第21話 襲撃の巨人

 ヴェロス王国の王宮に恐怖の叫び声が響き渡る。

 舞踏会の会場にオーガ達が乱入して来たのだ。

 突然のオーガの乱入にクロキは戸惑う。


「マズイですわね……。王の所に行きます。ちょうど良いわ。あなた付いて来なさい!!」


 クロキの隣にいるキョウカがそう言って歩き出す。


「えっ……何で自分が……」


 クロキの戸惑う声が聞こえていないのかキョウカは構わず歩き出す。

 そもそも、クロキには付いていく理由がない。

 騒ぎが起こっているのなら、そのまま抜け出してクーナと合流した後、抜け出した方が良い。

 しかし、なぜかクロキは逆らう事ができずに付いていってしまう。

 流されてしまう所がクロキの悪い所だったりする。

 ヴェロスの王はすぐに見つかった。なぜなら、衛兵が多く集まっているからわかりやすい。

 王であるエカラスは床に座り込んでいた。


「私の事は良い。君たちはここに来ている招待客達を守るんだ」

「しかし、陛下……」


 そんな、やり取りがクロキに聞こえてくる。

 クロキ達が近づくと王もこちらに気付く。


「キョウカ殿か……。すまないこんな事になってしまって」


 エカラスは座ったまま謝る。


「別にかまいませんわ。ここは私がなんとかします。早くあなたもお逃げなさい」

「はは、招待客を残して逃げるわけにはいかないのですよ。それにね……腰が抜けて動けなくてね……ははは、なんとも情けない。そうだ、代わりにコルフィナを安全な場所に連れて行ってもらえないですかな?」

「そんな、あなた……」


 王妃が泣きそうな顔をする。

 王は王妃に逃げるように言って、兵士には周りの招待客を逃がすように言っている。

 そして、自身はここに残るみたいである。

 もっとも、王様の判断としてそれが正しいかどうかはクロキにはわからない。

 現に兵士たちは王の言葉に逆らって王を運ぼうとしている。この国の事を考えればそれは正しい判断と言える。

 王がいなくなったら、この国は混乱するだけだ。

 だけど、逃げるには少し遅く、オーガに見つかってしまう。

 これだけ衛兵が集まっているのだ。重要人物がここにいるのは誰の目にも明らであったからだ。

 三匹のオーガがクロキ達の方に来る。


「お前が王かい?」


 三匹の真ん中にいる女性のオーガがエカラスを見て言う。

 その声は怖ろしく響いた。


「おっ! 王を守れ!!!」


 衛兵達がオーガの前に立つ。


「雑魚はひっこんでろ!!」


 左右のオーガが手を振るう。

 衛兵達は簡単に跳ね飛ばされてしまう。


「ひいいいいいいい!!!」


 エカラスが悲鳴を上げる。


「あなた!!」


 王妃がその前に立つ。


「だ、駄目だコルフィナ! お前だけでも逃げるんだ!!」


 エカラスはそう言うが王妃であるコルフィナは逃げる気配はない。


「オっ、オーガがい、一体な……何の用だ!?」


 エカラスが震えながら聞く。


「私の名はクジグだ。この国に勇者の妹がいるはずだよ! そいつを差し出せ!!」


 オーガの言葉でこいつらの狙いがキョウカである事がわかる。


(なぜ彼女を狙っているのだろう?)


 クロキは首を傾げる。

 もちろん、誰も答えてはくれない。


「狙いはわたくしですか。逃げも隠れもしませんわ。だから他の方達に手を出すのはおよしなさい!!」


 キョウカが前に出る。


「良い度胸じゃねえか。弟を殺した落とし前をつけてもらおうじゃねえか!!」


 左のオーガが恐ろしい声で言う。


「私に手を出しますと私の付き人が黙っていませんわよ」


 キョウカが凄んで言う。

 だけどオーガが笑いだす。


「残念だけど、お前の仲間はもう来ないよ」


 真ん中の女のオーガが笑いながら言う。


「お前の仲間の2人の女は私の作った魔法の檻の中さ。神々だって簡単には抜け出せない。ましてや人間には絶対に抜け出す事は不可能さ」


 オーガの女が笑う。


「何ですって! カヤとシロネさんが!!」


 キョウカが慌てた声を出す。


「そうだぜ、母ちゃんの魔法は最強だ。勇者の仲間といえども、たかだか人間。俺達に敵うわけねえだろが!!!」


 左右のオーガが笑う。他のオーガ達も聞こえているのか笑い出す。


「そうですか……。2人がいなくなったのはあなた達の仕業ですのね。でも舐めないでいただきたいですわ。仮にもわたくしはお兄様の妹です。あなた達なんてわたくし1人で充分ですわよ」


 キョウカの手が光る。その細い体からもの凄い力を感じる。


「良いのかい?お前は魔法が制御できないらしいじゃないかい。ここにいる人間も殺してしまって良いのかい?」


 オーガの女が笑う。


「なぜそれを知っていますの!!」

「わかったら大人しくするんだね」


 オーガの女が勝ち誇ったように言う。

 横のオーガ達が近づいて来る。

 キョウカが後ろに下がる。

 キョウカが下がったため、横にいたクロキが最前列になってしまう


「何だ、おめえは」


 オーガがクロキを睨む。


「あっ……いえ別に……」


 クロキは完全に逃げ遅れた。

 いつの間にかエカラスや他の人達もオーガから離れている。


「何をしていますの、あなた。あなたなんかが出て来て何ができますの! 危ないから引っ込みなさい!!」


 キョウカが怒ったように言う。

 下がっておいてその言いぐさはないだろうとクロキは思うが黙っておく。


「はっ! さしずめお姫様を守る騎士って所か。だったら貴様から喰ってやるよ!!」


 右のオーガが笑いながら掴みかかってくる。

 クロキは掴みかかったオーガの手を取ると、その体を一回転させて地面へと叩きつける。


「「「えっ?!!!」」」


 周りの人達が驚きの声を出す。

 それもそうだろう。

 オーガは人間よりも強い種族だ。

 特にその腕力は凄まじく、普通の人間なら片手で捻る潰せるだろう。

 そのオーガが何の変哲もない人間に投げ飛ばされたのだ。

 驚くのも無理はなかった。


「い、今何が起こったんだ……」

「あの巨体のオーガを投げ飛ばしたぞ……」


 周りの人間がざわつく。


「リっ、リング!!」


 女のオーガが叫ぶ。投げ飛ばしたオーガはリングという名前らしい。


「な、何なんだ君は……」


 後ろにいるエカラスが驚きの声を上げる。


「今の技はどこかで……見たことがありますわ……」


 クロキの後ろでキョウカの呟きが聞こえる。

 

(やばい、正体がバレたかも……)

 

 クロキの頬に汗が流れる。

 正直に言って、自分が動かなくてもキョウカがなんとかできるとクロキは思っていた。

 だから、何もする気はなかったのである。

 しかし、キョウカは魔法が制御できなかった。

 クロキは前にキョウカが爆裂姫とか呼ばれていた事を思い出す。


「お前は何者だい! なぜこのクジグの邪魔をする!! 答えろ!!」


 クジグと名乗ったオーガの女性が叫ぶ。

 クロキは前にもこんな事があったような気がする。

 だとしたら後でキョウカによって殺されそうになるかもしれない。


「別に邪魔するつもりはないのだけど……。あの……。できればこの者を連れて帰ってくれませんか?もちろん見逃します」


 クロキは頭を下げてオーガ達に向けて言う。

 クジグはクロキが頭を下げた事に戸惑い、左右の息子達を見る。

 息子達も戸惑っているようであった。


「はあ……何を言っているんだね、あんたは? 帰るわけがないだろうが!」


 しかし、クジグがクロキの申し出を断る。


(やっぱり、帰ってくれないか、何で、こんな事になったんだよ)


 今日はクーナと舞踏会を楽しむはずだったのだ。それが完全にぶち壊しである。

 クロキの中で怒りが生まれる。


「あの、ここは自分がなんとかする。だから下がってください」


 クロキは振り返ってキョウカに言う。


「あなた、一体……?」


 キョウカが尋ねてくるが、当然、クロキは正体を言うわけにはいかない。


(不本意だけど。自分が何とかするしかないようだ。そして、すぐにこの場を離れよう)


 そう考えるとクロキはオーガ達を見る。


「帰らないなら……。痛い目を見てもらう」


 クロキはそう言うと体から黒い炎を出す。


「な、何っ!? 黒い炎だと!?」


 クロキの黒い炎を見たオーガが驚きの声を出す。

 驚いているのはオーガだけではない。

 周りの人間からも驚きの声が発せられる。

 ただの人間と思っていた男性が得体のしれない存在であることに気付いたのだ。

 その周囲の驚きの声に構わず、クロキはオーガに向けて歩いていく。


「く、くそ! 邪魔するならお前から殺すよ!!」


 クジグは怯えた表情で魔法を唱えると、その腕にバチバチと音を立てて雷の蛇が現れる。


「雷の蛇よ、汝の敵を絞め殺せ!!」


 クジグの手から雷の蛇が鎌首を上げてクロキに襲いかかる。

 だけど、それぐらいの蛇は、クロキにはまったく脅威ではない。

 今のクロキの体には雷竜の力が宿っている。

 これぐらいではダメージは受けない。

 過去にクロキはレイジ達と戦った時に雷鳥サンダーバードに痛い目に会わされた。

 もし、再び対戦する事があった時のために対策をしておいたのだ。

 ナルゴルの南東の島の近くに常に渦巻いている雷雲がある。

 そこに浮かぶ島には雷竜が住み、クロキとクーナはグロリアスに乗って雷竜を尋ねた。

 最初は戦闘になるかとクロキは思ったが、雷竜は人懐っこいみたいで簡単に力をくれた。

 だから雷の蛇ぐらいではクロキを傷つける事はできない。

 クジグの手から放たれた雷の蛇がクロキの体を締め上げる。


「これぐらいじゃ、痛くも痒くもないよ」


 クロキはそう言うと黒い炎を体から発して雷の蛇を焼き消す。


「ちっ! なら、これならどうだい!!」


 クジグの手から赤く光る玉ができる。

 クロキはクジグが何の魔法を使おうとしているのかに気付く。


(爆裂魔法!? こんな所で!?)


 爆裂魔法を使われたら沢山の人が死ぬだろう。

 不味いと思ったクロキは急いで魔法を唱える。


爆裂エクスプロージョン!!」

魔法消去マジックイレイズ!!」


 クロキの魔法により、クジグが使おうとした魔法を消去される。


「くっ、私の最強魔法を……。お前達! 何ぼさっと見ているんだい! 周りの人間を人質にするんだよ!!」


 クジグが叫ぶ。

 会場を囲んでいたオーガが動き出す。


(まずい)


 クロキの魔法は対象を速攻でピンポイントで攻撃できる物はない。

 魔法も火力が高く、人間を巻き添えにしてしまう。

 剣で倒すにしても、全てのオーガを倒すまでに犠牲者が出るだろう。

 クロキがどうすれば良いか悩んでいる時だった。会場中に光る何かが飛ぶ。


「ぐあっ!!」

「があっ!!」


 突然オーガ達が苦しみだす。

 オーガの足や手が切り刻まれている。どれも致命傷ではないが戦う事は難しいだろう。


「オーガよ。折角の舞踏会が台無しではないか」


 淡々とした声がクロキの横で聞こえる。

 声をする方を見ると大鎌を持ったクーナがいる。

 オーガ達を攻撃したのはクーナの持つ大鎌の力であった。

 大鎌は魔法の刃を飛ばし、一定範囲にいる複数の対象を同時に切り刻む事ができる。

 クーナはその大鎌を使いオーガ達を切り刻んだのである。


「なぶり殺しにしてやろう」


 クーナは強力な魔力の波動を発する。

 その魔法の力を会場にいる人達も感じたのか悲鳴が会場にこだまする。


「駄目だ、クーナ! ここの人達まで死んでしまう!!」


 クロキがそう叫ぶとクーナから魔力の波動が消える。


「何なんだい、お前は……」


 オーガの女性がへたり込む。


「おふくろ……。やばいぜこいつら……」


 他のオーガ達がクジグの元へと集まってくる。


「くそっ! ここは逃げるよ、お前達!!」


 オーガ達が逃げて行く。

 クロキは別にオーガを殺す気がなかったので彼女達を見逃す。

 オーガ達が去ったのを見届けるとクーナがこちらへとやって来る。


「助かったよ、クーナ」

「クロキ、折角の舞踏会が……」


 クーナは少し悲しそうに言う。


「そうだね……。でも、また踊る機会があるよ」


 クロキはそう言うとクーナの頭を撫でる。

 するとクーナは少し機嫌を治す。


「今日はもう帰ろうか、クーナ」


 正直に言うとクロキは早くナルゴルに戻りたかった。

 オーガが来なくてもシロネ達がいる以上はなるべく早くここから離れるべきである。


「わかったぞ、クロキ」


 クーナは転移魔法を使おうとする。

 そんな時だった。


「お待ちなさい!!!」


 キョウカが大きな声を出す。


「思い出しましたわ。あなた聖レナリアでわたくしの胸を触った方ですわね!!」


 キョウカがクロキを指して言う。


「クロキがこの女の胸を……? どういう事だ、クロキ?」


 クーナは魔法を使うのをやめてクロキを問い詰める。

 その顔は少し膨れている。

 明らかに怒った顔であった。


「それにクロキと言う名にも聞き覚えがあります。逃がしませんわよ!!」


 キョウカがクロキの方へと来る。


「何だ、お前は! クロキとどういう関係だ!!」


 クーナがキョウカの前に立ちはだかる。

 その様子は今にも斬りかかりそうだ。

 クロキはクーナを抱き寄せ抑える。


「駄目だよ、クーナ……。オーガは去ったんだ。ここは帰ろう」

「お嬢様―――――!!!」


 クロキがクーナにそう言った時だった。大きな声と共に会場に何かが降りたつ。


「シロネ!!」


 降り立った人物を見てクロキは思わず叫んでしまう。


(長居をし過ぎた! 早く逃げなければ!)


 降り立ったのはクロキの幼馴染であるシロネである。

 クロキはしまったと思うがすでに遅く、シロネに出会ってしまう。

 続いてメイド服の女性が降りたつ。

 シロネの風で引き寄せる魔法で付いて来たのである。

 

「お嬢様!!!」


 メイドは自身の主人を見つけると駆け寄る。


「カヤ!!」


 2人は抱き着く。


「みんな無事!!」


 シロネが周りを見て言う。

 そして、クロキの方を見るとその目が驚きで開かれる。


「えっ、クロキ? どうしてクロキが……?」


 シロネは呟きクロキの方へと近づこうとする。

 そして、少し視線を下げ顔を強張らせる。

 今、クロキはクーナを抱き寄せている。

 そして、シロネの視線は明らかにクーナの方を見ている。


「クロキ……。その子誰?」


 そう言うシロネの顔は笑っているように見えるが、目が笑っていない。

 間違いなく怒っている顔であった。


「何だ、お前は! 私のクロキになぜそんな目を向ける!!」


 クーナが今度はシロネに鎌を向ける。


「私のクロキ……? あなた……クロキの何なの?もしかしてあなたがクロキを……?」


 鎌を向けられたシロネも剣を構える。


「駄目だ、クーナ。ここはナルゴルに帰ろう」


 クロキはクーナを抱き寄せて止める。


「わかった、クロキ……」


 クロキの切羽詰まった声から何かを感じたのかクーナが了解する。

 クーナが魔法を発動する。


「待ちなさい、クロキ!!」


 シロネがこちらに向かう。

 だけど、クロキとしては来させる訳には行かない。


「黒炎よ!!」


 クロキはシロネが駆け寄ろうとするのを黒い炎で遮る。


「待って、クロキ!!」


 シロネの叫ぶ声と同時に転移魔法が発動する。


(ごめんシロネ……)


 クロキは心の中で謝ると、ナルゴルへ運ばれるのだった。

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