第24話 リジェナを救え
「リジェナが捕縛されただって?」
朝になり、クロキはナルゴルの屋敷でリジェナが捕縛されたと報告を受ける。
そう報告したのは、共にヴェロスに行っていたリジェナの一族の女性だ。
彼女は馬車で連れ去られるリジェナを見たらしい。
そして、大変だと急きょ戻ってきた。
リジェナの数少ない一族達が助けて欲しいとクロキに懇願するために集まっている。
クロキもつい先ほど知った事だが、リジェナの母親はヴェロス王国の貴族だったとの事だ。
しかも、現王の許嫁だった。
そのリジェナの母親はアルゴアの先代の王と駆け落ちをしたらしい。
そしてリジェナは母親に似ている。だからそんな所にリジェナを連れていけば問題が起こる可能性があった。
しかも、リジェナの幼馴染のアルゴアの王子オミロスまでもヴェロスに来ていた。これでは捕まえてくださいと言っているようなものだ。
クロキは自身の迂闊さを呪う。
知っていれば、もっと気遣ってやれたのにと後悔するが遅かった。
これはクロキがリジェナの過去をあまり詮索しなかった事が原因である。
リジェナはアルゴアの人達からゴブリンの巣穴に送り込まれるという仕打ちを受けた。
そのせいでリジェナの一族のほとんどはゴブリンに殺された。
生き残っているのはわずか数名だ。
リジェナはもしかすると自身を追い出した人達に復讐したいと思っているかもしれない。
だけど、クロキはその復讐に加担する気はなかった。
だからこそ何も聞かなかったし、調べもしなかった。
それが失敗だったのである。
「どうかお願いです、姫様をお助けください……」
年老いた女性がリジェナを助けて欲しいとクロキに頭を下げる。
年老いた女性はリジェナの婆やで、一緒にヴェロスまで連れて行ったのをクロキは覚えている。
ただし、彼女はリジェナのように舞踏会に潜入せずに、ヴェロスの街にいたらしい。
「アルゴアに行けば、姫様は殺されるかもしれません……。もしくは酷い目に会されるかも……。どうか旦那様、姫様を助けてくださいませ」
リジェナの婆やが泣きそうになっている。
また、リジェナの一族も騒いでいる。
「大丈夫だ。リジェナはそう簡単に殺されたりしないし、酷い目に会ったりしないはずだ」
クロキのその言葉を聞いたリジェナの一族達が意外そうな顔をする。
「なぜそんな事がわかるのですか……」
「捕えたのは勇者の仲間なんだよね……。だったら大丈夫だよ。少なくともシロネは、か弱い女の子を傷つけるような事を黙って見ていたりはしないよ。もしそんな事をしようとする者がいるなら、シロネは全力で阻止する。賭けても良いよ。だから、リジェナが酷い目に会う事はないよ」
クロキの知るシロネは正義の味方だ。
お姫様を助ける側の人間だ。か弱い女の子を酷い目に会わせたりなど絶対にしないとクロキは確信している。
「クロキはシロネとかいう女の事をよく知っているのだな……」
横から聞いていたクーナが不機嫌そうにクロキに言う。
クロキは振り向いてクーナを見るとなぜかその顔がふくれている。
「どうしたの、クーナ?」
「別になんでもないぞ、クロキ! ふんだ!!」
ぷいっとクーナは横を向く。そして不機嫌そうにこの部屋から出て行く。
何なんだろう一体とクロキは首を傾げる。
「本当に大丈夫なのでしょうか?」
リジェナの婆やが再びクロキに聞く。
「もちろんだとも。それに今からリジェナを助けに行く。君たちは何も心配せずに待っていてくれ」
「はっ……はい」
リジェナの一族はそう言って頭を下げる。そしてこの部屋から出て行く。
そしてこの部屋にはクロキ1人が残される。
「さて、どうするかな……。クーナの話ではリジェナはオミロスに任せれば良いらしいけど」
クロキはクーナから、リジェナはアルゴア王国に返すべきだと言われていた。
理由はアルゴアの王子オミロスはリジェナを大切に思っているからだそうだ。
リジェナが追放された時、オミロスは不幸にもアルゴアにおらず、救う事が出来なかった。
その事をオミロスは嘆いて、何度もゴブリンの巣穴までリジェナを探しに来ていた。
もしそれが本当なら、リジェナを返しても良いとクロキは思う。
そもそも、何時かはリジェナを人間の世界に返すべきだと考えていたのだ。
もちろん、オミロスが信用できる者かどうかをクロキは確認するつもりだ。
「問題はゴズだ。アルゴアの英雄パルシスに化けていたらしい。何か良からぬ事を考えているみたいじゃないか。何とかゴズを排除できないだろうか? だけど、シロネ達がいる。どうしよう……」
クロキは頭を抱えて転げまわる。
こんな姿は誰にも見せられなかった。
ヴェロスの王国の人間やゴズだけなら、多分クロキの力でどうにかできる。
だけど、リジェナを捕えた人達の中にはシロネ達がいる。
確実にシロネが待ち構えている。
だからクロキは動きが鈍る。
シロネはクロキを憎んでいるかもしれない。
何しろシロネの好きなレイジを傷つけたのだ。
クロキはレイジと敵対した男が、女性達からどういう扱いを受けるのかを知っている。
影で酷い目に会うのだ。
その女性達とシロネが重なる。
クロキは冷たい瞳で憎々しげに自分を見るシロネを想像する。
それは、心地良いものではない。
だからこそ、兜をかぶって顔を隠していたのだ。
クロキではなく、暗黒騎士という別の何者かが憎まれるようにと。
だけど、もう正体はバレてしまった。
クロキは冷たい目で見られるくらいなら、ずっと会えない方が良いような気がしていた。
「情けないな……。喧嘩を売っておきながら、嫌われないように正体を隠す。なんて卑怯で情けない男なのだろう。こんなだからシロネは自分よりもレイジを選ぶのだ。リジェナもレイジに救われていれば良かっただろうに」
レイジだったら速攻でリジェナを助けているだろうとクロキは思う。
リジェナは家族を殺され、怖ろしいゴブリンの巣穴に送りこまれた少女である。
平和な日本に生まれたクロキには想像もできない程の過酷な人生だ。
そんな、彼女の命をクロキは救ってしまった。
「救ってしまった以上は、リジェナには幸せになって欲しい。レイジには敵わなくても自分が何とかしなくちゃ……」
そう呟くとクロキはアルゴアの方を見るのだった。
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