第23話 夢幻蝶

「私だけ醜態を晒してしまいました」


 コルネスに化けたグールが退治されたため、犬から人間に戻る事ができたデキウスは落ち込んだ表情でチユキ達に言う。

 犬にされた上に、人間に戻る時に女性陣に全裸を見られたのだから無理もない。


「落ち込まないでデキウスさん。すごく可愛かったよ」

「そうそう。すごく可愛かったっすよ」


 リノとナオは明るい声で言う。

 励ましているつもりなのかもしれないが、デキウスをますます落ち込ませているだけであった。


「いえ、デキウス卿。あのグールは強力な魔術師でした。デキウス卿が気にやまれる事はありません」


 チユキもデキウスを励ます事にする。

 実際にコルネスに化けたグールの魔法は強力だった。

 デキウスは天使の加護を受けているから耐魔力も高い。

 そのデキウスが抵抗出来なかったのだからあのグールの強さは本物であった。

 きっと、グールやグーラを越えるグーレストだったに違いないとチユキは馬鹿な事を考える。


「まあ、それはともかく。全て退治したのは失敗だったな」


 レイジがグールの死体を見て言う。


「そうっすね。情報を得るためにも1匹は残して置くべきだったっすね」


 ナオの言う通りであった。

 戦っている最中にグールの食料として連れて来られた子供達を発見した。

 それを見たチユキ達は我を忘れた様に怒り、グールを後先考えずにさくっと全員退治してしまったのである。

 これでは情報を得られない。1匹は生かしておくべきだった。

 そして、チユキは疑問に思う。

 この邸宅にいる者は全てグールだった。それではレイジが応対した花束を持って来た者は何者だろう?

 レイジの話では花束を持って来た者はグールには見えなかったそうだ。

 しかし、わざわざグール達を復活させて情報を得る気も起こらなかった。


「う~ん。でもまだ生き残りがいるかもしれないよ。ナオちゃん、隠れているグールさんはいないのかな?」


 リノの言葉にナオは首を振る。


「う~ん。それらしい者はもう感じないっす。だけど、地下室があるみたいっすよ。そこだけ感知できないっす」

「地下室?」

「はいっす、チユキさん。ただその地下室っすけど、そこだけ感知できないっす。これは多分結界を張っているっすね」

「つまり、建物と地下。2重に結界を張っていた事ね。それじゃあ、そこに行って見ましょうか。何かあるかもしれないわね」


 チユキがそう言うとリノがいやそうな顔をする。


「地下室かあ。人の骨がいっぱいあったらいやだな」

「その点は大丈夫よリノさん。グールはハイエナと同じように骨も食べる事できるの。人骨が残っている事はないわ」


 ハイエナは他の動物が食べない骨を食べる事ができる。それはグールも同じだ。

 そして、遺体が残らない事もグールを発見しにくい原因の1つだったりする。


「死んでも誰にも気付かれないっすか。それは嫌っすね」


 ナオも暗い顔して言う。

 チユキはその表情から何か嫌な事を思い出しているみたいな気がした。

 チユキはナオの過去を知らない。ナオが話したがらないからだ。

 だから、何も聞けずにいた。


「安心しろナオ。ナオがいなくなったら俺が気付く。そして、地の果てまで探してやるよ」


 レイジがナオの頭にポンと手を置いて言う。


「レイジ先輩……」


 頭を撫でられてナオの表情が明るくなる。


「結局、月光の女神らしき女性はいなかったな。奴らは知っているみたいな感じだったんだがな」


 レイジが話題を変えるためか、明るい声で言う。

 邸宅を見て回ったがそれらしき女性はいなかった。レイジとしては残念なのかもしれない。


「残念だったわねレイジ君。多分グーラが化けていたのよ。多分気づかないうちに倒してしまったと考えるべきだわ」


 グーラは美女に化ける。デキウスが見た月光の女神はグーラが化けた者に違いない。コルネスに化けたグールは自分達の仲間を探しに来たと思ったのだろう。

 レイジが残念そうな顔をしたのでチユキはほくそ笑む。


「おそらくチユキ殿の言うとおりなのでしょうね。しかし、妹は、シェンナは……」


 デキウスが暗い表情をして言う。

 その様子を見てチユキ達は何と言って良いかわからなくなる。

 もしシェンナがグールにつかまっているとすれば、もう食べられているだろう。

 かける言葉がなかった。


「と! 取りあえず! 地下に行って見るっす! 何かわかるかもしれないっすよ」

「そうねナオさん。取りあえず地下に向かいましょう」


 チユキ達は地下へと続く場所へと来る。

 地下室へは書斎の本棚の後ろに隠されていた。どこの世界でもこういう所は一緒のようであった。

 本棚をスライドさせると階段が現れる。

 階段の両側の壁には明かりが有り、照明の魔法を使わなくてもよく、チユキ達はナオを先頭にレイジを最後尾で地下へと降りる。


「えっ?蝶?」


 リノは驚きの声を上げる。

 地下への階段を降りると、その降りた先で突然青白く輝く蝶が沢山飛んでいる所に出くわしたのだ。


「何これ? すごい綺麗!!」


 チユキも蝶を見て思わず呟く。

 それは初めて見る蝶であった。

 地下室は蒼白く輝く蝶に照らされ明るく、灯りがいらないようであった。

 蝶は触ろうとすると姿を消してしまう。

 チユキ達は夢か幻を見ているような気分になる。 

 その蝶が舞う地下室の奥へとチユキ達は進む。

 一番広い部屋に入ったその時だった。

 部屋に一陣の風が吹く。


「危ない! レイジ先輩!!」


 突然ナオが振り向いて叫ぶ。

 その瞬間、金属音が鳴り響く。

 音のした方向に振り向いた瞬間だった。

 チユキは目を奪われる。

 そこには大きな鎌を持った少女が立っていた。

 その少女の周りには白く輝く蝶が舞い。少女を白く輝かせている。

 少女はとても美しく、その光景はとても幻想的であった。

 黒と青の衣装に身を包んだ少女の髪は銀色。

 側にいたデキウスが月光の女神と呟くのがチユキに聞こえる。

 その言葉を聞いたチユキは目の前の少女こそが月光の女神なのだと気付く。

 その月光の女神は冷たい瞳をチユキ達に向ける。


「完全に不意を突いたはずなのに、防いだか。さすがに蛆虫よりは強いぞ」


 月光の女神の澄んだ声。その声には強い敵意が含まれていた。


「中々激しい歓迎だな。出来ればもっと優しくしてほしいな。思わず斬ってしまう所だったよ」


 剣を構えたレイジは明るく言う。

 奇襲を受けたというのに余裕の笑みを浮かべている。


「歓迎するわけないぞ。むしろ死ね」


 月光の女神はわかりやすいど直球な敵意を向ける。

 そして、女神は後ろに下がり手に持った大鎌を構える。


「それは残念」


 レイジは笑う。死ねと言われたのになぜか嬉しそうだ。


「また、お会いしましたね月光の女神殿」


 レイジと月光の女神が話している間にデキウスが割り込む。


「誰だ? お前?」


 月光の女神の言葉にデキウスが少しこけそうになる。

 レイジが笑っているのがわかる。

 勇者であるレイジの事は知っているのに、デキウスの事は覚えていないみたいだ。

 チユキは少しデキウスが可哀そうになる。


「あなたには聞きたい事があります。あなたがカルキノスを操った犯人なのですか?」


 だけどデキウスはめげずに聞く。

 頑張れデキウスとチユキは応援する。


「それは違うぞ」


 月光の女神は否定する。


「本当のようですね。では妹のシェンナの残したこの笛。これに見覚えはありませんか?」


 デキウスは笛を取り出して聞く。頑張れ。


「その笛は? それにシェンナ? ああ、なるほど、お前が兄のデキスギか? シェンナから聞いているぞ」


 その言葉を聞いてチユキ達は驚く。


「シェンナは無事なのですか!? それからデキウスです」


 律儀に名前を訂正しながらデキウスは問う。


「踊りを教えてくれたからな。首を斬らずに生かしているぞ。デキ何とか」


 月光の女神はデキウスの名前を覚える気がないように冷めた表情で言う。

 しかし、その言葉からシェンナが無事だとわかる。

 これは良い情報であった。


「良かったわねデキウス卿」

「良かったねデキウスさん」

「良かったっすね~」


 チユキ達の言葉にデキウスが頷く。


「ではシェンナを返していただけますか?」

「別に拘束などしてないぞ。むしろ、さっさと出て行けと思っている」


 その言葉にチユキ達は首を傾げる。

 シェンナは月光の女神と一緒にいるみたいだが、拘束されているわけではないようであった。


「しかし、気を付けた方が良いぞ。お前らの足元で大変な事が起こっているのだからな」


 月光の女神はそう言うとデキウスに大鎌を向ける。


「それはどういう事だい?」


 レイジは一歩前に出る。すると、月光の女神は後ろに下がる。


「勇者よ。これ以上、お前とは戦わない。勝てそうにないからな。だが、もし、戦いを望むならバドンの祭壇に来るが良い」


 月光の女神は微笑む。

 微笑まれてレイジの口から感嘆の声が漏れる。


「バドンの祭壇? それは何かしら」


 チユキが聞くと月光の女神は少し視線を動かす。


「詳細はアイノエに聞け。もしくは生き残っている薄汚いグールを探して聞くのだな。さて、そろそろ帰らなければ心配をかけてしまう。行かせてもらうぞ」


 月光の女神はそう言うと後ろに下がる。


「おっと、逃がさないよ。もっと、君の話を聞かせてくれないかな? 何っ!?」


 レイジが踏み込むが、突然光る壁がレイジの前に現れる。


「魔法の盾?! それも複数?!!」


 月光の女神とレイジの前に複数の魔法の盾が現れレイジの行く手を阻む。


「さらばだ勇者よ」


 月光の女神がそう言うと光る蝶達が彼女を覆う。すると突然姿が消えてしまう。

 まるで幻を見ているかのようであった。


「気配が消えたっす。どうやって移動したっすか?」


 ナオが月光の女神が消えた後を見て言う。


「この部屋にはもういないみたいね。魔法の力も感じなかったし。どうやって転移したのかしら?」


 チユキも疑問に思う。

 その時だった。突然、部屋がゆれる。

 周りを見ると何だか部屋が小さくなっているような気がする。それに何だか息苦しい。

 間違いない。空間が縮小しているのだ。


「これは!? みんな私の側に来て!!」


 チユキは叫ぶ。

 間違いなく対象を結界に閉じ込めた後でその結界を小さくして最後は潰してしまう魔法だ。

 このままでは全員潰されてしまうだろう。

 全員が集まったのを確認するとチユキは結界を周囲に張って縮まって来る結界を押し返す。


(圧力が結構強い。月光の女神は私と同じぐらいの魔力を持っているみたい)


 チユキは魔力を集中して押し返す。

 結界の外でコルネス邸が崩壊していくのが見える。

 地下の空間がなくなった事で上の建物が持たなくなっているのだ。

 そして数分の後、崩壊が止まる。

 空間が収縮するのが終わったようであった。

 チユキは結界を真上に広げて頭上にある瓦礫を押しのける。

 地上に戻るとコルネス邸は全壊していた。


「やってくれるじゃない」


 圧縮魔法を使ったのは月光の女神で間違いないだろう。

 彼女は最後に置き土産を残してくれたようだ。

 地下室は空間ごと潰されて完全になくなってしまい、これでは何があったのかわからない。


「それにしても、すごい美人だったな。月光の女神という呼称も頷ける」


 レイジはうんうんと頷きながら言う。


「しかも、リノと背は変わらないのに胸があんなに大きいなんて」


 リノが自らの胸を触り落ち込む。


「確かに大きかったす。しかも、腰は細いのに胸だけボンと出ていたっす。羨ましいっす。それにしても何者なんすかね。グールじゃないみたいっすけど?」

「そうね、グールとは思えないけど、人間とも思えないわ。リノさん、彼女は姿を偽っているかどうかわかった?」


 チユキは落ち込んでいるリノに聞く。


「ううん。瞳の力を最大にして見てみたけど姿は偽ってなかったよ……」


 リノは首を振りながら答える。

 リノの破幻の瞳の力を最大にしても同じ姿ならば、あの美しい姿は本物と見て間違いないだろう。

 だからこそリノは落ち込んでいるのだ。


「あの、チユキ殿。彼女は気になる事を言っていました。足元で大変な事が起こっていると。そして、他のグールですが……」


 デキウスは険しい顔で言う。


「確かにその通りだ。どういう事だ? それにバドンの祭壇に来いか」


 レイジが呟く。


「バドンか、あの劇場のレリーフに書かれた化け物よね。レイジ君。ここは戻って色々と調べた方が良いわ。その祭壇がどこにあるのか調べないと」

「そうだな。それに折角の美女に招待されたんだ。行かないわけにはいかないな」


 レイジの言葉に全員頷く。


(月光の女神。彼女は何を企んでいるのだろう?)


 チユキは去っていった彼女の事を考えるのだった。



★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


更新です。

前回登場のする魔物の事を書き忘れていました。

つまりグールの事です。

グールを調べてみましたが、死肉を食べるだけでアンデッドではないみたいです。

クトゥルフでもグールはアンデッドではないですよね。

そのため、暗黒騎士物語に出てくるグールもアンデッドにしませんでした。

どうして、アンデッドになったのでしょうね((+_+))?


それから、もしかするとグールはハイエナと人間を掛け合わせたクリーチャーだったかもしれません。

グールはハイエナを装うという設定がありますし、他の肉食動物の食べ残しを食べるところから死肉を食べる設定になったとか……。

そうなるとD&Dの世界ではノールとグールの区別がつかないですね(;^_^A

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