第21話 夕暮れの気配

 ストリゲスの塔から戻ったクロキとガリオス達自由戦士は白い鱗亭に集まる。

 夕方になり、辺りはかなり暗くなっている。

 外で仕事をしていた人々は城壁に戻り、朝を待つ。

 ただ待つだけでは暇なので今のクロキ達のように酒場に集まる者もいる。

 自由戦士達は誰も犠牲者を出さずに探索を終えた事を祝う。

 危険と隣り合わせのこの世界において、死は当たり前だ。

 むしろ、犠牲者が出ない方が珍しい。

 そのため、ガリオス達は無事を祝って飲もうという事になったのだ。

 その様子を見てクロキは前の世界と変わらないなと少し笑う。

 今ここにいないのシロネとレンバーだけだ。

 シロネは仲間の所に戻り、レンバーは王に報告するために参加出来なかった。

 ガリオスが小さい樽に入った麦酒エールを掲げて、飲み干すと自由戦士達も楽しそうに飲み始める。

 もっともクロキは酒を飲まないので、食べてばかりだったりする。 

 

「これ美味しいですね。ガリオス」


 そう言ってクロキは先程屋台で買った茹で団子ダンプリングを頬張る。

 中に野菜と豚肉が入っている。

 このロクス王国の近くは森が多く、羊よりも豚が多い。

 豚は近くの森で木の実をたらふく食べ、その多くが冬が来る前に塩漬けや燻製肉にされる。

 クロキが今食べている茹で団子ダンプリングは保存食を作る時に、余ったくず肉を使ったものだ。

 こういった茹で団子ダンプリングは外街であれば何の肉が使われているかわからない事が多いが、この国の住人であるガリオスが保証したのでクロキは安心して食べる事が出来た。


「そうだろうクロ。なかなかいけるだろう」


 ガリオスがガハハと笑いながら2杯目の麦酒エールを飲む。

 ちなみにこの店の支払いはガリオスの奢りだ。

 もっとも、支払いはつけである。

 後でガリオスは塩で支払うと店主に約束した。 

 ロクス王国は内陸にあるため塩が貴重だ。そのため塩が金属貨幣の代わりになる事もあった。


「ん?」


 茹で団子ダンプリングを食べている時だった。

 クロキは奇妙な気配を感じて立ち上がる。

 

「どうしたんだ、クロ? 急に立ち上がって」

「ガリオス……。なんだか嫌な予感がします。剣を持ち、城門に向かった方が良いかもしれません」


 クロキは真剣な目をしてガリオスを見る。

 しかし、ガリオスは首を傾げるだけだ。


(やっぱり、いきなりこんな事を言っても信じてもらえないよね……)


 クロキが感じた気配はとても悪意があるものだった。

 気配を探ると城門で何かが起こっているのがわかる。しかし、それは囮だ。

 悪意の気配はこの国の内部から湧き出している。クロキにはそれがわかる。

 対処が遅れれば大変な事になるかもしれなかった。


「詳しくは話せないが何かが起ころうとしているみたいなんだ……。信じて欲しい……」


 クロキはもどかしそうに言う。


「ああ、わかった。信じるぜ。短い付き合いだがクロは悪い冗談を言ったりしねえ、きっと大変な事が起ころうとしているんだろうな」


 しかし、クロキの心配をよそにガリオスはあっさりと頷く。


(えっ? 嘘? なんでこんなにあっさり信じてくれるんだ?)


 クロキはなぜこんなにあっさりと信じてくれるのか疑問に思ったが、信じてくれたのだから良しとすべきとも思う。

 

「ありがとうガリオス」

「良いって事よ!!」


 そう言うとガリオスは自由戦士達を呼ぶのだった。


 

 ガリオスは急いで店を出るクロキを見送る。


「どうしたのですガリオス? 何かあったのですか?」


 共に飲んでいたニムリが聞く。

 他の自由戦士も何事だと集まっている。


「悪いがみんな。飲むのは中止だ。これから武器を持って城門に行くぞ。何か大変な事が起こっているらしいからな」


 ガリオスがそう言うと自由戦士達が疑問の声を出す。

 

(それも当然だな。俺もクロの事を知っていなけりゃ。信じなかっただろうよ)


 ガリオスはクロキと初めて会った時の事を思いだす。

 出会ったのは隣の国から、ロクス王国へと帰る時だった。

 運悪くゴブリンの一団に出会い。逃げようとしたガリオスは森の中に入り迷ってしまう。

 そして、迷い木の根に足を取られガリオスは怪我をしてしまう。

 動けなくなり、なんとか這ってでも帰ろうとした時だった。


「大丈夫ですか?」


 ガリオスは突然声を掛けられたのである。

 顔を向けると1人の青年が立っていた。それがクロとの出会いだった。

 声を掛けられるまで気が付かなかったのに、ガリオスは気が付いた後はこの青年から目が離せなかった。

 人が立ち入るには危険な森の中、ガリオスは目の前の青年が普通ではないと気付く。

 そして、それは正しかった。ガリオスよりも細い体であるにも関らず、クロはロクス王国まで軽々と運んだのだ。

 ガリオスはおそらくクロは人間ではないと思っている。

 しかし、悪い存在とは到底思えなかった。

 実際にクロと付き合ってみて善良である事がわかる。

 だからこそ自宅に招待したのだ。

 ガリオスは仲間達を説得する。


「仕方ねえガリオスの旦那が言うんじゃ動くしかねえな」

「そうだな」


 ストルが承諾すると他の者も承諾する。


「ガリオス。クロがそう言ったのですね……。ならば、きっと何かが起こっているのでしょう」


 ニムリも頷く。

 魔術師だからだろうか?

 ニムリもクロを只者ではないと思っているようだとガリオスは感じる。


「ああ、そういう事だ。すまないがみんな力を貸してくれ!」


 ガリオスが叫ぶと自由戦士達は剣を掲げるのだった。




「ナオさんどうしたの?」


 王宮に行こうと思い館を出る所でチユキはナオに呼び止められる。

 ナオは昼間の探索で疲れたと言って寝ていたはずだ。

 一度寝たら中々起きないはずのナオが起きている。

 チユキは何だか嫌な予感がした。


「うーんとね……チユキさん、何か変なのが来てるみたい……」


 ナオが困ったような顔をして言う。


(何が来てるのかわからないけど、ナオさんが言うのだから何かがあるのだろう)


 チユキは緊急事態が発生したと思い。動く事にする。


「ちょっと見て来るわ。ナオさんはみんなを集めて」


 チユキは別荘から出ると飛翔の魔法で空を飛ぶ。

 あたりはすでに暗くなっている。

 しかし、暗視と遠視の魔法で国の様子を見る事ができる。

 門の所で何か騒ぎが起こっているのを確認する。


「ちょっと門が破られているじゃない!!」


 チユキはそこで大変な事に気付く。

 南にある正門からゾンビ達が侵入しているのが見えたのである。


「ちょっとまずいわ! みんなを呼ばないと!」


 チユキは急ぎ別荘に戻るのだった。

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