決着とその先……

◇◇

 

 怒りに全身を真っ赤に染めたリーパー・リントヴルムだが、これ以上は俺に近付くことはできないと、確信していた。

 なぜなら俺は、奴の隙をついて卵のすぐ隣に駆け寄ったからだ。

 

「はははっ! これならてめえ自慢のブレスも尻尾のぶん回しもできねえよなぁ!?」


 卵を人質にとるってのも、何だか卑劣な手段に思えてならないが、今は綺麗事を言っている場合ではない。


 まさに間一髪のところで山頂に到着した俺がとれる行動といったら、奴の注意を引くために、卵を狙うしかなかったのだから……。

 

「フィトさま!! よかったぁ……。御無事で……」


 美少女が涙をぽろぽろと流している様子を見たら、冗談の一つでも言って励ますしかねえだろ……。まったく……。


「ふんっ! このボロボロな姿を見て、よくもまあ、『御無事』って単語が出てくるなぁ!」


 俺の言葉に、彼女の口元からくすりと笑みがこぼれる。

 俺は一安心すると、今度は聞き覚えのある明るい声が耳に飛び込んできた。


「フィト!! フィトなの!?」


 それはクリスティナだった。

 彼女がひょっこりと顔を出すのが目に入ってくると、別れてから半日とたっていないのに、ずいぶんと懐かしい気持ちにかられる。

 しかし目の前の脅威は俺たちをまとめて屠らんと、怒り狂っているのだ。

 感動の再会は、もう少し後にとっておかなきゃならなかった。

 

「おい! クリスティナ! 覚悟しとけよ! お前さんに言いたいことは山ほどあるんだからよぉ!」

「うん! うん……。ううっ、ふぃとぉぉ」

「だから、泣くなって! まだ終わっちゃいねえんだ。むしろ、これからが本番なんだからよ!」


 こんなかけ合いをしているうちに、リーパー・リントヴルムが、じりじりと俺との間合いをつめてくる。


 一方でリーサは大剣を、大男は盾を持ち、奴が攻撃を加えようものなら、俺を助け出そうとタイミングをはかっているのがうかがえた。

 

 だが、奴の次の攻撃は分かっている。

 『爪』による一撃で、俺を卵から引き離そうとするだろう。

 そしてじゅうぶんに卵との距離ができたところで、尻尾やブレスなどで、俺だけをとことん追い詰めてくるはずだ。


 なぜならここでは俺がもっとも『弱い』のだから……。


 俺は頃合いを見計らって、大声でリーサに言った。

 

「さてと……。どの道、いちかばちかの大勝負しかねえんだ。一つ『賭け』に出るぜ!」

「賭け?」

「ああ……。奴に人の言葉が通じねえって『賭け』だ! 今から奴の弱点を言う! よおく、聞いとけよ!!」


 リーサがはっとを息を飲んで、大きくうなずく。

 俺はありったけの声を振り絞って叫んだ。

 

「口だ!! 奴の弱点は『口の中』だ!! 俺が隙を作る!! 奴が大きな口を開けたら、お前さんたちの渾身の一撃を叩きこめぇぇぇ!! これが最後の大勝負だぁぁぁ!!」


 俺の言葉が終わりきらないうちに、ドラゴンは爪を振りおろしてきた。

 

――バッ!!


 俺は爪の真下をかいくぐりながら、ドラゴンの脇を駆け抜ける。

 すると奴は向きを変えながら、尻尾を叩きつけてきた。

 怒りに任せた、極めて直線的な攻撃だ。

 

「俺をなめるなぁぁぁぁ!!」


――ズンッ!!


 足を地面にめりこませる。自分の体を横にそらすためだ。

 前進する力をゆるめずに、重心を50cmだけ左に……。


 しかし次の瞬間……。


「ぐぬぅっ!」


 俺は思わず顔をしかめた。

 無理な体勢がたたったのだろう。

 腹の傷から収まったはずの血が滲み出したのだ。

 口の中にも苦い血の味が広がる。

 同時に体の力が抜けていった。


「負けるかぁぁぁぁ!!」


 ここまできて、目の前に守らねばならねえ奴らがいて、負けてたまるか!


 動け! 動け! 動け!


「動けぇぇぇぇ!!」


――ズドォォォォォン!!


 すんでのところで攻撃を横にかわした!

 だが喜んでる暇なんてない。

 俺はさらに奴との距離を取るために走り続けた。

 ちょうどガンナーのひょろっとした男とクリスティナが俺と向き合うかっこうだ。

 もちろん彼らから少し横にそれた方向へ逃げている。

 

 ふと心配そうに俺を見つめるクリスティナと目が合った。

 

 そんな目をするな。

 きっと……いや、絶対にうまくいくからよぉ。

 

 声にならない言葉を彼女にかけると、俺は背中にびりびりとした殺気を感じながら、必死に手足を動かす。


 今まで逃げてばかりの人生だったんだ。

 最後の最後まで逃げっぱなしってのも悪くねえ。


 だがよ、これだけは言わせてくれ。

 

 俺はモンスターから逃げてばかりだったが、一度だって絶望から背を向けたことはねえ!!

 俺が走る先にはいつだって『希望』が待ってるんだ!!

 

 そして、ついにその時がきた――

 

「ギャオオオオ!!」


 一撃必殺のブレスの準備。

 

「今だぁぁぁぁぁ!! いっけぇぇぇぇぇ!!」


 と、叫んだ。喉が裂けるくらいのありったけの声で――

 

――ドオオオオオン!!!


 直後に響き渡ったのは『ドラゴン・シューター』の炸裂音。

 

「ギエエエエエ!!」


 あきらかに今までとは異なる質の叫び声がドラゴンの口から発せられた。

 俺はぱっと振り返り状況を確認した。

 

 すると口から煙を上げたままリーパー・リントヴルムが硬直している様子が目に飛び込んできたのだ。

 そしてそんな奴に向けて、リーサがまさに戦う女神となって駆けていった。

 

「ステファノォォォ!!」

「リィィィサァァァ!! こぉぉぉい!!!」


 リーサの呼び声に、ステファノと呼ばれた大男が答える。

 すると彼は盾を天に向けて構えた。

 そして、そこに目がけてリーサが飛んだ。

 

――ダァァァン!!


 巨大な盾を踏み台にしてリーサがリーパー・リントヴルムの顔に目がけて飛翔する。

 まるで背中に翼のはえたエルフのように――

 

「うらぁぁぁぁぁ!!」


 彼女は上体を海老のように反らして、大剣を振りかぶった。

 そして、渾身の一撃を奴の口の中にぶち込んだのだった――

 

――グシャァァァァッ!!


 柔らかい果実にナイフが突き刺さったような音が、辺りに響き渡る。

 その次の瞬間には、リーパー・リントヴルムの口から大量の血液が吹き出してきた。

 だがリーサたちの攻撃の手は緩められなかった。

 地面に着地した彼女は、ガンナーの方へ鋭い眼光を向けると絶叫した。

 

「とどめよ!! デニス!! うてぇぇぇい!!」

「おおおっ!!」


――ドゴオオオン!


 ライト・キャノンから『ドラゴン・シューター』が放たれると、次の瞬間には奴の口の中で強烈な爆発が巻き起こる。

 それはまるで花火を目の前で見ているような、そんな美しささえ感じられたのは、もはや勝利を確信していたからなのかもしれない。

 

 そして……。

 

「グギャァァァァァ!!」


 それが……。

 奴の最後の叫び声だった――

 

――バサッ……!!


 土煙とともにリーパー・リントヴルムの巨体が上空に舞い上がった。長い尻尾には卵が大事そうに巻きつけられている。

 そして直後には天空高く消え去っていってしまった。

 

 それは『絶望』が『奇跡』に変わった瞬間だった――


 真っ白な歯をのぞかせたリーサの高らかな宣言が島の青空を震わせた。

 

「リーパー・リントヴルム!! 撃退完了よ!!」


 と――

 

 

 そして俺の頭に残っている記憶はここまでだった……。

 いや、正確にはもう一つだけある。

 それは……。

 

「フィト! フィト!! いやぁぁぁぁ!!」


 というクリスティナの悲痛な叫び声だった――

 

 

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