第5話 沼地の大魔女

 クロキとポレンは引き続き剣の練習をする。


「うう……。うまくいかないです。クロキ先生……」


 ポレンは地面に四つん這いになって嘆く。


(どうやら殿下は自分と同じように不器用みたいだなあ……)


 クロキは過去の自分を思い出す。

 クロキも昔は剣をうまく振る事が出来なかった。

 それを何度も練習する事で今があるのだ。


「殿下。落ち込まないで下さいのさ。道具はまた用意すれば良いのさ」


 ポレンのおならからようやく回復したプチナはポレンを慰める。


「うう~。ぷーちゃん・・・」


 ポレンは用意していた練習道具を全て破壊してしまった。

 これでは剣の修行ができない。


(それにしてもすごいパワーだな。木剣を振るうたびに地面に大穴が開く。剣の才能はともかくパワーだけなら最強クラスだ)


 クロキは柄だけになった木剣の残骸を見る。

 ポレンは木剣を振るたびに破壊してしまい、そのたびになくなってしまう。

 ポレンはその事を気にして落ち込んでしまう。


「殿下! 落ち込まないで下さい! 最初からうまく出来る者等いません!!」


 クロキはしれっと嘘を吐く。

 世の中には最初から上手く出来る者もいるからだ。

 クロキがシロネから聞いた話によるとレイジは最初から何でも出来る奴だったそうだ。

 クロキはその話を聞いて「ちくしょー」と心の中で涙を流しながら練習したものである。

 だから、不器用でも頑張ろうとするポレンにクロキは親近感が湧いてしまう。


「本当ですか……?」


 励まされたポレンは涙目になりながらクロキを見る。


「はい、自分も最初はうまくできませんでした。何度も練習していくうちにうまくできるようになったのです」


 これは本当の事であった。

 クロキも一時は自分なんかが頑張っても無意味だと、やさぐれた事もある。

 だけど、落ち込んでいては何も変わらない。

 人間は平等ではないのだ。

 例えそれがブタであったとしても、持っているカードで勝負するしかない。


「だから、殿下もきっとうまくできるようになります」


 クロキはそう言ってポレンの手を取って引き起こす。

 かなり重い。

 ポレンはクロキよりかなり小さい。

 しかし、体重は何倍も有るような気がした。


「はい! 頑張ります!!」


 ポレンはクロキの手を握り、力強く言う。

 その握力は強く、クロキは少しだけ痛かった。


「はい。頑張りましょう」


 しかし、手が痛いとは言えないのでクロキは何でもないように答える。


「中々、面白い組み合わせじゃないかい」


 そんなやり取りをしているときだった。

 クロキ達は突然声を掛けられる。

 クロキとポレンは声の主を見る。

 今は魔王の子であるポレンが修練場を使っている。ここには誰も近づかないはずであった。


「げえっ! おばば様!!」

「ヘ! ヘルカート様ぁ!!」


 ポレンとプチナが声の主を見て慌てる。


「これはヘルカート殿。お久しぶりです」


 クロキは声を掛けて来た者に礼をする。

 声の主は沼地の大魔女、または魔女の大母と呼ばれる女神である。

 その名はヘルカート。

 ヘルカートは三つの頭を持った直立したカエルのような姿をして、ルーガスと同じく魔王モデスに従属する神である。

 立場的にはクロキと同じ魔王に次ぐ地位であり、同格の存在だ。

 ちなみにモデスの養育係であり、モデスも彼女には頭が上がらない。

 魔王ですら頭が上がらない相手であるためか彼女を怖れる者は多い。


「あの~。おばば様。どうしてここに? 東の沼地にいるはずじゃ……」


 ポレンは顔から冷や汗を出しながら聞く。

 モデスの養育係だったヘルカートはポレンの養育係でもある。

 モデスと同じようにポレンもヘルカートに頭が上がらないのである。

 ヘルカートは普段、魔王宮の遥か東にある毒の沼地に住んでいて、めったに出て来る事はない。

 クロキも過去に一度会った事があるくらいだ。

 だから、彼女がここにいるのは大変珍しいのである。


「あの引き籠りが久しぶり出て来るとエンプーサ達から聞いてね、様子を見に来たのさ。ゲロゲロゲロゲロ」


 ヘルカートはカエルのように笑い出す。


「うう~。余計な事を~」


 エンプーサ達はヘルカートの眷属だ。彼女達を通じて、ヘルカートは魔王宮の様子を知る事ができる。


「ヘルカート殿。先日はクーナがお世話になりました」


 クロキはお礼を言う。

 ヘルカートは女性に限り弟子を取る事がある。

 クーナも強くなるためにヘルカートの元で学んだ事があった。

 彼女は医学や薬草学に通じていて。その分野においては知識の神であるルーガスでも敵わない。

 エリオスの医と薬草の女神であるファナケアも彼女から学んだらしい。

 もっとも、ファナケアの母である結婚と出産の女神フェリアとは仲が悪かったと聞く。

 そしてモデスがエリオスから離れた後、交流はないようであった。


「ああ。別に構わないよ。黒い嵐。中々教えがいのある子だったからね」


 ヘルカートは手を振って気にするなと言う。

 ヘルカートはクロキを黒い嵐と呼ぶ。

 これはレイジとの戦いを見て、黒い嵐を支配しているように見えたからだ。

 レイジとの戦いは魔法の映像を通じて世界中で見る事が出来たらしく、他にもこの呼び名でクロキを呼ぶ者はいる。


「そうですか、それは良かった」


 実はクロキはクーナをヘルカートの元へ修行に行かせるのは不安だったのだ。

 一緒に行きたかったが、ヘルカートは基本女性しか弟子にしない。だから、クロキは一緒に行けなかった。

 だから、それを聞いてほっとする。


「だけど、目を離すと何をするかわからない所がある。お前さんも大変だね。そうだね、折角ここまで来たんだ。あの子にも会いに行くとしよう。構わないね?」

「はい。自分は構いません」

「あの、何の話をしているのですか?」


 クーナの事を知らないポレンは首を傾げる。


「ゲロゲロゲロ。なあに、こっちの話さ。それよりも昼時だね。久しぶりに一緒に食事にしようじゃないかい」









 星雲の間は魔王城の食堂だ。

 ただ、魔王が食事をする暗黒孔の間と違い、食事をするのは配下の兵士達等である。

 しかし、今はポレン達しかいない。

 理由は魔王の娘であるポレンに遠慮したからだ。

 黒大理石の天井には様々な星を彩った宝石がはめ込まれ、星雲を表している。

 宝石は自ら輝き、この部屋は常に明るくなっている。

 大きな食卓にはヘルカートの大好物の虫料理が並んでいる。

 虫はナルゴルの南にある暗黒の森で獲られた新鮮な物だ。

 ポレンは大好物の巨大蝗の揚げ物を口に入れる。

 香ばしい味に極上の油が絡み、とても美味しい。

 ふとポレンはクロキの方を見る。

 食事が進んでいない。

 ポレンの20分の1も食べていないような気がする。

 蜂の子の詰まった巣を頬張っているプチナはともかく、腐乱蠅の煮物が大好きで小食であるヘルカートよりも食べていない。


「どうしたのですか? 先生? あまり食事が進んでいないようですが?」

「いえ、ポレン殿下。気になさらないで下さい。自分は普段から、あまり食べないのです」


 クロキは料理に供えられた野菜ばかり食べている。

 実は単純にポレン達に比べて小食なだけなのである。

 虫料理も最初は慣れなかったが、クロキも今では普通に食べる事が出来る。


「そう言えば閣下は肉よりも野菜や果物の方が好きなのさ。それにすごい小食なのさ」

「えー! それはもったいないです! こんなにおいしいのに!」


 ポレンはそう言って小型ワームの甘辛煮を口いっぱいに詰め込む。


「ポレンや。お前さんは少し食べすぎだよ。肉がつきまくっているから。剣がうまくふれないんだよ」

「うっ!!」


 ヘルカートが窘めると、ポレンは呻き声を上げる。

 実はポレン自身もそうじゃないかなと思っていたのだ。

 剣を振る時に関節の肉が邪魔をして、うまく振る事が出来ないのだ。確かに痩せるべきかもしれない。

 だけど、大好きな御菓子を我慢なんてしたくない。

 寝転んで、大好きな闇にんにくの薄切り揚げを食べるのは至福だ。

 それを、やめるなんてとんでもない。

 だからポレンは笑ってごまかして話題を変える事にする。


「そういえば、お父様と一緒に食事をしてないなあ……。ぶひひひひ」

「全く、お前さんは子供の頃から変わってないね。すぐ都合が悪くなると話題をそらして」


 しかし、そんなポレンの態度もヘルカートはお見通しである。


「殿下。どうして陛下と一緒に食事をされないのですか?」


 クロキは心配そうに聞く。

 すごく真面目な目で見られてポレンはドキドキしてしまう。


「えーっと。それは……ですね。一度喧嘩してまってから、何というか……顔を合わせにくくて……」


 言いながらポレンは心臓の鼓動が速くなるのを感じる。


「なるほど……。そうだ、殿下。陛下の好物は何かありますか?」

「えーっと。お父様は確かクラーケン料理が好きだったような……」


 ポレンは昔の事を思い出しながら言う。

 小さい頃ポレンは父親がクラーケンを使った料理を食べながら、よくお酒を飲んでいたのを何度も見ていた。


「そうですか。それでは殿下。クラーケンを獲りに行きませんか?」

「せ、先生?! 急にどうしたのですか?!!」


 ポレンは慌てる。

 クラーケンは北海に住む大海獣だ。

 獲りに行くのはかなり面倒くさいと聞く。引き籠りのポレンには難易度が高すぎる。


「クラーケンを陛下に贈り、一緒に食事をするのです。それをきっかけに仲直りをするというのはどうでしょう?」


 クロキはうんうんと頷きながら満面の笑みで言う。

 あまりにも爽やか笑顔だったので、ポレンはその表情から目が離せなくなってしまう。


「ゲロゲロゲロ。そいつは面白い試みだねえ。黒い嵐は優しいね、坊やが気に入るわけだよ。さて、婆は先に行くよ。性悪に会いに行かないとね」


 ヘルカートは笑うと先に席を立つのだった。





 ナルゴルのクロキの屋敷にクーナ達はいる。

 そこで勇者達の動向の報告を受ける。

 この屋敷には女騎士のグゥノ達もいるから密談には向かない。

 今は御菓子の城にいられない以上、ここで報告を受けるしかない。

 グゥノ達には部屋に近づかないように言っている。

 だから、しばらくは安心であった。


「勇者達の動きが遅いぞ。どういう事だ? ザンド?」

「う~ん。わからないよ、クーナ様ぁ~。でも、向かっているのは確かなだよ~」


 道化のザンドが身をくねらせる。

 その様子にクーナはさらにイライラしてしまう。

 勇者達が御菓子の城に向かっているのは確からしいが、その動きがあまりにも遅いのである。

 クーナはクロキ以外に待たされるのは嫌いであった。


(何をしているのだ、勇者は?)


 クーナは疑問に思う。

 実はお馬鹿なダティエがどう勇者達に立ち向かうのか見物だと思っているのだ。


「ザンド。クーナは待たされるのは嫌いだ。調べに行け。もし可能なら勇者達を急がせろ」

「は~い。クーナ様ぁ~」


 そう言って道化は消える。


「全く何をしているのだ」


 クーナは部屋から出る。

 さてクロキが帰って来るまでに時間がある。どうやって時間を潰そう。


「クーナ様! クーナ様ぁー!!」


 しばらく、考えていると闇小妖精ダークフェアリーのティベルが慌てた声で飛んで来る。


「どうしたのだ、ティベル? 何を騒いでいる?」


 いつも五月蠅いが、この慌て方は異常であった。


「クーナ様ぁ! 大変! 大変! 大ガエルが来ちゃったよ~!!」

「何!? あの大婆が来たのか?」


 その言葉にクーナも慌てる。

 ティベルが大ガエルと呼ぶ者はただ一名、沼地の大魔女ヘルカートである。

 ティベル達、フェアリーにとってヘルカートの眷属である雌蟷螂に似たエンプーサや蛙人トードマンは天敵だ。

 もっとも来て欲しくない相手なのである。

 耳を澄ませると、この屋敷に勝手に住み着いている闇小妖精ダークフェアリー達が慌てているのがわかる。


「騒がしいぞ、ティベル。会うのが嫌なら下がっていろ」


 そう言ってクーナは応接室へと行く。

 ここでヘルカートと会うつもりであった。


「お邪魔するよ。それにしても何だか騒がしい屋敷だね」


 女デイモンのグゥノに案内されてヘルカートが入って来る。

 沼地の大魔女ヘルカートは魔王ですら一目置く相手。

 グゥノ程度では追い返す事はできない。

 だから、屋敷の中へと案内せざるを得なかったようであった。


「ヘルカート……。何をしに来たのだ?」


 クーナは応接室の椅子に腰かけて応対する。

 本来は主人であるクロキが座るべき席だ。だけど、今クロキはいない。

 だから、女主人であるクーナがこの席に座る。


「師匠と呼びな。白銀の。全くモーナといい。造られた女神は全員歪むのかねえ。やはり、あの秘術は使うべきじゃないわな。モデス坊やにも忠告しておくかねえ」


 ヘルカートはやれやれと首を振って対面の席へと座る。

 クーナは前にヘルカートに弟子入りしていた事があった。

 クーナはヘルカートが好きではないが、その知識はルーガスに匹敵する。

 一部の分野では超えるだろう。

 この魔女のおかげで蟲使いとしての能力が上がったのは確かであった。

 そう思ったクーナは少しだけ礼儀を持って接する事にする。


「それでは師匠。何をしに来た?」


 クーナは全力で鋭く冷たい瞳を向ける。

 しかし、この魔女は平然としている。


「そう警戒しなさんな。白銀。ゲロゲロゲロ。単純に様子を見に来たのさ。黒い嵐の暗黒騎士にも了解をとっているよ」


 ヘルカートの言う黒い嵐とはクロキの事だ。

 クロキには悪いが出来れば断って欲しかったとクーナは思う。


「そうか、様子を見たのなら、もう良いだぞ。帰ったらどうだ師匠」

「そうは、いかないねえ。ゲロゲロゲロ。お前さん隠れて何をしているんだい?」


 ヘルカートの六つの目がクーナを捕える。

 口は笑っているが、目は笑っていなかった。


「別に隠し事等ないぞ」


 クーナは真正面からヘルカートの目を睨み返す。


「隠していない。言ってないだけと言うつもりかね」

「何の事だ?」

「蒼の森の事さ。勇者達が向かっているらしいね。黒い嵐に報告しなくて良いのかい?」

「!!」


 クーナは正直驚く。


(全く、この魔女は油断ならないぞ)


 現在、勇者達の事は情報収集も含めて全てクロキが対処する事になっている。

 もっとも、クロキには情報収集する能力がないから、全てクーナが行っている。

 だから、本来なら勇者が近づいて来ている事はクロキに知らせなければならない。

 そのクロキに伝えていない情報を何故かヘルカートは知っているのである。

 クーナが驚くのも当然だった。


「まあ、知ったのは今しがただよ。フェアリーはお喋りだからね。ちょっと魔法で耳を澄ませて盗み聞きすれば簡単さ。ゲロゲロゲロ」


 ヘルカートはそう言うとにんまりと笑う。


「ふん。クロキに報告する必要はないぞ。ダティエは自業自得だ」


 ダティエはクロキを騙そうとしたので自業自得である。

 だけど、優しいクロキはそんなダティエを許すだろう。

 だからこそクーナはクロキには伝えなかったのである。


「まあ、確かにそうだね。あの色狂いには良い薬かもしれないね。だけど、そんな馬鹿でもこの婆の弟子なのさ。少し助けに行っても構わないだろ? 白銀の?」


 ダティエもかつてはヘルカートの弟子だった。

 だからこそ、媚薬の作り方を知っていたのだ。

 ヘルカートはダティエを助けにいくつもりなのである。


「ふん、構わないぞ、師匠。だが、勇者は強い。師匠よりもな」

 

 クーナは一応忠告する。

 クーナが聞いた話によると前に勇者達が攻めて来た時はヘルカートが戦う前にクロキが退散させたから、戦っていない。

 だけど、間違いなく勇者の方がヘルカートよりも強いはずであった。

 そもそも勇者に勝てるのはクロキか魔王ぐらいで、勝てるとはクーナには思えないのである。


「確かにそうみたいだね。まあ危なくなったら逃げるさ。それぐらいの力はあるつもりだよ。ゲロゲロゲロ」


 そう言ってヘルカートは笑うのだった。


★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


ヘルカート登場。

元ネタはギリシャ神話のヘカテーとエジプト神話のヘケト。

もう少しナルゴルの食事を掘り下げて書くべきか迷います。

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