第20話 影に潜む者
時間は昼をすぎ、もうすぐ夕方になろうとしていた。
城壁が広く影を作りロクス王国のあちこちで明かりが灯される。
夜は人間の時間ではない。
日の光を嫌う多くの魔物が活動を始める。
城壁の外で仕事をしていた者達は、内へと戻り夜が過ぎるのを待つ。
チユキ達全員も変質者の捜索を終えて別荘に戻る。
それぞれ別の行動を取り、大広間にいるのはチユキとシロネの2人だけだ。
チユキはシロネから塔での事を聞く。
「そんな事があったの」
「そうなのよチユキさん。結局何も見つからなかったのよ」
シロネは残念そうに答える。
チユキはその話を興味深そうに聞いていた。
「そのストリゴイを目覚めさせた奴が気になるわね。御使いを残してどこかに行き、そのいるはずだった御使いとやらも塔にはいなかったのよね」
「そうなのよ。チユキさんはどう思う?」
「うーん。シロネさんの話だけでは判断はできないわね。あの暗黒騎士かもしれないけど……、だとしたら3日間も何も行動がないのはおかしいのよね。それに暗黒騎士は前に会った時に竜を連れていなかったし……。何者なのかしら? ストリゴイの話し方からストリゲスじゃないみたいだけど」
「そっか……。チユキさんにもわからないか」
シロネは残念そうに言うと侍女が持って来てくれた御菓子を食べる。
御菓子は胡麻と蜂蜜から作られたものだ、胡麻の香ばしさと蜂蜜の甘さをは口の中で楽しむと、さわやか風味の御茶を飲む。
御茶はこの世界の花から作られたものでチユキのお気に入りだ。
チユキも御茶を飲み、一息つく。
「そういえば変質者は見つかったの?」
シロネの問いにチユキは首を振る。
「キョウカさんを囮にしてナオさんにロクス王国にいる全員を調べさせたけどそれらしき人は見つからなかったわ。これだけ探しても見つからないなんて潜伏能力が高いのかもしれないわね。他に考えられるのはこの王国いない場合よね。私達に見つかる前に逃げたかもしれないわ」
「あちゃー。じゃあ、チユキさん達も何も収穫なしか……」
シロネはそう言うと椅子の背に体重を預け天井を見る。
「それがね、そうでもないのよシロネさん。実はストリゲスらしき者が見つかったの」
「えっ本当に!!」
シロネが驚いた声を出す。
「実はね、ナオさんが捜索途中で人間に化けている魔物を見つけたのよ。おそらくゾンビを作っていたのもそいつね」
チユキは説明する。
魔物の中には人間に変化できる者もいる。それをたまたま見つけたのだ。
「最初はその魔物が変質者ではないかと思ったけど、女性だし私達が来る前からこの国にいるらしい事から変質者ではないわね。でも見つけてしまった以上は放置はできないわ」
「確かにそうね。で、どうするの? もちろん退治だよね」
「もちろん退治はするわ。だけど、今は様子を見ているわ。レイジ君はさっさと倒した方が良いと言っているけど、ゾンビを使って何をしようとしていたのか聞きたいからね」
チユキはストリゲスが何をしようとしていたのか気になっていた。
ストリゲスは人間よりもはるかに強い魔物だ。
わざわざ人間達から隠れなくても良いはずなのである。
裏で何かをしているのではないかと気になったのだ。
「今の所、ルクルス卿達に見張ってもらっているけど、シロネさん達が戻ったのだからレンバー卿にも報告しておいた方が良いわね」
チユキ達はよそ者だ、この国にストリゲスが潜んでいる事もレンバーに伝える必要があった。
チユキはレンバーの事を考える。
(見張り役も神殿騎士達よりも、レンバー卿達に任せた方が良いかもしれないわね。この国の事なのだし、そうなれば見張りをしているルクルス卿も本来の任務に戻れるはずだわ。さて見張りはうまくやっているかしら?)
チユキは見張りをしているルクルス達の事を考えるのだった。
◆
「ヒュロスお前……。操られて……」
ルクルスは膝をつき目の前にいる神殿騎士を見る。
目の焦点があっていない。まるで起きながら夢を見ているようであった。
ルクルスは人間に化けた魔物を監視している途中で、部下であるはずの神殿騎士ヒュロスの襲撃を受けた。
急な事だったので対応できず、彼らが放った麻痺毒の煙幕を受けてしまったのである。
煙幕はかなり強力な魔法の薬から作られたようでルクルスは体を自由に動かせない。
「ルクルス隊長……」
同じように麻痺毒にやられた部下がルクルスを呼ぶ。
「気付かれたみたいだけど、この神殿騎士達をお前達の所に運んだ者には私の事は話さないように指示をしておいたのが良かったようだね。勇者の女には気付かれたけど、さすがにこっちには気付かなかったみたいだね」
監視対象であった女がルクルスに近づく。
ルクルスは女とヒュロス達が接触していた事を聞いていなかった。
そのためヒュロスが女に支配されていると気付かず、不覚を取ってしまったのである。
「さて、どういたしましょう我が神よ」
女はルクルスに背を向ける。
ルクルスはその方向を見ると、そこには仮面で顔を隠し、白い法衣を纏った者が立っていた。
「オルアよ、勇者達に気付かれたことには間違いない。急ぎ動くぞ」
法衣の者が喋る。
ルクルスはその声を聞くと体が痺れているにも関わらず、背筋が凍るような感覚に襲われる。
(チユキ様の話では監視対象は1人だったはずだ!? このような者がいるとは聞いていない!)
そんなルクルスの様子を気にする事なく、法衣の者と女が会話を続ける。
「はいザルキシス様。気付かれた以上は動かなくてはなりません」
女が恭しく頭を下げる。
「そうか、動くか。ならばこちらも隠れていないで動くとしよう。勇者に対しても存分に復讐を果たすがよいぞ」
「はいザルキシス様」
ザルキシスと呼ばれた男が去って行く。
男が去るとオルアと呼ばれた女がルクルスを見る。
「お前達は殺さない代わりに道具になってもらうよ」
女が近づいて来る。ルクルスは逃げようとするが体が動かない。
「今夜でこの王国もお終いさ、ケケケケ」
女は笑う。
それは、とても不気味であった。
「チユキ様……」
ルクルスは自らが敬愛する黒髪の少女の名を呼ぶと、そこで意識が途絶えた。
◆
まだ夜が来ていないが曇り空があたりを暗くさせる。
モーバンは検問所の窓から空を見て、夜が来る事を感じ取る。
モーバンは城壁を守る門番だ。
先程上司である騎士レンバーが戻って来たので、ようやく門を閉める事が出来る。
モーバンが門番になってから10年になる。
城壁の門番は出入国を管理する重要な仕事だ。
そのため、その他の兵士達よりも給金が良い。
しかし、給金が多い分責任も多くなってくる。
魔物だけを警戒すれば良い衛兵と違って門番は人間も相手にしなければならない。
どんな人間でも入国を自由にしてしまえば、国の治安や食料事情が悪くなる。
そのため入国させる人間を選別しなければならない。
入国が可能なのは自国の市民はもちろんのこと、同盟国の市民や自国の市民の紹介や保証がある人間だ。そうでない流民などは基本的に入国させる事はない。流民の中には情に訴えてきたり、脅しをかけてくる者もいる。そういった事に流されない強い精神を必要とされる。そのため門番は隙を見せないよう市民権を持たない流民に対して威圧的に振る舞うのが基本だ。
しかし、例外もある。ロクス王国では祭りの間は流民でも入国を可能にしている。
もちろんそのまま通す事はできないので、名前や年齢や滞在先等を記録に取らなければならない。そのため祭りの間の門番の仕事は通常の3倍まで増えていた。
今日も普段より多い入国者の対応でモーバンは疲れていた。
(日が落ちたら交代の人員が来るはずだ。帰りに一杯でもやっていこうかな……。ん?)
そこでモーバンは気付く、城壁の上から慌てる声がする。
「何だ? 何かあったのか?」
そして、モーバンはなぜ城壁の上の者達が慌てているのかに気付く。
何者かが門に近づいて来ていた。
近づいて来る者の数は多く100体以上はいるだろう。
「あれは魔物……」
近づいて来る者達は人間ではないゴブリンやオークといった魔物達だ。しかもただの魔物ではなかった。
「ゾンビ……?」
近づいて来る魔物達の中には頭がなかったり、体に穴が開いている奴もいた。
モーバンは先日起こったゾンビ事件を思い出す。
「は、速く門を閉めるんだ! それと王宮に連絡をっ!」
門番は常時3名で職務に就いている。
モーバンは振り向き同僚達に急いで指示を出す。
だが返事がない。見ると同僚の1人が倒れている。そして横にはもう1人の同僚がいる。
立っている同僚は気の抜けた表情で倒れた同僚を見ている。
「おっ、おい何があった!?」
立っている同僚がモーバンを見る。目の焦点が合っていない。そしてその手には棍棒のような物が握られていた。
「お前……」
モーバンは突然の事に事態が飲み込めない。
その一瞬の間が運命を決める。
同僚が棍棒を振り落とす。
そして、強い衝撃と共にモーバンの意識は闇に飲まれた。
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