第11話 捜査開始

 昼になり、チユキとレイジは2人で将軍府へと行く。

 理由はカルキノス事件の捜査本部を将軍府に設置するからだ。

 2人なのはシロネとリノとナオははしゃぎ過ぎて、まだ眠っているからだ。

 サホコはその3人の面倒を見るために残った。

 またキョウカとカヤは商売のために来なかったりする。

 レイジもまだ眠たそうだったが、チユキは無理やり起こして連れて来たのである。

 部屋に入るとクラススとデキウスがすでに来ていた。


「どうぞで、ゴブ」


 クラススに仕えるホブゴブリンがチユキとレイジに飲み物を出してくれる。

 飲み物は水であるが、生水ではなく、不純物を取り除いた後で加熱して果実水を少量加えたものである。

 喉が渇いていたのでチユキは飲み物を飲む。

 もちろん、ホブゴブリンにお礼は言わない。

 ホブゴブリンもそれがわかっているのか飲み物を出した後で静かに退出する。


「今後の方針なのですが……。正直、どうしたら良いかわからない状態です」


 ホブゴブリンが退出するとデキウスが申し訳なさそうに言う。

 レイジが横で落胆するのがチユキにわかる。


「そうですか……。では地道にやるしかありませんね。クラスス将軍殿、そちらの人員はどれくらい割けそうですか?」


 チユキはクラススを見る。

 そもそも捜査本部を将軍府に設置したのは、捜査のための人員をあてにしたいからだ。

 オーディス神殿の法の騎士の数は少ないので、人手が必要な時はあてにできない。


「チユキ殿。兵士でしたら、いくらでも用意できます。またテセシアの自由戦士に声を掛ければ何人でも来るでしょう」


 クラススは笑って答える。


(これで人員は確保できるわね。さてどうしようかしら?)


 チユキが考えていると、将軍府の役人が来訪者を告げる。

 部屋に案内されて来たのはシズフェ達であった。


「申し訳ございません。遅くなりました」


 シズフェが頭を下げる。


「いや、良いよ。俺たちも今来たところさ」


 レイジが笑って答えると、シズフェは喜ぶ。

 そこでチユキはシズフェの兜が前と変わっている事に気付く。


「あれ、シズフェさん。その兜は? 女神レーナの信徒になったの?」


 チユキには今シズフェが付けている兜は戦乙女の兜と同じものに見えた。

 知恵と勝利の女神レーナの聖鳥は白鳥である。

 戦乙女達はもちろん、その信徒は兜の両側に白鳥の翼の飾りを付ける者が多い。

 また戦乙女達を白鳥の乙女、そして聖レナリアの神殿騎士達を白鳥の騎士と呼ぶ事があったりする。

 そのレーナ信徒の翼の飾りがシズフェの兜にもある。


「はい、レーナ様から加護を貰いましたので」


 チユキが聞くとシズフェは笑顔ですごく嬉しそうに言う。


「へえ、良く似合っているよ。シズフェちゃん」

「ありがとうございます。レイジ様。ああ、そうだ。先程鉄仮面の人を見かけましたよ」

「鉄仮面の人?」


 チユキは何の事かわからなかった。


「あれ? キョウカ様の武術指南をされていると聞いたのですが、お会いになられていないのですか?」


 シズフェの問いにレイジとチユキは顔を見合わせる。

 

「そんな奴は知らないな。知っているかチユキ?」

「私も知らないわよ、レイジ君」


 シズフェが言っているのは間違いなくクロキの事であった。

 しかし、シロネとキョウカとカヤがいないため、鉄仮面とクロキが結びつかなかったのである。


「そうですか……? かなりの腕前だとカヤ様もおっしゃっていたのに」

「カヤさんがそんな事を? そんな人がこの国いるなんてビックリだわ。シズフェさん。その男性の名前は何て言うのかしら?」


 私はシズフェに聞く。

 滅多に人を褒める事がないカヤが褒める相手だチユキはその鉄仮面の者が気になる。


「申し訳ないです。名前は聞いてないです……。その……」


 シズフェは仲間を見る。

 シズフェの仲間達は全員首を振る。どうやら誰も名前を聞いていないようであった。


「まあ、そんなに重要な奴じゃないんだろう。この世界の奴にしては、ちょっと腕が立つぐらいなのだろうな。それよりも先に進めようぜ」


 レイジがそっけなく言うと、チユキはそれもそうかと思う。

 今はそんな事を気にしている場合ではなかった。


「まあ、そうでしょうね。わかったわ、先に進めましょう。それでは今後の方針なのだけど、とりあえず、あの晩にいた人達を全員調べようと思うわ」


 チユキが全員を見ながら言うとクラススとデキウスが苦笑いをする。

 当然の反応であった。

 出席者の数は多く、客だけでなく警備員や給仕まで調べるとかなりの数になるだろう。だからこそ人員が必要なのだ。


「まあ、他に手がかりがあるなら良かったのだけどね……。男性はデキウス卿とクラスス将軍の兵士にお願いしたいわ。そして女性の出席者にはシズフェさん達と私達が調べるわ。良いかしら?」


 チユキが言うとシズフェさんが頷く。兵士のほとんどは男性だ。

 そのため女性を調べるための人手が少ない。

 チユキがシズフェ達に捜査協力をお願いしたのもそういう理由からであった。


「任せてくれ! 女を調べるのは俺がブギャ!!」


 ノヴィスが何か言っている途中でシズフェが肘鉄をノヴィスに喰らわせる。


「申し訳ありません。こいつが暴走しないように監視しますから……」


 シズフェが謝る。


(そう言えばこいつがいる事を忘れていた。まあシズフェさんがいれば問題は……多分ないわよね)


 チユキは額を押える。

 ノヴィスはいかにも問題を起こしそうであった。


「はあ、まあ良いわ。それじゃ……」


 チユキがさらに何か言おうとした時だった。

 役人が再び新たな来訪者を告げる。

 何事かとクラススが聞くとミダスという劇団の団長をしている者が訪ねて来たようであった。


「ミダス団長と言う事は、妹のシェンナに関しての事でしょう。私に用事みたいですね。少し席を外しても宜しいでしょうか?」


 デキウスは席を外そうとする。


「待ってくれ。シェンナと言うのはあの時の踊り子の事だろう? 事件の現場にいた子の話なら俺達も聞いた方が良いんじゃないかな?」


 レイジの言葉で昨晩の会話の内容をチユキは思い出す。


「確かにそうね。デキウス卿、私達も一緒に話を聞かせてもらえないでしょうか?」

「……わかりました。こちらに連れて来ましょう」


 デキウスが少し困った表情で承諾する。

 1人の男が入って来る。大きな男だ。


「初めましてえ。勇者様ぁ。劇団ロバの耳の団長をしているミダスと申しますわ」


 ミダスが全員に挨拶をする。

 その声を聞いてチユキは奇妙な感じがする。

 ミダスの声は独特だった。

 男性にしては何か変だった。レイジも奇妙に感じたのか眉を顰める。


「レイジ殿にチユキ殿。ミダス団長は女神イシュティア様の正式な信徒なのです」

「ああ、なるほどそうですか……」


 デキウスが説明するとチユキは違和感の正体に気付く。

 愛と美の女神イシュティアを最高神として祀る教団は原則として女性しか入団できない。

 ただし、例外はある。

 それは男性でなくなった者だ。 

 イシュティアの熱烈な信奉者の男性は聖なる儀式で自身の性器を女神に捧げる。

 性器を捧げた彼らは太鼓の乱打、剣と楯を打ち鳴らし、踊りに歌に叫び声によって、女神への崇拝を示し正式な信徒となるのである。

 つまり、ミダスは自らの意志で去勢した男性なのである。

 いや、イシュティア教団では女性として扱われるらしいので女性と言うべきだろう。

 違和感の正体はそれであった。

 ミダスは男性の姿をした女性なのだ。


「ミダス団長。どうかされたのですか?」


 デキウスが尋ねるとミダスは困った表情で言う。


「デキウス様。実はシェンナが昨晩出かけたまま戻って来ないのです」

「シェンナが?!!」

「他の団員ならともかく、シェンナは必ず遅くなる時は連絡をしますわ。それが昨夜出かけたまま戻って来ないのです。昼になっても戻って来ない所を見ると何かあったのかもしれませんわ。だからデキウス様にお知らせしようと思いまして。いつもの場所を伺ったら、こちらに来ていると聞いたのものですから……」


 ミダスが野太い声でしなを作りながら言う。そのしぐさにデキウスを除く男性陣が嫌そうな顔をする。


「そんな、シェンナが……いなくなった……。もしかして……」


 デキウスは何か考えると腰から何かを取り出す。

 布に包まれている細長い物だった。


「それは?」

「これは、事件が起こった後にシェンナから預かって欲しいと渡された物です」


 クラススの言葉にデキウスが説明する。


「中身は何なのですか、デキウス卿?」

「わかりませんチユキ殿。シェンナから中身を見ないで欲しいと言われたので……。しかし、シェンナがいなくなった事に関係するかもしれません。ですから中身を見ようと思います」


 デキウスは困った顔をすると布を広げる。

 中から現れたのは一本の細長い筒だった。


「そっ! それは!!!」


 ミダス団長が慌てた声を出す。

 全員がミダスを見る。


「どうかしたのですかミダス団長?」

「いえ……。何でもありませんわ……」


 しかし、ミダス団長の顔は青い。


「これは笛のようですね。ですがここに魔術師の紋章らしきものがあります。チユキ殿、見ていただけませんか?」


 デキウスがチユキに笛を渡す。

 横に座っていたレイジも側に来て笛を見る。


「確かに魔術師の紋章だな」


 レイジの言う通り笛には魔術師の紋章である五芒星が描かれていた。

 五芒星は知識と書物の女神であるトトナの聖印であり、魔術師協会の紋章だ。

 この世界でも五芒星は魔術の紋章であった。

 日本でも五芒星は晴明紋と呼ばれ魔術や呪術の紋章になっている。

 だけど、ここに描かれているのは違うだろうとチユキは考える。


「違うわよ、レイジ君。文字の向きから、多分これはこちらが上よ」


 チユキは首を振ると、笛を逆さにする。

 すると五芒星が逆さとなる。


「逆五芒星……。黒山羊の頭の紋章……。魔王崇拝者の印」


 呟いたのはシズフェの仲間のマディである。

 魔術師である彼女はこの紋章の意味を知っているのだ。

 チユキはマディの言葉に頷く。

 逆五芒星はその形から黒山羊の頭の紋章と呼ばれる。そして魔王の配下の邪神であるルーガス・サテュナキアの紋章であった。

 チユキ達がナルゴルに攻め込んだ時に、その邪神は姿を現さなかったが彼の配下のレッサーデイモンはこの紋章の旗を掲げて戦った。

 また、この紋章はその邪神の崇拝者だけでなく人間の魔王崇拝者も好んで掲げる事が多い。

 つまり、この笛を持つ者は魔王を崇拝している可能性が高い事になる。


「馬鹿な! なぜシェンナがそんな物を!?」


 デキウスは大声で立ち上がる。


「落ち着いてくださいデキウス卿。チユキ殿……。どういう事でしょうか?」


 クラススは尋ねる。


「この笛からは魔力を感じます。そして何かを操るための道具みたいね……。この笛が現場にあったとすると、もしかするとカルキノスはこの笛の音で姿を現したのかもしれないわね」


 チユキは笛を魔力感知で調べて言うと全員の顔が驚きで染まる。


「なぜ、そんな物をデキウス卿の妹君が持っていたのだ?まさか、彼女が犯人だとでも言うのでしょうか?」

「クラスス将軍殿! シェンナは犯人ではありません!!」


 デキウスは即座に否定する。


「俺も彼女が犯人とは思えないな。それなら法の騎士である兄にそんな物を預けたりしないはずだ。おそらく彼女はその笛を現場で拾ったんだ。そして、それを兄に預けた」


 レイジも同調する。

 女性を庇う事に関してレイジは素早い。


「彼女が犯人かどうかわからないけど、事件に関わっていると思うわ。そして、この笛だけど、確かこの笛って事件の時にサテュロスに扮した男性が吹いていた笛じゃないかしら?」


 チユキは笛を見る。

 この笛は2つの管を1つに纏めた物だ。笛は吹く時に頬を膨らませなければいけないので、奏者は面白い顔になる。

 そのため、貴族や上流階級が趣味として嗜まれる竪琴とは違って敬遠される事が多い。よって、この笛は主に職業演奏者によって奏でられる。

 そして、職業演奏者達は主に宴会等でその笛を奏でるのである。

 事件が起きた時も、この笛が吹かれていた可能性が高かった。


「そうですな……。確かにサテュロス達が吹いていた笛に見えます」


 クラススが同意する。


「確か、宴会にいたサテュロス達は……」


 チユキはミダスを見ると、シェンナが溺れたサテュロスを仲間と呼んでいた事を思い出す。


「……宴席にいたサテュロス達は多くはうちの劇団員のはずですわ……」


 ミダスは観念したように言う。


「なるほど、彼女はこの笛を吹いていたサテュロスが犯人だと気付いた。しかし、劇団を庇って自身の力のみで事件を解決しようとした。笛を預けたのは万が一の保険と言う所かな?」

「だとすればシェンナの身が危ない! 急いで助けにいかないと!!」


 レイジが推理すると、デキウスは慌てる。


「デキウス卿、落ち着いてください。まだ危険と決まったわけではないわ。ミダス団長。あなたの劇団を調査したいのですが宜しいですか?」

「はい……。仕方がありませんわ」


 チユキが言うと、ミダスはしぶしぶ了解する。


「予定変更ね。出席者を全員調べなくても良さそうだわ」


 チユキはこの場にいた全員を見る。


(デキウス卿には悪いけど、余計な手間が省けたわね)


 こうして、チユキ達は劇団を調査する事にするのだった。



★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


絵の練習を息抜きにしていたりするのですが、

お見せできるものはなかったりします。

色々とやりたい事があるのですが、時間がなかったりします。


正直に言うと仕事やめたかったりします(´;ω;`)ウゥゥ

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