第2話 鍛冶と財宝の神

 全てのドワーフの父ヘイボスは鍛冶と財宝の神と人間達から呼ばれる。

 本来は鍛冶の神のみだが、ドワーフは地下の金銀財宝を掘り起こし、ため込んでいるところから財宝の神とも称されるようになったのだ。

 人間の商人たちは金銀を多く持ち、良品を作るドワーフと付き合いたがる。

 そのため商人はヘイボスを崇めて信徒となる。

 同じヘイボスを崇めるとドワーフと付き合いやすくなるからである。

 このためドワーフは人間達から商業の神となった。

 しかし、当のドワーフ自身は商業は苦手であり、商人となる者は少なかったりする。

 クロキの目の前にいるヘイボスも商人というよりも、職人といった雰囲気である。

 ヘイボスの鋭い眼光がクロキを捕える。


「お初にお目にかかります、ヘイボ……」

「挨拶は無用だ、暗黒騎士よ」


 礼をして挨拶をしようとすると遮られる。


「ダリオから教えを乞いておるのだろう。その剣を見せてくれんか?」


 ヘイボスは手を差し出す。

 クロキは懐に持っていた小剣を差し出す。

 この小剣ショートソードはダリオに習ってクロキが打って作った物だ。

 ヘイボスが鞘から小剣を引き抜くと、黒い剣身が露わになる。


「このヘイボスにわかるのはこれだけだ。百の言葉を紡ぐよりもわかる事がある」


 ヘイボスは剣をしげしげと眺める。その剣はダリオから習いながらクロキの放つ黒い炎を駆使し、何度も失敗しながらもようやく完成した1品だ。

 黒い炎に耐えられる素材を探す事も大変だった上に、剣を作る時の力加減が難しく沢山の残骸を作った。

 最終的に出来上がった小剣は黒い炎によって鍛えられたためか剣身が黒く光り、切れ味もなかなかの物だった。

 クロキは我ながら良いできだと思うが、技工の神に見せられるほどの物かといえば自信がない。


「ふむ、なるほどな……。なかなか良くできているな。だが、ちょっと待っておれ」


 そういうとヘイボスはそう言うと席を外す。そしてしばらくして戻ってくると、その手にはクロキが渡した小剣を持っておらず、別の綺麗な細工が施された小剣を持っている。


「これを」


 ヘイボスが小剣をクロキに渡してくる。

 クロキはその小剣を手に取る。


「抜いて見るが良い」


 小剣を鞘から抜くと黒い剣身が露わになる。


「これは……」


 クロキは驚きの声を出す。


「そう、それはお主が作った剣」


 渡された小剣はクロキが渡した小剣だった。クロキが渡した時は柄等に何も細工を施しておらず、ただ持ちやすく使いやすくする事だけを考えていた。

 しかし、ヘイボスが渡してきた小剣は使いやすさは変わらず、見事な細工が施されていた。そのためクロキが渡した物とは気付かなかった。

 クロキは素直に感心する。


「剣に全く飾り気がないのが気になってな…。少し細工をさせてもらったよ。正直に言って着飾ろうという気が感じられないな。お主、洒落た服とかまったく持っておらぬだろう。いつも黒い服を着て目立たぬように生きているのではないか?」


 ヘイボスの言葉が心臓に突き刺さる。

 なんでそんな事がわかるんだ。実際にそうなのだから驚きだ。

 シロネからも「クロキって黒色とか灰色ばかりの服を着ているけど他にないの?」とか言われるくらいだ。


「当たりか?」


 クロキはヘイボスの言葉に言い返せない。

 実際に当たっているのだからぐうの音もでないのも当たり前だ。

 そして剣を見る。


「良い物を作ろうと言う意志は感じられるのにな……」


 そして、ヘイボスはクロキを見る。


「ある意味において不器用そうな男だな……。好きな女がいても何もできず、他の男と女を争う事もせず身を引くと言った所だな」

「ぐっ!」


 言葉が再びクロキの心臓に突き刺さる。


「おそらくお主は女に限らず何事も争う事はせず、身を引くのではないか?そして最後にどうしょうもなくなって取り返しのつかない事をしてしまう」


 そしてヘイボスは少し遠くを見る。


「モデスの奴と同じだな……。モデスの奴も少しは争えば良いのに、さっさとナルゴルに引っ込みよって。だから舐められて要求を拡大させたあげく、互いに引っ込みのつかない争いを始める事になる」


 そして、ヘイボスは少し笑う。


「だが他者との関わりを否定して、このせまい工房だけの世界に閉じこもった、このヘイボスには何も言う資格はないか……」


 ヘイボスは呟くように言う。

 ナットの話しではヘイボスは常にこの工房に引きこもっていて、神々の会合にも出る事はないそうだ。そのためモデスがエリオスを追放された時も後になって知ったらしい。

 ヘイボスはそれを少し悔いているように感じられる。だからこそモデスを助けるのだろう。

 そして今度はクロキの持つ小剣を見る。


「少し話しがそれたな……。飾り気はないが純粋に剣としてならなかなかの出来だ。ドワーフが作る物と比べても劣らない」


 これは間違いなく最上級の褒め言葉だった。


「ありがとうございます」


 褒められてクロキは頭を下げる。


「モデスから与えられた剣を見せてくれないか」


 クロキは腰の魔剣を引き抜きヘイボスに渡す。

 黒い剣身に赤い紋様が施されており、そこから黒血の魔剣と呼ばれる物だ。


「いつみても素晴らしい剣だな。これほどの剣はこのヘイボスでも作れぬ」


 それは意外な言葉だった。


「その剣はヘイボス殿が作った物ではないのですか?」


 クロキの言葉にヘイボスは首を振る。


「その剣を作ったのはモデスの母であるナルゴルだ。破壊神と呼ばれたナルゴルには破壊のための武器を作る能力がある。このヘイボスにも敵わない程のな。実はモデスも武器に限ればこのヘイボスと同等の物を作れるのだよ。本人はあまり武器を作りたがらないがな。そして、お主にもその能力があるのかもしれん」


 ヘイボスは魔剣とクロキの作った小剣を見比べながら言う。

 クロキこの世界に来る前に鍛冶をした事はない。

 つまり、クロキの剣の鍛冶師としての能力は、この世界に来た事で得た能力である。

 本来研ぎだけでも一生と言われる程、刀剣の世界は奥深いはずであった。

 また、クロキはこの世界に来た事で精密な動作が出来るようになっていることもドワーフに負けない品を作る事が出来た理由だろう。だから元の世界にもどったらヘイボスに渡した剣と同じものは作る事はできないだろう。


「まあ見てくれは違うがモデスとお主は似ているな。誰かに渡すと良い。少し派手に作ったのでお主の好みではないだろう」


 そう言ってヘイボスは剣を返す。

 クロキはこの小剣を誰に渡すか考える。

 横でクーナが欲しそうな顔をしているが、クーナにはクロキが作る剣よりももっと良い物を上げたい。


「クーナには何時かもっと良い物を上げるよ」


 そう言ってクーナの頭を撫でると剣を懐にしまう。

 クーナは不満そうにするが、頭を撫でると機嫌を治してくれたみたいだ。


「それから鎧ならこちらに作ってある。付いて来るが良い」


 そう言うとヘイボスは歩き出しクロキ達を案内する。

 案内された先には兜も含む1領の鎧があった。

 鎧の色は漆黒で前と同じに見えるが、そこに込められた魔力は以前の物に比べて遥かに強く感じた。


「この鎧は前と違いお主に合わせて作った物だ。先に渡されたぼろぼろの暗黒騎士の鎧を元に作ったが、実際に来てみんとわからんだろうから着てみると良い」


 ヘイボスに言われ、クロキは鎧を着てみる。

 すると体にしっかりと合いブレが無い。体を動かしてみると重厚な鎧であるにも関わらず動きを阻害する事はなかった。


「すごいな。こんな大きな鎧を付けて動くのに、邪魔にならないなんて……」


 元の世界でもこれ程の鎧は作る事ができないだろうとクロキは思う。


「それとこれをその娘にやろう」


 ヘイボスは長い棒のような物を取り出す。それは巨大な鎌だった。


「これは……」

「うむ、モデスから連絡があってな。なんでも、その娘にはこの大鎌が似合いそうだから作ってくれと頼まれてな。1つ作ってみたのだよ」


 そう言ってヘイボスは大鎌をクーナに渡す。

 クーナが持つと、その身長に対して長すぎず短すぎずピッタリだった。そして良く似合っていた。

 クーナを戦わせる事に抵抗はあるが、力が無い事の辛さはクロキも良くわかっている。

 なるだけ戦わせたくはないが、もしもの時もあるかもしれない。


「ありがとうございます、ヘイボス殿」


 クロキはあらためて頭を下げお礼を言う。


「お主にも譲りたくない物はあるのだろう、それを守る事ができるよう祈っているぞ」


 ヘイボスはそう言うと背を向ける。

 もう何も話す事はないと言いたげであった。

 クロキはヘイボスの背中に何度も頭を下げるとナルゴルへ帰還する事にするのだった。




 クーナは転移魔法でクロキと共に魔王城に戻る。

 先程ヘイボスとかいう奴からもらった大鎌を見る。

 これでクーナも戦う事が出来き、クロキの助けになるはずだった。

 大鎌を振ってみると手になじむ。


(でも、クロキのように鍛えないと駄目みたいだぞ)


 クロキは毎朝剣を振っている。

 剣とは違うがクーナも一緒に鎌を振った方が良いだろうと考える。

 そうすればクロキと一緒にいられるのだから。


「これはクーナ様……。お帰りなさいませ」


 廊下を歩いていると1人の女に出会う。その女はクーナを見るとおじぎをする。

 リジェナと言う女だ。

 クーナはリジェナの事はあまり好きではない。

 リジェナがクロキに近づくといらいらするのだった。

 それはクロキに対する独占欲である。

 クーナは出来る事ならクロキを独り占めしたいのだった。

 そのため、クロキがリジェナに優しくする事が嫌なのである。


「リジェナ」

「はっ、はい! 何でしょうクーナ様!!」


 リジェナが怯えたような表情で返事をする。

 ふとそこでクーナはリジェナの手に持っている物に気付く。


「それは何?」

「せっ……洗濯物です!!」


 リジェナは怖かったのか声が上ずっている。


「誰のだ?」

「……旦那様のです」


 今度の声は小さかった。

 リジェナが旦那様と呼ぶ相手はクロキだけなのをクーナは知っている。

 その旦那様と言う呼び方を聞くと、クーナは黒い炎が湧き上がって来るのを感じる。


「お前が洗ったのか?」

「はっはい」

「お姫様はそんな事をしないはずだぞ?」


 クーナはリジェナはアルゴアとかいう人間の国のお姫様だと聞いている。

 そしてお話に聞くお姫様は洗濯などしないはずであった。

 クロキはこの世界の文字を覚えるために色々な本を読んでいる。

 その中には様々な人が出て来る物語もあり、夜寝る前にクーナに読んで聞かせてくれる。

 クロキの優しい声を聞きながら眠るのはクーナにとって幸せの時間だ。

 そして、その本の中にはお姫様が出て来る物語もあった。

 物語に出て来るお姫様はそんな事をしない。いつもお付の従者がやってくれるはずだ。

 だからリジェナに洗濯ができる事がクーナは驚きだった。


「いっ、いえ、旦那様に助けてくれたお礼をしたいと思いまして……、洗濯はばあやに習いまして……その……」


 リジェナはしどろもどろに答える。

 

「そう……」


 そして、リジェナの手に持つ洗濯物を見る。その中には男性の下着が見える。

 間違いなくクロキが昨日身に付けていた物であった。


「……しゃぶったの?」

「えっ……?」


 リジェナはそう答えた後、視線を下に向ける。当然そこにはクロキの下着がある。


「そそそそそんな事はしてないです! しゃぶるだなんてそんなそんな!」


 最初言われた意味に気付かなかったのか、少し遅れてリジェナは否定する。


「被ったり……。舐めたり……」

「してません! してません!」



 リジェナは首をぶんぶんと振り否定する。


「しゃぶったり! 舐めたりなんて! してません! ちょっと嗅いだりするぐらいですぅ!!!」


 リジェナは必死に否定するが、その言葉の中に聞き逃す事はできない言葉があった。


「嗅いだ?」

「あ……」


 静寂が場を支配する。


(だめだ……早く何とかしないと……)


 クーナは首を振る。


「リジェナ!」

「はっ、はい!」

「クーナに洗濯を教えろ!」


 殺す事はできない。

 そのためクーナが洗濯を覚えて下着を守るしかなかった。


「えっ? クーナ様がですが?」


 リジェナが意外そうな顔をする。理由はわからない。


「洗濯だけじゃないぞ、クロキの世話に必要な事は全部クーナに教えろ」

「そんな、魔王陛下の姫君にそんな事を……」


 リジェナが申し訳なさそうに言う。

 いつの間にかクーナは魔王の娘という事になっていた。

 理由はモーナに似ているからである。

 しかし、面倒臭いためかクーナはいちいち否定はしない。


「覚えたいだけだぞ」


 全てをクーナができるようになれば、リジェナがクロキの侍女をする必要はない。

 その時はリジェナをどこかにやれば良いとクーナは考える。


(どこに行かせるかも考える必要があるぞ。どこにも行く所がなければ、優しいクロキはリジェナを置いておくだろう)


 考え込むと1つの言葉がクーナの頭に浮かぶ。

 アルゴア王国。

 その国はリジェナがお姫様をしていた所であった。


(そこのお姫様に戻してやればどうだろうか?)


 何しろお姫様に戻れるのだクロキも悪いとは言わないだろうし、リジェナにとっても良いはずだである。

 それはクーナには名案に思えた。

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