第5話 勇者の来訪1

 ロクス王国はバンドール平野の外れ、内陸地の森の近くにある国である。

 大陸東部の中央大街道の通り道にあり、それなりに人の往来は多い。

 統治者は国王であるロクロス8世、人口は約8000人。

 それだけなら、珍しい国ではない。

 ロクス王国は他の国にはない特徴を2つ備えていた。

 1つはこの国には温泉が出る事である。その温泉目的で来る観光客が多い。

 2つ目はこの国の近くにある聖竜山に住む白銀の聖竜王の存在だ。そもそもロクス王国は初代ロクス王がこの白銀の聖竜王と盟約を交わしこの地に王国を築く事を許してもらった事から始まる。

 そして、今はロクス王国の建国記念日であり、今日から1週間ロクス王国はお祭り中であった。

 その間この国の温泉施設の入浴料と宿屋の宿泊料が半額になり、またこの国の入国は自由となる。

 その為多くの人がこの国に訪れていた。

 勇者レイジとその仲間の女の子達はそんな時にロクス王国に再び訪れていた。


(前回来た時よりも圧倒的に人が多いわね)


 勇者レイジの仲間の一人であるチユキは大通りを眺めながらそんな事を考える。

 チユキ達がこの国に来るのは2度目だ。

 温泉が出る国があるというので前に来たのだ。

 日本人であるチユキ達にとって温泉という言葉にはあらがえない魅力がある。

 魔王討伐をわざわざ中断してロクス王国に湯治に行ったのは約1ヶ月とちょっと前になるだろう。

 その時にストリゲスという魔物を退治したり、チユキ達の女性陣の入浴を覗こうとした奴に魔法を放ち、それが反れて城壁を壊してしまったりした。

 実はチユキ達は前に来たときは聖竜王と呼ばれる竜がいる事に気付かなかった。ナオの物体感知にも引っ掛からなかった事から何かしらの結界が張られていたのだろう。

 そんな竜がいるなら会ってみたいものであるといチユキは思った。


(何でも白銀の聖竜王は幸運を呼ぶ白い竜との事じゃない。まるでエンデの小説に出て来る竜のようね。だけど、なぜ暗黒騎士は聖竜王の角を狙っているのかしら?)


 実はチユキ達がロクス王国に来た本当の目的はその聖竜王の角にあった。

 暗黒騎士が聖竜王の角を手に入れるのを阻止して欲しい。

 数日前、レイジに対して女神レーナが頼み事をしたのである。

 当然、チユキ達は反対した。

 レイジの傷はサホコの魔法と医療と薬草の女神ファナケアの秘薬によりほぼ回復した。

 だがレイジが回復したといってもあの暗黒騎士は強い。

 チユキ達女性陣としては、なるだけ戦いを避けたかった。

 しかし、困っている女性を見捨てる事はできないレイジはレーナの頼み事を断る事はできない。

 レイジ1人だったら前回と同じように死にそうな目に会うかもしれないのにだ。

 ちょっとは周りの事も考えて欲しいとチユキは思う。

 なぜなら、またサホコやシロネが泣くような事になるからだ。

 そのため、チユキはわざとゆっくりと移動していた。

 理由はレイジを倒した暗黒騎士と出会わないようにするためだ。

 しかし、チユキの思惑は外れ、どうやらまだ暗黒騎士は聖竜王の角を手に入れていないようであった。

 チユキはレーナからもらった鈴を見る。

 レーナとその配下の天使達は聖竜山の周りに、レーナ神殿と同じような警報装置を設置したらしく、その警報装置を張られた中に何者かが侵入すればこの鈴が鳴るらしい。

 そのレーナから渡された鈴はまだ鳴っていない。

 結局鈴は鳴らず、間に合ってしまったのであった。

 そして、チユキは疑問に思う。

 そもそも、レーナは暗黒騎士の行動をどうやって知ったのだろう?

 ナルゴルにスパイでも忍ばせているのだろうか?

 また、暗黒騎士は何故聖竜王の角を狙うのだろうか?

 もちろん、聖なる幸運の白い竜と呼ばれる竜王の角を奪おうと言うのだから碌な事ではないのだろう。

 しかし、暗黒騎士の行動にチユキは疑問を感じずにはいられないのだった。

 チユキ達は城壁の門を通りロクスの大通りの道に出る。

 馬車で入れるのは門の付近までであり、衛兵に馬車を預ける。ここからロクスの王城まで歩きである。

 歩きだすと複数の視線を感じる。

 勇者一行をよく見ようと多くの人が集まっているのだ。

 その中でチユキは嫌な視線を感じる。

 聖レナリア共和国より護衛の為について来た神殿の騎士達が私達を通すために、通りにいる男どもを追い払ってくれる。

 前回と違い護衛を連れて来て正解だったとチユキは思う。


「うう、チユキさん……やっぱり恥ずかしいよ……」


 嫌な視線に曝されたシロネが泣きそうな声を出す。


「言わないで……。私も考えないようにしてたのだから」


 チユキはシロネを見る、すごい恰好だと思う。ほとんど下着姿と変わらない。

 いわゆるビキニ鎧という奴だ。バランスが良いスタイルのシロネに良く似合っている。もっとも本人は嫌そうだが。

 だが恰好に関してはチユキも人の事は言えない。今の自分の恰好は超絶ミニスカートの黒のゴスロリである。ちょっと前かがみになるだけで下着が見えてしまいそうになるので行動に注意しなくてはならない。

 なぜ、チユキ達がこんな恥ずかしい恰好をしているかと言うと、キョウカを襲った変質者をおびき出すためである。

 暗黒騎士により召喚の道具を壊されてしまい、チユキ達は元の世界に戻れなくなってしまった。

 戻れなくなった事で気落ちしてしまう。

 どんなにすばらしい遊園地であってもそこから出られず、家に帰れなくなるならその遊園地は楽しくなくなるだろう。

 今まさにそんな状態だ。

 しかし、まだ元の世界に帰れる希望はあった。

 レーナの他に召喚の道具を持っている者がいる事がわかっているからだ。

 当然チユキ達はその者を探そうと考える。

 ただし、その者はキョウカを襲った変質者と関係があるようなのである。

 そのため、まず手始めにキョウカを襲った変質者を捕まえようという事になった。

 だから全員で恥ずかしい服を着て変質者をおびき寄せようと言う事になったのである。

 最初はキョウカだけが囮役なるはずだったが、キョウカの抗議もあり、またレイジがキョウカ以外の胸にも来るかもしれないから万全を期して全員でやるべきだと言い始めたのがはじまりだ。

 そのため、チユキ達女性陣はすごく恥ずかしい恰好をするはめになってしまったのである。

 チユキにはどう考えても下心があるとしか思えないが、変質者の手がかりがなく、他におびき出す効果的な方法が思いつかなかったのでやむをレイジの言う事を聞き、こんな格好をしている。

 確かに変質者は大量に来ているようであった。

 実際、チユキは市内を歩いていると寄って来る男が3倍に増えたような気がしていた。

 しかし、目当ての変質者は今だに現れていない。

 現れるなら、早くして欲しいチユキは思う。


(いつまで、こんな恰好をしなければならないのかしら? 結局ロクス王国にもこの恰好で来ることになったし……)


 チユキはシロネ以外の格好を見る。

 まず、この衣装を調達したナオはミニのチャイナドレスにネコミミを付けている。チャイナドレスのスリットがナオのすらっとした足を際立たせており良く似合っている。

 リノの恰好はチアガールだ。可愛らしいリノに良く似合っているなとチユキは思う。

 リノの場合は普段から露出の多い服を着ているのであまり変わらなかったりする。

 モデルをしているだけあって、こんな恥ずかしい衣装でも何の躊躇いもなく着ている。

 キョウカは踊り子の恰好。

 変質者が寄って来るようにと一番派手な格好となった。

 もともと変質者はキョウカを狙って来たのだから当然だろう。

 この中で一番スタイルの良いのがキョウカであり、豊かな胸にくびれた腰を強調する服は世の男性の目を引き付けてやまないだろう。

 中身はともかく、そのスタイルは同じ女性であるチユキから見ても羨ましくなる。

 キョウカは最初その恰好をすることを渋ったがレイジが説得するとしぶしぶ了承した。

 兄妹なのにレイジに比べ、性に対して古風な考え方をしている。あまり露出の多い服は着たがらない。もっとも水着は派手なのを着たりしているので、そのあたりの基準は不明だったりする。

 カヤの恰好はミニのメイド服だ、元々カヤはキョウカの家の使用人であり普段からメイド服を着ていたらしいのでその着こなしは見事な物だ。ミニスカートの下の白いニーソックスが彼女の脚線美を際立たせている。

 それにしても何故カヤはキョウカに従っているのだろうか?

 チユキは疑問に思う。

 この世界に来てもキョウカとカヤの関係は変わらない、とてもただの使用人とは思えない。

 おそらく何かあるのだろうとチユキは推測する。

 しかし、余所の家の事情なのでおいそれと聞くわけにはいかなかった。

 最後にサホコだが、サホコの恰好は白いバニーガールだ。その服は特に胸を強調する作りになっており、一番胸が大きいサホコが着ると大変な事になってしまっている。

 サホコは少しぽっちゃりした体型なのでスタイルはキョウカに及ばないが、それでも男性の目を引くには充分だ。人によってはサホコの方が好みと言う人もいるだろう。

 安産型のお尻の所がハイレグになっており、かなり恥ずかしい恰好だ。本人も泣きそうになっている。生地が白く透けて見えてはいけない部分が薄らとだが見えている。とても人前で見せられない。私なら絶対に着ない。しかし、サホコはレイジの頼みを断らないため、しぶしぶその衣装を着ている。

 チユキはレイジを除く全員を見ると溜息を吐く。


(なぜ? この世界にこんな衣装があるのよ? 作った奴を殴り飛ばしたい気分だわ)


 先程から視線が痛い。チユキは爆裂魔法(エクスプロ―ジョン)で見ている男共を吹っ飛ばしたくなるのを我慢する。

 チユキはレイジを見る。

 面白そうに私達を見ている。

 チユキが知るレイジはオープンスケベである。

 ただし、女の子に対して無理強いしない。

 チユキ達が本気で嫌がったら、衣装はやめていただろう。

 そして、チユキ達が危ない目に会ったら真っ先に助ける。それがレイジだ。

 もっとも、今は護衛の騎士を連れているのでチユキ達女性陣にちょっかいをかける男はいない。

 また、チユキ達はこの世界の人間よりもはるかに強いので、レイジの出番はないだろう。

 そのうちチユキ達はロクスの王国の王宮へ辿り着く。

 王宮は小さく、聖レナリア共和国の神殿に比べるとはるかに小さい。

 王宮に住んでいる人も100人を超える事はない。

 しかし、人口約8000人の国の王宮ならこれぐらいが普通であった。

 そして、チユキ達が王宮に来た理由は、この国の王に会うためだ。

 普通の旅人なら王に会う事はないが、女神に選ばれた勇者とその仲間達は要人である。

 王が勇者達を出向かえるのが普通である。


「よくぞ来られました。勇者レイジ様とその奥方様方」


 王宮に入るとロクス王が出迎える。


「ああ、また世話になるぜ」


 レイジは世話になるのが当たり前のように返事をする。

 女神レーナに選ばれた勇者の方が、この地域では権威が高い。

 そのため、レイジ達はこういった態度を取るのは当然であった。

 チユキ達も最初は悪いと思っていても、次第にそれが当然になってしまっていた。

 その事にチユキは少しだけ悩むのだった。


「レイジ様。お久しぶりでございます」


 ロクス王の隣の少女がレイジに挨拶をする。

 ロクス王の娘であるアルミナである。

 レイジが彼女に会うのも2度目だ。

 かつてこの国に災厄をもたらしていたストリゲス。

 アルミナはそのストリゲスの攫われそうになっていたのである。

 もっともレイジがそのストリゲスを倒したことでアルミナは救われた。

 それ以来、アルミナはレイジを慕っている。


「久しぶりだなアルミナ。元気にしてたか?」


 レイジがそう言うとアルミナは嬉しそうにする。


「はいレイジ様。アルミナは元気しておりました」


 アルミナのレイジを見る目は恋する目だ。

 それを見て、チユキは溜息を吐く。

 レイジは顔が良く、魅かれる女性は多い。

 そして、嫌がる相手に無理強いはしないが、据え膳の場合まで遠慮するとは限らない。

 レイジとアルミナは熱い視線を交わしている。

 チユキが横を見るとサホコとリノが不機嫌そうな顔をしている。

 ナオはやれやれと仕方のない顔をしている。 

 それに対してシロネとキョウカとカヤは平然としている。

 これはレイジとの関係の差だ。

 レイジとアルミナが感動の再会をしていると1人の男が出て来る。

 チユキは前にも会った事がある相手、この国の宰相だ。


「あのレイジ様の宿泊の件のなのですが……。何分急な来訪だったので……」


 レーナから連絡が急だったので、チユキ達が連絡を入れて間がない。

 勇者達を迎える準備が間に合わなかったので、顔が青ざめている。

 そして宰相は後ろを見る。

 チユキ達の後ろには護衛するためについて来た神殿騎士達が整列していた。

 彼らを含めるとかなりの大所帯だ。全員を迎える事はできない。


「それについては問題はありません」


 宰相の態度から何かを察したのだろうか、カヤが前に出て来る。


「あっ!? あなたはカヤ様!!」


 レイジの影に隠れてカヤに気付かなかったのだろうか、宰相がカヤを見て驚く。


「2週間ぶりですね宰相殿」


 その言葉にカヤを除くチユキ達は驚く。


「えっ? カヤさん? 貴方、2週間前にこの国に来ていたの?」

「はい。チユキ様。商談のため、宰相殿と会っておりました」


 カヤは意味ありげに笑う。


「商談? そう言えば、私達がいない間に何か商売をしていたのだったわね。まさか、ロクス王国にも手を伸ばしていたなんて……」


 カヤはチユキ達が魔王討伐に向かっている間に様々な商売をしていた。

 その事をチユキは思い出す。


「はい、だから心配はいりません。宿泊やその他の事に関しては私が手配しておきました。そうですね宰相殿」


 カヤが言うと宰相は頷く。

 その顔は怯えている。


(((何をしたの!?)))


 その様子にカヤを除く全員が何をしたのか疑問に思う。


「はい。キョウカ様の別荘の件。確かに整えております」

「そうですか、ありがとうございます宰相殿。それでは参りましょう」


 カヤが全員に移動を促す。


「じゃあな、アルミナ。また、後で会おう」

「はい、レイジ様」


 こうして、チユキ達はロクスの王宮から少し離れた屋敷へと移動するのだった。

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