第25話 地下水路へ

 早朝。シズフェ達は自由戦士協会からの依頼でアリアディア共和国の練兵場へと来る。

 練兵場は第3城壁の近くにある兵士達の練習場だ。

 非常に広く。多くの兵士を集める事ができるだろう

 その練兵場に多くの自由戦士達が集まっている。


「うわ~。いっぱい集まっているよシズちゃん。こんなに戦士が集まるのって迷宮に入る時以来じゃないかな?」


 マディは周りを見ながら言う。


「確かに多いな。自由戦士が2百人って所か。しかも、有名どころばかりだぜ」


 ケイナの言う通り2百人程の自由戦士はテセシアでも有名な戦士達のようであり。

 良く見ると地の勇者ゴーダンや風の勇者ゼファもいた。


「壮観ね。これだけの戦士が集まっているなんて」

「まったくだな。一体何があるのやら」


 レイリアとノーラもまた戦士達を見て言う


「しっかし、一体本当に何があるんだよシズフェ? こんなに戦士を集めてさ」


 一緒について来たノヴィスが文句を言う。


「知らないわよ。それはこれから説明してくれると思うわ」


 実はシズフェも詳しい事は聞いていない。ただ魔物退治らしいのだが。


「やあ、シズフェさん。貴方達も来たのですね」


 三叉槍を持った1人の男性が近づいて来る


「あなたは、水の勇者のネフィムさん」

「はい、水の勇者ネフィムです。シズフェさん、戦乙女になられたのですね。良く似合っていますよ」


 ネフィムがシズフェの左右に翼の飾りが付いた戦乙女の兜を見て言う。


「ええ。ありがとうございます」


 誉められたのでお礼を言う。神から恩恵を貰う事は名誉な事だ。

 その事をシズフェは嬉しく思う。


「ところで何の用だ、ネフィム」


 ノヴィスがシズフェの前に出る。

 なぜかいらついているようなのでシズフェは疑問に思う。


「ただの挨拶ですよ、火の勇者ノヴィス。これから一緒に地下水路に入るのですからね」

「地下水路?」

「ええ、そうですよシズフェさん。何でも地下水路に魔物が出たそうです。我々はその退治に駆り出されたのですよ」


 ネフィムがそう言うとシズフェ達は驚く。


「おい、それは本当かよ? 事実なら大問題だぜ! 誰が管理していたんだよ?! 職務怠慢だぜ!!」

「ケイナ姉の言うとおりよ。アリアディアの地下に魔物が潜んでいるなんて。大問題じゃない。管理責任者は辞任じゃすまないわよ!」

「ええ、そうです大問題ですよシズフェさん。だからこそ私達が呼ばれたのです。そして、地下水路を管理していた者達は行方不明になっているらしいのです。おそらく逃げたのでしょうね。それに彼らの後ろ盾であったコルネスとかいう元老院議員も姿が見えないそうです」

「そんな事が……。仕事を怠けていたうえに逃げるなんて何て人たちなの」


 シズフェはそれを聞いて腹が立つ。

 そして、元老院議員でありながら姿を隠したコルネスとかいう議員に憤りを覚える。


「それから地下水路に魔物がいる事は秘密だそうですよ。市民達が不安に思うそうですからね」


 ネフィムは口に指をあてて言う。


「確かに市民には言い難いだろうな」

「そうだね、でも全てを秘密にするのは難しいと思う。市民の中には文句を言う人も出て来るだろうし」


 ケイナとマディははあと溜息を吐く。


「おや、どうやら将軍閣下が来られたようですよ皆さん」

「ホントだ。それにレイジ様達にデキウス様もいるわ。一緒に地下水路に行くのなら心強いわ」


 シズフェがネフィムが言った先を見ると将軍であるクラススと勇者レイジ達の姿が見える。

 そして、クラススが壇上に立つと説明を始めるのだった。





 

 劇場でレイジと遭遇してから一夜明けクロキは潜伏している屋敷でリジェナから報告を受ける。

 劇場でクロキはレイジ達が劇場で何をしているか気になったので、リジェナに様子を見に行ってもらっていたのだ。

 

「なるほど、レイジ達が地下水路にねえ」

「はい、旦那様。勇者殿達は地下水路に入るようです」


 そう言うとリジェナはクロキに頭を下げる。


「しかし、気になるな。月光の女神とかいう女性。まるで、クーナみたいじゃないか」


 クロキは首を傾げる。

 何でもこの近くに住んでいた元老院議員のコルネスはグールが化けていたらしい。

 そして、そのコルネス邸の地下でレイジ達は月光の女神という女性に出会ったそうだ。

 この屋敷から近いのでクーナが行こうと思えば簡単に行ける。だから、クーナがレイジ達に会いに行った可能性もある。

 クーナがこの辺りを散歩していたのはクロキも知っている。

 だけど、レイジ達と会ったとは聞いていない。

 もしそうなら危険すぎる。

 だけど、クロキはある理由からそれはないと思う。


「いや、でもそれは有りえないな。その月光の女神は地下水路の奥で待っていると言ったのだよね?」

「はい。レイジ様達の話ではそのようです。残念ながら詳しい話を聞く事はできませんでしたが……」

「なら、やっぱり違うはずだ。クーナと自分はこれからウルバルド卿を探しにミノン平野を飛んで回る予定だからね。地下水路で待つわけがない」


 クロキは昨日ランフェルドとウルバルドを探す事を約束した。

 だから、休暇は昨日で終わりにしたのだ。

 今からクロキはクーナと共にウルバルドを探しに行く。

 よって、月光の女神はクーナではありえないはずであった。

 だから月光の女神は別人だと判断する。

 そのクーナはシェンナと共に別室にいる。なにやらシェンナから色々と教わっているようであった。

 ウルバルドを探しに行くのにシェンナを連れてはいけない。

 だから彼女はここに残る事になっている。

 クロキは彼女を拘束するつもりはない。ここから出るのも自由である。

 もっとも、ここに残るのなら、生活の面倒を見て欲しいとリジェナに伝えている。


「確かにそうですね」

「そういう事だよリジェナ。それにしてもグールか……。色々と気になるけど、後はレイジ達に任せるしかないな。それよりも自分達はウルバルド卿を探さないとね」


 そう言ってクロキは苦笑いを浮かべる。


「それにしてもウルバルド卿はどこに行ったのだろう? おそらく、ゼアルに逃げられるのを恐れて隠れて探しているのだろうけどね。まあ、ミノン平野をグロリアスで飛んでいればそのうち向こうから接触してくるだろう。そう言う事だからリジェナ。自分達は出かけるよ」

「はい行ってらっしゃいませ、旦那様」


 



 アリアディア共和国の地下深く。

 そこに邪神バドンが封印された祭壇がある。

 デイモン王のウルバルドは配下を連れてこの場所へと来る。


「ようこそおいで下さいました。偉大なるデイモンロードウルバルド様。私はタラボスと申します。偉大なる眠りの神より、この地を任されています」


 1人の人間がウルバルドに頭を下げる。

 眠りの神ザンドは小神だ。

 ゆえにたかが人間を僕にしているのだろうとウルバルドは推測する。

 正直人間風情を相手にする気にはなれなかったが、目的のために我慢をする。


「タラボスよ。ザンド殿の姿が見えないようだが、どこに行かれたのかな?」


 ウルバルドは周囲を見るが姿が見えない。

 そもそも、こんな場所に来たのはザンドに呼ばれたからだ。


「申し訳ございません。私もウルバルド様が来たら、従うようにとしか聞いていないのです」


 タラボスが申し訳なさそうに言う。


「まあ良い。待たせてもらおう」


 ウルバルドは不機嫌そうに言うと、配下が用意した椅子に座る事にする。

 ザンドが何をするか知らないが待つしかなさそうであった。

 用意された席に座ろうとした時だった。物陰にいる者に気付く。

 ゼアルであった。


「おおい。あそこにいるのはゼアルじゃねえか」


 連れて来たウルバルドの配下の1匹がゼアルを指さす。

 この配下はゼアルと同じ黒山羊の種族だ。

 他にも数匹の同じ種族がいる。


「や、やあ、みんな久しぶりだね」


 ゼアルはかつての仲間達に取り囲まれる。


「ふん! ゼアル! 手前だけこの地に来て良い思いをしやがってよ! そのくせ俺たちを裏切るとはどういう事だ!!」

「そうだぜ。俺たちだって人間の女の子といちゃいちゃしたいんだぞ。それを手前だけが……。羨ましい……」


 詰め寄られてゼアルはしどろもどろになる。


「ええと、みんなにはエンプーサのお姉さんがいるじゃないか」

「馬鹿かお前は! 食われちまうだろうが!!!」


 一匹がそう言うと他の数匹が「そうだ、そうだ」と同調する。

 エンプーサは男を食べる習性がある女性だけの種族だ。幻術を操る事ができるので、様々な種族の男から恐れられている。


「ならデイモン族の姫様方やダークエルフの女の子なら……」

「相手にしてくれるわけねーだろがっ!!!!」


 黒山羊共が言い合っている。

 ウルバルドは何を馬鹿な事を言っているのだろうと頭が痛くなる。


「じゃ、じゃあ人間の女の子を紹介してあげるからさ。それで許してくれない?」

「えっマジ? 本当に?俺おっぱいが大きい女の子が良いのだけど」

「じゃあ、俺も良いかなゼアル」

「俺も俺も」


 ゼアルが人間の女の子を紹介すると言うと黒山羊達が殺到する。


「ええい、馬鹿共! 何をやっている!!」


 たまらずウルバルドが叱るとゼアル達は大人しくなる。


「申し訳ございませんウルバルド様!!」


 黒山羊共が頭を下げる。


「それにしてもウルバルド様、あの眠りの神はどこに行かれたのでしょう? 正直私はあの神は信用できません」


 デイモン族の側近が険しい顔で言う。

 ウルバルドはその言葉に頷く。

 確かにその気持ちも理解できたからだ。

 あの眠りの神は悪戯者であり、正直信用できない所があった。


「確かにそうだな。本当にどこに行ったのだ?」


 ウルバルドは少しだけ不安に思うのだった。






 クロキがリジェナから報告を受けている部屋とは違う部屋にクーナとシェンナはいる。

 時刻は朝で、窓からは心地よい風が吹いている。


「兄さんが地下水路へ……。あの、女神様。兄さんは大丈夫なのでしょうか?」


 クーナの話しを聞いたシェンナが不安そうに聞く。


「そんなこと知らないぞ。まあ、少なくとも危険な事は確かだろうがな」

「お願いです女神様! 兄さんを助けて下さい!!」


 シェンナは必死にお願いする。

 クーナはそれを冷めた目で見る。

 クーナにとって大切なのはクロキの事だけであり、シェンナの兄はどうでも良かった。

 だが、シェンナにはイシュティアの秘技とやらを教えてもらった。

 寝室で愛する男を喜ばせる技である。

 有意義な事を教えてくれたのだ、その礼として少しだけ力をくれてやっても良いか、とクーナは考え直した。


「クーナはこれからクロキと一緒に空を飛ぶ。よって、助けには行けないな。だから、お前に力を与えてやる。それで兄を助けに行け」


 クーナはシェンナに手をかざし魔力を送り込む。これでシェンナは強くなったはずであった。


「ありがとうございます!!」

「礼はいらないぞ。それからお前の兄に出会ったら笛を吹くよう言え。そうすればネズミはいなくなる」

「笛ですか?」

「そうだ。それに蝶を一匹貸してやろう。蝶がお前の兄デキナイへと導くだろう」


 そう言って蝶を呼び出しシェンナへと飛ばす。


「ありがとうございます女神様。それからデキウスです」


 シェンナが訂正するがクーナはその言葉を聞き流す。


「ああ、そうだったな。では気を付けて行くが良いぞ」

「はい」


 そう言ってシェンナは部屋を出る。


「行きましたねクーナ様」


 空中に生首が突然現れる。

 元眠りの神であるザンドである。

 この馬鹿な男は今ではクーナの完全な下僕となった。

 そして、クーナ以外の前ではなるべく姿を見せるなと言っておいたので、シェンナが去ってから姿を現したのだ。


「ザンドか。首尾はどうなっている?」

「馬鹿なウルバルドをバドンの祭壇へと誘導しましたよクーナ様。そして、結界を張って閉じ込めました。これで簡単には抜け出せないはずですよ。きゃはははははは」


 首だけになったザンドが笑う。

 うるさいと思ったクーナはザンドを蹴り飛ばす。

 鞠のようにザンドは部屋の中を飛び跳ねる。


「うるさいぞザンド。蹴り飛ばすぞ」

「うう、酷いよクーナ様。蹴ってから言わないで下さいよ」

「知るか。お前が、うるさくするのが悪い」

「ごめんなさいクーナ様ぁ。ところでクーナ様は地下水路には行かれないのですか?」

「行くわけないだろう。あんなかび臭そうな所。そもそも、クーナが待つなどと一言も言ってないぞ」


 クーナは勇者共と会った時の事を思い出す。

 バドンの祭壇に来いと言ったが自分自身が待つとは言っていない。

 そして、クーナは自身の首を触る。

 勇者達と接触したのは失敗だったかもしれないとクーナは思う。

 あの時勇者が剣を止めていなければ間違いなく斬られていただろう。

 攻撃を防ぐと同時に反撃してくるとは思わなかった。

 その事を考えるとクーナは背筋が寒くなる。

 もう少しで死ぬところであった。

 クーナはこの事をクロキに言うつもりはなかった。

 言えば心配をかける。

 クロキを悲しませる事は絶対に避けなければならない。


(しかし、剣を止めたのは正解であったぞ勇者。その事で命拾いをしたのだから……)


 そして、クーナはこれから単独行動は控えようと思う。


「確かにかび臭そうですねえ。だから代わりにウルバルドですかあクーナ様ぁ?」


 ザンドが笑いながら寄って来る。首だけになってもうざい奴であった。


「そうだ。馬鹿な事を考えたウルバルドには報いを与えてやらねばならないからな」


 クーナはザンドからウルバルドの企みを知り、罰するようにザンドに命じたのだ。

 もちろん、クロキにウルバルドの居場所を教えていない。

 クロキは優しいから罠に嵌めようとしたウルバルドを許すだろう。

 だけどクーナは違う。懲らしめてやらねばなるまい。


「馬鹿なウルバルド。今からそちらに勇者共が行くぞ。覚悟して待っているのだな」


 クーナは少しだけ笑うのだった。


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