第26話 ゴブリンの女王の宝
カロン王国は、アケロン山脈の北側の大地をくり貫いて作られた地下にある王国である。
地面の下にあるだけなら他のゴブリンの集落と変わらない。
しかし、カロン王国は他のゴブリンの集落と違って壁など整備され平らになっており、また壁には装飾が施されている。
その装飾は人間の物と比べて素晴らしいとはお世辞でも言えないが、ゴブリンの巣穴として考えたら良い方だろう。
ゴズはそのカロン王国の通路を歩き下へと降りて行く。
カロン王国の最奥部、そこが目的地だ。
たどり着くとそこには巨大な扉がある。
そして、その扉の前には2匹のゴブリンがいる。
この扉の奥に有る物を守る番兵である。
「これはこれは、ゴズ王子ゴブ。どうしてこんな所にいるゴブか?」
番兵のゴブリンの一匹が声を掛けてくる。
「お役目ご苦労。その中の有る物に用がある。通してもらおう」
そう言うと番兵のゴブリン達は顔を見合わせる。
「いくら王子様とはいえ、女王様の許可がないと通せないでゴブ」
番兵ゴブリン達は相談するとゴズに言う。
それを聞いてゴズは心の中で舌打ちをする。
「許可ならもらっているとも……。ここになっ!!」
ゴズは外套を広げ隠し持った剣を引き抜くと1匹のゴブリンの首をはねる。。
「ゴブッツ!!」
そして、ゴズはもう一匹が声を上げる前に体をひねりその胸を貫く。
「何をするで……ゴブ……」
胸を貫かれたゴブリンはそう言って動かなくなる。
「ふん、馬鹿な奴らだ。大人しく通せば死なずにすんだのに」
ゴズは死体を蹴る。
もっとも、大人しく通しても、命令違反で殺される。
どの道この番兵達は死ぬしかなかった。
ゴズは番兵達の死体を魔法の火で燃やして消す。
死体が見つからなければ、しばらく安心だからである。
ゴズは扉を見る。
番兵達が守っていたのはカロン王国の宝物庫だ。
この中にはゴブリンの女王の宝が眠っている。
いかに王子とはいえ、この中の物に手を出せばただではすまない。
露見すればゴズは殺されるだろう。
だが、これから暗黒騎士と対決するかもしれない。
だから、母ごときを怖れてはいられないとゴズは思う。
扉には魔法で施錠されているが、問題はない。
開けるための魔法の言葉をゴズは調べて知っていた。
魔法の言葉を口にしてゴズは扉を開ける。
宝物庫の広い空間の中には様々な宝物が並べられている。
宝石や装飾品、そして様々なドレスや化粧品。どれもとても美しい物だ。
そしてそれを見てゴズは笑う。
「あの母にはどれも似合わない。あの醜い容姿ではどんな美しい宝石も下品な駄物に成り下がる」
ゴズはそんな事を言いながら、宝物庫の中を歩く。
やがて、目の前に再び扉が行く手を阻む。
宝の中でも特に重要な物が置かれた部屋である。
ゴズもこの中に入るのは初めてだ。
そして、この中に目当ての物が有るはずであった。
「げっ!!!」
扉を開けてゴズは中に入ると思わず声を出す。
部屋の中の壁には、男の裸体が描かれた絵で埋めつくされていたからだ。
絵の男達は美形ばかりだ。
種族は様々だが、見た感じ人間が一番多いようにゴズは感じた。
「おそらく母の趣味の1つだろうな。その姿に似て悪趣味だぜ……」
その絵を見てゴズは燃やしたい気分になる。
ゴズは母の餌食になったオス共だろうかと思ったが、絵の中に天使族のオスや魔族のオスの絵があったので違うだろうと判断する。
いくらゴブリンの女王でも天使族や魔族には敵わない。
だから、この絵の男達はゴブリンの女王が誰かに描かせたものであるはずだった。
ゴズはある1つの絵を見る。
その絵は順番からして3番目に新しいみたいだ。
ゴズはその男には見覚えがあった。
絵は間違いなく光の勇者レイジである。
絵の中の勇者は裸で不敵な笑みを浮かべている。
精密に描かれた絵は細かい所まで忠実に描かれていて、今にも動き出しそうであった。
「うん?」
ゴズは勇者の右隣の絵を見てあることに気付く。
「これは俺様じゃないか……」
勇者の右隣の絵はパルシスであった。
ゴズの姿ではなく、美しい人間の姿を取ったときの姿だ。
「なんで俺様が……」
気付かずに描かせたのが、そのままになっているのだろうかとゴズは悩む
偽りの姿とはいえ、母の性欲の対象になる事にゴズは寒気がする。
そしてパルシスの絵の一点を見る。
「どうやって調べた……」
パルシスはゴズの偽りの姿だ。
だけど、ある部分だけは正確である。
思わず股間を押さえる。
そして勇者の絵と見比べる。
股間のモノはゴズの倍はあった。
「くそっ……負けた……」
負けた気になりゴズは気分が沈む。
そして、今度はパルシスの右隣の絵を見る。
その絵は順番からして1番新しく描かれた物だ。
そこには黒髪の人間の男がいた。
どこかで見た事がある顔だ。
なかなか整った顔立ちだが、あまり目立つ顔ではない。
そして顔から目線を下げる。
「なっ!!!」
ゴズは絶句する。
それは絵の男達の中で1番凶悪だったのである。
勇者のモノよりも一回り以上も大きい。
「ありえん!? 何者だ? 」
ゴズはなんだか悲しくなってきたので、これ以上見るのはよそうと思う。
他にも変な形の台座や鞭などがあるが、ゴズは母親の性癖など知りたくもないので、なるだけ見ないように移動する。
悪趣味な領域をすぎると少し広い空間に出る。
部屋の一番奥のようであった。
奥には悪趣味な物は何もなく、代わりに台座があり、台座の上には1つの壺が置かれていた。
この壺こそがゴズの目当ての物だ。
ゴズが王子としてこの国にいるときに、この国の宝物のいくつかを調べて、この壺の存在を知った。
そして、この壺には破壊神ナルゴルの従属神が封じられているはずであった。
魔王は破壊神を裏切り、その眷属達と戦った。
勝利した魔王はかつての同胞達を殺す事ができず、封じるだけに留めた。
この壺の中の神もその1柱。
他にもナルゴルの各地で破壊神の眷属達は封じられ眠っている。
このカロンに封印の壺があるのは、1つの場所で封じるよりも分けていた方が危険が少ないと魔王が判断したからだ。
だが、ゴズにとってはそんな事はどうでも良い。
強力な暗黒騎士に対抗できれば良いのである。
「この中の奴を暗黒騎士にぶつけてやる。この壺の中の従属神はあまり強くないらしいが、それでも神だ。暗黒騎士や勇者の仲間ぐらい簡単に倒せるはずだぜ。くくく……絶対に手に入れてやるぞリジェナ……」
ゴズは壺を手に取ると笑うのだった。
◆
「ちっ、気付かれたようだね!!」
オーガの魔女クジグは自身の城で悔しがる。
先程、勇者の妹達を監視するために送り込んだ蟲が殺されたのだ。
これでは勇者の妹達の様子がわからない。
「まったく、役に立たない奴だね……確か名前はエチゴスといっただろうか?
所詮は人間だ、この程度といった所かねえ」
クジグは蟲を付けた人間を思い出す。
「どうする、母ちゃん。奴ら只者じゃないぜ」
7男のレツグが人間の子供の包み揚げを食べながら言う。
レツグの言葉に他の息子達も食事をしながら頷く。
クジグは息子達と共に食事をしながら今後の事を話あっている所である。
そして息子達が食べているのは、この
城は甘い芳香を放ち、近づく生物を城の中へと引き入れる。
引き入れられた生物は、甘い芳香に耐えられず御菓子の城の壁や床を食べ始める。
城の御菓子には麻薬の成分があるため、この城なしでは生きられなくなり虜となる。
クジグはこの城を使い、様々な生物を捕え喰らう。
もっとも、抵抗力の強い存在には城は無力で、天使族や悪魔族を超える存在を捕える事は無理である。
それでも人間を捕えてくれるので、非常に役に立つ城であった。
クジグは肉の串焼きを頬張る。
久しぶりの人間の肉は旨く、クジグは満足する。
人間は直接支配するより、自由にさせておいた方が肉に旨味が増すとクジグは思っている。
その気になればクジグはこの地域の人間の全てを捕える事も可能だが、そんな馬鹿な事はしない。
この地域の人間達もクジグがわざと自由にさせていると気付いていない。
それに、こうしておけば、人間を保護する天使達にも見つからず安全である。
ゼングはそれがわからず、人間を直接支配して勇者の妹共に殺される事になった。
馬鹿な息子だがクジグはなんとか仇を取ってやりたいと考えている。
勇者の妹は強力な結界を簡単に破る程の魔力を持っている、正面から戦うのは危険であった。
「さて、どうするかねえ?」
クジグはそう言うと息子達の方を見る。
「考える必要はないぜ、母ちゃん! 人間なんかが俺らに敵うわけがない! ゼングがやられたのだって、まぐれに決まっている! 正面から突っ込もうぜ! そして、お宝本の仇をとろうぜ!!」
勇ましい発言をしたのは3男のトウグだ。
トウグは息子達の中で1番勇猛だ。
「そうだ、あれは貴重な物だったんだ!!」
「トウグ兄ちゃんの言うとおりだ! お宝本の仇を取るべきだ!!」
そのトウグの発言に5男のカイグと8男のザイグが賛同する。
「やめておけ!!」
そう言ったのは2男のピョウグだ。
冷静で兄弟の中で1番頭が切れる。
「奴らはナルゴルに攻め入る程だ。それに母ちゃんの結界を破ったのだ。へたに攻めればこちらが危ない」
「じゃあどうすれば……」
問われたピョウグは長兄のリングを見る。
「弟達よ。ここは少し情報を集めるべきだ。奴らの弱みを探るんだ。そうだよな、母ちゃん」
クジグは長男のリングの言葉に頷く。
「さすがは長男だ、私の考えをわかっている。まずは奴らの情報を集めるんだよ、お前達。確か奴らはアルゴアとかいう人間の国に向かっているんだったね? そこにいる人間の何人かを操って、奴らの弱みを探る。そして、勇者の妹共を殺すんだ!」
クジグがそう言うと息子達が頷き気勢をあげる。
クジグにとって人間は道具である。
だから、こき使ってやろうと思う。
「そうだ、お宝本の仇を打つんだ」
「そうだそうだ!!!」
「必ず奴らを殺してやる!!」
「おうともさ!!」
クジグは息子達の声を聞いて感動する。
「なんて弟思いだろう、それを聞いて目頭が熱くなるよ」
そして、クジグが何か言おうとした時だった。
「おお! その意気だぞ、オーガ達よ!!」
突然、女の声がする。
この場に女はクジグしかいないはずであった。
クジグが声がした方を見ると、いつのまにか食卓の上に一匹の人間の女が立っている。
(おかしいね、先程まではいなかったはずだ? なぜこのメスが声を出すまで誰も気付かなかったのだろう?)
クジグは女を見る。その髪には見覚えがあった。
「銀色の髪……。お前は、あのときの……」
そこでクジグは思い出す。
ヴェロスとか言う人間の国で出会った白銀の髪の魔女であった。
その魔女はあの時と同じように鎌を持っている。
「オーガよ、勇者の妹共を始末したいのだろう? 良かったらこのクーナも手伝ってやるぞ」
白銀の魔女は可憐に笑う。
この蒼の森の女王と呼ばれたクジグを前にしても怯む所がない。
むしろ、クジグ達を見下している感じであった。
「どうやってここがわかった!!」
クジグは叫ぶ。
この御菓子の城には結界が張っており、位置は誰にもわからないようにしている。
息子達でさえ、クジグが招きいれなければこの城の場所がわからないはずであった。
「何、お前達を斬ったときに少々目印をつけておいた。それをたどって来た」
白銀の魔女は笑いながらクジグ達を見る。
それは、獲物を見る目で会った。
「この城の守りは!? 馬鹿なミュルミドンは何をやっているんだい!!」
ミュルミドン達はこの城に寄生させてやる代わりに、クジグの下僕となっている種族であった。
ミュルミドンの感覚はかなり優秀だ。
そのミュルミドンが騒いだ様子はない。
クジグの背中に冷たい汗が流れる。
「ミュルミドン?ああ、あの蟻どもの事か? これで簡単に通れたぞ」
白銀の魔女は首に下げた首飾りをもてあそびながら言う。
おそらく、何らかの魔法の道具だろうとクジグは推測する。
「それよりもクーナの下僕になるのか、ならないのか返事を聞かせてもらおうか?」
「下僕? そんな話ではなかったはずだけどね。そもそも、誰がお前なんか……」
クジグが拒絶の言葉を言おうとした時だった。
急に体が動かなくなる。
クジグが周りを見ると息子達も直立して動かなくなっている。
その顔は苦しそうであった。
「まあ、別にお前達の意志なぞどうでも良いのだがな。クーナがここに来た時点で、お前達は生きて全てを奪われるか。死んで全てを奪われるか。そのどちらかしかないぞ」
そう言って白銀の魔女はクジグ達に近く。
オーガに比べてはるかに小さい体なのに、なぜかクジグは大きく感じた。
クジグは叫び出したいのに声が出せず、内から言い知れぬ恐怖が湧き上がって来る。
「今日からお前達はクーナの道具だ、役に立ってもらうぞ」
そう言って白銀の魔女は笑う。
クジグは心が何かに縛られていくのを感じる。
とんでもない魔力であり、抵抗ができなかった。
「さあ、アルゴアに進撃だ、オーガ達よ。シロネをこの世から消し去ってやるのだ!!」
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