第3話 勇者の国エルド
バンドール平野は中央大陸東部で最大の平野である。
ミノン平野のように開けた土地だから、闇行性であるゴブリンの数は多くない。
しかし、それにもかかわらずバンドール平野中央部に人間の国は今までなかった。
なぜなら、このバンドール平野の中心部にはペルーダという大型の魔獣がいたからである。
ペルーダは蛇の頭部と尻尾を持ち、四本の脚を持ち、亀の甲羅に緑色の皮膚、身体にはライオンの鬣のような長い毛で覆われて、背中には毒のある刺のようなものが、背骨に沿って生えている凶悪な魔獣だ。
そのペルーダの活動範囲は広く、人の住む場所の近くまで出てくることもある。
ペルーダは炎を吐き出して農作物を焼き払ったり、家畜を襲ったり、川の中で暴れて洪水を起こしたりするため、多くの人が困り果てていた。
しかし、今ペルーダはいない。
なぜなら、光の勇者レイジがたった1人で倒してしまったからだ。
ペルーダに生活を脅かされていた人々は喜び、勇者レイジを讃える。
シロネはそんなレイジの仲間である事が誇らしかった。
少しでも人々の役に立てるようにとシロネも頑張らねばと思うのだ。
今そのシロネの足元には巨大な猪が横たわっている。
この全長8メートルにもなる猪は、シロネがつい先ほど倒したものであった。
「さすが剣の乙女シロネ様。たったお1人でパイアを倒してしまうとは」
お供の戦士の1人がシロネを讃える。
パイアと呼ばれる大猪は近隣の国々を荒らしまわっていた。
ペルーダと同じように活動範囲が広く、シロネは見付けるのに苦労したが、ようやく今日倒せたのである。
お供の戦士達が歓声を上げる。
彼らにとってシロネは女神であり、側で役に立ちたいと多くの戦士がついて来た。
彼らはキラキラした目でシロネを見る。
シロネはその目を見ないように顔を反らす。
正直に言うとシロネは迷惑だったりする。
女神として崇められるのは正直に言って慣れないのである。
その辺りはレイジやリノとは違っていた。
「シロネ様。猪を運ぶのは我らにお任せください」
「えっ、そう。じゃあお願いするね」
シロネがそう言うと戦士達が猪へと群がる。
本当はシロネが運んだ方が早いが、彼等の申し出を無下にする必要はない。
「さあ、シロネ様。戻りましょう。」
パイアの解体を終えた戦士の1人が言う。
巨大猪は多くの戦士の腹を満たすだろう。
シロネは今日の夕食の事を考える。
夜になる前に戻った方が良いはずであった。
「そうだね。戻ろうか、私達の国エルドへ」
◆
エルド国は建国してから1年にも満たない国である。
元々、この地には魔獣ペルーダがいたので人間は住んでいなかった。
それをレイジが倒した事で、この地に人間が住めるようになったのである。
空いた土地にはやがて人が入植し国を造る事になるだろう。
そして、チユキ達はそれならば自分達で国を造る事にしたのである。
造った国の名はエルド。
今はまだ、小さな国である。
しかし、バンドール平野の中心に位置するこの国は交通の要衝となり、やがてこの地域屈指の大国になるだろう。
チユキ達は今エルドの宮殿の会議室に集まっている。
「さあ、チユキさん。サホコさんを除いて、みんな集まったよ」
シロネは期待する目でチユキを見る。
サホコは会議に出る事ができないので、ここにはいない。だから、ここにいるメンバーだけで会議をするしかない。
「そうね。それでは会議を始めましょうか?」
チユキが言うとその場の全員が頷く。
「それではカヤさん。まず貴方から説明をお願いするわ」
そう言うとカヤは手に持つ書類を読み上げる。
報告事項は多岐にわたるが、カヤはすらすらと読み上げる。
財政に治安、そして雑多な諸問題。
いくつか問題は残っているが、チユキ達が動く必要はなさそうであった。
部下達に任せても良い案件だ。
部下のほとんどはカヤが聖レナリア共和国にいる間に育成した女性達である。
優秀であり、チユキがいちいち指示をしなくても適切に事務をしてくれるので助かっていた。
「……以上の事から、今の所エルド国の運営は順調だと思えます。ただ、このまま大きくなれば問題が起こる可能性はあります」
その言葉にチユキはうんうんと頷く。
国を一から作るというのは大変な作業だったのを思い出す。
そのため、最初の頃は問題が山積みだった。
チユキ達は都市計画の素人である。うまくいかない事もある。
しかし、それも多くの国や宗教団体の支援を受ける事で解決した。
政教分離が当たり前の日本と違い、この世界では社会と宗教が密接につながっている。
政治はオーディス教団にフェリア教団。商工業はヘイボス教団。
上水と漁業はトライデン教団で、下水と農業はゲナ教団といった具合だ。
これらの教団が社会に密接に関わる事で世の中が動いている。
よって、国を造るうえで宗教団体の協力は欠かせないものであった。
チユキとしてはこういった宗教団体に借りを作りたくなかったが、レイジが人間関係の貸し借りは当たり前で気にする事はないと言ったので、協力してもらう事になった。
そのおかげか、国の運営は順調であった。
また、聖レナリア共和国にいる間にチユキ達を崇拝するようになった人々が協力してくれた事も国の運営をするのに助かっていた。
そんな人々が集まったためか、この国ではレイジをはじめ、チユキ達は神のように崇められている。
ある意味、勇者教という宗教団体が作った国がエルド王国なのである。
「それじゃあ、国造りも一段落ついたと思っても良いのかしら? カヤさん?」
チユキが問うとカヤが頷く。
「おそらく。これで、以前に比べて、資金と情報を集めやすくなりました」
全員から歓声が上がる。
「それじゃあ! そろそろナルゴルに向かおうよ!!」
シロネは机を叩いて、大声を上げる。
しかし、シロネ以外は沈黙している。
それは無理もない事であった。
チユキ達の中で最強のレイジがぼろ負けしたのだ。シロネを除いて、ナルゴルに行く事に慎重になる。
アリアディア共和国での事件から数カ月。
チユキ達はシロネの幼馴染の事について何もできなかった。
取り戻そうにもナルゴルに入るのは危険であり、どうする事もできない。
もっとも、シロネとしては何もしない事に不満を感じている、国の運営が一段落済んだのなら、行動を起こしたいのだ。
「でも、シロネさん。シロネさんの幼馴染はとっても強いよ。レイジさんも敵わなかったし。ここは慎重になった方が良いと思うの?」
リノは不安そうに言うとレイジが「敵わなかった」の所で「うっ!!」と呻く。
レイジは普段は平静を装っているが、あきらかに敗戦から立ち直れていなかった。
最近大人しいのもそのためだろう。
「リノちゃん! クロキは敵じゃないよ! 悪いのは白銀の髪のあの子だよ!!」
シロネは頬をふくらまして言う。
「確かにクロキさんは良い人ですわ。敵と見る事はできませんわね」
キョウカはシロネに同調する。
その様子を見て、カヤが微妙な表情になる。
キョウカはシロネの幼馴染クロキを高く評価している。
その事がカヤは気にくわないのである。
「でもね、シロネさん。白銀の魔女だけを相手にしようにも、敵地であるナルゴルにいるのよ。彼女だけを相手にするのは無理だわ」
「チユキさん。それなんすけど、どうやら白銀の魔女はナルゴルにいないみたいっすよ」
その言葉に全員がナオを見る。
「どういう事だい? ナオ?」
「それがっすねレイジ先輩。この間ちょっとナルゴルの近くまで様子を見に行ったんすよ」
「見に行ったって? 1人で? ナオさんそんな危ない事を……。あれ程、危険な行動はしないでって言っていたのに」
チユキは眉を顰める。
「だ!大丈夫っすよ! チユキさん! ナルゴルには入ってないっす! 様子を見に近くまで行っただけっす! ただ、行く途中にある蒼の森の中で、シロネさんの話にあった御菓子のお城を発見したっす!!」
チユキに叱られそうになったナオは慌てて釈明する。
ナオはナルゴルの近くまで行った時に以前シロネから聞いていた
そして、蒼の森はナルゴルとの境界であるアケロン山脈のすぐ南に広がる森である。
つまり、御菓子の城はナルゴルの外にある事になる。
「どういう事なの! ナオちゃん!!」
シロネはナオに詰め寄る。
「それ以上はわからないっす。さすがに近づくと危ないっすから……。でも遠くから白銀の魔女らしき女の子が見えたっす」
その言葉に全員が顔を見合わせる。
「様子を見に行った方が良いかもしれないわね……」
◆
蒼の森はアケロン山脈の南に広がる森である。
森は広く、いくつもの人間の国に隣接している。
北はアルゴア王国、東はヴェロス王国といった具合だ。
そして、この森はつい最近までオーガ族の魔女であるクジグが支配していた。
しかし、そのクジグはもういない。
森は新しい女王を向かえる事になったのである。
魔王宮から戻ったクロキは少し森を散歩する。
「何と言うか……。この森、ナルゴルの暗黒の森に近づいてない?」
クロキは森を眺めながら呟く。
森の中を歩いているとナルゴルに生息している魔物の姿が多数見える。
クロキは魔物達を見ているとこれで良いのだろうかと首を傾げてしまう。
そして、クロキはそのまま歩を進める。
すると、甘ったるい香りが強くなる。
蒼の森の中心部。
そこは桃色の霧により視界が悪くなっている。
その霧を発生させているのは蒼の森の中心にある、
オーガのクジグは、この甘い香りで獲物をおびき出し、餌食にしていた。
この霧はクジグがいなくなった今でも発生していて、ナルゴルにこの城があった頃は何匹ものオーク達がこの城の虜になってしまった。
もちろん、オーク達からクレームが出た。
そのため、この城をナルゴルの外に出す必要があったのである。
人間はオークに比べて鼻が利かないから、今の所、被害は出ていないようだ。だけど、このままにして良いのかクロキは迷う。
すると
クロキは手を上げて挨拶をすると、通り過ぎる。
そのまま、砂糖細工でできた階段を上り、城主の寝室へと行く。
行く途中で
全長2メートル程で、黄金色のカブトムシが直立したような姿をしている。
四つの腕にそれぞれ武器を持ち、鉄のように固い外骨格に包まれた彼らは、生まれながらの屈強な戦士である。
そして、蟲使いの能力を得たクーナの親衛隊でもある。
「ただいま~。クーナ。良い子にしてたかい?」
クロキが部屋に入ると新たな森の女王クーナは綿菓子のソファーの上に寝転んでいた。
「お帰りクロキ」
クーナはクロキを見ると飛び起き、抱き着いて来る。
「よしよし、変わった事はなかったかいクーナ?」
クーナの頭を撫でる。
「ううん。特に変わった事はなかったぞ、ただ……」
クーナが部屋のある方向へと首を向ける。
釣られてクロキもそちらを見る。
見た瞬間、クロキは自身の表情が固まるのを感じる。
そこには、この部屋にはいないはずの者がいたからだ。
「お久しぶりでございます。閣下。ぐふふふふふ」
その者はクロキを見て笑う。
笑みを向けられてクロキの背筋に冷たい汗が流れる。
「えーっと。何でここに?」
「うむ。クーナがいない間はこいつにこの城を任せようと思ってな。来てもらったのだぞ」
「ああ……。そうなんだ……」
クロキは何とか笑顔を作り出す。
しかし、はたから見れば引きつっているのがわかるだろう。
「はい。クーナ様がいない間はこのダティエにお任せ下さい」
そう言ってゴブリンの女王ダティエは「ぐふふふ」と笑うのだった。
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