第20話 オミロスとリジェナ2
(まさか、こんな事でヴェロス王国に来る事になるとは思わなかったな)
リジェナがヴェロス王国に来たのは初めてである。
母親の故郷であるにも関わらずにもだ。
リジェナが婆やに聞いた所、母親はヴェロスの宝石と呼ばれたこの国の貴族の姫で、国で一番の美人だったらしい。
そんな、母親がヴェロスの舞踏会で踊る姿はとても綺麗だったそうだ。
小さい頃のリジェナはいつかヴェロスの舞踏会に出て踊ってみたいと思っていた。
だから、リジェナは小さい頃に母親に踊りを何度も教わったのだった。
だけど、それは今にして思えば無理だろう。
リジェナの母親はこの国の王子の婚約者だったけど、アルゴアの王であった父親と駆け落ちをしてしまった。
だから、そんな二人の間から生まれたリジェナがヴェロスの舞踏会に出られるはずがないのである。
また、リジェナは、お母様に似ているらしく。
踊らないとはいえ、この舞踏会に出るのは危険だった。
だけど、リジェナは一度はヴェロスの舞踏会を見たかった。
そして、舞踏会に行きたいと言って、クーナに頼み連れて来てもらったのだ。
「綺麗だったな、クーナ様……」
少し前までリジェナは舞踏会で踊る2人を見ていた。
できればリジェナも旦那様であるクロキと踊りたいと思う。
リジェナはクロキの事を思うと胸が苦しくなる。
リジェナが最初にクロキに出会った時はかなり驚いた。
クロキはナルゴルの者であるにも関わらず人間と同じ姿だったからだ。
だけど、よくよく考えてみれば、暗黒騎士に人間がいるはずがない。
クロキは人間に見えるけど人間ではないのだろうとリジェナは考えている。
リジェナはクロキが人間よりもはるかに強い存在である事に気付いている。
なぜなら、どんな凶悪な魔族も魔物もクロキに畏れて頭を下げるからだ。
リジェナが聞くところによれば、あの勇者を倒したのもクロキであるらしい。
勇者はリジェナ達の一族の破滅の原因を作った人だ。
だから、クロキはリジェナの恩人と言う事になる。
リジェナはクロキのために何かしてあげたいなと思う。
クロキが望むならこの身を差し出しても良い。
だけど、それは難しい話であった。
なぜならリジェナがクロキに不必要に近づこうとすれば、クーナが怒るからだ。
リジェナがクーナが何者であるのかは、はっきりとは聞いていない。
ただ、噂によると魔王の姫君であるらしかった。
魔王の娘であるクーナはクロキに執心で、近づく女性はたかが人間であっても許せないみたいだ。
リジェナはあの美しい顔で睨まれると背筋が凍りそうになるのを思い出す。
今頃彼女はクロキと踊っているはずだ。
舞踏会用に着飾ったクーナの姿を思い出し、リジェナは溜息を吐く。
着飾ったクーナはとんでもない美しさだった。
彼女の美しさはきっと女神様に匹敵するだろう。
そんな女性と踊れる男性は誰でも喜ぶに違いなかった。
リジェナもこの舞踏会のために着飾っているのだが、クーナと比べると天と地ほども違う。
クーナと踊った後では、どんな女性も霞んでしまうだろう。
そこまで考えてリジェナは頭を振る。
考えても悲しくなるだけだからだ。
だから、なるだけ考えないようにする。
練習時に一緒に踊っただけで我慢するべきであった。
リジェナは目の前の美味しい物でも食べて気分を変えようと思う。
リジェナは舞踏会の会場の別室にある食事が置かれた部屋に来ている。
目の前には、リジェナが今まで食べたことがない食べ物が並んでいる。
その食べ物をタッパーに詰めていく。
このタッパーなる容器はクロキがドワーフの職人に作らせた魔法の道具だ。
そして、このタッパーは保温と保存にすぐれている。
リジェナはこの道具をクロキから渡されていた。
「みんな喜ぶだろうな」
リジェナはナルゴルに残してきた一族の者達を思い出す。
ナルゴルには人間が食べる事が出来るものが少なく、リジェナ達は日々の食べ物に困っていた。
クロキは自身の食事を分けようとするが、そんな事をすればリジェナ達は魔族達から反感を買う。
いくらクロキの庇護があるとはいえ、ナルゴルで生活していくのに魔族の反感を買う事は良くないので、折角の申し出もリジェナ達は断るしかなかった。
だからこそ、タッパーに取ってみんなの所に持って行ってあげようとリジェナは考えたのである。
リジェナは手を動かす。
ふと、そこで誰かが横に来ている事に気付く。
(もしかして私の不作法に気付いたヴェロスの人?)
リジェナはまずいと思う。
リジェナはこの舞踏会に招かれた正当な客ではない。
絡まれるとやっかいであった。
リジェナはスカートを握る。
スカートの下には、小剣を隠してある。
この小剣はクロキが自ら作り、リジェナに与えた物だ。
リジェナは何かあった時はこの剣を使いなさいと渡された。
そのため、動くのに邪魔になるけどヴェロスまで持って来たのだ。
だけど、この剣をここで使うのはあまり良くないかった。
ここは相手に顔を見せずに、足早で離れた方が良いかもしれないとリジェナは判断する。
「リジェナ」
横に来た人がリジェナの名を呼ぶ。
(え、何で? 何で私の名を知っているのだろう?)
リジェナは驚くと、振り返りその人の顔を見る。
それは知っている顔であった。
「オミロス……」
そこには1年前に武者修行の旅に出た幼馴染の顔があった。
(何時の間に帰ってきたのだろう?)
リジェナは幼馴染であるオミロスの顔を見る。
オミロスは以前よりも精悍な顔つきになったような気がした。
「リジェナ……本当に、何故君がここに……。何をして……」
オミロスは信じられないという顔をしてリジェナを見る。
その視線がリジェナの全身をくまなく眺めている。
そして、手に持っている物に止まる。
そこには食べ物が入れられたタッパーがあった。
何となくリジェナは恥ずかしくなり、タッパーを背に隠す。
「こっ、これは違うの……。何かの間違いなの……」
リジェナは慌てて弁解する。
何故かこの幼馴染の前で恥ずかしい姿を見られたくなかった。
「御免なさい、オミロス!!!」
リジェナはそう言うとオミロスに背を向けて走る。
「待って、リジェナ!!」
オミロスが追ってくる。
なぜ、オミロスから離れようとしたのかはリジェナにはわからなかった。
だけど、足は自然とクロキの所に向かっていた。
そして、会場へと続く扉まで来た時だった。
リジェナは何か大きな物にぶつかり尻餅をつく。
(あれ? 出入り口にこんな大きな物があったかしら?)
リジェナはぶつかった大きな物を見上げる。
「えっ……?」
リジェナは驚きの声を出す。
そこにはリジェナの身長の倍以上ある大きさの何かがいた。
その何かは人間と同じような姿をしているが、大きさが違っていた。
その顔を見ると大きな牙が生えている。そしてその目はリジェナを見下ろしていた。
「きゃああああああああ!!!!」
突然会場の端から叫び声が上げられる。
「オーガだ!!」
「なんでこんな所に!!」
「きゃああああ助けて!!!」
悲鳴が会場のあちこちから悲鳴が聞こえる。
オーガという言葉を聞いてリジェナは目の前の人型が何であるかに気付く。
現物を見るのは初めてだけど、目の前にいるのはオーガで間違いない。
そして、オーガは獰猛な人食いの化け物である。
(逃げないと!)
リジェナはそう考え逃げようとしたが、尻餅をついているためすぐには動けなかった。
「なかなかうまそうな奴だな」
オーガが恐ろしげな声を出してリジェナに手を伸ばす。
「リジェナから離れろ!!!」
オミロスがリジェナを助けようと駆け寄ってくる。
だけど無謀であった。
武器も持たずにただの人間がオーガに敵うわけがない。
「何だ、おめえは」
オーガが手を振る。
払いのけられたオミロスは簡単に倒されてしまう。
オーガの目がオミロスに向く。
(このままだとオミロスが危ない!)
リジェナがそう思った時だった、それまで動かなかった体が勝手に動く。
リジェナは立ち上がるとスカートをまくりあげ小剣を引き抜く。
小剣が鞘から引き抜かれると黒い炎の纏った黒い刃が姿を見せる。
「オミロスから離れて!!」
リジェナは剣を振るってオーガの足を斬りつける。
「ぐぎゃああああああ!!!」
油断していたオーガは足を斬り裂かれ、のた打ち回る。
「オミロス!!」
リジェナはオミロスを引き起こす。
「リジェナ……」
オミロスは呆けた顔でリジェナを見る。
「逃げるわよ、オミロス!!!」
リジェナはオミロスの手を取り走り出す。
「待て! おめええらららあああああ!!!」
オーガの叫び声が聞こえる。
だけど、それには構わずリジェナ達は走るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます