成させたものだ。

 湯気と共に良い香りが漂ってくる。

 さすが女王自らが育てたお茶だとクロキは思う。

 ナルゴルには上王ハイロードであるモデスの下に多くのロード達がいる。

 ダティエを初めとした7匹のゴブリンロードや13匹のオークロードがそうだ。

 しかし、ダークエルフのロードはメンティアだけだ。

 ナルゴルで最上位の種族であるデイモン族でもロードは三名。デイモン族相当とされる堕天使族を含めると四名である。

 それにくらべると、ダークエルフのロードは希少といえる。


「ありがとうございますメンティア女王」


 お礼を言うとメンティアはにこりと微笑みそのまま下がる。

 そして、そのままダークエルフのメイド達と共に側に控える。

 クロキは前を向き、モデスと対峙する。

 目の前には木苺を使ったタルトのような可愛らしい茶菓子が添えられている。

 モデスの大好物らしい。それをお茶と共にいただく事にする。


「えーっと。つまりポレン殿下に剣を教えて欲しいと?」


 クロキはモデスから聞いた用件を切り出す。


「そうですクロキ殿。何故か我が愛娘ポレンが剣を学びたいと言い出しましてな……。お願いできませんかな?」


 モデスは申し訳なさそうに言う。

 クロキはポレンとは先日廊下でぶつかった。

 その姿を改めて思い出すと、すごくモデスに似ている。

 そして、そのパワーも凄まじかった。

 何とかとっさに受け流したが、手が痺れてしまった。

 さすが、モデスの子であった。

 クロキはそのポレンとはたった一回しか会っていない。

 特に剣の腕前を見せたわけでもないのに、学びたいとはどういう事だろうと考える。


「申し訳ないですが陛下。自分もまた修行中の身。誰かに何か教える程の技量はないのですが……」


 クロキは首を振る。

 前にランフェルドにどうしてもと頼まれ、教えた事があるがあれは例外である。

 だから、断る事にする。


「そう言わないで下されクロキ殿。卿はこのナルゴルで最強の剣士だ。卿が駄目なら他に誰が剣を教えられよう。それに、ずっと引きこもっていたポレンが外に出る気になったのだ。すまないが引き受けてはくれないか?」


 モデスはクロキに頭を下げる。

 魔王自らが頭を下げる。

 その意味がわからないクロキではない。


(困ったなあ。これじゃあ断りにくい)


 クロキはポレンの事をここに来る前に聞いていた。

 ポレンは自らの容姿を嫌い引き籠った。

 原因が自身の遺伝のためか、モデスとしてはどうして良いかわからず、嘆くばかりであった。

 また、父親の容姿を嫌ったためか、モデスを愛するモーナとの仲も悪くなってしまい、結果親子関係は冷え込んだまま今に至る。

 だが、それでもモデスにとってポレンは可愛い我が子である。

 何とかして引き籠りの状態をやめさせたいと思っている様子であった。


「しかし、そんな事言われても……」

「頼むこの通りだ!! クロキ殿!!」


 モデスは必死になってクロキに頼む。

 クロキは悩む。

 はっきり言って他者に指導するような力はない。

 ましてやお姫様である。女の子を相手にするのは苦手だ。

 下手な事をして、ますます引き籠らせてしまうかもしれない。

 しかし、これほど頼まれたのならクロキとしては引き受けざるを得なかった。


「わかりました。自分で良ければ……」


 結局クロキは渋々承諾するのだった。






「よろしく、お願いしますクロキ先生!!」

「よろしくなのさ。クロキ閣下」


 魔王城の近くにある修練場でポレンはクロキと会う。

 ここはオークの兵士達が修練する場である。

 本来なら、オークの兵士達が多くいるはずだが、今は誰もいない。

 理由は引き籠りのポレンが練習するために兵士達が近づかないようにしたのである。

 修練場は広く、屋根がない。

 そのため星空が良く見える。

 プチナも一緒にいるのはポレンが少し不安だったからだ。

 ポレンは何とかクロキと話がしてみたかったのである。

 父親の仲間の神族でありながらエリオスの神族に負けない容姿を持つ男性。

 それに、とても優しそうである。

 だから、ポレンはもう一度会って話してみたかったのである。

 どうすれば良いか、プチナに相談した結果。

 剣を教えてもらう事を口実にお近づきになれば良いという結論になったのである。


「こちらこそ、よろしくお願いしますポレン殿下」


 クロキはニコリと笑う。


(思った通り、とっても優しそう。ぬふふふふ)


 ポレンはクロキの笑顔だけで濃厚なスープが何杯も飲めそうであった。


「自分から剣を習いたいとの事ですが、殿下は剣を握った事はありますか?」


 クロキが尋ねるとポレンは首を振る。


「いえ。ないです」

「そうですか、まずは剣を持つ所から始めましょう」


 そう言ってクロキは木剣を渡される。


「それでは振ってみて下さい」

「はっ! はい!! とりゃ――――!!」


 ポレンはおもいっきり力を込めて木剣を振る。

 力を込めて振りすぎたせいで、木剣が地面にあたる。

 ドゴ―ン!!

 轟音が鳴り響く。

 ポレンが手元を見ると持っていた木剣は粉々になり、地面には大穴が開いている。


「あの……。殿下……。力を入れ過ぎです」


 クロキは額に汗を流しながら言う。

 ポレンがその顔を見ると明らかに退いていた。


「ごめんなさい。先生。剣を台無しにしてしまいました」

「い!いえ! 殿下! 代わりの木剣は持って来ています! こちらを使いましょう」


 ポレンがしょんぼりしたため、クロキは慌てて再び木剣を渡す。

 

「それでは、殿下。剣を握ってください」

「はっ! はい!!」


 ポレンは再び木剣を握る。


「まず、強く握ってはいけません。右手と左手を離して持って下さい」


 そう言ってクロキはポレンの手を触る。


(ひい! 近い! 近い! 近い! 近い! 近い! 近い! 近い! 近いーーーー!)


 クロキが顔を寄せて来るので、ポレンの心臓の鼓動が速くなる。


「ぶひひひひひひひひひひひ――――!!」


 ポレンは思わず変な声を上げる。


「あの……? 殿下どうしました?」


 クロキは怪訝な表情をして離れる。


(しまった! 興奮しすぎた!!)


 ポレンは急いで緩んだ顔を引き締める。


「いえ! 全然! 何でもありません! ぶひ!!」


 ポレンは首をぶんぶんと振る。


「それでは、今度は力を込めずに振ってみて下さい」

「はっ! はい! えい!!!!」


 ポレンは力を込めずに剣を振る。

 すると木剣がすっぽ抜けて飛んでいく。

 木剣はそのまま遠くへと空を飛んで見えなくなる。

 ポレン達はその木剣が空の彼方へと消えていくのを呆けた表情で眺める。


「また、木剣がなくなったのさ……」


 プチナが呟く。


「ごめんなさい先生……」

「い!!いえ! 気にしないで下さい! 殿下! 木剣はまた用意させます! ……まさか軽く振っただけで……さすがは魔王の子……」


 クロキは慌てて手を振る。

 最後の方の呟きはポレンには聞こえなかった。


「それでは、今度は自分が手本を見せます」


 クロキは剣を呼び出し構える。


「まず、握りはこうです。そして、力を抜いて剣を振ります。そして斬る瞬間に力を込めるのです。見ていて下さい」


 そう言ってクロキは剣を振る。


 ヒュン!!!!


 ポレンの時とは違い空を斬る音が聞こえる。

 軽く振っているように見えるのに、どんな物でも斬れてしまいそうであった。

 

「おおおお!!」

「すごく、綺麗なのさ……」


 ポレンとプチナはクロキの剣を振る姿に、思わず見惚れてしまう。

 その剣を振る姿は、全く無駄がなく綺麗であった。


「それでは殿下。これが最後の木剣です。握って下さい」


 クロキは再び木剣を握らせる。

 再び顔が近くに寄って来るが、今度は変な声が出ないようにポレンは我慢する。


「そして、手と肩の力を抜いて振り上げて下さい」

「はい!!」


 ポレンは木剣を高く持ち上げる。


(うう、そんな、事を言われても力が入っちゃうよ)


 これまで体をまともに動かした事のないポレンには難しい動作で会った。


「殿下。力の入れ過ぎです。息を吐いて力を抜いて下さい」

「はい! ふう――――!!」


 ポレンは息を吐いて何とか力を抜く。


「そのまま、ゆっくり振って下さい。そしてここで手に力を入れて下さい」


 クロキはポレンの手を触りながら、剣を振る姿勢を指導してくれる。

 それを、何度か行う。


「今度は自身だけでやって見て下さい」

「えっ、もう離れ……。いえ、わかりました先生」


 クロキが離れるのを残念思う。


(これほど丁寧に教えてくれるのだから。応えないわけにはいかないよね)


 ポレンは木剣を握る。


(確か、最初は力を入れてはいけないのだったよね?)


 ポレンは息を吐いて脱力する。

 そして、木剣を振り上げる。


「ハッ!!!」


 ポレンは剣を振ると同時に力を入れる。


 ぶおおおおおう!!!


 力を込めた時だった。

 ポレンは盛大におならを出してしまう。


「あっ、御免なさい! 出ちゃった! あははははは」


 ポレンは気マズそうに笑いながら振り返る。


「えっ?! ちょ! ちょっと! ぷーちゃん! 大丈夫!!」


 ポレンの真後ろにいたプチナが口から泡を吹いて倒れている。


「殿下のおなら……。強烈なのさ……」


 そう呟くとプチナはガクッと動かなくなる。

 側にいるクロキも膝を付き、口を押えている。


「自分は毒の耐性があるはずなのに……。そんな馬鹿な……」


 そして、クロキは苦しそうに呻く。


「ちょっと――――――! 大丈夫ぅ―――――! 誰か――――!!!」


 ポレンの助けを呼ぶ声が修練場に鳴り響くのだった。






「クーナ様ぁ~。勇者達が動きましたよ~」


 道化の面を被ったザンドが気持ち悪い声でクーナに報告する。

 クーナは御菓子の城スイートキャッスルの玉座の間でその報告を受ける。

 クロキはいない。

 魔王の娘に剣を教えるために魔王宮へと行ってしまった。

 クーナは魔王の娘がどんな奴か知らない。

 だけど、親に似て醜いブタみたいな外見をしているのだろうとクーナは推測していた。

 クーナは常にクロキが側にいたいと思っているが、この薄汚い道化をクロキに見せるわけにはいかなかった。

 道化は意外と役に立ち、お陰で勇者の情報を手に入れる事が出来た。

 夢幻の蝶はクーナから離れすぎると活動はできない。

 だから、別の者に見張らせる必要があった。

 その見張りにザンドは役に立っていた。


「そうか、ザンド。勇者達の目的は何だ? ナルゴルに来るのか?」


 クーナは透き通った飴細工の玉座に背を預けて言う。


「いえいえん。違うみたいだよ~。多分ここだね~。どうしますぅ~。にひひひひひ」

「なるほど、狙いはクーナか?」

「だと思いますぅ~」


 ザンドは楽しそうに玉座の間を飛びながら言う。

 それを見て落ち着きのない奴だとクーナは少し苛立つ。

 こいつほど道化の姿が似合う者はいないだろう。


「大変! 大変! クーナ様! クロキ様に知らせないと!!」


 横で闇小妖精ダークフェアリーのティベルが騒がしく言う。

 ティベルは七色に輝く揚羽蝶の羽を持つフェアリーである。

 クーナを女神と崇め、エーディンの園から付いて来た騒がしい奴であった。

 フェアリーは蝶の羽を持つ少女の様な外見で、大きさは手の平に乗るぐらい小さい。

 しかし、ティベルは少女のような外見をしているが立派な成虫である。

 小妖精フェアリーは子供時程醜く老いた顔を持ち、芋虫のような外見をしている。

 綺麗な少女の姿であるティベルは立派な大人なのである。


「うるさいぞ。ティベル。クロキに知らせる必要はない。ようはこの城を捨てれば済む話だ」


 クーナはいちいち騒ぐのは馬鹿馬鹿しいと思っていた。

 この城を捨てて撤退すれば良いだけの話であるからだ。

 そもそも、この城に固執する理由はないのである。


「さっすがクーナ様だあ。城1つを惜しくないなんてさあ。きゃはははは」

「そうだね♪ そうだね♪ さすがだね♪」


 ザンドとティベルが楽しそうに騒ぐ。


「全く騒がしい……。少しは大人しくするべきだぞ。そういうわけだ、ダティエ。お前はここで勇者共の相手をしろ」

「えっ?!!」


 クーナが玉座の間で控えているダティエに言うと、ダティエは意外そうな声を出す。


「不満なのか?ダティエ?」


 クーナは刺すような視線をダティエに向ける。


「いえ、クーナ様。そうでは無く。あの……。わたくしも撤退を」


 ダティエはおずおずと言う。


「駄目だぞ。お前はここに残れ。そのためにクーナに化ける事ができるようになったのだろう?」


 ダティエの側に行くと鎌を首に当てる。


「ひい!!」


 鎌を首に当てられるとダティエは怯えたように震えだす。

 クーナはそもそも、何故こいつが髪を欲しがったのか疑問だったのだ。

 理由はクーナに化けるためである。

 他者にそっくりに化ける事ができる、変身の魔法というものがある。しかし、その魔法を使うにはその相手の髪が有る程度必要になる。

 ダティエは愚かにもその魔法を使うためにクーナの髪を欲しがったのだ。


「ホント馬鹿だよね~。クーナ様に化けてクロキ様に近づこうなんてさ。これだからゴブリンは~」


 ティベルが馬鹿にするようにダティエの周りを飛ぶ。

 ティベルの言う通り、ダティエはクーナに化けてクロキに近づくつもりだったのだ。

 色目を使うだけなら、不愉快に感じる事はあっても何もするつもりはなかった。

 しかし、クロキを騙そうとするのは許せない事である。

 だから、クーナはダティエには罰を与えるつもりだった。


「その通りだ。ダティエ。お前はクーナの影武者だ。うまく、勇者を追い返せたら貴様に取り付けた蟲を外してやろう」


 クーナがそう言うとダティエは泣きそうな顔をする。


「あうあう……」

「それではクーナは行く。ここに残した虫共は使っても良いぞ。ダティエ。せいぜい頑張るのだな」


 クーナはダティエに背を向ける。


「ホント。せいぜい頑張んなよ。ゴブリンの女王。じゃあね~」

「そいじゃあ。頑張ってね~。僕は応援してるよ。きゃはははははは」


 騒がしいザンドとティベルもクーナの後に続く。


「さて、ナルゴルのクロキの館に戻る事にするぞ」






★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


実はアルフォスのパートも書こうと思ったのですが、突然登場の方が良いかもと思い、やめました(>_<)

 

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