第24話 う〇こはどこに消えた

 将軍府の会議室にチユキ達は集まっていた。

 理由は将軍であるクラススに報告するためだ。

 またクラススの他に元老院議員のナキウスとトゥリアも来ている。

 重要な事なので2人も知る必要があるからだ。


「まさか、魔物が市民に化けて潜んでいるとは……」


 クラススが頭を抱える。

 無理もない事だとチユキは思う。

 魔物からこの国の市民を守る将軍ならば、魔物が人に化けているとは考えたくないだろう。

 何しろ市民を守るべき将軍が市民を疑わなくてはいけないのだから。

 コルネスの屋敷で出会った月光の女神の言葉からアリアディア共和国に潜むグールをチユキ達は探した。

 するとコルネスと繋がりのある役人達は全てグールに入れ替わっていることがわかったのである。


「はい、クラスス将軍殿。コルネス議員の関係者は全てグールになっていました。一応全て倒したと思いますが……。まだ生き残りがいるかもしれません」


 デキウスの言葉にクラススは悲痛な表情を浮かべる。


「しかし、この事は公表できないぞデキウス。このような事が市民に知られたら大変な事になってしまう」


 デキウスの父であるナキウスが諭すように言う。

 魔物が人間に化けて潜んでいる。公表されれば市民達はパニックを起こすだろう。

 だから、この事は秘密にしなければならない。それはこの場にいる全員が考えている事であった。


「わかっていますよ父上。この事はこの場にいる者達だけの秘密です。ですから父上達には市民にこの事が知られないようにして欲しいのです」


 デキウスは父であるナキウスとクラスス、そしてトゥリアに向かって言う。

 嘘を吐かず真実を伝えるのが神王オーディスの信徒のはずだが、何事にも例外はある。

 アリアディアの重鎮である3人の力ならある程度の隠蔽工作はできる。

 だからこそ、デキウスはこの3人には本当の事を伝えたのである。


「デキウス殿。問題はそれだけではないでしょう? 地下水路が大変な事になっているようではないですか。早急に対策をしませんと」


 いつもにこやかなトゥリアが険しい表情で言う。

 アリアディア共和国は大河であるキシュ河の河口にある国だ。

 こういった河口にある街は激しい降雨によって洪水になる事がある。

 そのため水害対策が必要になる。

 アリアディア共和国の地下には排水のための水路がたくさんある。

 この地下水路はドワーフが作った物で、チユキ達の世界の水路に比べてもかなり良い出来だ。

 そして、今この水路で問題が起こっている。

 チユキ達はグール達を捕えて、知っている情報を吐き出させた。

 そして、その情報からこの国の地下水路が魔物の巣窟になっているのがわかったのである。

 なんで、そんな大事な事に誰も気付かなかったかと言うと、その地下水路を管理していた役人達が全員グールに入れ替わっていたからだ。

 おかげでアリアディア共和国の地下水路は魔物達の楽園へと変わってしまった。

 足元に魔物がいる事は放置できないので早急に退治する必要がある。


「わかっていますよトゥリア殿。しかし、地下水路に騎士達を送るとなると……。」


 クラススは言い難そうに言う。

 騎士団は国家の最強戦力である。

 だから、この国の危機に動かさない訳にはいかない。

 しかし、アリアディア共和国の騎士団はケンタウロスの討伐に失敗して壊滅状態だ。

 そして、まだ再建できていない。

 乗馬は訓練が必要な特殊技能であり、馬上戦闘の技術を付け加えると養成する事が難しい。

 クラススとしては生き残った騎士を地下水路に送り込みたくはないのだろう。


「クラスス将軍。馬に乗って戦うのが騎士の務めです。地下水路へ騎士を投入するのはやめておいた方が良いでしょう」

「チユキ殿……」


 クラススがありがたそうにチユキを見る。

 だけど、チユキとしてはクラススを助けたわけではない。

 騎士は街道警備が主な仕事である。

 街道で魔物に襲われている人がいたら駆けつけ警護をする。

 だから馬が入れない地下水路に投入するよりも街道の警備をさせた方が良いのである。

 馬に乗らなくても戦力にはなるが、それは別の所から調達すべきであった。


「ですから、自由戦士達を雇った方が良いでしょうね。信頼できそうな自由戦士を選びましょう。クラスス将軍はその手配をお願いします」


 チユキはこの場にいる人達を見ながら言う。

 騎士は街道と城壁外の周辺。兵士は城壁と城壁内。そして、自由戦士はそれ以外を守る。

 地下水路は一応城壁の内部だ。だから本来なら兵士達を動かすべきだろう。

 しかし、アリアディア共和国は魔物の脅威が少ないので兵士達は魔物と戦った経験が少ない。

 これでは地下水路の魔物を相手にしても犠牲者を増やすだけだ。

 だから、ここは自由戦士を使うべきであるとチユキは思ったのだ。

 クラススは自由戦士協会と繋がりが深く、頼めばすぐにでも優秀な自由戦士が集まるはずであった。


「自由戦士をですか? ですが大量に雇うとすればかなりの金銭が必要なはずです。すぐに公金は動かせません。雇うための金銭は大丈夫なのでしょうか?」

「ナキウス殿。その金銭面なのですが、トゥリア殿と……」


 そう言った後、チユキはトゥリアの横にいるもう1人の人物を見る。


「そう言う事でわたくしを呼んだのですね?」


 キョウカがチユキを見ながら言う。後ろには当然カヤもいる。

 キョウカはチユキ達の中で一番のお金持ちである。

 優秀な自由戦士に払う金ぐらいなら用意できるはずであった。


「ええ、そうよキョウカさん。立て替えてくれた費用は後日にお返しします。だから、今は資金の提供をお願いしたいの」


 しかし、キョウカは首を振る。


「別にいりませんわ。資金はただで提供します。それに地下水路の補修費用も出しても良いですわよ」

「お嬢様!!」


 カヤが慌てる。

 それは無理もない事であった。

 この世界で商売をするのはかなり難しい。

 何しろ識字率が5割以下だ。

 それに計算できる者となるとさらに少ない。

 つまり、商売をするための人材が集めにくい。

 それに、この世界では商人の社会的地位は低い。

 この世界の格言で「剣で身を守れても、金では身を守れない」と言う言葉がある。

 これは、魔物が多いこの世界の現実を示すと同時に、戦士と商人の社会的地位を現している。

 つまり、商人は軽く見られる傾向にある。その事もまた商売をしにくくしている。

 また、この世界では魔物が多いせいか貨幣の流通が進んでいない。そのため、お金よりも人間の繋がりを大事にする。

 だから、優秀な人材を引き抜くのは難しい。

 そのためカヤはお金と時間はかかるが、1から人材を育てているらしい。

 しかも、この世界では会計帳簿の概念はあるが、貸借対照表等の計算書類を作る事を知らない。

 それも教える事を考えるとさらに時間と資金が必要になる。

 その人材不足の状況で苦労した集めたお金である。

 だからだろう、ただで資金を提供する事に難色を示している。

 

「カヤ、お金はこういう時の為に使う物ですわ。これは、アリアディア共和国に対する先行投資のような物です。決して損にはならないと思いますわよ」


 キョウカは笑いながら言う。

 その言葉にチユキはキョウカを見直す。

 キョウカは時々すごく気前の良い事をする。

 実は能力の高いカヤよりもキョウカの方が人望があるようなのだ。

 長く付き合っていると驚く事がたまにある。


「わかりました、お嬢様。お金はすぐに用意させましょう」

「ありがとうカヤ」


 結局カヤは折れ承諾する。


「チユキ殿、わたくしも資金を提供いたしますわ」


 トゥリアもまた了承する。


「ところで勇者殿達はどうされるのです?」


 ナキウスはレイジの方を見る。


「もちろん私達も地下水路に入ります。そうよねレイジ君?」

「ああ、もちろんだ。美女が呼んでいるからな」


 レイジは笑いながら言う。


(まったく、美女が待っていると知ると態度を変えて、その美女はグールを操っていた張本人かもしれないと言うのに)


 チユキは頭を押さえる。


「私もご一緒してよろしいでしょうか、チユキ殿」

「デキウス卿もですか? できればデキウス卿には地上に残って欲しいのですが」


 チユキから見てデキウスは得難い人材であった。

 前線に出るよりも後方にいるべきだ。それに地上に残って、いざという時は市民を避難させる誘導をして欲しい。


「いえ、私も彼女が気になるのです」


 デキウスは静かに言う。

 その決意は揺るぎそうになかった。

 レイジと同じなのかもしれないと思いチユキは頭が痛くなる。


「はあ、わかりました。ですが無理はしないでくださいね。」

「ところでチユキさん。地下水路って事はもしかして下水っすか?」


 突然ナオが不安そうに聞いてくる。


「まあ、生活排水を流す事もあるそうだけど。それが、どうかしたの?」


 チユキがそう言うとリノとサホコとナオは嫌そうな顔をする。


「え~。なんか行くのやだな。う○こが流れている所に行くなんて」

「私もちょっとそれは……」


 リノとサホコが嫌そうな顔をする。

 なるほど、そう言う事かとチユキは合点する。


「リノさん女の子がう……じゃなくて、そんな事を口にすべきじゃないわ。それに大丈夫よ。地下水路に人の排泄物は流れてないわ」


 リノのせいでチユキまでもう○こと口にしそうになる。

 チユキは続けて説明する。

 この世界にもトイレはある。

 国によってはない所もあるが、ある方が普通だ。

 そして、この世界のトイレだが、川の近くなら水洗式もあるが、どちらかと言えば壺形汲取式が一般的であった。

 上から見てコの字型にした煉瓦か石の上に座り用を足す。そして、その下にはう○こを溜める壺がある。

 そして、集められたう○この処理は大地と豊穣の女神ゲナに仕える司祭が行う。

 つまり、う○こを肥料にするのである。

 この世界ではう○こは穢れであると同時に豊穣を意味する。

 こういったう○こが豊穣の象徴になる事は元の世界でもあったりする。

 この世界のトイレには女神ゲナの聖印が掲げられている事が多い。

 つまりゲナはトイレの女神様なのである。

 そして、アリアディア共和国は人口が100万近い大都市だ。

 当然う○この量も大変な物になる。

 そのため、この国には公衆用のトイレが各地域に設置されている。

 もちろん有力な市民の家なら個人用のトイレもある。

 この公衆トイレは地域の市民団体が掃除して管理して清潔に保たれるようになっている。

 そして、この国のトイレは壺形汲取式が一般的だ。そして、アリアディア政府はこの処理の為に多額の費用を出している。

 人々が寝静まる夜中に荷車をロバに引かせたゲナ女神を信仰する回収業者達が壺を交換して回る。

 その後、集められたう○こは普通の土へと変化させる魔法を持つゲナ女神の司祭の元に運ばれた後で捨てられる。

 以前はう○こを直接河に流していたが、海の神であるトライデンの神殿から抗議が入って今の形になった。

 そして、トイレ以外の場所でう○こをする事は重罪である。

 ただ、それでも守らない人はいる。もし、その近くに住んでいる人が見つければ半殺しにされても仕方がない。

 また、アリアディア共和国も他の大国と同じように城壁の外は管理が出来ていないみたいなので、城壁の外は大変な事になっている。

 これを放置しておけばペスト等の疫病が発生してしまうので、対策しなければならない。

 だけど、他の国と同じようにうまく対策ができていないようであった。

 まあしかし、地下水路に人のう○こを流さないようにしているのは確かであった。

 チユキがそう説明すると3人は安心したような顔をする。


(もっとも、生活排水とかは流しているから、衛生的とは言えないのだけどね……)


 地下水路にはう〇こを流さないようにしているだけで、その他のゴミ等は流れていたりする。

 それを知れば3人が行くのを拒むだろうから、あえてチユキはその事は伝えなかった。


「ところで、チユキさん。私気になっている事があるのだけど……」


 今まで黙っていたシロネが口を開く。

 だけどシロネが何を気にしているのかチユキにはわかった。


「月光の女神の事でしょ」

「うん」


 チユキがそう言うとシロネが頷く。


「確かに月光の女神はシロネさんが言っていた魔女と同じように白銀の髪だったわ。同じ女性か断言できないわね。せめて名前だけでもわかれば良かったのだけど、アイノエや他のグール達は誰も彼女の事を知らなかったわ……」


 チユキは首を振る。

 すでにアイノエは拘束して情報は聞き出している。

 彼女は悪魔と契約を交わした魔女だった。彼女を魔女にしたレッサーデイモンはバドンの祭壇で何かをしているらしい。

 地下水路には彼女も連れて行く予定である。うまくすればレッサーデイモンをおびき出せるだろう。

 だけど、アイノエは月光の女神の事は何も知らなかった。

 これはリノの魔法を使って聞き出したので間違いない事であった。


「まあ良いわ、行けばわかる事だし。もしかするとクロキがいるかもしれない」


 シロネは壮絶な笑みを浮かべて言う。

 迷宮から出た後シロネに何も言わないで帰った事が今でも許せないようであった。

 チユキはその幼馴染に同情する。


「何だか悪い魔女から王子を取り戻しに行く劇と同じ状況みたいだね。ねえシロネさん、やっぱり劇の主役をやってみない?」

「もうリノちゃん。もう嫌よ主役の代わりなんて。それに私は必要ないはずよ!!」


 シロネがそう言うとレイジとナオが「えー」っと残念そうな声を出す。

 劇は事件が事件なだけに延期になった。

 それにアイノエもいない。代役を探さなければいけないだろう。

 また、主演のシェンナが生きている事がわかったので代役をしなくて良くなった。

 そのためシロネは喜んでいる。

 チユキもせっかく面白そうだったのに正直残念である。


「もう! やっぱりみんな面白がっていたでしょ!!」

「ちぇっバレたか!」

「あ~あ、面白そうだったのに」


 シロネが怒って叫ぶとレイジとリノは笑う。

 事実、本当に楽しんでいただけだった。

 内心チユキも楽しんでいたりする。


「しかし、月光の女神はいったい何を企んでいるのでしょうか?」

「そうねデキウス卿。彼女はバドンの祭壇に来いと言っていたわ。きっとそこで私達が来るのを待ち構えているに違いないわね。本当に何を企んでいるのかしら?」


 チユキが聞いた所によるとバドンの祭壇は劇場の地下深くにあった。

 なぜそんな所にあるかと言えば、バドンを倒した神であるアルフォスを讃える石碑をその真上に作り、そのアルフォスに捧げる演劇を行うために劇場が建設されたからである。

 その祭壇は地下水路へと繋がっているようであった。

 劇場から降りる事が出来たら早かったのだが、直接下へは行けない構造になっている。それに強力な結界が張られているようであった。

 無理矢理降りれば劇場が崩壊するかもしれない。

 だから、ちょっと離れた地下水路の入り口から歩いて行くのである。

 地下水路には魔物が溢れているが、それは自由戦士達に任せてチユキ達は月光の女神の相手をする。それが今回の手はずであった。

 明日にでも地下水路に乗り込む予定である。


「その月光の女神と言う女性、気になりますね。何者なのでしょうか?」

「申し訳ございません、トゥリア殿。私達も彼女が何者かわからないのです。ですから詳しい事は言えません。ですが、もしもの時は市民を避難させてください」


 チユキは月光の女神の容姿の事は3人には詳しく伝えていない。

 なにしろチユキ達も彼女の事がよくわからないからだ。

 不確かな情報を伝えるべきかどうか迷い、結局言わなかったのである。


「まあ、何者かどうかは行けばわかる事だぜ」


 そのレイジの言葉にその場の全員が頷くのであった。




★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


前回は夢幻蝶という綺麗なタイトルなのに、今回は……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る