第8話 女神の休日

 エリオスの女神レーナはロクス王国の通りを歩く。

 歩きながら自らの分身である女神の事を考える。


 モーナ。


 それは魔王モデスがレーナの髪を元に作った模造の女神の名だ。

 つまりレーナの複製である。

 どうしてレーナが彼女の存在を知ったのか?

 モデスが特に彼女の存在を隠さなかったのもあるが、彼女の存在そのものに理由があった。

 理由はわからないが、ある時からモーナの知る情報がレーナの夢に出て来るようになったのである。

 レーナは原因を考えたが、おそらく彼女が自身の複製だからだろうと推測する。

 しかも、モーナからレーナに情報は流れるが、レーナからモーナに情報は流れないようである。

 モーナはレーナが知る情報を得ている事を知らないようだからだ。

 そしてレーナはエリオス中で一番ナルゴルの事を知る事が出来た。

 ただし、知りたくもない情報までも知ってしまう。

 何が悲しくてモデスとモーナが夜な夜な行っている営みを知らねばならないのだろう?

 なぜ夢の中でまでモデスの醜い裸体を見なければならないのだろうか?

 レーナにとっては正直悪夢だ。

 どうにかなってしまいそうであった。

 だからこそレーナはレイジ達を召喚してモデスを倒そうと思ったのだ。

 しかし、それもモデスが暗黒騎士を召喚したせいで上手くいかなかった。

 レーナは暗黒騎士をどうにかできないかと思い、再び予言の力を持つと言われる女神であるカーサに相談したが、カーサにも対処方法はわからなかった。

 カーサの予言の力とは無数にある未来の中で特に可能性が高い未来を見る事ができるだけであり、厳密には未来視であって予言ではない。

 存在しない未来や可能性の低い未来は見る事はできない。それに結構不安定な能力であり、あまり使うのは危険なのだそうだ。そのためレーナはこれ以上カーサに頼るわけにはいかなかった。

 自身でなんとかするしかない。

 だが、レーナが知る事ができるナルゴルの情報はモーナが知る事ができた情報である。モデスは多くをモーナに語る事はしないらしく、また情報が不正確な時もある。

 暗黒騎士の召喚もぎりぎりまでモーナは知らなかった。

 これはモデスがモーナを信じていないからではなく、モデスはモーナに癒しのみを求めており、ナルゴルの問題となる案件をあまり語りたがらないからだ。

 だが、それでも重要な情報が入る時がある。

 暗黒騎士がレーナの複製を作るために白銀の聖竜王の元に向かったとの情報が入ったのだ。

 当然レーナはまた複製を作られてはならないと思い阻止する事にした。

 だが、暗黒騎士は強い。

 レーナと彼女の配下である女性の天使族で構成された戦乙女ワルキューレ隊だけでは阻止するのは難しいだろう。

 彼女達は戦力的には聖騎士団に劣る。その聖騎士団を壊滅させた暗黒騎士には敵わないはずであった。

 だから、レーナはレイジ達を動かそうと思った。

 段取りはこうである。

 聖竜王の棲む洞窟の入り口に結界をはり暗黒騎士がその中に入ったらわかるようにする。

 そして、暗黒騎士に聖竜王の角を取らせる。

 洞窟から出てきた所でレイジ達が暗黒騎士を足止めをする。

 そして足止めしている間に戦乙女隊が角を奪う。

 レイジ達には警報の鈴を渡して、その鈴が鳴ったら聖竜王の洞窟へすぐに移動するように伝えてある。

 そして、偵察に出していた戦乙女から暗黒騎士がロクスまで来たという連絡を受け、レーナ達は空船に乗って急いでこの地に来たのだった。

 ところが、だいぶ前に連絡したのにレイジ達が来たのは今日である。

 レーナは何をやっていたのだろうと憤慨する。

 彼らの力を持ってすればもっと速く来る事ができたはずだ。

 レイジのみならず異世界から来た者は強い。神族に匹敵する力を持っている。

 レーナ達エリオスの神々は一応彼らは人間という扱いにしている。

 だが神族としては扱えない。

 まだ、迎え入れるには神王オーディスや他の神々の承諾が必要だからだ。

 また種族の特性を備えていないので上位種族である天使族やエルフ族としてもあつかえない。

 そのため、どうしても下位種族である人間と同じ扱いしかできなかった。神と同等の力を持つというのにだ。なので、扱いに困る時がある。

 そして、レーナは彼らが遅く来た理由を考える。おそらくはチユキの影響だろう。

 彼女はレイジが暗黒騎士と戦うのを嫌がっていた。わざと遅れて来たに違いない。


(戦ってくれなければ困るわ。そうでなければ何の為に召喚したのかわからない。もし、これ以上邪魔をするならこれを使わなければならないわね)


 レーナは懐にある小瓶に触る。

 愛の魔法薬。

 この薬を飲んだ者は最初に見た対象を愛するようになる。魅了の魔法をとてつもなく強化した魔法の薬だ。これをチユキに飲ませる。

 非常に危険な薬であり、この薬を飲ませて奴隷にする事もできる。

 本来、この薬はレイジを召喚した時にレイジに使うはずだった。

 召喚したが素直に従ってくれるとは限らない。

 レーナは従ってくれなかった時のために、この薬を用意していたのである。

 しかし、レイジはあっさりと言う事を聞いてくれたためこの薬を使う事はなかった。

 レーナは最初からチユキに使っておけば良かったと思う。

 だが、この薬には制約があった。

 まず、飲ませた対象にとって見た相手がある程度は愛し合える存在でなければならない。

 あまりにも種族がかけ離れていたらこの魔法薬の効果はない。

 例えば薬を飲ませた猿に犬を見せても犬を愛したりはしない。

 もっともその猿が特殊な嗜好を持っていたら話は別だが。

 そして、同種族であっても、あまりにも愛する対象からかけ離れていたら効果が少し弱まり、ただ、友好的になるだけのようだ。

 ただ、チユキに飲ませた場合はそれで充分であった。

 ようは頼み事を言った時にレイジを止めなければ良いのだから。

 次に使い魔等、誰かに精神を支配されている対象がいる相手には効果がない。

 また、飲ませた薬の量と対象の魔法抵抗力によってこの薬の効果が変わる。

 抵抗力が強い相手では少量の魔法薬を飲ませても効果が出ない。


(チユキならどれほど飲ませれば良いかしら?)


 レーナは考える。

 今持っている薬は特に強力な魔法薬だ。普通の人間なら一滴で永遠に愛するようになるだろう。

 神族並みの抵抗力を持つ者ならどうだろうか?

 この薬がなくなったらもう手に入らないだろう。この薬はあまりにも危険な為にエリオスで禁止された物だ。

 なにしろ、一度効力が発生したら外から魔法で解呪する事ができず、自身の抵抗力で消去するしかない。

 この薬を同じエリオスの神族に使えば追放だけではすまないだろう。それほど危険な薬だ。

 ただ今まで神族に使われた事がないため、神族並みに抵抗力がある者にどれほど効果があるかわからないのが難点であった。

 しかし、一時的にでも効果があれば、精神が無防備になる。その間に支配の魔法等を使う手もある。

 だから、レーナはこの薬を使う事にしたのだ。


(レイジ達には暗黒騎士と戦ってもらわねばならないわ! このまま角を取られる訳にはいかないのよ!)


 レーナは少し焦る。

 だが運の良い事に、暗黒騎士も行動が遅い。

 こちらに来ているらしいがまだ角を取りに行ってないようであった。

 レイジ達は遅れて来たが、結果的に間に合った。

 ただ、肝心の暗黒騎士が今どこにいるのかわからない。

 配下の戦乙女は探索等が得意な者がおらず、様子を見に行かせる事もできない。

 暗黒騎士に気付かれないようにと空船を離れた所に待機させたため、今どうなっているのかわからない。

 だからレーナは、チユキに薬を飲ませるため、そして現況を調べるためにロクス王国に単身で行くことを決めたのである。

 戦乙女達が同行しようとしたが、彼女達の中で隠密行動ができる者がおらず、彼女達が動くと目立つのでレーナだけで来たのである。

 少なくとも戦乙女達よりは隠れて動ける。

 実をいうとレーナ自身も隠れるのは得意ではない。

 しかし、感知力の弱い人間に見つかるような事はないだろうとレーナは考える。

 問題は暗黒騎士である、彼の探知能力がどれほどあるかわからない。

 レイジの仲間であるナオと同じくらいの能力であれば簡単に見つかるかもしれない。

 また、ナオ程でなくても意識して探知されたらシロネやカヤ程の力があれば簡単に見つかるだろう。

 レーナの隠形はそれぐらいの力しかない。

 こうしてレーナは警戒し隠れながらロクス王国へと入ったのである。

 レイジ達に渡した鈴の魔力を感知し、レーナはその方向へと進む。

 しかし、歩いていると突然何者かが立ちはだかる。


(えっ? 誰?)

 

 レーナはその者の顔を見て驚愕する。

 その顔はかつて自身の神殿で見たことがあった。

 漆黒の髪に白い細面の整った顔、私を見る2つの黒水晶のような瞳は忘れようもない。


「あ……暗黒騎士!?」


 レーナの前に立ちはだかった者は異界より来た暗黒騎士であった。


(まさか、こんなに簡単に見つかるなんて!)


 レーナは自身の運の悪さを嘆く。


「お久しぶりです。女神レーナ」


 暗黒騎士がレーナに挨拶をする。

 レーナは逃げられないと感じるのだった。

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