第9話 暗黒騎士と女神

チユキ達、勇者の仲間の女性陣は屋敷の温泉へと入る。

 屋敷の温泉は広く快適であった。

 カヤは比較的小さな温泉の施設を手に入れたが、それでも数名以上の客が温泉に入ることができる規模があり、それを6名だけで使っている。この中で泳ぐ事もできそうであった。


「どうしたのナオ?」


 温泉に浸かっているとナオがじっとチユキを見ている。


「チユキさんの髪、綺麗だなと思って」

「そう、ありがとう」


 チユキは髪が綺麗と言われるのはこれが初めてではない。

 もちろん、いくら褒められても悪い気はしない。


「さすが黒髪の賢者と呼ばれるだけの事はあるっすね」


 黒髪の賢者という2つ名はチユキに付けられたものだ。

 この世界では、有名な者を2つ名で呼ぶ事がある。

 そして、2つ名を持つのはチユキだけではない。

 シロネは剣の乙女で、リノは妖精の舞姫と呼ばれる事もある。

 チユキはそんな2人を見る。

 見ていると2人がこっちに来る。


「ねー、何話してるの?」


 リノが尋ねてくる。


「チユキさんの髪が綺麗だなって話をしてたっす」

「確かにチユキさんの髪は綺麗だわ。羨ましい……」

「そういうシロネさんの髪だって綺麗だと思うわ」

「そうっすね。特に剣を振るっている時なんかポニーテールの髪が舞って綺麗っす。さすが剣の乙女っすね」


 ナオが褒めると、シロネが恥ずかしそうにする。


「剣の乙女か……格好良くていいな」


 リノが羨ましがる。


「あらリノの妖精の舞姫も良いと思うけど」

「そうっすよ!!シロネさんにもリノっちにも2つ名があって良いじゃないですか。自分も欲しいっす……」


 実はナオには2つ名がない。元の世界では野生児と呼ばれていたが、チユキはそれは言わないでおこうと思う。


「良いじゃない、変な名を付けられるよりかは」


 リノが少し離れている2人を見る。

 そこにはキョウカとカヤがいた。

 キョウカの2つ名は爆裂姫。街中で爆裂魔法(エクスプロ―ジョン)を使った事からついた名だ。本人はこの2つ名を嫌っている。


「確かにそうっすね……」


 ナオが納得する。


「2つ名といえば、光の勇者と白の聖女は今どうしているのかな?」


 リノがここにいない2人がどこにいるか聞く。


「白の聖女は夕食の準備をしているわ」


 白の聖女はサホコの事だ。

 この屋敷はまだ侍女の数が少ないためサホコが作る事になった。またロクスの王宮に務める料理人も来て手伝っていると聞く。

 チユキ達の中で料理ができるのはサホコとカヤだけであり。

 旅に出るとサホコが料理をする事が多い。

 ちなみに、サホコは家庭料理が得意でカヤはパーティに出せるような豪華な食事を作ることができる。

 チユキもある程度は料理ができるが2人には敵わない。

 リノとナオとキョウカは料理をする気がまったくなく、食材に触れる事すらしなかった。

 シロネは一応自分で料理をする気があるが下手である。もちろんこれは本人の前では言うべき事ではなかった。

 チユキは過去の事を思い出す。

 以前にシロネはしょっぱいクッキーを持って来た事があった。

 レイジにあげようと持ってきたらしいが、さすがのレイジも食べなかった。普段サホコの料理を食べているのだから当然だろう。

 仕方がないので幼馴染の男の子にあげたそうだが、なんでも喜んで食べたらしい。

 お腹は大丈夫なのだろうか、とチユキは密かに心配した覚えがある。

 チユキはその幼馴染の男の子に会った事はないが、リノが言うには結構カッコ良かったらしい。

 もっとも、レイジに比べると地味なのだそうだ。

 そのレイジは今何をしているのだろうか?

 チユキはレイジの事を考える。


「光の勇者は何をしているのかわからないわ」


 実はチユキは覗き防止のために浴室に強力な魔法の結界を張っている。

 問題はこの結界に阻まれて結界の外が探知できなくなる事だろう。外で何か問題が起こってもわからない。

 そのためレイジの動きを感知する事は誰もできなかった。


(レイジの事もそうだけど、暗黒騎士とレーナもまた何をしているのかわからないわね。何をしているのだろう?)


 チユキはそんな事を考えながら、お湯に肩まで入り考えるのだった。




 チユキが温泉に浸かり暗黒騎士とレーナの事を考えている時だった。

 その暗黒騎士であるクロキとレーナはロクス王国の大通りを並んで歩く。

 昼の大通りには露店が立ち並び、大勢の人が歩いている。

 こういう露店を見ているとクロキは日本のお祭りを思い出す。

 クロキは最近はお祭りに行くことはなかったが、子供の頃は夏祭りをシロネと一緒に回ったりした。

 シロネが一緒に行ってくれなくなってからはお祭り等には行っていない。

 なぜなら、お祭りに行くなら可愛い女の子と一緒なのが男のロマンだと思うからだ。

 だから、この状況は本来ならとても良い事のはずなのだろう。

 クロキは隣を見る、そこには1人の女性が歩いている。その女性はフードを深く被っているため口元のあたりしか顔が見えない。

 だがクロキはフードを取った下の顔がとても美しい事を知っている。


 女神レーナ。


 シロネ達を呼び出した張本人である。

 クロキは彼女と会うのは2度目だ。彼女が何故こんな所にいるのだろう?

 また、シロネ達に何かしようとしているのだろうか?

 クロキは疑問に思う。

 シロネ達とはもう関わらないつもりだった。

 しかし、勇者の護衛を頼まれ、そして勇者に仇なす者がいないか探してくれと頼まれてしまった。

 その頼みを受けた時は正直軽い気持ちだった。レイジ達は強く、彼らにとって危険な存在などあまりいないからだ。

 適当に見て、後は神殿の騎士にでも任せておけば良いと思っていた。

 だから、彼女を城壁の上から見つけた時は驚いた。フードを被っていたが間違いなくレーナである事がわかった。

 そして、見つけた以上は放ってはおけなかった。

 なぜなら、クロキは彼女こそが勇者達にとって一番危険な存在だと思うからだ。

 だから、彼女の前に現れたのである。

 しかし、現れたのは良いがこの後どうすれば良いかわからなかったりする。

 取りあえずクロキは彼女が何故ここにいるのか真意を見極めようと思った。

 もちろん、レイジ達を呼ばれたら逃げなければならないが。


「意外と強引なのね、あなた」


 一緒に歩いているとレーナが少し非難するように言う。

 クロキは少し前のやり取りを思い出す。

 レーナにどうしてここにいるのか尋ねた所、彼女は祭りの見物だと言う。もちろん、嘘だろう。そこでクロキは彼女に、それならば自分も一緒に見物すると言って無理やりついて来たのだ。


(真意を見極めるという目的がなければ絶対にこんな事はしないだろうな、まるでナンパみたいじゃないか……)


 クロキはそんな事を考える。

 しかし、現実はそんな甘いものではない。

 目の前の女神は危険な存在であり、油断できない相手であった。


「いえ、あなたを放ってはおけませんでしたので……」


 嘘は言っていない。


「ふうん、そう」


 レーナはフードを少し手で上げ値踏みするように見る。

 綺麗な瞳がクロキを捕える。

 それだけでクロキの心臓の動きが速くなる。

 レーナの魅力は強力である。

 クロキは相手に流されないように警戒する。


「いいわ、同行を許してあげる」


 レーナは歩き出す。

 クロキは横で一緒について行く。

 綺麗な女性と一緒に祭りを見て歩く。

 もちろん、それはデートとはとても呼べるものではなかった。

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