第25話 ミュルミドン
ヴェロス王国から出発したシロネ達は馬車に揺られて進む。
馬車はヴェロス王エカラスがくれた物だ。
その馬車を
空を飛べれば良かったのだが、人数が増えてしまったのでヒポグリフで運ぶのは無理であり、仕方がないから陸路を行くことになったのである。
馬車はヴェロス王国から提供された物でかなり豪華だ。
窓は大きく、外の景色が見やすく、座席もふかふかである。
その座席に、シロネとキョウカとカヤとリジェナが座っている。
シロネ達の一行は総勢7名となった。
シロネ達にオミロスにリジェナ。そして、エチゴスにダイガンである。
パルシスはいない。
用事があるからと先にアルゴアに戻ってしまった。
そのため、キョウカは少し上機嫌であった。
(そんなにパルシスがいないのが嬉しいのかな?)
シロネはパルシスを思い浮かべる。
舞踏会が終わってから、パルシスは輪をかけて気持ち悪くなったからである。
目がギラギラとして、シロネ達女性陣、特にリジェナをいやらしく舐めまわすように見る。
そして、息が荒く、常に興奮状態の犬みたいな様子を見せる。
シロネはパルシスには悪いと思うが、キョウカと同じようにあまり見ていたくはなかった。
なぜ、パルシスがそうなったかと言うと、何でもクロキと一緒に来た白銀の魔女に魔法をかけられたらしい。
なぜ、彼女がパルシスに魔法をかけたのかはシロネにはわからない。
また、知りたいとも思わなかった。
そして、パルシスがいない代わりと言うわけではないが、エチゴスとダイガンが付いて来た。
何故、この2人がいるのかといえば、まずエチゴスだが、再びオーガに襲われるかもしれないから同行させてくれとシロネ達に泣きついてきたからである。
シロネはヴェロスを出る時に突然、馬車の前に現れ土下座してきた事を思い出す。
エチゴスを操ったオーガはクジグと言って、このあたり一帯に広がる蒼の森の支配者との事だ。
クジグはその蒼の森の中にある御菓子の城に住んでいるらしい。
再び襲ってくるかもしれないから警戒した方が良いはずであった。
次にダイガンはヴェロス王国が危険な人狼を生かしたまま牢獄につないで置くこと難しいから、引き取って欲しいと言われ、やむなく連れてきた。
そのダイガンは鎖で何重にも縛られて、馬車の後部に備え付けられた荷物置き場に転がされている。
ちなみにエチゴスは御者である。
それと、縛られているのはダイガンだけではなく、リジェナも縛ってある。
シロネとしてはあまり手荒な事をしたくはないのだけど、折角の情報源である。
このまま手放す事はしたくなかった。
幸いにもリジェナは口が軽く、本人は話す事はないと言っておきながら、ナルゴルでのクロキの事をどんどん話す。
だから、もう少しこのまま捕えていようとシロネは思う。
カヤの予想通り、リジェナを助けたのはクロキだった。
クロキがいなければ、リジェナはゴブリンによって酷い目に会っていただろう。
シロネはリジェナを見る。
リジェナはクロキに深く感謝しているようであった。
ただ、助けられたためかリジェナはクロキの事を美化して語る。
リジェナの中のクロキはこの世の誰よりも優しくてカッコ良くて、強い。
クロキの事を話す時のリジェナは、うっとりとしていてまるで恋する乙女のようであった。
特にクロキが「仕事はきつくないかい?」とリジェナの手を触った時の話をするリジェナの表情は、側で見ているシロネ達が恥ずかしくなるくらいである。
(一体どれだけ美化されているのだろう。クロキなんて本当はかなり情けなくカッコ悪くて、おまけにかなりエッチなのに。ただ可哀そうなのはオミロス君よね)
シロネは馬車の横で馬に乗るオミロスを窓から見る。
シロネ達と一緒にいたばかりに、オミロスまでも敵視されてしまった。
好意をよせる相手から嫌われるのは辛いだろうとシロネは同情する。
しかも、その相手は自身の前で他の男性を褒め称えるのだ。
オミロスはリジェナをアルゴアに連れ戻したいと思っている事がシロネにはわかる。
だから、オミロスに取ってクロキは邪魔だ。
だけど、オミロスが少しでも反論しよう物なら「オミロスなんかよりも旦那様の方が何倍も素敵なんだから!!」とリジェナに怒ったように言われる。
言われたオミロスはしょんぼりとしてしまう。
その様子はとても可哀そうだとシロネは思う。
ずっと心配していたのだ。だから、もう少し優しくしてあげても良いのではなかろうかとシロネは思うがリジェナにはそんなつもりはないようであった。
そして、何故かシロネの目にはそんなオミロスの姿と昔のクロキの姿が重なって見えた。
しょげたオミロスは馬車に同乗せずに馬に乗って付いて来ている。
(なんとか2人を仲直りさせられないだろうか?)
シロネは考える。
一番良いのは、リジェナがクロキの元を離れたいと思うようになる事だ。
(良し、リジェナにクロキの本当の姿を教えてあげよう。そうすればクロキに愛想を尽かしたリジェナは、オミロスの所に戻るかもしれない)
シロネがそんな事を考えている時だった。
何かの気配を感じる。
「馬車を止めなさい」
カヤもシロネと同じように感じたのかエチゴスに馬車を止めさせる。
「どうかしたのですか?」
急に馬車が止まったのでエチゴスが振り返って聞く。
「そうですわ、カヤ? 何があったのです?」
キョウカも聞く。
キョウカには気配を感じる能力がないので状況が掴めていない。
「前方から何かが来ます、お嬢様」
そう言われてキョウカが前を見た時だった。
前方から馬が駆けてくる。
オミロスが守るように前に出る。
「オミロース!!!」
馬に乗った者がオミロスの名を呼ぶ。
「マキュシス! リエット!」
オミロスが馬に乗っている人物達に向かって叫ぶ。
馬には2人が乗っていた。
シロネ達と同じ歳くらいの男性とその後ろに乗る小さな少女だ。
「カヤ殿。あれは私の一族の者でございます」
オミロスは振り返り、そう言うと駆けて来る馬の方へと向かう。
「お待ちなさい! 来ているのはその者達ばかりではありません!!」
そう言うとカヤは馬車のドアを開けて飛び出すと、こちらに向かう馬の方へと駆けていく。
その動きはオミロスの乗る馬よりも遥かに速い。
「えっ!?」
向こうから来る馬が近づいて来るその瞬間だった。
馬に乗っていた小さな女の子が声を出す。
女の子の乗る馬の横の茂みから巨大な影が突然飛び出して来る。
その影の姿は人間と同じ大きさの二足歩行をする蟻だ。
そして、影は1つではない。その横の茂みからも複数の巨大な蟻達が飛び出して来る。
「うわああああああ!!!」
「きゃあああああ!!」
馬に乗った2人が悲鳴を上げる。
蟻は2人を襲おうと近づく。
しかし、カヤの方が速い。
カヤの両手の手甲に青い電光が灯る。
それがカヤが装備している手甲の名称だ。
手甲の拳頭にあたる部分に付けられた魔法のトルマリンには、雷精が宿っており、打撃と共に雷撃のダメージを与える。
カヤが最近手に入れた魔法の武具であり、今までの装備よりも段違いで強力であった。
カヤは2人に襲いかかる蟻に飛び込むとその頭を拳で吹き飛ばした後、そのまま体を捻り、反対側の二匹目の蟻を蹴りで吹き飛ばす。
そして数秒後には全ての蟻人は動かなくなる。
「すげえ……」
小さな女の子と一緒に乗っていた男が呟く。
「リエット! マキュシス!!!」
オミロスが2人の方へと馬を向かわせる。
「どうして、ここにいるんだ?」
オミロスが2人に尋ねる。
「いや、俺はいいんだけどよ、リエットの奴がな……。お前がいつもよりも帰って来るのが遅いから、何かあったんじゃないかってな……」
マキュシスが苦笑いを浮かべながら馬の後ろの少女リエットを見ながら言う。
(どうやら2人はオミロスが遅いから様子を見に来てくれたみたいね。だとしたら私達のせいだわ。オミロス君だけだったら、もっと早くにアルゴアまで戻る事ができたんだろうな)
シロネはそんな事を考えながらマキュシスとリエットを見る。
「ありがとう、リエット。心配してくれたんだね……」
オミロスはそう言うとリエットの頭をなでる。
すると少しだけリエットの機嫌が悪くなる。
そして、ぷいっと横を向く。
「……別に心配なんかしてない。それに子供扱いしないで」
素直じゃない、だけどそんな所が可愛いとシロネは思う。
「ああごめん、リエット……。つい癖でね……。そうだお土産に御菓子を持って帰ってきたんだ。これで機嫌を治してくれないかい?」
そう言ってオミロスは懐から何かを取り出す。
「お菓子っ! ホントにっ!!?」
リエットが目を輝かせる。
さっきまで不機嫌だったのが嘘みたいであった。
「こほん」
オミロスとリエットが微笑ましいやり取りをしていると横からカヤが咳を吐く。
「オミロス殿。いい加減、そちらの方達を紹介してくれても良いのではないのですか?」
いい加減に待ちくたびれたのだろう。カヤが口を挟む。
シロネもそろそろ紹介してもらいたい。
「もっ、申し訳ございません、カヤ殿」
オミロスはカヤに頭を下げる。
その声には怯えが含まれていた。
リエットもマキュシスの背中をギュッと握る。
どことなく不安そうだ。
おそらく蟻達を簡単に倒した事で怖れられたのだろうとシロネは推測する。
シロネもこの世界に来て何度も怖れられた。
言い寄って来る男性が減るのは良いが、リエットのように可愛い子から怖がられたりすると少し落ち込む所である。
オミロスは2人を馬車の前まで連れて来る。
「キョウカ様。こちらの2人は私の従兄弟のマキュシスとその妹のリエットでございます」
オミロスは馬車の中のキョウカさんに紹介をする。
「そう、よろしくお願いしますわね」
「えっ?……綺麗。誰なの?」
キョウカが馬車から顔を出すとリエットが思わず感嘆の声を上げる。
マキュシスも同じようにキョウカに見惚れている。
「マキュシス、リエット。こちらは勇者様の妹君のキョウカ様だ。たしか、こちらのシロネ様はアルゴアに来た事があるはずだ」
オミロスはキョウカを紹介した後でシロネを見る。
「あっ、ホントだ……」
リエットはシロネは事を覚えていた。
ただ、シロネの方は直接と会った事がなかったので、リエットの事は知らなかったりする。
「じゃあ、もしかして勇者様も……」
リエットが少し怯えた声で言う。
「いや、勇者様は来られていない。来られたのはこちらのキョウカ様とお付のカヤ殿と奥方のシロネ様だけだ」
オミロスがそう言うとリエットは安堵の表情を浮かべる。
それだけ怖れられている事にシロネはショックを受ける。
「2人ともキョウカ様に挨拶を」
オミロスに促され。2人は慌てて姿勢を正す。
「どうも、マキュシスと言います。キョウカ様」
「マキュシスの妹のリエットです。……あれ?」
挨拶をするリエットの目が馬車の奥に座っているある人物の方へと動く。
その視線の先にはリジェナがいる。
「なんで……」
リエットの表情が変わる。
「なんでリジェナがいるの!!!」
リエットは怒りの表情で叫ぶ。
その声にはかなりの敵意が込められていた。
マキュシスも驚いた表情でリジェナを見ている。
「どういう事だ、オミロス!? なぜ、リジェナ姫がいる?」
マキュシスも叫ぶ。
その声は戸惑っている。
そしてリエット程ではないが、リジェナの事をあまり良くは思っていないようにシロネは感じた。
「久しぶりね、リエットにマキュシス……。出来れば会いたくなかったわ」
リジェナが馬車の中から冷たく言う。
だけど、その声には少し哀しみが含まれているようであった。
「よくも私の前に顔を出せたな、リジェナ! お前達のせいでお母さんは……」
そう言うリエットの目に涙が浮かぶ。
「貴方達のせいで私の一族も殺されたわ……。お互い様じゃないかしら?」
「先に手を出したのはそっちじゃないか!!!」
「知らないわ、そんな事?」
「アルゴアに戻ってみろ! またゴブリンの巣穴に送ってやる!!」
2人が言い争いを始める。
「リエット!!もうやめてくれ! リジェナも落ち着いて!!」
オミロスが2人をなだめる。
「なんでよ、オミロス兄! どうしてそんな女かばうの!!」
リエットが泣きそうな顔でオミロスを見る。
「リエット……」
その目で睨まれオミロスは何も喋れない。
沈黙が場を支配する。
「違うわ、リエット」
少しの時間がたちリジェナが沈黙を破る。
「何が違うの!?」
リエットは今度はリジェナを睨む。
「オミロスは私をかばったのではないわ。考えてもみなさい、リエット。私が誰の保護下にいるのかを。私に手を出せば、あなた達はそこのミュルミドンみたいになるわよ」
リジェナが蟻人間の残骸を見ながら言うと、リエットの顔が青ざめる。
「オミロスは私をかばったのでは無くて、あなたの心配をしたのよ」
リジェナが乾いた声で笑う。
「そんな、リジェナ……僕は……」
オミロスがリジェナの言葉に何か言いたそうにする。
だけどリジェナはそれには構わずカヤの方を見る。
「その通りですよ、御二人方。現在リジェナさんは私達の保護下にあります。危害を加えるなら私達に対する敵対行為とみなしますよ」
カヤはリエットとマキュシスの2人に言う。
マキュシスとリエットの顔が恐怖に染まる。
「まあまあ、待って待って。みんな」
険悪な雰囲気に何とかしないといけないと思ったシロネは馬車から降りる。
全員の視線がシロネに向かう。
「ねえ、この蟻人間なんだけどさ……。前に来た時はこんな魔物はいなかったよね? なんなのこれ?」
シロネは話題を変えるために蟻人間の残骸に近づいて聞く。
「蟻人間? ミュルミドンの事ですか?そういえば、どうしてこんな所に?」
答えたのはオミロスだ。
「この蟻人間はミュルミドンと言うのですか。そういえば、このミュルミドンはあなた方を追って来ているみたいでしたが?何かあったのですか?」
「ううん、知ら……。いえ、わかりません。カヤ様。わ、私もミュルミドンを見るのは初めてですから」
リエットが首を振って答える。
「俺……。いえ、私は過去に一度見た事はありますが……。それでも見た事があるのは1匹2匹ぐらいで、こんなに沢山のミュルミドンを見たのは初めてです」
マキュシスが答える。
その視線の先にはミュルミドンの残骸が7体ある。
「それではこのミュルミドン達は急に現れたという事ですか? 普段のミュルミドンの生息地はどこなのですか?」
カヤさんの言葉にオミロスは首を振る。
「わかりません……。ただ伝承によるとこの蒼の森の女王の城が現れる時に、このミュルミドンが大量に現れるそうです」
「蒼の森の女王? では、あのオーガの女がこの近くに来ているのですか?」
カヤの言葉にシロネとキョウカは顔を見合わせる。
「やっぱり、付けて来たのかな?」
「そのようですわね。諦めていないのですね」
シロネとキョウカは溜息を吐く。
「それに、こちらの動きは相手に筒抜けのようですね。スパイがいるのかもしれません」
カヤはそう言うと振り返りエチゴスを見る。
「わっ! 私は何も!!」
エチゴスが首を振って答える。
だけど、カヤは何も言わずにエチゴスに近づく。
「ひっ!!」
エチゴスは御者の席から降りて逃げようとする。
しかしカヤの方が速く、エチゴスはあっさり捕まってしまう。
「安心しなさい。殺しはしません」
カヤは左手でエチゴスの襟を掴むと右手でその体全体を撫でるように触っていく。
「あの、何を……」
エチゴスが鼻の下を伸ばす。
カヤはかなりの美人である。
そんな美人に体を優しく触られたら、男なら嬉しくなるのも当然である。
もっとも、それですむわけがなくカヤの手がエチゴスのお腹あたりで止まる。
「ふん!!」
カヤがエチゴスのお腹を突然押す。
「ふががあああああああ!!」
押されたエチゴスが突然苦しみだす。
「あがあが……」
エチゴスの口から涎と泡が吹き出る。
「きゃああああああ!!」
リエットの悲鳴。
涎と泡と共にエチゴスの口から大きな虫が出て来る。
口から出た虫はじたばたと動いたあと、ピクリとも動かなくなる。
エチゴスは口から泡を吐いて、ぴくぴくと動いているがなんとか生きているようであった。
「何なんですの、これは?」
動かなくなった虫とエチゴスを見てキョウカが眉をひそめる。
「おそらく、あのオーガの仕業でしょう。この虫が私達の動きを伝えていたようです」
カヤは淡々と説明する。
「あの、カヤ殿……それでは」
オミロスは不安そうに聞く。
「おそらく再びオーガが襲って来るでしょうね。アルゴアに戻ったら防備を固めた方が良いでしょうね」
「そんな……」
オミロスの顔が青ざめる。
「どういたしますか、シロネ様? クロキさんが来る前にオーガを退治しておきますか?」
「うーん、そうしたいけどクロキがいつ来るかわからないし……。あんまり相手をしていたくないなあ……」
シロネはカヤに答える。
正直に言って、クロキの事だけでも大変なのにオーガの相手をしている余裕はない。
でも放っておく事もできなかった。
「はあ……。シロネさん、カヤさん。取りあえずアルゴア王国に行ってから考えません?いい加減、馬車から降りたいですわ」
シロネが考えているとキョウカが言う。馬車に乗っている事に飽きたようであった。
「確かにそうでございます。シロネ様、取りあえずアルゴアに行きましょう」
キョウカの気持ちを察したのか、カヤが先に進もうと言う。
カヤの言葉にシロネは頷く。
(考えた所で今はどうにもならないだろうな。だから、進む事にしよう。クロキは今何をしているのだろうな?)
シロネはここにいないクロキの事を考えるのであった。
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