第30話 聖竜山の死闘2

 チユキの特大爆裂魔法により、聖竜王の洞窟の入り口は煙に包まれる。


「やったかしら……。さすがに死んだと信じたいわね」


 先程チユキが放ったのは最大の破壊力をもった魔法攻撃だ。

 問題は聖竜王の洞窟も壊してしまう所だが、そこは暗黒騎士の魔法防御力に賭けたのである。

 爆発の衝撃を暗黒騎士のみで受けてくれれば洞窟を壊さずに済むだろう。

 そして、チユキのその思惑は当たった。

 この魔法はこの山1つ消滅させる威力があるはずなのに、山は特に壊れていない。

 暗黒騎士が魔法を受けきった事をチユキは確認する。


「さしずめ悪人の最後の善行って所かしら。褒めてあげるわ」

「さっすがッス。チユキさん」

 

 チユキが笑うとナオが駆け寄る。


「みんなの連携のおかげよ、私1人の力ではないわ」


 チユキの先程の魔法は発動に時間がかかるため、その間に対抗策を取られやすい。

 レイジ達がその隙をあたえなかったからこそ、この魔法を当てる事ができたのであった。


「ありがとう、精霊さん」


 リノがもはや勝ったとばかりに精霊を帰還させる。雪の女王と雷の鳥の姿が薄くなり消える。


「これであいつも終わりか。私の手で止めを刺したかったな」


 残念そうにシロネが言う。


「それは俺も同じだぜ、シロネ。何しろ瀕死の重傷を負わされたんだからな」


 レイジは暗黒騎士がいた洞窟の入り口を見ながら言う。

 爆発の煙で見えない。しかし、レイジは暗黒騎士が無傷ではないと判断する

 煙がしだいに晴れていく。


「そんなの嘘っす!!!」


 最初に気付いたナオが叫ぶ。

 そこには暗黒騎士が立っていた。


「そんな!? ありえない!! ありったけの魔力を込めたのよ! あれを喰らって無事でいられるはずがない!」

「あの爆発で生きていられるなんて……」


 チユキが驚愕すると、サホコも信じられないという顔をする。


「いえ、もう終わりのようです。良く見てください」


 そんな中、カヤが暗黒騎士を指して言う。

 チユキは魔法を使い暗黒騎士を良く見る。

 鎧が割れて兜にひびが入っている。

 そして剣を杖にして立っているのも辛そうにしているのがわかる。


「ふっ! さすがに無事とはいかなかったようだな! だがこれで終わりだ!!」


 レイジは剣を暗黒騎士に向ける。


「暗黒騎士! お前は強かった! 俺なんかよりも遥かにな! だがお前には足りない物がある! それは俺には勝利の女神がついているがお前にはいない事だ!!!」


 そう言うとレイジはチユキ達を見る。


「レイ君……」

「レイジさん……」


 サホコとリノが感動で目を潤ませている。

 ナオとシロネは照れて笑っている。

 カヤは無表情だ。

 ちなみにチユキはいきなり演説を始めて、何を言っているんだお前はと白けた目でレイジを見ている。


(まあ、これがお約束というやつなのかしら? でも、まあ私達の勝ちみたいだし最後まで聞いてあげるわ)


 勝利を確信したチユキはやれやれとレイジの演説を聞く。


「ここにいる女神達が俺を助けてくれる! だからどんなに強い奴が相手でも俺は怖れない! 最後には俺が勝つことがわかっているからだ!!」


 そう言うとレイジの剣が光輝く。

 レイジは止めを刺すつもりであった。


「さあ、もう終わりだぜ暗黒騎士! 俺の光の剣で消えるがいい!!」

「待って、レイジ君!!!」


 暗黒騎士の元に行こうとするレイジを、チユキはあわてて呼び止める。


「なんだよ、チユキ」


 不満そうな顔してレイジが振り向く。格好をつけて行こうとした所を止められたのだから当然であった。


「どうしたのチユキさん。こいつを助けるの?」

「リノちゃんの言う通りだよ! こいつは危ない奴だよ! 今ここで倒すべき! 助けるなんて可笑しいよ!!」

「助けるわけないわシロネさん。ただ、ちょっとこいつに聞きたい事があるの」

「聞きたい事?」

「最後に聞いておきたいの。あの仮面の男の事をね。だから、もうちょっとだけ殺すのを待って欲しいの」


 チユキは地下で出会った仮面の者の事を思い出す。

 あの者の情報を聞いておきたかった。


「そう言う事なら仕方がないか……」

「そうだね」


 シロネとリノが納得する。


「それならこの際だから色々と聞いておくか。嫌でも力づくでな」


 レイジは笑う。喋らないなら拷問にでもかけるつもりであった。


「女の子の前なんだからほどほどにしてよね……」


 チユキもこの世界に来てだいぶ慣れたが、魔物とはいえ無駄に痛めつけるのはどうかと思う。

 もっとも、大人しく口を割らないなら別だ。

 チユキ達は笑いながら暗黒騎士の元へ向かう。



 クロキは意識が朦朧としながらも、レイジの演説を聞いていた。

 

(レイジの言う通りだ。自分には助けてくれる女神はいない。これがレイジと自分の差なのだろうな……)


 クロキは絶対に勝てない壁を感じた。

 そもそもクロキは1人で向こうは7人、不公平である。

 しかし、今更そんな事を気にしても仕方がなかった。


(さっきの魔法はきつかった。生きているのが不思議なぐらいだ)


 クロキは自分の胸に手を置く。火竜の息吹を感じる。


「助かった……。ありがとう……。でも……もう駄目みたいだ」


 クロキは呟く。

 火竜の魂がくれた火に対する耐性のお陰で爆発に含まれる炎は防ぐ事ができた。

 だからこそクロキは生きていられる。

 だけど爆発の衝撃波は完全には防ぐ事ができなかった。

 お陰で暗黒騎士の鎧がぼろぼろになる。

 クロキは立っているのもきつかった。

 顔を上げるとレイジ達が近づいてくるのが見える。皆楽しそうに笑っている。


(きっと自分に勝った事が嬉しいのだろうな……)


 クロキはこのままだとまずいと思ったが体が動かなかった。


(どうすれば良いのだろう。正体を明かして素直にあやまれば命だけは助けてくれるかもしれない。だけど、それはしたくないな。命が危ないのに本当に自分は馬鹿だな)


 クロキは背中に感じる気配からグロリアスが今にも飛び出そうとしているのがわかる。


「だめだグロリアス……。そのまま隠れているんだ」


 このまま隠れていれば見つからず、グロリアスは助かるはずであった。

 クロキの体がふらつき頭がゆらぐ。


「あっ……」


 クロキが気付いた時には遅かった。

 頭を揺らしたせいだろうか。ヒビが入っていた兜がずれて地面に落ちてしまった。





 チユキの目の前で暗黒騎士の体が揺らぎ兜が地面に落ちる。

 その瞬間、素顔が露わになる。


「えっ人間なの……」


 それはチユキにとって意外だった。てっきりその素顔は化け物だと思っていたのだ。

 その顔は魔族でもなく化け物でもない普通の人間ように見えた。黒い髪にほっそりとした顔立ち。その白い顔が少し赤く染まっている。


「あ―――――っ!!!」


 突然リノが暗黒騎士を指して叫ぶ。


「どうしたの!? リノさんっ!!」

「チユキさん! あっ、あの人見たことがあるよ!!!」


 リノが暗黒騎士を見て叫ぶ。


「ク……クロキ……!?」


 シロネが呟く。

 その言葉に皆がシロネを見る。


「なっ、なんでクロキがここにいるのよ―――!!!」


 シロネが絶叫する。


「そっ!! そうだよあれシロネさんの幼馴染だよ!!」

「「エ――――――――ッ!!」」


 チユキとナオが驚きの声をあげリノを見る。


(そういえばリノはシロネの幼馴染を見た事があったはずだ。そしてシロネも暗黒騎士の正体が彼だと言っている。あれがその彼なのだろうか? なんで、シロネの幼馴染がここにいるのだろうか?)

 

 チユキは混乱してしまう


「なんでシロネの幼馴染がここにいるんだ?」


 レイジが疑問を口にする。

 それはその場の全員が知りたい事であった。

 チユキはシロネの幼馴染の彼を見る。

 いかにも死にそうな顔をして倒れそうだ。


「あっ、倒れる!!!」


 リノが叫ぶ。

 シロネの幼馴染であた暗黒騎士の体が揺らぎ、後ろへと倒れそうになる。


「ちょっ、クロキ!!」


 シロネが駆け寄ろうとする。

 しかし一瞬早く洞窟より巨大な影が飛び出す。


「えっ、ドラゴン!!」


 チユキは叫ぶ。

 飛び出してきたのは漆黒の竜だった。

 竜は彼を背中に掬い上げ背中に乗せると猛烈なスピードで飛んでいく。

 チユキ達は突然の事に動く事ができなかった。


「えっ、何……。何があったの――――!!」


 シロネが絶叫する。何が起こったのかわからず混乱しているみたいだ。

 それはチユキも同じだ。

 空を駆ける竜が小さくなっていく。

 チユキは竜が飛んでいくのを見守ることしかできなかった。

 その後、一人だけ冷静だったレイジが帰ろうと言い出したため、チユキ達は山を下ることにする。

 ただ、暗黒騎士の正体で頭が一杯になっていて、聖竜王の安否を確認することはすっかり抜け落ちていたのだった。



 クロキはグロリアスの背に乗り空を飛ぶ。


「助かったよ、グロリアス」


 グロリアスはクロキが倒れそうになった事で思わず、飛び出してしまったみたいだ。

 そのおかげで結果的にクロキは助かった。


(勝利の女神はいないけど、助けてくれる竜はいるみたいだ。だから勝つ事はできなくても生きていられる)


 レイジ達は何故か追撃をしてこなかった。

 その理由はクロキにはわからない。

 顔に手をやる。そこに兜はない。素顔である。


「正体バレちゃったな……」


 これで暗黒騎士ではなく、クロキと言う人物は完全に嫌われてしまっただろうと思う。

 何しろ好きな人を斬ったのだ。もう元の関係には戻る事は出来ない。

 そう思うと少し悲しくなる。


「やっぱり勝てないか。我ながらくだらない対抗心だな、何と戦っているのやら……」


 クロキは自嘲すると、グロリアスの背に結び付けられた聖竜王の角をさわる。


「これで自分にも女神が来てくれるかな……」


 クロキはそんな事を考えていると意識が朦朧としてくる。


「さすがに疲れた。ごめん、グロリアス……。少し眠るよ」


 青空の中をグロリアスは飛ぶ。雲の上は晴れ渡り陽光が漆黒の鱗を照らす。

 その陽光の中でクロキは眠りに落ちた。

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