第3話 サリアの学院
チユキはキソニア平原の上空を飛んでいると、眼下に草原を走る者達が見える。
走っているのは馬の首の部分が人間の上半身になっている種族ケンタウロスである。
そのケンタウロス達が慌てている。
その原因はチユキだ。
なぜなら、今チユキはグリフォンに乗っている。
そのグリフォンを怖れているからだ。
広大なキソニア平原には草原に住む種族が多数生息している。
その代表的な種族が下に見える。
ケンタウロス族と上半身が人間で下半身が山羊の姿をしたサテュロス族だ。
チユキは神話の中に出て来る種族を最初に見た時は感動したが、実際に会ってみるとその幻想は打ち砕かれた。
ケンタウロス族は一部の例外を除いて好色であり、チユキ達女性を見ると襲い掛かってきたのである。 もちろんチユキは追い払った。
彼らは男性しかいない種族であり、繁殖のために人間の女性を襲う。
その一件もあってチユキの幻想は打ち砕かれたが、よくよく考えてみれば神話でも彼らはそんな性格であった。
お話に出て来るドラゴンなども、この世界の人間にとっては凶悪な存在だ。
それは元の世界のお話でも変わらないはずなのである。
つまり、チユキが勝手に幻想を抱いていただけだ。
チユキ達は力があるから笑っていられるが、本来この世界は人が生きるには過酷である。
それを忘れてはいけなかった。
そして、本来ならグリフォンも凶悪な魔獣であるはずあった。
「でも、こうなると可愛いのよね……」
チユキはグリフォンの首をなでる。
グリフォンは鷲と獅子を掛け合わせた魔獣である。
生息地は中央山脈で、行動範囲は西側のミノン平野から東側のキソニア平原にまで広がっている。
中央山脈には多くの空飛ぶ魔獣が生息しており、そんな中でもグリフォンは最強の部類である。
そのキソニア平原の最強の魔獣が大人しくチユキを背に乗せている。
チユキ達はナオとリノの能力を使い、キソニア平原に住むグリフォンとヒポグリフの何匹かを騎乗用にする事に成功した。
そして、ドワーフが作成した魔法の道具でいつでも呼び出せるようにしたのである。
そして、空を飛ぶ事の許可もレーナの口利きで、エリオスの領空を飛ばない事を条件に特例として認めてもらった。
そのため、このグリフォンも本来の生息地を離れて飛ぶ事ができる。
グリフォンを活用することでチユキ達の行動範囲は格段に広がった。
今チユキはグリフォンに乗り、ある場所へと向かっている。
やがて、高く険しい山々が見えてくる。
大陸を東西に分ける中央山脈である。
中央山脈に差し掛かるとそこには多数のハーピーが飛んでいる。
ハーピー族は人間の女性の体に腕が鷲の翼、そして下半身が鷲の種族である。
そんな彼女達は人間に友好的ではない。
ハーピー族はケンタウロス族と違い、女性しかいない種族だ。
彼女達は繁殖のために人間の男性を襲う事もある。
この世界では他種族間で子供を作ると、男の子なら父親の種族で女の子なら母親の種族で生まれる。
同性しかいない種族は他種族の異性とつがいにならなければ子どもを作れない。
そのため、人間を襲うのである。
チユキはその話を聞いた時、だったらケンタウロスとハーピーでつがいになれば良いのでは、と思った。
だけど、ケンタウロスもハーピー、どちらも人間の方が好みであるらしかった。
チユキは全ての種族を調べたわけではないが、ほとんどの種族の異性の好みが人間と変わらないみたいであった。
とても不思議だと思うが、そういう物だと納得するしかなかった。
チユキがハーピーに近づくと、ケンタウロスと同じように逃げていく。
それだけグリフォンは怖れられているのである。
やがて、中央山脈を越える。
この中央山脈を超えた大陸の西側にサリアの学院がある。
そこがチユキの目的地であった。
サリアの学院に向かう理由はある事を調べるためだ。
暗黒騎士の正体はシロネの幼馴染だった。
その事実はチユキ達に衝撃であった。
なぜ、彼がこの世界にいるのだろうか?
チユキ達は考えたあげく、おそらく魔王によって召喚されたのだろうと結論を出す。
しかし、わからない事がある。
なぜ彼は魔王なんかに協力しているのだろう?
いくら召喚されたからといって従う必要はないはずであった。
チユキが聞いたシロネの話では、彼は優しい性格で極悪な魔王に協力するような人ではないらしい。
だとすれば何らかの魔法か何かで操られているのかもしれない。
だから、チユキはそれを調べるためにサリアの学院に向かうのだ。
サリアの学院は世界中から魔術師が集まり、魔法について研究したり学んだりする、いわゆる大学みたいな所だ。
サリアの学院には様々な魔法に関する書物があると聞いている。
人を操る魔法に関する情報もあるかもしれない。
そういうわけでチユキはグリフォンを飛ばし、一路サリアの学院へと向かうのだった。
また、シロネが一緒に行きたそうにしていたが、明らかに落ち着きがなく邪魔にしかならない。
そのため、チユキはシロネに留守番をさせるしかなかった。
アリアド湾を渡り、シジュカ山脈を越えると、ようやく魔術都市サリアへと辿り着く。
山々に囲まれた盆地にサリアはある。
そんなサリアは世界でも珍しい都市である。
この世界では都市が1つの国である事が一般的だが、サリアは国ではない。
だからサリア市民というものは存在しない。
そもそもサリアは、世界中に支部を置く魔術師協会が支配する都市である。協会に属する魔術師の全てが市民と言える。
そして、魔術師協会が魔法の研究と魔術師の育成を行うために作ったのがサリアの学院である。
サリアに辿りついたチユキは、郊外でグリフォンを解放する。
さすがに都市の真ん中にグリフォンで入るわけにはいかなった。
このサリアに転移先を設定できればもっと一瞬で辿り着くのだが、許可が下りずにいる。
チユキは城壁の門で手続きをする。
門番に協会の魔術師である事を示すカード型の銀板を見せると中に通してくれる。
サリアは魔術師協会に所属する魔術師なら自由に出入りする事ができる。
チユキは聖レナリア共和国の魔術師協会に所属している。
銀板もそこで発行された物だ。
サリアに入ると迷わず目的地へと向かう。
チユキがサリアに来るのは2度目であった。
前にサリアという都市を知り、興味があったので来た事があった。その時に大体何がどこにあるのかを確認している。
目的の場所はサリアの学院にある図書館だ。
歩いていると何人かの魔術師らしくない者とすれ違う。
この都市に住む普通の人である。
魔術師は黒いローブを必ず着ているから、そうでない者を見分けるのは簡単だ。
魔術師の都市だけあって、サリアには何百人もの魔術師が住んでいる。
しかし、魔術師の都市とはいえ魔術師だけしか住んでいないわけではない。
門番や魔物から、この都市を守る城壁の衛兵は魔法を使えない普通の人だ。
どこかの国の自由戦士を雇っている。
そして他にも生活に必要な必需品を扱う商人等も普通の人だ。
つまり、6割くらいが普通の人だと思っても良いだろう。
チユキは目的地の図書館にたどり着き、受付を行う。
この受付の男性は門番と違い魔術師のようであった。
このような受付業務に魔術師を使うあたり、この図書館はサリアでも重要な施設である。
図書館も都市の城門と同じく協会の魔術師だったら誰でも入れる。
門番に見せたようにチユキは銀板を見せる。
すると受付の男性が奇妙な顔をする。
何かおかしい所でもあったのだろうか、チユキは首を傾げる。
「あの……もしかしてあなたは黒髪の賢者殿なのでしょうか?」
受付の男性はおずおずと聞いてくる。
「私自身はそうは名乗りませんが、そう呼ばれる事はあります」
男性が奇妙な顔をした原因がわかるとチユキはそう答える。
自ら賢者ですなんて名乗れるわけがない。
だけど否定するのもどうかと思うので、チユキは聞かれたらそう答えるようにしている。
「聖レナリア共和国の発行の銀板を持つ上に、黒髪の美しい女性だったのでもしやと思ったのですが、あなたが黒髪の賢者チユキ殿なのですね。あの今度……」
「あの……できれば図書館に入りたいのですが……」
長くなりそうだったので、チユキは話を遮る。
「ああ、申し訳ございません。どうぞ、チユキ殿」
まだ話をしたそうだったが、チユキはかまわず先に行く。
まずは入口の近くにある目録から目当ての本がある場所を探す。
探すのは精神など内面に干渉する類の魔法が書かれた本だ。
精神など内面に干渉する類の魔法には睡眠や混乱などがある。人を操る魔法も同じ所にあるはずだ。
本棚の間を歩き、ほどなくして目的の本がある場所につく。
その一帯の棚に精神等の内面に干渉する類の魔法書が置かれている。
本の題名はこの世界の文字で書かれているが問題はない。
チユキはこの世界の人間の言語をある程度は習得している。
この世界の文はそんなに難しくはなかった。
まず基本となる文字が21種類でそれぞれ大文字、中文字、小文字と有って全部で63文字ある。それに記号をいくつか加えて文章が表記される。
そして、構文は英語よりも日本語に近かったのでチユキ達には習得しやすかった。
もちろん、いくら習得しやすいといっても別世界の文を読むのは一苦労だった。
覚える気のないリノを除けばシロネやサホコ等は今も読む事は難しいようだ。
キョウカは読めると言っていたが少し怪しいとチユキは思っている。
それに対して、カヤはそれなりに読めるようであった。
ただ、チユキが意外に思うのはレイジとナオである。
この2人の文字の習得は怖ろしく速かったのである。
特にレイジの習得能力は高く、努力しているようには見えないのにチユキと同程度に読む事ができる。 チユキはその事を考えると嫌な気持ちになる。
なぜなら、夜遅くまで必死に勉強して、ようやく読めるようになったからだ。
ナオも身体能力に目を引かれるが、実は頭がかなり良くあっさり習得してしまった。
チユキは努力の甲斐があって、今では普通に読み書きができる。
ただ、今も読むのに違和感があったりする。
まるで、日本語を全てローマ字にしているような感覚だ。
チユキはいくつかの本を取る。
背が届かない所にある本は
この魔法の手は魔力で透明な手を作って、遠くにある物体を取る事ができる。
普通の魔術師でも
持てる重さは術者の魔力で決まり、魔力の弱い者が魔法の手を使っても重い荷物は持てない。
もっとも、チユキは魔力は強いので、かなり重い荷物を持つ事ができるので問題はない。
やろうと思えば、
本を20冊ほど取るとチユキは空いてある机を探す。
手引書によれば、この図書館は貸出を行っていない。
そのため、この図書館内で本を読まなければならず、閲覧用の机が用意されている。
そこにいくつか本を持ち込んで読んだり、書き写したりしなければならない。
チユキは空いてある机を見つけるとそこに本を広げる。
最初は支配の魔法について書かれた本だ。様々な種族の魔物相手にどれだけ支配ができるかを実験し、その事を内容にしている。
何かの役にたつかもしれないと思い、チユキは本を読みだす。
「黒髪の賢者チユキ殿」
読み始めて数分後、チユキは声を掛けられる。
振り向くと先ほどの受付の男性であった。
「あの? 何か?」
図書館で大声を出す事が出来ないので小声で答える。
「あのチユキ殿。実はタラボス副会長がお会いしたいそうなのですが……お時間よろしいでしょうか?」
受付の男性は申し訳なさそうに言う。
「副会長?」
「はい、魔術師協会の副会長です」
受付の男性が頷く。
チユキはタラボスとかいう人に会った事はない。
だが副会長と言うぐらいだ、かなり偉い立場にある人間なのだろう。仕方ないから会いに行く事にする。
受付の男性に連れられて、チユキは図書館の中にある一室へと案内される。
中に入るとそこに小太りの中年の男性が1人いた。
年齢は50代ぐらいだろうか、終始にこにこした態度は魔術師というよりも商人を連想させる。
あまり魔術師の感じがしない人物であった。
「チユキ殿、こちらはタラボス副会長です」
受付の男性が小太りの男性を紹介する。
「いやー、あなたがあの黒髪の賢者チユキ殿ですか、お初にお目にかかります。噂以上に美しい」
小太りの男性が自らの胸に手を置き頭を下げる。
「チユキです。何か御用でしょうか、タラボス副会長殿?」
チユキも同じように頭を下げ挨拶をする。
できれば早く戻って調べものの続きがしたいので、用件があるなら早く言って欲しいと思う。
「調べものをしていた所、申し訳ございませんチユキ殿、実は勇者殿に折り入って頼みたい事があるのですよ」
タラボスは申し訳なさそうに言う。
「頼み事ですか?」
首を傾げる。
何を頼みたいかはわからない。
しかし、魔術師協会の副会長が言う事なので、チユキは話を聞く事にするのだった。
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