第26話 地下水路は夢の国

 アリアディア共和国の地下には無数の地下水路が張り巡らされている。

 そのメンテナンスのために地下水路に降りる事が出来る場所は無数にあった。

 チユキ達はその1つから地下水路へと降りる。

 地下水路は人が入る事を考えて作られているためかとても広い。

 これなら身を屈めて進む必要もなさそうであった。

 また、水路の端には人が通るための歩道がある。

 しかし、最近雨が降っていないせいか水深は浅い。

 これなら水路の中を歩く事も出来る。


「光よ」


 チユキは魔力を発動させて光を出す。

 地下水路には灯りがないので照明の魔法を使う必要がある。

 直径30cm程の光の球は宙に浮かび周囲を照らす。


「さすがチユキ様です。これなら松明も必要ないですね」


 一緒にいるシズフェがチユキを誉める。

 シズフェ達はチユキ達突入班のメンバーである。

 クラスス将軍は自由戦士達をいくつかの班にわけて、それぞれの入り口から突入させた。

 今頃他の自由戦士達は地下水路に入っているだろう。

 チユキ達の班はチユキとレイジにシロネにサホコにリノにナオのいつものメンバー。

 それにシズフェ達と火の勇者ノヴィスにデキウス。最後に拘束されているアイノエだ。


「何で私まで入らないといけないのよ!!」


 無理やり連れてこられたアイノエが叫ぶ。


「アイノエ殿! デイモンと契約する事は大罪です! 神に対して申し訳ないとは思わないのですか!? そして、貴方と契約を結んだレッサーデイモンがこの地下水路に潜んでいる事はわかっています。大人しく来ていただきましょう」


 デキウスが言うとアイノエは悔しそうな顔をする。


「何が神よ! 私が困っている時に助けてくれなかったのに! そんな神よりもデイモンの方がはるかにましよ!!」

「アイノエ殿! 何と言う事を!!天罰を受けますよ」

「デキウス卿、落ち着いて下さい。それからアイノエさん、貴方も黙らないと沈黙の魔法をかけますよ」


 2人が言い合うので、チユキは2人を止める。


「シズフェさん、もしもの時はデキウス卿とアイノエさんを連れて脱出して下さいね」

「わかりました、チユキ様」


 シズフェは頭を下げる。

 なぜシズフェ達を同じメンバーにしたかと言うとデキウスの行動を抑制するためである。

 デキウスは責任感が強く真面目だ。

 だけど、この地下水路の奥にいる者は彼の手におえる相手ではない。

 チユキ達の戦いに巻き込まれて死ぬかもしれない。

 しかし、デキウスは死なすには惜しいのでシズフェを御目付役として付ける事にしたのだ。

 さすがのデキウスも女性を連れて無理はしないはずであった。


「それじゃあ、行くかみんな」


 レイジの声で全員が地下水路を進む。

 先頭はナオとレイジ。そしてチユキとリノが続き。シロネとサホコ。その後ろにデキウスとシズフェ達が続く。


「何か嫌なにおいがする~」


 リノが泣きごとを言う。


「そうだね、すごく嫌なにおい。まるで生ごみのにおいみたい」


 横にいるサホコの嫌そうな声を出す。

 チユキ達はそんな事を言いながら地下水路の奥へと進む。

 すると先頭を行くナオが突然止まる。


「みんな止まるっす!!」


 突然ナオが声を出す。


「どうしたナオ?」

「前方に何かいるっす」


 ナオが歩道から水上歩行を使い水路の真ん中へと移動する。

 おそらくその方が動きやすいからだろう。

 そして、レイジもナオと同じように水上歩行を使い水路の中心へと移動する。

 ナオはブーメランを取り。レイジは剣を抜く。


「おい何がいるんだ? 全然見えねーぞ! もっと明るくしてくれ!!」

「ちょっとノヴィス!!!」


 一番後ろから付いて来ているノヴィスが文句を言うと、シズフェが慌てた声を出す。


(う~ん、彼女も連れの男のために苦労しているみたいね。何だか応援したくなるわ。後ノヴィスは遠慮を覚えた方が良いわね)


 そう思ったチユキはシズフェに親近感がわく。


「今から明るくします」

「申し訳ありませんチユキ様!!」


 シズフェの謝る声を聞きながら、チユキは水の上に立つと光条の魔法を使う。

 光が伸びて水路の奥を照らす。

 そして浮かび上がる巨大な物体。


「いやああああああああああああ!!」

「何あれええええええええ!!!」


 サホコとリノが大声を上げる。


巨大ナメクジジャイアントスラッグ。いやなのが出てきたわね……」


 前方にいたのは高さだけで2メートル、全長だと何メートルになるのかわからない巨大ナメクジジャイアントスラッグだ。

 その巨大ナメクジジャイアントスラッグは1匹ではなく数匹いて、その外にも大小のナメクジが地下水路の壁や天井に張り付いている

 巨大ナメクジジャイアントスラッグはまだこちらに気付いていないのか、ぬめぬめとした体を地下水路の床に這わせて動いている。

 

「すっごく気持ち悪い。背筋に鳥肌が立っちゃった……」


 比較的気持ち悪いのが平気なシロネすらも肩を抱いて身を震わせる。


「どうするチユキ?」


 レイジが私達の様子を面白そうに眺めながら言う。


「もう! 全く意地が悪いわね! 笑ってないで! さっさと何とかしてよ!!」

「はは、任せておけチユキ!!光よ!!」


 レイジが笑いながら光弾を複数放つ。

 光弾が巨大ナメクジジャイアントスラッグを焼き尽くす。


「うう……。あんな魔物がいるなんて。帰りたい」


 サホコが泣きごとを言う。


「待って下さいっす! まだ何かいるっす!!」


 ナオが奥を指差す。

 チユキはすかさず光条の魔法でナオが指した方を照らす。

 そして、そこには複数の黒い人影がいるのが見えた。


「侵入者ニ見ツカッタ!!」

「バレタ!!」

「逃ゲロ!!」


 黒い影達は光に照らされると一目散に逃げて行く。


「何あれ? ネズミ?」


 横から見ていたシロネが嫌そうな声を出す。


「確かにネズミだったな。だが人間と同じぐらい大きかった。それに2本足で立っていたし武器も持っていたぜ」


 レイジの言う通り鼠は2本足で立ち、武器を持っていた。


ネズミ人ラットマンって所かしらね」

「確かに何だかビビビって言いそうっすね。それとも千葉県の夢の国のマスコットと言った方が良いっすかね?」

「ナオさん。それを言うのは危険よ、確かに嫌なテーマパークだけど」


 ナオが危険な事を言うのでチユキは止める。


「あああ……」

「どうしたのリノちゃん」


 サホコが突然変な声を出したリノを気遣う。


「今のネズミさん……。あれ、元は人間だよ」


 その言葉にチユキ達は全員リノに注目する。


「リノさん、それ本当なの?」


 チユキが聞くとリノは首を縦に振る。


「たぶん。リノの目にはそう見えたの」


 リノは自身なさそうに言う。

 リノの破幻の力は私達の中で一番強い。

 目を凝らせばどんな相手でも真実の姿を見る事ができる。


「だとしたらやりにくいっすね」


 ナオが嫌そうに言う。


「サホコ。もし呪いで姿を変えられているのなら、解呪ができるのじゃないか?」


 レイジが聞くとサホコは首を振る。


「わからないよレイ君。やってみないと……」


 サホコは自信なさそうに言う。


「それなら一匹捕えて試してみましょう」


 チユキがそう言うとサホコが頷く。


「決まりだな、取りあえず先に進むとするか」


 レイジの言葉でチユキ達はさらに奥へと進む事にするのだった。






 地下水路の奥にあるバドンの祭壇にウルバルドはいる。

 目の前でネズミ共が騒いでいる。

 それを見て側近達が嫌そうな顔をする。

 ネズミ達は元は人間で、ザンドによって眷属に変えられた者達だ。

 元が人間なので人間と子供を作る事ができる上に、人間をネズミ人へと変える病原菌を持っている。

 そのためネズミ達は条件さえ整えれば、ネズミ算式に増える。

 今ここにもネズミ達が多くいて、騒いでいる。

 その様子を見ている側近達がうるさそうにしている。

 ウルバルドもネズミ達がうるさいので気分が悪かった。


「タラボスよ、先程から騒がしいようだがどうした?」

「申し訳ございません、ウルバルド様。どうやら侵入者がいるようなのです」


 タラボスが頭を下げて答える。


「侵入者? たかが人間だろう? さっさと蹴散らしたらどうなのかね」

「それが、どうやら侵入者の中に光の勇者達がいるようなのです」


 その言葉を聞き、一瞬だけウルバルドの頭が真っ白になる。

 そして、意味を理解して立ち上がる。


「どういう事だ!!」


 ウルバルドが怒鳴るとタラボスは平伏する。


「申し訳ございません! 私もなぜ勇者が来ているのかわからないのです!!」


 ウルバルドは舌打ちする。


「ふん人間風情に言った所でどうにもならぬか! 勇者が来ているのならば、我々は帰らせてもらおう」


 ウルバルドはそう言うと転移の魔法を唱える。

 しかし、発動しない。


「ウルバルド様! 転移を阻害する結界が張られています! 我々はここに閉じ込められています!!」

「何だとどういう事だ!?」


 側近の言葉を聞きウルバルドはどうしてこうなったのか考える。

 そして、気付く。


「裏切ったな!!ザンド!!」


 突然ウルバルドは叫ぶ。


「ウルバルド様!? どういう事でしょうか!?」

「私に聞く前に自分で考えろ! うかつだった。奴め、何が勇者とぶつけるだ! 本当は私を滅ぼすための嘘だったのだ!」


 ウルバルドは歯ぎしりするが、追い詰められた事は確かであった。

 ウルバルドは自身では勇者に勝てない事を知っている。何しろ、あの最強のデイモンであるランフェルドさえ勇者に敵わなかったのだ。


(奴らの強さは常軌を逸している。逃げなければ殺される)


 ウルバルドも偉大なる魔王の側近であるデイモンロードだ。

 力の弱い小神程度なら負ける事はない。

 しかし、光の勇者達の強さは神々でも上位に入るだろう。

 ウルバルドは勇者達と戦った事を思い出す。

 その時ウルバルドは黒髪の賢者と呼ばれる女と魔法戦を繰り広げた。

 そして、ウルバルドの魔法はチユキの魔法によって潰されるようになり、終いにはウルバルドの魔力が先に尽きて敗れた。

 それまでのウルバルドは魔法戦ならば神族にも負けないと自信があった。

 だが、その自信は一瞬で砕かれたしまったのである。


「タラボスよ!!」


 ウルバルドはタラボスを呼ぶ。


「はい! 何でございましょう!!」

「急いでバドンを復活させよ! 今すぐだ!!」


 しかし、タラボスは首を振る。


「しかし、それでは予定が……」

「言う事を聞け! これは命令だ!!」


 ウルバルドは魔法を使いタラボスを支配する。

 するとタラボスの目は虚ろになる。


「これでバドンは復活するだろう。それからゼアルはどこへ行った?」

「ウルバルド様。ゼアルはネズミを指揮するために結界の外です。呼ぶことは出来ません」

「くそ! 勇者の足止めに使おうと思ったが、いないのはどうしようもないか!」

「ウルバルド様! 我々はどうしたら良いでしょうか!?」

「どうするもない! 今からザンドが張ったと思われる結界を打ち破るぞ! 急げ!」


 ウルバルドが言うと配下の者達が結界を解除するための魔法の儀式を用意し始める。

 武器に長けた暗黒騎士団を率いるランフェルドと違い、ウルバルドの配下は魔術に長けた者が多い。

 しかし、封印のための結界は中からは破り難いのが常であり、いくらウルバルドの配下でも簡単にはいかないだろう。

 だが、それでもウルバルド達はやるしかなかった。


「舐めるなよザンド! この私は魔王様に仕えるデイモンロードだ! たかが小神の結界など打ち破ってみせる!!」




★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


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