第27話 最果ての王国

 アルゴア王国は、人間の国の中でもっとも北にある最果ての王国だ。

 アルゴアとはこの世界の言葉で「監視する」と言う意味である。

 元々は百の目を持つ巨人の名で、その巨人は1つの目が眠っても他の目が起きているから、空間的にも時間的にも死角がなく、世界を遍く監視する事ができる。

 故に巨人の名は「監視する」という意味を持つようになったそうだ。

 その巨人の名を冠したアルゴアの人々は、今でもナルゴルを監視している。

 そもそも、アルゴアはアケロン山脈の南に広がるように存在していたゴブリンの王国に対抗するために作られた砦が始まりだ。

 その砦にナルゴルを攻めるために、世界の各地から集まった戦士達が来て大きくなった。

 その砦を基地として戦士達はゴブリンの王国を抜け、アケロン山脈を越えてナルゴルへと攻めて行った。

 そして、誰一人として帰ってこなかった。

 アルゴアはそんな砦に残った戦士達が建てた国だ。

 そのため、アルゴアは他の国とは違った特色を持っている。

 元々人間の国は人間が住めて、なおかつ城壁が築ける場所に建てられる。

 しかし、アルゴアは砦を元にしているためか、人の住みやすい土地ではない。

 そのため、国は豊かではなく、食料事情も悪い。

 そして戦士達を祖にするためか、アルゴア人は荒っぽい気性をしている。

 そのためか、国の内部で争いが起こりやすかった。

 だけど、争いと言ってもせいぜい喧嘩程度で終わるぐらいで、殺し合いまでに発展する事はなかったと聞いている。

 少なくともシロネが前に来た時はそうだったはずであった。


「なんなのですの! この国の人達は!!」


 キョウカがアルゴア王国に来るなり文句を言う。

 今、シロネ達はアルゴア王国の客人用の部屋にいる。

 つい先ほど、オミロスの父親であるアルゴア王に謁見してきた所だ。

 一応、表面上は歓迎してくれているみたいだが、その態度の端々に出来れば来て欲しくなかったという感情が見えている。

 それは王だけでなく、周りの人も同じように思っているようにシロネは感じた。

 オーガという厄介事を招き入れたのだ、嫌がる気持ちもなんとなくわかるが、あからさまに嫌がる人もいるので少し落ち込む。

 それにリジェナの事もある。

 彼らは明らかにリジェナに敵意を向けている。

 アルゴアは、つい最近まで内乱状態だった。

 戦いは終わったが、その痕跡は今でも残っている。

 シロネは前にこの国に来た時よりも人の数が少なくなっているのを感じた。

 理由は内乱のせいだとすぐにわかった。

 建物の石壁に残っている傷が、争いの激しさを物語っている。

 実際にかなりの死傷者を出したとシロネは聞いた。

 そして、その争いを引き起こしたのはリジェナの父親であるキュピウスである。

 アルゴアの人々はそのキュピウスの事を今でも憎んでいて、その娘であるリジェナを保護して連れて来たシロネ達は、招かれざる客なのである。


「何なんですか、本当に! リジェナさん自身は争いに加担していないはずですのに!!」


 キョウカが再び文句を言う。

 怒っている理由はアルゴアの人々の態度が原因であった。

 リジェナの話では、リジェナ自身は争いに参加してはいない。

 むしろ、止めようとしていた。

 それなのにリジェナを憎むアルゴアの人達の態度にキョウカは怒っているのだ。

 そのリジェナは部屋の隅で黙ったままだ。

 この国に入ってから何も喋らない。


「リジェナさんをこの国に帰す事はできませんね……」


 カヤが言うとシロネも頷く。

 シロネも争いがここまで深刻だと思わなかった。

 誰もリジェナに戻ってきて欲しいと思っていない。

 例外はオミロスだけである。

 オミロスだけはリジェナの身を案じていた。

 だけど、オミロスだけがそう思ってもどうにもできない。

 リジェナがこのままこの国にいれば、やがて殺されてしまうだろう。


「そう思うのなら、私をナルゴルに! 旦那様の元に帰して下さい!!」


 カヤの言葉を聞き、それまで黙っていたリジェナが大声を上げる。

 そして大声を出した後、シロネ達を睨む。


「どうしますか、シロネ様?」


 カヤはシロネに聞く。


「うーん。どうしようか……?」


 シロネは悩む。

 リジェナからは既に色々と情報を引き出せた。

 正直に言って、シロネは彼女を帰しても良いような気がしていた。

 だけど、オミロスの事が引っかかる。リジェナの事を心配していた彼の事を思うとこのまま引き離すのはためらわれるのだ。


「うーん、オミロス君の事もあるからなあ……」


 シロネは小さい声で呟く。


「……つまりオミロスさん次第という事ですわね」

「シロネ様がそう決めたのなら、私としては何も言う事はございません」。


 キョウカもカヤも小さく頷く。

 横で聞いているリジェナは少し不満そうである。


「シロネ様、他にも考えなければならない事があります」


 カヤはそう言って言葉を続ける。


「何? カヤさん?」

「オーガ達の事です。どうやら彼女達は、ミュルミドンをアルゴアの周りに配置しているようです。いずれここに来ると思われます」


 カヤさんの言葉にシロネは頷く。

 オーガ達は正直邪魔である、クロキの相手をするだけでも精一杯である。


「カヤ。オーガさん達がここに来る前にこちらからなんとかできませんの?」


 キョウカの言葉にカヤさんは首を横にふる。


「この国の人達の話では、蒼の森の女王クジグの居所である御菓子の城の居場所は誰にもわからないそうです。ただ、甘い匂いがしたら全力でその場を離れなければならないと言う言い伝えがあるだけです。蟻達の来る方向を調べればわかるかもしれませんが……、かなり時間がかかりそうです。その間にクロキさんが来る可能性があります」

「そうですのね……」


 キョウカは落胆する。

 クジグの居場所を探す間にクロキと入れ違いになるかもしれない。

 だから、オーガ達の対策が取れない。

 エチゴスから何かを聞き出せれば良いのだけど、体内に蟲を埋め込まれた彼は、今もこの国の薬師の元で療養中である。とても会話ができる状態ではない。

 また、もしかするとこの国の誰かに蟲を埋め込んでいるかもしれない。

 だけど、この国の全ての人を検査する事は難しい。


「ホント、めんどくさい相手よね」


 シロネはオーガ達の悪口を言う。


「ですが、無視することもできません。ですから、オーガは私が相手をしようと思います。シロネ様はクロキさんの相手をしてください」

「ごめん、カヤさん……」


 シロネは謝る。


「1人で大丈夫ですの、カヤ?」

「オーガの数匹ぐらいなら、私1人で何とかなります、お嬢様。それよりもシロネ様の方が大変だと思います。ですから、無理はなさらないでくださいね」

「うん、わかったよ。カヤさん」

「ふんだ、あなたなんか旦那様にやられちゃえば良いわ!!」


 そんなやり取りを横で聞いていたリジェナが悪態をつく。

 シロネ達はそれを聞いてため息をつく。


(拘束されて腹立たしい気持ちはわかるけど、もう少しどうにかならないのかな……)


 シロネは心の中でそう思う。

 別にリジェナに意地悪をしたいわけではない。

 今回の事は成り行きでそうなってしまったのだ。


「ところで、リジェナさん。質問があるのですが」


 カヤがリジェナに質問を始める。


「何ですか?」


 リジェナは怒ったように答える。


「あなたはいつまでナルゴルにいるつもりですか?」

「えっ?」


 カヤの質問にリジェナは戸惑う。


「どういう意味ですか?」

「あなたの話では、クロキさんはあなたやあなたの一族を人の世に帰そうとしているみたいに感じますが?」


 カヤのその言葉を横で聞いていたシロネも同じように感じていた。

 ナルゴルは魔物の世界だ。

 人間の住める世界ではない。

 クロキがいるから、何とかナルゴルで生活できているのだろう。

 そのため、クロキはリジェナを人の世界に帰そうとしているようにシロネは感じた。


「それがどうしたの? 確かに旦那様は私達を人の世界に戻そうとしているわ。でも受け入れてくれる国なんて、そう簡単に見つかるわけがないわ」


 リジェナはあきれたようにカヤに言う。

 この世界では、親がその国の市民でなければ市民権を得る事は難しい。

 人が住める土地は限られている。

 そのため、食料等の関係から市民を無制限に増やす事はできない。

 なので、余所者に市民権をあたえる国家はまずありえない。

 自国の市民、もしくは協定を結んだ国の市民でなければ入国すら難しいだろう。

 それに、市民権を得られても働き口がうまく見つかるとは限らない。


(クロキはリジェナ達の市民権はもちろん、その後の生活まで考えて受け入れ先を探しているみたい。だけどそれは難しいよね)


 シロネはクロキが一度拾った命を無責任に放り出したりする性格でない事を知っている。

 放り出せば楽なはずなのに難儀な性格をしているのだ。

 人付き合いが苦手なクロキに受け入れ先を見付けるのは難しい。

 だから、リジェナ達はナルゴルから出る事ができないでいるようであった。


「あら。それでしたらわたくし達が面倒を見て差し上げましょうか?できますわよね、カヤ?」


 キョウカが言うとカヤは頷く。


「確かに私共なら可能だと思います、お嬢様。お金もありますし、女神レーナの寵愛を受けた勇者の妹の名を使えば、どこかしらの国が受け入れてくださいます」


 その言葉にリジェナが驚く。


「うう……だけど私は旦那様の側に……」


 リジェナは言葉がつまる。


(おそらくリジェナさんはナルゴルでクロキの側にいたいのだろうな。だけど、クロキはリジェナをナルゴルから出そうとしている。全く何をやっているのよ!)


 今までの口ぶりか、リジェナはナルゴルから離れたいと思っていないのは確かであった。

 そして、そんなリジェナの気持ちがわからないクロキにシロネはいら立ちを始める。


「リジェナさん。あなたは良くてもあなたの一族をずっとナルゴルに置いておくつもりですか?」

「ううっ!!」


 カヤの言葉にリジェナは呻く。

 痛い所をリジェナは突かれる。

 自身はナルゴルに残りたくても一族をずっとナルゴルに置いておくわけにはいかないのである。


「まあ、すぐにとは言いませんわ。気が変わったらいつでもわたくしを訪ねていらっしゃい」


 リジェナはキョウカの言葉に何も答えない。爪を噛み、色々と考えている。

 その後、色々と話しをしていると扉の外から声が聞こえる。

 シロネが扉を開けるとリエットが立っていた。

 リエットの前には車輪の付いた台があり、その上には食べ物が置かれていた。

 シロネ達のために食事を持って来たのだ。

 本来なら王様と会食する所だが、リジェナの事もあるので別に食べる事になったのである。


「おっ! おしょ! お食事を持ってきましたっ!!」


 緊張しているのかリエットは噛み噛みで言う。

 そして、台を押して部屋へと入る。


「あの……その……」


 リエットはおどおどしている。

 シロネ達の世界でなら小学校高学年ぐらいだろう。かなり可愛い少女である。


(おそらく、私達が怖いのだろうな。うう、こんな可愛い女の子から怖がられるのは少し哀しい)


 シロネはリエットの様子を見て悲しくなる。

 アルゴアの人達はレイジがこの国で暴れた事を今でも覚えている。

 仲間であるシロネ達も同様に怖れているのだ。

 リエットは震えながら料理を並べる。

 出された料理はこの世界でも一般的な料理だ。

 豆と蕪のスープに、焼いた鳥肉と果物がついている。そして台の片隅の小瓶はおそらく、魚醤が入っているらしかった。

 量はそれなりにあるが種類が少ない。

 ヴェロス王国で出された食事に比べるとかなり見劣りする。

 シロネ達はアルゴアはあまり豊かな国では無い事はわかっていたので、驚きはしない。

 リジェナの事がなければ、アルゴアには来なかったかもしれないぐらいだ。


「そ……それじゃ……」


 そう言って、リエットは部屋から逃げるように去って行く。

 シロネはもうちょっと話しをしたかったが、見送るしかなかった。

 料理は質素であまり美味しくなさそうだが、贅沢は言えない。


「リジェナさんも食べませんか? 故郷の料理ですよ」


 シロネはリジェナを誘う。

 昨晩はもちろん、朝昼もあまり食べていないようだったから、いい加減お腹が空いているはずだ。

 突然可愛らしい音が聞こえる。

 リジェナのお腹の音だ。食べ物を見て食欲が刺激されたらしい。

 それを聞いたシロネ達は顔を見合わせ笑う。


「なっ、何よ! 別にそんなのいらないわ!!」


 リジェナはお腹を押さえて恥ずかしがる。


「ふふ、リジェナさん。再会した時に元気がないとクロキさんが悲しみますよ」


 カヤはクロキを引き合いに出す。


「そうね……旦那様を悲しませるわけにはいかないものね……」


 クロキを引き合いに出すとさすがのリジェナも折れる。


(本当、クロキのどこが良いのだろう。かなりダメダメなのに)


 シロネはクロキを慕うリジェナに苦笑する。


「なかなか豪勢な食事ね……。さすがのモンテス叔父様も勇者の妹様を粗略に扱う事はできないみたいね……」


 リジェナは料理を見て言う。


「この国ではこれが豪華な食事なんですの?」


 キョウカがリジェナに聞く。

 他の人なら嫌味だが、明らかにキョウカは素で聞いているのがわかるので、リジェナは怒りもしなかった。


「そうよ。この国ではこれが豪華な食事なの。魚醤なんてよっぽどの時じゃなければ出したりしないわ……」


 リジェナは魚醤の入った小瓶を持って答える。

 この世界の調味料は一般的に、塩と酢と果実油だ。魚醤は一般的ではない。

 だけど、シロネの知識では一般的ではないだけで、そこまで手に入れにくものではないはずだが。アルゴアでは貴重なのだろう。


「本当に貧しい国……。この地ではどんな作物も実らない。ある意味、ナルゴルよりも貧しいわ」

「ナルゴルは貧しいの?」

「人にとっては貧しいわね。それでも、旦那様の配慮でそれなりの物をいただけるわ。ここの食事はナルゴルで出される食事よりも貧しいわ」


 シロネの問いにリジェナが答える。


「ふーん、クロキは普段どんな物を食べているの?」

「旦那様はですね……」


 リジェナはクロキの事を語り始める。

 リジェナの口は本当に軽く、シロネが知りたかったクロキの情報をどんどん喋ってくれる。

 だから、彼女からは情報を充分すぎるほど得る事はできていた。


(彼女の話を聞くかぎりでは、クロキは完全には操られていないみたい。あのクーナって子は、リジェナを邪魔だと思っているみたいだが、クロキはリジェナを排除しようとはしていない。だけど、クロキはクーナって子をかなり大切にしているみたいだ)


 シロネが聞くリジェナの話しではクーナは魔王の娘らしかった。

 リジェナが最初にクロキに会った時は全く姿を見せなかったが、ある日突然現れた。

 そして、常日頃からクロキはクーナの物だと言っているらしい。


(だから、きっとその子がクロキに魔法をかけ、暗黒騎士に変えて操っているのだろう。だけど、支配が不完全だから完全には言う事を聞かせられない……)


 それが今までの話を元に推理したシロネの結論だ。


(案外クロキと話すよりもその子と会った方が話しが早いかもしれない。今どこにいるのだろう? もしかすると既にアルゴアの近くに来ているのかもしれない)


 シロネはそんな事を考える。

 シロネ達は一応、アルゴア王国の人達には上空を警戒するようにお願いをしている。

 クロキはドラゴンを飼っているから空から来る可能性が高い。

 ドラゴンなんて目立つ物が来れば、すぐにわかるはずであった。


「待ってるから……。早く来なさい、クロキ……」


 クロキの事を考えると、シロネは小さく呟くのだった。

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