第31話 新たなる女神

 自身の宮殿にて魔王モデスは宰相であるルーガスからザルキシスの事を聞く。


「まさか死神ザルキシスが生きていたとはな……」


 モデスの知るザルキシスは母ナルゴルの配下だった者だ。

 この世界を滅ぼそうとしたモデスの母親ナルゴルは、破壊神や闇の大母神とも呼ばれた。

 この世界を滅ぼしたくなかったモデスは、敵対していた神々のリーダーであるオーディスの側に自身の配下と共に寝返った。

 そして、モデスとオーディスの手によりナルゴルはこの地で倒された。以後この地は呪われ暗闇に閉ざされ、そして呪われたこの地はナルゴルと呼ばれるようになったのだ。

 そしてザルキシスはモデスが殺したはずだった。それが生きているとは思わなかった。


「一体何を企んでいるのやら……」


 ザルキシスはナルゴルの忠実な配下だった。この世界に災厄をもたらそうとしているかもしれない。


「ですが、陛下。ザルキシスの力は陛下には効きません。怖れるには値しないかと」


 ルーガスの言葉にモデスは頷く。

 ザルキシスは自身の領域を作り、その領域に踏み入れた者の力を奪う能力を持っていた。

 それは神でも同じ事で、多くの神がザルキシスの餌食となった。

 例外はザルキシスが認めた者とザルキシスの主君であるナルゴルの力を持つ者だけだ。闇の大母神にはその力が効かない。そして、同じ力を持つモデスにもまた効かなかった。

 またザルキシスに限らずナルゴルの残党はわずかに生き残っているが、どれもモデスにとって脅威ではなかった。


「それも、そうだな。そういえばクロキ殿は今何をしておる?」


 モデスはルーガスに尋ねる。

 クロキが魔王城に戻ってきたとき瀕死の状態だった。

 なんでも角を取りに行った先で勇者達と遭遇してしまったらしい。

 なぜそこに勇者達がいたのかはモデスにはわからない。

 勇者達と遭遇した事で戦闘になり、そして敗れた。さすがのクロキも勇者とその仲間達全員が相手では敵わないようだとモデスは判断する。

 それは問題だった。何か対策を考える必要がある。クロキが敗れたらモデスは終わりなのである。

 対策が必要かもしれない。


「現在クロキ殿は女神を創造する準備に入っております」

「もうか!? まだ、戻って来て1日しかたっていないぞ!? 体は大丈夫なのか!?」

「はい。すぐにも秘術を行いたいと言われまして……」

「そうか」


 本人が大丈夫と言うならモデスも言う事はない。

 少なくともこれで勇者の女に匹敵する仲間が1人増えるはずだ。

 希少な材料に術者の想いと魔力が高くなければあの秘術は成功しない。

 だがクロキならば大丈夫だろうとモデスは思う。


「これで少しは安泰になれば良いのだが」


 モデスは小さく呟くのだった。



「ねえ、チユキさん。私はどうすれば良いのかな」


 シロネは部屋をうろうろと歩き回っている。


「落ち着いて、シロネさん。部屋を歩き回ったって問題は解決しないわ」


 ロクス王国の自室に戻って以降、シロネはこんな感じだ。

 チユキは溜息を吐く。

 自身の部屋でうろうろするのはやめて欲しいとも思う。

 そのためチユキまで落ち着かなくなっていた。


「でも何でクロキがこの世界にいるのかな……。もう訳が分からないよ」


 シロネが頭を抱える。

 それはチユキも同じだ。正直何がどうなっているのかわからない。

 頭を悩ませる。暗黒騎士の正体はシロネの幼馴染だった。

 危うくその彼を殺してしまう所だったのである。

 もし殺してしまったいたら、後悔どころではすまない事になっていただろう。

 チユキは背筋が冷たくなるのを感じる。

 あの時、チユキ達は混乱し暗黒騎士であった彼を見送る事しかできなかった。

 もしかすると偽物の可能性もあったが、幻術等を見破る破幻の瞳を持つリノは間違いなくシロネの幼馴染だと断言し、またシロネも幼馴染で間違いないと言う。

 そもそも、魔王側にシロネの幼馴染の容姿の情報を手に入れる事は難しいはずであった。

 だから、魔物が化けている可能性は低くく、チユキはシロネの幼馴染本人だと判断する。

 問題は何故彼がこの世界にいるかであった。


「魔王の側に召喚を行える者がいる……」


 チユキは呟く。


「そいつがクロキを」


 シロネの言葉にチユキは頷く。


「そして召喚した彼を何らかの魔法で操っていると考えるのが自然ね。そう考えれば彼が暗黒騎士になっているのも納得できるもの」

「そんな……」


 シロネの顔が青ざめる。

 チユキはそのシロネの様子を見て意外に思う。シロネの話しでは彼は小さい頃から知っている知人というだけで特別な感情はないはずだ。だけど、暗黒騎士の正体が彼だと知った時の態度が尋常ではない。

 もう少し落ち着いても良いはずだった。


「しっかりして、シロネさん。ここで悩んでも仕方ないわ。冷静に彼を取り戻す方法を考えましょう」


 シロネの肩に手を置きチユキは言う。


「うん……」


 シロネは頷くが、まだ落ち着かない感じだ。


「これからの事を考えなくてはならないわよ。彼はある意味人質だわ。これではへたにナルゴルを攻めるわけにはいかないわね。もっとも向こうから来る可能性もあるけど……」


 もっとも、チユキはその時はどうすれば良いのか考えが思いつかない。

 

(シロネさんの話しではすごく弱い印象しかなかった。しかし、実際の彼は弱いどころではないわ。私達全員を相手にして互角に戦えるなんてある意味化け物だわ)


 チユキは暗黒騎士であったシロネの幼馴染の事を考える。


「色々と調べる必要があるわね……。変質者も見つからないし。それにしても、私達のいた世界からどれくらいの人がこの世界に来ているのよ?」


 チユキが地下であった彼は正体を隠したまま一向に姿を見せてくれない。何か理由があるはずであった。

 何か知らない秘密がある。それがわからない。

 チユキはため息を吐くしかなかった。



「レーナ様。暗黒騎士に角を取られたそうです」

「そう角は取られたの……」


 あの夜の失敗に気が動転したレーナは、エリオスの自身の宮殿へと引きこもってしまった。

 あの魔法薬は外から消す事はできず、自身の魔法抵抗力で打ち消すしかない。

 幸いレーナの強大な魔法抵抗力により、打ち消す事に成功したはずだった。

 少なくともレーナはそう思っている。


(だからもうクロキの事は何とも思っていない。彼に首輪を付けて散歩したり、彼に首輪をつけて一緒に食事をしたり、彼に首輪をつけて添い寝をしたいなどと、これっぽっちも思っていない。本当に思っていない。絶対に思っていない。まあでも彼が望むなら考えてあげても良い。そのときは宝石を散りばめた首輪を付けてあげよう。きっと彼に似合うはずだ)


 しかし、そんな妄想をレーナはしてしまう。

 実際は消えずに定着してしまった事に気付いていない。

 なぜなら、愛の魔法薬は好みの相手である程、絶大な効果を発揮する。

 クロキはレーナの好みに合致していたのだ。


「模造の女神など造らず、私を攫えば良いじゃない! 模造の女神なんか作らず本物がここにいるのだから!」


 レーナは思わず口に出してしまう。

 ニーアが変な顔をしている。


「あの……レーナ様……」

「い、いえ、なんでもありません。報告ありがとう。下がって良いわ、ニーア」


 ニーアは一礼して部屋を退出する。

 これで部屋の中にはレーナしかいない。

 レーナは気持ちが落ち着かず、心がもやもやする。

 こんな姿は配下である戦乙女達にはあまり見せられなかった。

 もちろん、レーナにはもやもやの原因はわかっている。

 そして、その原因を思い浮かべる。


「このまま終わらせるつもりはないわ。覚悟しなさい、クロキ!!」


 レーナはナルゴルの方角を見て宣言するのだった。




◆暗黒騎士クロキ


 1人の少女がクロキの前にいる。

 白銀の髪をもった少女だ。

 最後の材料である聖竜王の角を持って帰って来た事で、生み出された新しい女神である。

 少なくとも外見は美しいレーナの髪と綺麗な聖竜王の角が材料の1つとなっているだけあって、非常に美しい女神として生まれていた。

 身長はレーナやモーナと比べて低いが胸は同じくらいある。


「よっしゃ!!」


 クロキは思わずガッツポーズを取る。すると傷を負った体が悲鳴をあげる。


「痛たた……」


 体を抑える。治癒魔法である程度回復したとはいえまだ体を動かすのはまだきつかった。

 それでもクロキは秘術を一刻も早く行いたかった。

 あの山での光景を思い出す。

 レイジ達はとても楽しそうだった。

 レイジを中心にその周りのシロネ達が楽しそうに笑い合う。それは眩しい光景だった。

 傷つきもはや体を動かす事ができないクロキは、それをただ眺めているしかできなかった。

 そんなレイジとその女神達。羨ましいとクロキは思う。

 沢山はいらない。1人で良い。でも彼女達の誰も敵わない女神がクロキは欲しかった。

 その女神が目の前にいる。

 その小さな女神が不思議そうにクロキを見つめている。


「クロキのレーナだから、クーナと言った所かな」


 クロキはクーナの頭をなでる。


「クーナ?」


 クーナは首を傾げる。


「君の名前だよ、クーナ。自分の名前はクロキ。これからよろしくね、クーナ」


 クーナはじっとクロキを見つめている。


「クロキ」


 クーナが可愛い声で名前を呼ぶ。

 その言葉でクロキのすべてのトゲがなくなった。これで何も気にしなくて良いはずであった。

 クロキはクーナを見る。

 綺麗な瞳がじっとクロキを見つめていた。

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