第27話 ミノン平野を飛ぶ

 ミノン平野の上空をクロキは竜であるグロリアスに乗ってクーナと共に飛ぶ。

 ミノン平野は広大でおそらくインド北部と同じぐらい広い。

 しかし、グロリアスの翼ならば簡単に移動できる。

 上空から地上を眺めると人間の国がいくつか見える。

 しかし、ミノン平野の広さに比べてその数は少ないように感じる。

 おそらく魔物の影響だろう。

 ミノン平野には魔物の数が少ない。しかし、それは他の地域と比べたらの話だ。

 ミノン平野にだって魔物はいる。

 魔物は基本的に太陽の光を嫌がる傾向にある。

 そのため開けた土地であるミノン平野は昼間の間は魔物があまり出現しない。

 だから他の地域に比べて魔物の害が少ないのだ。

 だけど夜はもちろん、曇りや雨の日だとゴブリン等の魔物が活動をするのである。

 そのため、この地域においても人間は太陽の光がない時は城壁の内側に引き籠り外に出ない。

 ミノン平野を流れる河に沿うように北上する。

 やがて、ミノン平野の北に広がるルハク山地まで来る。

 このルハク山地から北はアリアド同盟の領域ではなく、人が住みにくい土地である。 

 ルハク山地には丘巨人ヒルジャイアント達が多く住んでいて、人間を襲ってくる事がある。

 さらにそのルハク山地から北の地はオーク族が多く生息して人間と敵対している。

 その北の地は過去にオーク族が人族を支配して帝国を作った事があった。

 それが「オークによる北方帝国」である。

 その帝国は人間の必死の抵抗により打倒されたが、その残党は生き残り、今もなお人々を苦しめているそうだ。

 また、北の地のオーク達は時々山を越えてミノン平野に来る事があるらしいので、アリアド同盟に属する北部の国々は警戒を常にしなけらばならないらしかった。

 クロキ達はルハク山地の麓に広がる森の中へと降りる。

 ミノン平野は開けた場所が多い土地だが、北部のルハク山地の近くには森が広がっている。

 ここならグロリアスを降ろしても見つからないだろう。

 平野にグロリアスを降ろせば人間に見つかり大騒ぎになる。

 そのため、今まで飛び続けていたのである。

 降りた所の近くには綺麗な泉があり、少し休むには良い場所であった。


「ウルバルド卿はどこにいるのだろう? 飛んでいれば向こうから来てくれると思ったけど、あてが外れたな」


 クロキは溜息を吐く。


「別に良いではないかクロキ、ウルバルドなんか放っておいても。クーナはこのままクロキと一緒に空を飛んでいたい」


 クーナが嬉しい事を言う。

 クロキは可愛い女の子にこんな事を言ってもらえた事は今までにない。

 そのため涙が出そうになる。

 思わずクーナを抱きしめる。

 だけど、探すのをやめるわけにも行かない。


「ありがとうクーナ。でも、もうちょっと探そうよ」


 クロキはクーナを抱きしめながら言う。


「だけどクロキ、あてはあるのか?」


 クーナが首を傾げて言う。

 確かにクーナの言う通りあてはなかった。


「ないなあ……。どうしようか?」

「ならばここでしばらく休むというのはどうだクロキ? 休むと良い考えが浮かぶかもしれないぞ」


 クーナがふふふと笑いながら言う。その笑みが艶めかしい。

 クロキは少しどきどきする。

 

「そうだね。確かにクーナの言うとおりかもしれない。休むと良い考えが浮かぶ可能性もあるかもね」


 クロキ達は休む事にする。

 クロキは持って来たシートを広げお茶の準備をする。

 グロリアスは大きいのでお茶道具を積んでも大丈夫である。ついでに軽食の入った籠も持って来ている。

 籠の中には上白の麦のパンに野菜等を挟んだサンドイッチ。お菓子には干果と蜂蜜を混ぜたクッキー。

 飲み物にはこの地方原産の花から作るお茶を持ってきた。

 これらは出かける前にクロキとクーナとリジェナ、そしてシェンナと一緒に作った物だ。

 余った料理はリジェナとシェンナの食事にと残してある。


(それにしてもシェンナは今頃どうしているだろうか? 確か兄を助けに地下水路に行くと言っていた)


 クロキはシェンナの事を考える。

 地下水路に行くというので、刀を預けたままにしていた。

 ほんの少しの付き合いだけど、少しは情が移っていたのである。

 クロキはシェンナの無事を祈る。

 クロキとクーナはシートに座り休憩の準備をする。泉が陽光を反射してキラキラと輝き、森を吹き抜ける風が心地良かった。


「なかなか気持ち良いな、クロキ」


 クーナはサンドイッチとお菓子を少し食べるとクロキの膝に頭を乗せて寝る。

 そして、すやすやと寝てしまう。


(正直これは逆ではないだろうか?普通は女の子の膝枕で男性が寝るので)


 クロキはそう思ったが、クーナの無邪気な寝顔を見ているとまあ良いかと考え直す。

 クロキはクーナの白銀の髪を撫でる。

 こんな可愛い女の子が自身の膝の上で寝ている。それも充分幸せな事であった。


「グヘヘヘヘヘ」


 クロキはクーナの寝顔を見て思わず気持ち悪い笑みが出てしまうと、落ち着こうとしてお茶を飲む。

 クロキはお茶を飲んでいるとグロリアスが頭を寄せて来る。


「お前も甘えん坊だねグロリアス」


 グロリアスの鼻を撫でる。するとグロリアスは嬉しそうにする。

 グロリアスもその巨体をクロキに寄せて横になる。


「自分も少し休むかな」


 クロキはそう思いグロリアスの首に体を預ける。

 そして、森の奥へと視線を向ける。

 お茶をしている時からだった。

 木の陰からこちらを見ている者がいる。

 小さな気配だ。最初はゴブリンかと思ったが、この辺りは陽光で眩しい。

 ゴブリンは近寄らないはずである。だから別の何かだ。

 おそらくクーナも気づいていたが、気にしなかったようだ。

 見ている者からは大した力を感じないので、放っておいても問題ないと判断したのだろう。

 クーナは無邪気な顔をしてクロキの膝の上で寝ている。

 クロキは少し見ている者と話しをしてみようかと思う。


「ねえ、見てないで出てきたら?」


 クロキは見ている者に言う。

 敵意は感じない。だから、こちらに来るように言う。


(何者だろう? もし、去るなら当然追わない。だけど、何か用があるなら聞いてみよう)


 クロキの呼び声に応えて木の陰から小さな女の子と仔馬が姿を見せる。

 姿を現した者を見てクロキは疑問に思う。

 小さな女の子は人間に見える。

 この世界の人間は集団で生活するのが普通だ。

 そして、この辺りには人間の国はない。なぜこんな小さな子がこんな所にいるのだろう?

 こんな小さな女の子が1人でいたら魔物の餌食になるかもしれず、少なくとも保護者が近くにいるはずだ。

 それは、姿を見せていない最後の者だろうかとクロキは思う。

 小さな女の子と仔馬がこちらに近づくと、その後ろから小さな人影が姿を見せる。

 その小さな人影はドワーフであった。

 白い立派な髭から察するに若者ではないようであった。

 ドワーフは生まれて8年で人間のおじさんのような外見になる。そして、その後はほとんど姿を変えずに長生きする。

 そのためドワーフの年齢は分かりにくいのである。

 女の子と仔馬が小走りでこちらに近づく。

 女の子の視線の先は巨大な竜であるグロリアスでもなく、綺麗なクーナでも無く、食べていた御菓子に注がれている。

 遠くからこの御菓子が見えていたのだとしたら、かなり目が良い。


「これが気になるの?」


 クロキが聞くと、女の子は答えず頷く。

 クロキは御菓子を取ると女の子に差し出す。結構多めに作ったから少しぐらい上げても問題ない。


「どうぞ。あげるよ」


 しかし、女の子は受け取らない。


「……妹のもちょうだい」


 女の子は側の仔馬を見て言う。

 仔馬を妹と呼ぶ事をクロキは疑問に思うが、御菓子をもう1つ渡す。

 女の子は御菓子を2つ取ると1つを仔馬の口に入れて急いで食べ始める。

 女の子が食べているとドワーフがようやくこちらに来る。


「ありがとうございます、偉大なる竜使いよ。この子達に御菓子を恵んで下さって。エファ、ポナ。このお方にお礼を言いなさい」


 ドワーフが頭を下げてお礼を言う。その言葉から怯えを感じる。

 だけど、それが当たり前の事であった。竜に近づきたがる者など普通はいない。

 クロキは少女達が出てこなければ、このドワーフは近づかなかった気がする。


「ありがとうおじちゃん」

「ヒヒン!!」


 少女エファと仔馬のポナが頭を下げる。

 おじちゃんと呼ばれてショックを受けるがクロキは気にしない事にする。

 それよりも馬がお礼をした事に驚く。


「貴方がたは、ここに住んでいるのですか?」


 クロキはドワーフに聞く。

 この少女と馬とドワーフの関係が少し気になる。


「はい、儂の名はウリム。見てのとおりドワーフですじゃ。この森で暮らしております」


 ドワーフは人間と違い魔物に襲われにくい。

 そのため、この魔物の多い森の中でも暮らす事が可能だ。

 森に住む7人のドワーフが継母である王妃から逃れたお姫様を匿うお話は有名だろう。


(おそらく、このウリムも樵や猟をして暮らしているのだろうな)


 クロキはドワーフを見る。

 背中には大斧。手にはガストラフェテスと呼ばれるクロスボウを持っている。

 この世界のクロスボウはナルゴルに住むオーク族が発明した。

 ドワーフはオークと同じように体に比べて手足が短く、お腹が出ているので普通の弓は使えない。

 そのためにドワーフもまたクロスボウを使う。

 クロスボウは普通の弓に比べると連射はできないが、弓と比べて扱いやすく、また力が弱い者でも威力の高い矢を放つ事ができる。

 そのため、欲しがる者は多い。


「初めましてウリム殿。この子は貴方の子供ですか?」


 クロキが尋ねるとウリムは首を横に振る。


「いえ、迷い子です。仔馬のポナと一緒にいる所を拾いました」


 ウリムはエファを見ながら言う。その事を思い出しているのだろう。

 ウリムはエファとポナと出会った時の事を話す。

 出会ったのは2年前の事らしい。ある日、山でキノコ狩りをしていたウリムはやせ細った少女と仔馬に出会った。近くには親らしき者はいない。このままだと魔物に襲われるかもしれない。

 仕方がないから、一人暮らしをしている自分の家へと連れて帰った。

 それ以来、2人と1匹で暮らしているそうだ。


「親は探したのですか?」


 その問いにウリムは再び首を振る。


「見つけた時に血の付いたケンタウロスの弓を持っておりました。おそらく父親はケンタウロスなのでしょう。この辺りにケンタウロスはおりませぬ。それに近くの国で母親らしき者がいないか尋ねたのですが、誰も知りませぬ」

「なるほど……」


 ケンタウロスの弓はゆるやかなM字型の弓は木や獣の骨等の複数の材料で作られる。

 エルフの弓よりも小型だが威力は高い。

 ただし、使いこなすのが難しいので人間で使う者はあまりいない。

 そのケンタウロスの弓を持っていた事からウリムはエファがケンタウロスの子と判断したのだろう。

 それにケンタウロスの子と考えれば仔馬を妹と言った事も頷けた。

 ケンタウロスは人間と子供を作るが、また雌馬とも子供を作れる。

 そのため母が人間で女の子なら人間が生まれ、馬が母でメスとして生まれれば馬になる。

 その結果、人間と馬の姉妹が誕生する。そして、血の繋がりのためか意思疎通もできるそうだ。

 ただ、ケンタウロスは人間の方が好みだとクロキは聞いていた。

 特に人妻が好きで、川を渡れずに困っている人間の夫婦の奥さんを攫おうとしたケンタウロスの話は有名であった。

 そのケンタウロスは英雄である夫のヒドラの毒矢で殺されたそうだ。

 エファの親であろうケンタウロスも、もしかすると人間に殺されたのかもしれない。

 そう思ったのでウリムはエファを保護したのである。

 エファとポナは御菓子を楽しそうに食べている。

 その様子は何か会話をしているようだ。おそらく意思が通じ合っているに違いなかった。


「改めてお礼を言います。儂には御菓子を作る事ができませぬので」


 ウリムが改めてお礼を言う。

 ドワーフは優良な道具を作るが料理は下手だ。

 そのためエファ達は今まで御菓子を食べさせてもらえなかったようであった。

 クロキ達に近づいたのは御菓子の匂いに引き寄せられたからに違いない。


「別に構いません。ところで自分はとあるデイモンを探しているのですが心当たりはありませんか?」

「デイモンですか? うーむ……。わかりませぬ。ただ、儂らが住んでいる場所の近くに魔女の婆さんが1人で住んでおります」

「魔女がこの近くに?」


 ウリムは頷く。

 魔女は魔族、もしくは邪神と契約を結び、魔力を得た女性か、その女性との間に生まれた娘の事だ。

 男性で魔族や邪神と契約を結ぶ者もいるが、一般的に女性の方が多い。

 理由は契約を結ぶ魔族の多くがレッサーデイモンであるゼアルのような男性だからだろう。

 ちなみにこの世界、異種族の間で子供を作ったら、魔力が低い方の種族の子供が生まれる確率が高い。

 例えばエルフと人間が子供を作ったら人間が生まれやすい。

 魔族のほとんどが人間よりも魔力が高いので、魔女が子供を産んだら人間が生まれる事が多いと聞く。

 そして、魔族と契約を結ぶ事は女神フェリアの教義では大罪である。フェリア教団の影響力は強く、各国で魔女は迫害の対象となる。

 そのため、魔女は正体を隠して生きるか、人里から離れて暮らす。

 その魔女がこの近くにいるらしかった。


「はい。その婆さんならデイモンの事を知っておるかもしれませぬ」

「なるほど、聞いてみる価値はありそうですね」


 クロキはクーナの髪を撫でながら答える。


(どうせあてはないのだ。少し寄ってみるのも良いだろう)





 ウリムは正直生きた心地がしなかった。

 竜を連れた青年と別れると背筋から汗が吹き出す。

 ウリム達がキノコ狩りをしている時だった。

 突然エファとポナがいなくなった。

 探すと泉の近くの木に隠れて何かを見ている。

 ウリムが確かめてみると巨大な竜が寝ているので腰が抜けそうになる。

 なんと巨大な竜が寝ているではないか。

 エファを連れて何とかその場を離れようとしたが動かない。

 よく見ると竜の側でお茶をしている者がいるではないか。

 そして、お茶をしている青年がエファを呼び寄せたのである。


「エファ、お前は怖くなかったのか? 儂は怖ろしくてたまらなかったぞ」


 ウリムは横を歩くエファに聞く。


「ううんウリム爺ちゃん、何も怖くなかったよ。だってポナが怖くないって言ってたもの」


 エファが仔馬のポナを撫でながら言う。

 ポナと儂は会話ができない。しかし、エファにはポナの言っている事がわかる。


「そうか……。ポナがそう言っていたのか」


 ウリムは仔馬のポナがある程度危険を感知する事ができる事を知っていた。

 エファがウリムに出会うまで無事だったのはポナのおかげである。

 実際に危険はなかったようであった。


「すごく良い人だったねポナ。また会いたい」


 エファは笑う。


「良い人か……。あの青年を人と呼んで良いのだろうか? 人の姿をしていたがおそらく人ではあるまい。儂はなるべくなら近づきたくないな……」


 ウリムはエファに聞こえないように呟く。

 ウリムはあの青年が近くにいた巨大な竜よりも怖ろしい存在のような気がしたのだ。

 竜は普段は優しい。しかし、逆鱗に触れれば何よりも怖ろしい存在へと変貌する。

 あの青年もそれと同じではないだろうかと思うのだった。



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