ずいぶんと脇が甘めえな。リーパー・リントヴルムさんよぉ
◇◇
リーサたちがリーパー・リントヴルムとの決戦を開始してから、早1時間が経過した。
しかし彼女たちはこれといった打開策を見いだせずにいたのである。
「このままだとじり貧ね……」
リーサは口元に強がりとも言える笑みを浮かべながら、隣のステファノに話しかけた。
何度もドラゴンの攻撃を防いできたステファノもまた、全身に痛みが走るなか、笑みを浮かべている。
「ああ……。ただ、奴の足元から腹にかけては弱点はなさそう、ってことが分かったのは収穫かもしれないな」
ふと見れば、ドラゴンの足や腹に細かい傷がいくつかつけられている。
それらは全てリーサの一撃によってつけられたものだ。
だが彼女の攻撃範囲はそれらに限られており、彼らパーティーは『口の中』がドラゴンの弱点であることに気付けないでいたのだった。
「こうなると、わたしの大剣では奴を倒せないかもしれない」
「いずれにせよ時間がかかるな……」
リーサはちらりと背後のデニスに目をやる。
すでにライト・キャノンの一つは度重なる砲撃によってダメにしてしまっている。
残りは二つ。
今まではリーサの突破を助けるために使われてきたそれらを、今度は攻撃の主力として利用せざるを得ないだろう。
リーサは大剣をそっと地面に置くと、軽い素材で作られた盾と短銃を装備した。
「わたしがかき回す。デニス。その隙をついて、奴の弱点を探ってちょうだい!」
「任せとけ……と言いたいところだが、あと数発が限度だぜ。なにせ1時間もぶっぱなし続けたんだ。こいつらが悲鳴を上げるのは時間の問題さ」
デニスがライト・キャノンを優しくなでる。
リーサは微笑を浮かべながら小さくうなずくと、再びドラゴンと対峙した。
「ワクワクするじゃない。ここまでの絶望は初めてなんだから」
「良い性格してるぜ、まったく……」
「ふふ、八歳の頃はもっと可愛らしかったのよ」
軽い調子で笑みを浮かべる彼女。
そこだけ切り取ってしまえば、可憐な少女にしか見えない。
しかし次の瞬間には、さながら猛獣のような鋭い眼光となって、ドラゴンに向かっていった。
「撃って! デニス!!」
「おうよ!! そりゃああああ!!」
――ドパパパパ!!
弱点を探るためか、デニスは殺傷力の低い弾丸を無数に放つ。
降り注ぐ雨のような弾幕がドラゴンを襲ったが、気にする様子は見せない。
それどころかリーサの横に回り込んで、左手の爪を彼女の死角から振りおろしてきた。
「なめるな!!」
彼女は一喝すると、身軽に体を翻して凶悪な爪に空を切らせる。
だがドラゴンは追い討ちをかけんと、今度は右手を飛ばしてきた。
その瞬間、リーサに大きな黒い影が覆ったかと思うと、彼女の目の前で高い金属音が響き渡った。
――ガキィィィン!!
「ぐぅっ!!」
それはステファノが盾でドラゴンの一撃を防いだ音だった。
しかしこれまで何度もドラゴンの重い一撃を完封してきた彼も、人間であることに変わりはない。
攻撃こそ防いだが、大きくバランスを崩すと、盾が彼の手から離れてしまった。
「しまった!!」
彼が歯ぎしりをしたのをドラゴンは見逃さない。
鞭のようにしならせた尻尾を彼に叩きつけてきた。
すると彼の前に立ちはだかったのは、リーサだった。
――ドゴン!!
軽い素材とはいえ、人類の英知がつまった頑強な盾は、致命的なダメージを彼女に与えない。
それでも体重の軽い彼女は、背後のステファノを巻き込みながら後方へと転がっていった。
「きゃあ!」
「まだだ! 次がくるぞ!!」
ドラゴンは小さくはばたくと一気に彼女たちとの飛行して距離をつめてくる。
「かかってきやがれ!!」
今度はステファノがリーサの前に立って、自慢の巨体をドラゴンの前に差し出した。
しかし……。
ドラゴンは彼女たち二人の頭上を通り過ぎていったではないか。
その様子にリーサは、はっと顔を青ざめさせた。
「まずい!! デニス!! 攻撃をやめて、逃げて!!」
そう……。ドラゴンの狙いは、防御力に長けた二人ではなく、その後方でほぼ無防備のデニスだったのだ。
デニスはライト・キャノンから手を離した。
だが、リーサの指示に従って、その場から離れることはなかったのだった。
「馬鹿言うな! 俺の後ろにはフィトさんが命をかけて守ってきた女がいるって忘れたのかね!?」
ひたいに冷や汗を浮かべながらそう答えたデニスは、盾を手にしてドラゴンの急襲に受けて立とうとしていた。
「くっ! ならば弱点がここにあると、賭けるしかないじゃない!!」
――パアアアン!! パアアアン!! パアアアン!!
と、リーサは短銃を三発、ドラゴンの背中に向かって撃ちつける。
しかしどの弾丸も虚しく硬い鱗に弾かれてしまった。
これまで強気を前面に押し出してきた彼女であったが、ここにきて初めて顔を無念に歪ませた。
もちろんドラゴンはそんな彼女に一瞥もくれずに、デニスの目の前に立つと、大きな口を広げた。
「ギャオオオオオ!!」
地響きのするような咆哮を耳にしながら、リーサは悔しそうに唇を噛む。
「デニス……。どうにか耐えて! お願い!!」
「あんまり期待してくれるな。俺はリーサたちとは違って、『普通』なんだから」
デニスの声がわずかに恐怖で震えているのが分かる。
リーサもまたは拳を震わせていたが、それは己の無力さに抑えようのない憤りを感じでいたからであった。
ドラゴンは一撃必殺のブレスを放つために、口の中の炎の玉を大きくし始める。
そしていよいよ絶望の熱線が、デニスとその背後に隠れているクリスティナに向けて放たれようとしたところで、リーサが涙まじりに絶叫した。
「耐えてぇぇぇぇ!!!」
デニスがぐっと腹に力を込めて、死への恐怖へ立ち向かう覚悟を決めると、リーサとステファノは、ただ祈りを込めて行方を見守っていたのだった。
――神様! お願い!! デニスに加護を!!
と……。
そして……。
彼女の悲痛な願いが通じたのだろうか……。
なんとブレスはデニスに向かって放たれることはなかったのだ――
――カアアアアッ!!
ただし純白の光線は、リーサたちの方向へ向けられたのである。
あまりに意外な展開に、なすすべのないリーサとステファノ。
今度はデニスが絶叫を上げる番だった。
「リィィサァァァァ!!」
無防備のまま光線の餌食になるのかと、誰もが覚悟していた。
だが……。
その予想すら当たらなかったのだ。
驚くべきことに、光線は空中に向かって放たれているではないか。
そしてその標的となったのは……。
一本の矢だった――
ジュッという音を立てて、とある方向へと放たれていた矢が空中で塵となる。
「どういうこと……!?」
状況がまったくつかめずに唖然としていたリーサ。
するとドラゴンは再び振り返って彼女と向き合った。
ただ、その視線は彼女ではなく、彼女の背後へと向けられていたのである……。
彼女はゆっくりとドラゴンの視線を追った。
そこには一人の男が不敵な笑みを浮かべながら、短弓をドラゴンの卵に向けて構えていたのであった。
「大事なもんを御留守にしちまうなんて。ずいぶんと脇が甘めえな。リーパー・リントヴルムさんよぉ」
まるでボロ雑巾のように全身を傷と汚れで真っ黒にしたその男が目に飛び込んできた瞬間に、リーサの瞳から涙が溢れだす。
だがその涙は悲しみや悔しさによってもたらされてわけではない。
その証とばかりに、彼女はこぼれんばかりの笑顔を彼に向けて叫んだのだった。
「フィトさまぁぁぁ!!」
と――
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