第29話 聖竜山の死闘1

 戦えないキョウカを残しチユキ達は急ぎ聖竜王の住む山へと向かう。

 レイジ達と合流してから向かったので暗黒騎士は既に聖竜王に出会っているはずであった。


「ちょっとレイジ君! いきなり光砲を打ち込むなんて何を考えているの!」


 チユキはレイジに怒る。

 聖竜王の住む洞窟の入り口に辿り着くと、突然レイジが神威の光砲を放ったのだ。


「大丈夫だチユキ。これぐらいでやられるような奴じゃない……。暗黒騎士がきっちり防ぐさ。手加減が出来る相手じゃない」

 

 レイジの目は真っすぐ入り口を見ている。

 入り口に暗黒騎士が立っている。

 傷ついている様子はない。


「嘘、無傷なの……。レイ君のあの魔法は簡単には防げないはずなのに」


 サホコが口を押えて驚く。

 それはチユキも同じだった。改めて暗黒騎士の強さを実感する。

 レイジの光砲の威力を知る他の仲間も驚きの表情を作る。


(暗黒騎士が聖竜王の洞窟から出てきた所を見ると角は奪われてしまったに違いない。レーナは何をやっているのだろう)


 今回はレーナが作戦を立て、チユキ達は暗黒騎士の足止めをする事しか聞いていない。

 そのレーナはアクシデントがあったのか姿を見せていない。

 つまりチユキ達だけで戦わなくてはならなかった。


「大丈夫だ! みんな! 俺達が力を合わせれば勝てる! 奴はロクスの王国の人々を皆殺しにしようとした! ここで倒さなければ勝てない!」


 レイジが仲間達を勇気づける。

 それを聞いたチユキ達は頷く。


(レイジ君の言う通りだわ。最初は暗黒騎士と戦う事をためらっていたけど、今は違う。彼らはロクス王国の人々を皆殺しにしようとした。とても危険な奴らだ、野放しにはできない)


 今でも慎重に行動すべきだと思うが、もはやためらいはない。全力で倒してやろうとチユキは決意する。


「暗黒騎士!! あなたは確かに強いわ。私達1人1人が相手では敵わないでしょうね。でも私達全員が相手ならどうかしら?」


 チユキは大声で暗黒騎士に言い放つ。

 戦いの始まりであった。


「風の精霊よ、みんなを助けて」


 リノの言葉と共にチユキ達の体が軽くなる。

 これで移動が楽になり、より素早く動ける。


「聖なる力よ、皆に祝福を与えたまえ」


 今度はサホコの言葉と共にチユキ達は白い光に包まれる。

 この魔法の光は少量だが持続的に回復してくれる。

 2人が魔法を唱え戦闘準備を整える。

 そして、チユキもまた魔法を唱える。

 仲間達の武器に魔法が付与される。これで攻撃力が上がるはずであった。

 陣形はレイジを中心にシロネとカヤが前線に立ち、ナオが脇からサポートする。私とリノが後ろから魔法で攻撃しサホコが前線を回復させる。チユキ達の必勝パターンである。

 今回は昨日の夜のような黒い霧はないみたいなので本来の力で戦える。

 一番手は飛び道具を持つナオからである。

 ナオは特大のブーメランを投げる。

 ブーメランは投げると分裂し、なおかつ真空の刃を生み出し暗黒騎士を襲う。

 しかし、暗黒騎士は剣を構えると一振りで真空の刃を消し、全てのブーメランを叩き落とす。


(さすがに強い! だけど、これで終わりじゃない!)


 ブーメランは簡単に防がれたが、剣を振り無防備になった所をレイジが攻撃する。

 2人の息がぴったりである事をチユキは知っている。

 態勢を崩した暗黒騎士に避ける事は出来ないはずであった。


「えっ……!!」


 チユキは一瞬、何が起きたのかわからなかった。レイジの攻撃が暗黒騎士の体をすり抜けたのだ。

 斬ったレイジも茫然としている。


「嘘!? 避けたの? シロネさんやカヤさんの話ではレイジ君の攻撃はすごく読みづらく避けにくいはずなのに!」

 

 チユキは目の前の出来事が信じられなかった。

 次に翼を生やしたシロネが空から攻撃する。部屋の中等の、閉じられた空間では本来の力を出せないが、この開けた場所でなら効果は絶大だ。

 かなり離れた頭上から猛スピードで落下し剣を振るう。

 だが、その剣は暗黒騎士がわずかに動く事であっさりと躱される。

 そこをカヤが地を這うように近づき拳を振るう。カヤの拳は当たれば、盾や鎧で受けても衝撃が内部に伝わり、ダメージを与え防ぐことができない。

 しかし、そのカヤの攻撃もレイジの攻撃と同じように暗黒騎士を素通りする。


「みんな―――! どいて――――!!」


 リノの声にあわせて4人が暗黒騎士から離れる。

 チユキが振り向くとリノの前に背の高い青白ドレスを着た女性が立っている。そして頭上には雷を纏った巨大な鳥が飛ぶ。

 上位精霊の雪の女王スノークィーン雷鳥サンダーバードである。


(さすがリノさん。物理的な攻撃は効かなくても2体の上位精霊の同時攻撃はどうだろうか?)


 チユキは2体の上位精霊を眺める。

 精霊魔法に長けたエルフでも上位精霊を呼び出す事ができる者は少なく、ましてや、その上位精霊を2体同時に呼び出すことなど、エルフの女王も難しい。

 しかし、リノはそれをする事ができる。


「お願い、精霊さん! あいつをやっつけて!!!」


 リノの声に合わせて雪の女王スノークィーン氷槍の吹雪アイスランスブリザード雷鳥サンダーバード雷の嵐サンダーストームを放つ。

 轟音と共に視界が一瞬土煙で覆われる。

 数秒後土煙が晴れる。暗黒騎士はそこに立っていた。


「何よ、あいつ! これだけの攻撃でも傷がつかないの!!?」


 チユキは驚愕する。


「見切りと受け流しですね。攻撃が全く届きません。宮本武蔵は米粒を額につけた状態で斬撃を受け、相手に米粒だけしか斬らせなかったという逸話がありますが、それと同じ事が出来るのかもしれません」


 戻ってきたカヤが解説する。


「何よ、それ! そんな冗談みたいな技ができるなんて! どうすれば良いの!?」

「大丈夫ですチユキ様。精霊の攻撃までは防ぎきれなかったようです。見てください」

「えっ……」


 チユキは暗黒騎士を見る。その体が少し揺らいでいた。


「それに先程から攻撃をしてきません、防御だけで精いっぱいのようです」

「なるほどね。少なくともなんらかのダメージを与える事ができるなら勝機はあるわね。なら、このまま回復する暇を与えずにじわじわと削ってあげましょう。そして最後は特大の魔法で止めをさしてあげるわ」


 カヤの言葉にチユキは笑う。


(地下での事は本当に怖かった。暗黒騎士に直接ってわけじゃないけど、仲間だから同じ事よね。絶対に仕返ししてやる!)


 チユキはそう決意すると特大の魔法を使うために集中するのだった。



 上位精霊の魔法がクロキを襲う。

 防御魔法が間に合わず、冷気と雷撃が少しずつダメージを与える。


「まずいな……。どうにかしないと」


 クロキは向かって相手を見る。

 シロネの攻撃を躱すのは簡単であった。

 なぜなら、クロキは何度も彼女の剣を見て来たのだから。

 それは空を飛んでも同じ事である。いや空を飛ぶ攻撃は直線的でより避けやすい。

 拳を振るう女の子の攻撃はするどい。しかし、クロキに剣を教えてくれた師匠程には怖くはなく、今の所受け流しで回避している。

 問題はレイジの攻撃であった。

 レイジの剣は元の世界でも充分に人を斬れるレベルであり、その一撃一撃が鋭くクロキの命を獲ろうと迫ってくる。

 それでもクロキはレイジの攻撃パターンはある程度読む事ができた。

 絶対に正面に立たず、視界の外から攻撃してくるのだ。

 まるで野生動物のような動きであった。

 普通なら、そんな事はできないがレイジの身体能力が、それを可能にしている。

 だから、クロキはあえて視界を外し、レイジの動きを誘導することで攻撃を躱す事が出来た。


「ぐっ!」

 

 再び精霊の魔法がクロキを襲う。


(まずい、精霊の攻撃は防ぎきれない。もっとちゃんとした魔法防御障壁を張れば防げるかもしれないけど、レイジやシロネ達がそれをさせてくれない。どうしよう?)


 クロキは考える。

 現状では隙をみて逃げるしかない。だけど、それは難しく、転移魔法で逃げようにもグロリアスを置いてはいけなかった。

 レイジとその仲間の女の子達が再びクロキに向かってくる。

 レイジだけならともかく、その周りの女の子が自分の命を獲りに来る状況は精神的にもクロキにはきつかった。

 本当はクロキは女の子達と争いたくないのである。


(なんでこうなったんだ? よく考えてみれば、こうなる事はわかっていた事じゃないか……)


 クロキは笑いたくなる。

 レイジを敵に回せばその周りの女の子も敵となる。

 それはこの世界でも元の世界でも変わらない。レイジと戦った時点でこうなる事は予測すべきだったのである。

 だからこそ元の世界でレイジを敵に回す事をみんな嫌がったのだ。ある意味レイジは女の子に守られているといえる。

 そのレイジの女の子達がレイジと並んで迫ってくる。クロキにとってすごく嫌な状況だった。

 特にシロネに嫌われたくないクロキは正体を明かす事が出来ない。

 だから、このまま何も出来ずに防戦一方だった。


(つまらない対抗心から行った結果が、このざまだ。なんと自分は愚かなのだろう)


 クロキは心の中で後悔する。

 このままではジリ貧であった。

 このまま防戦だけでは押し切られるので、反撃をするべきなのだが、それはシロネを含む女の子達をも斬る事を意味していた。

 しかし、どうしてもクロキはためらってしまう。

 徐々に攻撃を防ぐのが難しくなってくるのをクロキは感じていた。

 レイジ達が攻撃し、後方から魔法が何度も飛んでくる。

 クロキの力が落ちているのに対して、レイジ達は吉野沙穂子がレイジ達の疲労等を回復するので威力が落ちない。

 徐々にクロキは追い込まれていく。

 だけど、それでもクロキは女の子達を攻撃する事はできなかった。

 クロキはなんて自分は馬鹿なのだろうと思う。

 この後に及んで自分の身よりも彼女達を傷つける事を心配するのだから。


「ぐっ!!」


 クロキは何度目かの精霊の攻撃を喰らい、痛みで膝をつきそうになる。


「みんな離れろ!」 


 突然レイジが号令を出すと、全員がクロキから離れる。

 

「何が……」


 クロキは呟く、レイジ達の離れ方が尋常ではない、かなり距離をとっている。

 そして気付いた時には遅かった。

 何時の間に作ったのだろう?

 水王寺千雪が赤く光る巨大な魔法の球をクロキに向けて放つ。

 その魔法球から感じる魔力がとんでもなかった。


「炎の魔法と爆裂魔法を何十にも重ねた極大超重轟炎爆裂魔法よ!!悪行の報いを受けなさい暗黒騎士!!!」


 水王寺千雪が叫ぶ。


(やばい! あの魔法は見ただけでやばい! 通常の防御魔法じゃ防げない!)


 クロキは直感で危険を察知する。

 しかし、後ろにはグロリアスがいるため避ける事はできない。

 仕方ないのでクロキはありったけの魔力を吐き出す。


(せめてグロリアスは守る!)


 クロキがそう決意して、魔法を発動させた瞬間、魔法球がぶつかる。

 そして巨大なエネルギーの嵐が場を支配した。

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