第6話 勇者の来訪2

 カヤの案内でチユキとレイジ達はロクス王国の外れに向かう。

 少し丘になった部分に邸宅が見える。

 

「これは?」


 疑問に思ったチユキはカヤに尋ねる。

 

「別荘です。チユキ様。お嬢様や皆様のために温泉が出るこの国に新たな邸宅を建てたのです」


 カヤが説明する。

 カヤはチユキ達が冒険をしている頃、留守番をしている間に商業に手を出しており、大金持ちになっていた。

 もちろんカヤが商業に手を出し大金を得たのはキョウカの為なのだから、カヤが大金持ちになったというよりキョウカが大金持ちになったと言う方が正しいだろう。

 チユキ達は僅かの間にこれだけ大金持ちになったカヤの手腕に驚かされたが、カヤが言うには勇者の名を使って、元の世界では使えないような手段でお金を稼いだとの事だ。

 なんでも、カヤは商売をするにあたって一切の税金を納めていない。

 勇者の妹から聖レナリア共和国の政庁は税金を取る事ができず、また他所の国でも勇者の名をちらつかせて税金を取らせなかった。つまり、収入を得た分だけ利益になるのだ。

 そのため、キョウカはカヤの手腕により、お金持ちになったのである。

 また、他にもちょっとズルい手段を使い荒稼ぎした事をカヤは伝える。

 今では聖レナリア共和国にはキョウカの為の大きいお屋敷が建っている。

 そしてカヤは2週間前に温泉の出る国であるロクスで別荘を買った。

 カヤは他の国でも不動産を買っており、このロクスの屋敷もその1つである。

 この国の宰相に会ったのもこの屋敷を買う時だ。

 本来ならこの国から出る温泉はこのロクス王家の独占であり、他の者が持つ事は許されないはずだったが、カヤはそれを無理やり捻じ曲げたのである。

 チユキはその時の事を想像して宰相が可哀想になる。


(でも、おかげで温泉付きの別荘が手に入ったのだから、良しとするべきなのかしら)


 悩んだが、すんだ事なので仕方がないと思う事にしようとチユキは結論する。

 カヤはさらに説明を続ける。

 この屋敷はもともとこの国の温泉施設の1つだった物を2週間前に買って屋敷へと改装したものである。

 まだ改装の途中だが屋敷は広く、護衛が泊まる事がなんとかできそうであった。

 チユキ達はようやくこの衣装から解放されそうなのでほっとする。


「お待ちしておりました。お嬢様」


 別荘に入ると3人のメイド姿の女の子達がチユキ達を出迎え頭を下げる。

 チユキは彼女達に見覚えがあった。

 彼女達はカヤの部下だ。

 チユキ達と同じように異世界から来たのではなく、

 聖レナリア共和国で雇った子である。

 カヤは聖レナリア共和国で見どころのある少女をメイドとしている。

 レイジの近くにいられるのでメイドに応募する少女が後を絶たない。

 カヤはその中から選りすぐってメイドにしていた。

 選抜の基準は一定以上の容姿と能力である。

 今案内してくれている少女もその1人であった。

 選ばれた少女はカヤや先輩のメイド達から訓練されるらしく、このメイドも礼儀作法などよく訓練されている。

 チユキ達は案内された部屋で着替えた後、会議をするために屋敷の1室に集まる。

 レイジが残念そうな顔をしているが、チユキは無視する事にする。


「それじゃあ、今後の事を話しましょうか」


 集まった部屋には護衛もメイドもいない異世界から来たチユキ達だけだ。重要な会議をするので人払いをしたのである。


「まず最初に怪しい奴いた?」


 チユキが聞くと何人かが頷く。


「いつもどおり、怪しい人ばかりだったよ」


 リノが言う。

 だがリノが言う怪しい人は大抵いやらしい目つきをした男なのをチユキは知っているので、どうでも良いと思う。


「そういうどうでもいい人達は無視して……。いちいちそんな奴らに構ってられないから。ナオさん、あなたはどうなの?」


 チユキはナオに聞く。

 ナオはこの中で一番感知能力が高い。

 感知能力には物体感知、魔力感知、敵感知、毒感知などがある。

 物体感知はレイジ、シロネ、カヤが使え、魔力感知はチユキとキョウカが使えて、敵感知はシロネとカヤが使える。

 そして、ナオはその4つ、全ての感知能力を持つ。

 魔力感知等はチユキの方が上だが、他の物体感知や敵感知等はこの中でナオが一番能力が高い。

 ナオに怪しい奴が見つけられないのであれば誰も見つけられないだろう。


「怪しい奴はいっぱいいたけど、チユキさんが言うような怪しい奴は特にいなかったっす」


 ナオは説明する。

 敵意などは感じたらしいが、いつものレイジファンの女の子の敵意で特に注意する必要はなく、男の視線もいつもの事で、取り立ててどうと言う事はないみたいだ。


「じゃあ次に暗黒騎士の事だけど……」


 チユキがその名を口にすると皆の表情が変わる。

 当然である。

 チユキ達の中で最強であるレイジを倒し、シロネがまったく敵わなかった相手だ。

 今のチユキ達にとって一番危険な存在だ。

 そして、ロクス王国に来た真の目的は暗黒騎士の目的を阻止する事にある。

 その目的とは聖竜王の角を取るためだ。

 チユキにはその目的がわからないが、この世界にとって非常に危険な事なのだろうと推測している。

 しかし、チユキは積極的に阻止する気が起きなかった。

 仲間が危険な目に会うのは嫌だからだ。

 そもそも、エリオスの神々は何もしない。動くのはレーナだけである。

 この世界の問題にこの世界の神々が動かないのに、命を懸けるのは間違っているとチユキは感じていた。

 だからチユキは暗黒騎士と戦う事に反対している。

 しかし、レイジはレーナの頼みを聞くだろう。レイジが動けば私を含む他の女の子も動かざるを得ず、結局戦いになる。

 チユキが出来たことはせいぜい行動を遅らせるぐらいだ。本当ならもっとはやくロクス王国に来ることができた。

 それをわざと遅れさせて暗黒騎士との戦いを避けようしたのだが、間に合ってしまった。

 暗黒騎士は今どこにいるのだろうとチユキは疑問に思う。


「暗黒騎士はもう来てると思う?」

「わからないっすね。チユキさん。さすがに集中して探ってみたんすが、暗黒騎士らしき奴はいなかったっす」


 ナオが言う。

 ここに来る間に物体感知で探ったらしいが半径2キロメートルの範囲にはいない。

 結界で隠れている事も考えられるが、あれほど強い者が隠れるとは考えにくく、まだこの王国に来ていない可能性が高い。


「敵意を向けてくれたのなら、わかるのだけど……」


 シロネが言う。

 シロネとカヤとナオは敵感知が使えるが、向こうが敵意を向けなければ感知しようがない。

 ただ、暗黒騎士と戦っている間もシロネの敵感知に反応しなかったとチユキは聞いている。


(おそらく暗黒騎士にとってシロネさんは敵ですらないのね。思えば暗黒騎士が斬ったのはレイジだけだ。レイジのみを敵と思っている可能性もあるわね)


 だとしたら、敵感知はあてにならないとチユキは結論付ける。


「この辺りをもう1回探索してみましょっか?」


 ナオが提案する。


「いえ、それはしなくて良いと思う。下手に藪をつつきたくないしね。それに、暗黒騎士が角を取りに来たのならこの鈴が知らせてくれるはずだわ」


 チユキは鈴を取り出してみせる。わざわざ積極的に動く必要はない。


「そうだぜ、折角温泉の出る国に来たんだ。のんびりしようぜ」


 レイジが明るく言う。


「それについては私も賛成。折角の温泉よ楽しみましょう」


 チユキはひさしぶりにレイジと意見があった気がする。

 レイジが死にそうな目にあったり、帰れなくなったり、変な格好をさせられたり等、嫌な事が続いたのだ。ここら辺で気分転換をしたいのだ。

 それを聞いて他の勇者の仲間達も笑う。


「そうですわ、せっかく温泉の出る国に来ているのだのんびりするべきだわ」


 キョウカの言葉に全員が賛同するとチユキ達は会議を終了して温泉を楽しむ事にするのだった。

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