第12話 歌神の劇場1

「ふわ~。チユキさん。まだ眠いっす……」


 チユキの後ろにいるナオが大きなあくびをしながら言う。

 チユキは後ろを振り返ると、リノとシロネもサホコも少しきつそうであった。

 もう昼もかなり過ぎている。明らかに昨晩遊び過ぎであった。


「ごめんなさいナオさん。でも捜査をするのにナオさんの力が必要なの」


 チユキ達は今アリアディア共和国にある大劇場へと向かっている最中である。

 理由はミダスが団長をしている劇団ロバの耳に所属している人達が今そこにいるからだ。

 そのため、チユキ達はミダスの案内で劇場へと向かう。

 チユキやミダスの他のメンバーはレイジにナオ、リノ、シロネ、サホコ。それにデキウスである。

 クラススは別の仕事があるから将軍府に残った。シズフェ達は付いて来たがったがさすがに大所帯なので我慢してもらった。

 ほどなくして劇場へとたどり着く。


「へえ~。ここが大劇場なんだ」


 目が覚めたのだろうかリノは呑気な声を出す。

 この劇場は正確にはアルフォス劇場と呼ばれる。

 アルフォスは知恵と勝利の女神レーナの兄であり、歌と芸術を司る男性の神であり、劇場はそのアルフォスに捧げられる形で建設された。

 この天界一の美男子と呼ばれるアルフォスの神話は女性絡みが多い。

 子供の時から美しかった彼の養育権を巡ってフェリアとイシュティアが争ったのは有名な話だ。

 結局どちらも譲らず、アルフォスは2柱の女神によって養育される事になった。

 そして、イシュティアを義母にしているためかアルフォス神はイシュティア信徒からも信仰されている。


「司祭様を呼んで来るから~、勇者様はここで待って下さいましね」


 ミダスが流し目でレイジを見ながら言うと、レイジは少し嫌そうにする。

 この劇場の管理をしているのはアルフォス教団である。

 だからミダスの言う司祭もアルフォスの司祭のという事になる。

 ミダスが奥へと入るとチユキ達は取り残される。

 劇場は円形の闘技場とは違って半円形である。

 円弧になった客席は外側の高い所から中心に向かって低くなっている。

 チユキ達がいるのはその劇場の出入り口だ。


「ねえチユキさん。このレリーフは何かな?」


 シロネが入口の所にある巨大なレリーフを見て言う。

 レリーフには弓を持った男性が奇妙な化け物を倒す様子が描かれていた。


「これはアルバドンよ、シロネさん。そうよね、デキウス卿」


 チユキは疑問に答えるとデキウスを見る。


「よく御存じですね。その通りです」


 デキウスは頷く。


「何だいチユキ。そのアルバドンってのは?」

「昔の話よ、レイジ君。アリアディア共和国が建国されて間もない頃にバドンとか言う邪神が国を襲った事があるの。その時にかなり被害が出たらしいけど、結局その邪神はアルフォス神の弓によって倒されたわ。この劇場はそのアルフォス神の偉業を讃えて建設されたの。そして、このレリーフはその時の様子を描かれているってわけ。アルフォス神が邪神バドンを倒す所から縮めてアル・バドン。もしくはア・バドンとも呼ばれているわ」


 チユキはレイジに説明する。


「さすがは黒髪の賢者様。その通りでございます」


 声がした方をチユキ達が見ると、そこには1人の女性が立っている。


「初めてお目にかかります光の勇者様方。私は当劇場を預かるアルフォス様の神官クリオと申します」


 クリオはチユキ達に礼をする。

 少しウェーブがかかった青色の髪に白い肌を持つ美しい女性である。

 だけど、チユキは彼女に対して気になる所があった。

 クリオの耳が尖っているところから彼女はエルフようであったからだ。

 チユキは珍しいと思う。

 エルフが人間社会に出る事はある。

 だけど人間社会の地位があるエルフは初めて見る。

 エルフが人間の社会的地位のある役職に就く事はめったにない。これは別に人間がエルフを差別しているというよりも、エルフが人間の社会に興味がない事が大きい。

 つまり、彼女はかなり珍しい部類に入る。


「ほえ~。エルフっすよ。しかも、お姉さんドライアドじゃないっすね。少し海の香りがするっす」


 ナオは目をくるくるさせながら言う。


「はい。私はドライアドではなく、ネレイドになります」


 クリオが微笑む。

 ネレイドはエルフの1種だ。

 ドライアドと違って森ではなく海に住み、音楽に長けたエルフである。

 そして、ネレイドには美人が多い事で有名であった。

 そのために他種族の標的になったりもする。

 サイクロプスに恋人を殺されたあげくに、無理やり妻にされた可哀そうなネレイドのガラテイアの話は有名である。


「珍しいな。こんな綺麗なエルフが人間の国の神官をするなんて。神様もさぞよろこんでいるだろうな」


 レイジはそう言ってクリオの髪をさわる。


「ふふ、勇者様はお上手ですね」


 クリオは頬に手を当てて朗らかに笑う。

 それを見てサホコとリノが唸り声を上げる。


「クリオ殿! 劇団ロバの耳の団員に魔王崇拝者がいるようなのです! その調査に伺いました! 場合によっては次の劇は中止せねばなりません! ご了承ください!!」


 デキウスがレイジとクリオとの間に割って入る。

 レイジは渋々クリオから離れる。

 良くやったと、チユキは心の中で喝采する。


「それは困りますね。劇はアルフォス神様に捧げる物でもあります。みだりに中止はするわけには……」


 クリオはミダスを見る。

 ミダスは申し訳なさそうに肩を落とす。

 チユキ達がいた日本でなら行方不明になっている人がいるのだから中止になるのが普通だが、この世界の常識は違う。

 自身が仕える神への捧げものは中止しないのが普通だ。

 そのためクリオは演劇の中止を渋る。


「確かに申し訳ないですわ。ですが、事情がありまして。しかも、主役のシェンナまでいなくなるなんて……。代役なんてすぐに見付かるわけがないですし……」


 ミダスは目を泳がせながら言う。

 そして、ミダスの目がある一点で止まる。


「あの、何ですか?」


 ミダスがじっと見つめるのでシロネが後ろに下がる。


「そうだわ! シロネ様! シェンナの代わりに主役をやっていただけませんか!!」


 ミダスがシロネに駆け寄ると、その手を取る。

 いきなり手を掴まれて言われたのでシロネの口が驚きで開かれる。

 そして数秒の後。


「ええ――――!!」


 シロネの叫び声が劇場の入り口で木霊するのだった。





(シェンナ……。シェンナ……)


 夢の中でシェンナの耳に暗闇の向こうから兄デキウスが呼ぶ声が聞こえる。


(おそらく兄さんが私を心配している。戻らないと……)


 そう思った時だった、シェンナはどこかの部屋で目を覚ます。


「ううん」


 寝ている状態でシェンナは周りを見る。

 かなり良い部屋だ。部屋の壁には模様が描かれ、寝台はふかふかだ。

 置いてある調度品も高価なように見える。

 高い所にある小さな窓を見ると、夕日が差し込んでいる。どうやら時刻は夜になろうとしているようだった。


「どうしてこんな所で寝ているの私?」


 シェンナは頭を働かせる。

 そして、思い出す。酒場の地下で起こった事を。

 マルシャスを追っていたら、悪魔に出会いそこにはアイノエまでいた。

 そして、白い仮面の者達に追いかけられて、暗黒騎士と戦った。

 色々ありすぎてシェンナは頭が混乱する。


「確か、私は暗黒騎士に負けたはずよね。なのに、生きている」


 シェンナは身を起こす。

 何故生きているのかわからないが、悪魔がこの国に潜んでいるのだ。

 この事を兄に伝えなければならなかった。


「うん? 何これ?」


 そこでシェンナは気付く。全身に黒い棘が巻き付いている。しかし、全く痛くない。この棘はシェンナを傷つけないようであった。


「何かの魔法なのかしら。だけど、動く事に支障がないみたい」


 シェンナは両手両足が動く事を確認すると移動する事にする。

 寝台から降りると眩暈がする。

 霊薬アサシュの影響であった。

 霊薬は大きな力を与えるが、効果が切れた時の反動も大きい。

 シェンナはふらつく足を無理やり動かし、部屋の出入り口まで行く。

 扉は部屋の内側へと開く造りだ。閂も内側にある。


「どうやら閉じ込めるつもりはないみたいね」


 シェンナが部屋を出ると階段が見える。

 下の階から人の声が聞こえる。

 手すりで体を支えながら、シェンナは何とか階段を降りる。


「待ってリジェナ! そんな事はしなくて良いから!!」


 男性の慌てる声が聞こえる。

 声のする方へと行くと水の音が聞こえる。どうやらこの先には浴室があるようだ。


(薄々気付いていたけど、かなりのお金持ちの家みたいだわ)


 シェンナは声を押え、極力足音を出さないように歩く。

 浴室は集合住宅にはもちろんあるわけがなく、その他の家にも普通はない。だからこそ公衆浴場は人気なのである。

 個人の邸宅で浴室を持っている者はお金持ちと決まっている。

 シェンナは浴室に近づく。


「お願いです旦那様! ここにいる間だけでも背中を流させて下さい!!」

「いや、そうは言っても……。ってクーナ! 何をしてるの!!」

「むう。リジェナがクロキの背中を流すのなら、クーナは前を流してやろう」

「ちょ! 駄目だよ! クーナ! うほおう♪♪」


 声のやり取りを聞いてシェンナは何をやっているのだろうと疑問に思う。

 浴室は薄い絹のような布で目隠しをされていて中が見えない。

 そして、近づいた時だった。シェンナは足がもつれて倒れてしまうと、そのまま目隠し用の布を引っ張り倒れ込む。


「なんだ!!」


 男性の声がする。


(気付かれた! 逃げないと不味い)


 シェンナはそう思うが足が動かない。

 すると誰かが近くに来る気配がする。


「大丈夫?」


 声をかけられシェンナは頭に覆いかぶさった布を取ると頭を上げる。

 面の前に男性がいる。

 そして、見てしまう。


「ひっ! 化け物!!」


 シェンナは思わず声を出す。

 娼婦の守り神であるイシュティア神殿で育ったシェンナは、自身が相手をしなくても男性の裸を見る機会があった。

 中には、粗末な芋虫を見せつけてくる質の悪い男もいたりする。

 だけど、目の前の男性の物は芋虫ではない。そして、蛇でもない。それは、まさしく邪竜であった。

 男性の顔をシェンナは見る。

 その顔はあの時に出会った暗黒騎士であった。

 シェンナの中で恐怖が広がる。


「顔が青い。君の体は衰弱しているんだ。まだ寝ていないと駄目だよ」


 暗黒騎士はそう言うと屈んで手を伸ばす。屈んだ事で暗黒騎士の邪竜が目の前に迫る。


「ううん」


 邪竜が迫り、シェンナは気を失うのだった。


★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


イシュティア信仰の元ネタはキュベレーだったりします。

信仰では去勢したりするそうです。

イシュティアに〇〇〇を捧げましょう。


お金があったら古代の都市を色々と見に行ってみたいです。

いつかバビロンとかニネヴェとかに行けるかなあ……。

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