決戦開始

◇◇


 『死をもたらす龍』が、この日二度目となる山頂に姿を現したのは、ちょうど太陽が空のてっぺんにきた時だった。

 

 だが今回は、そこで待ち受けているのは、Fランクの落ちこぼれ冒険者ではない。

 もはや生きる伝説として王国内に名を馳せた、英雄リーサ・ルーベンソン率いるパーティーだ。

 巨大な盾を持つステファノを先頭に、両手持ちの大剣を構えたリーサが続いた。

 そして少し離れたところに、ライト・キャノンで狙いを定めているデニスが待機していた。

 なおクリスティナは、そのデニスよりもさらに後方の岩陰に身を潜めている。

 

 しかしリーパー・リントヴルムにしてみれば、相手のランクがなんだろうが知ったことではないのは当然だ。

 ドラゴンはゆっくりと山頂に降り立つと、大事な卵を背にリーサたちを睨み付けた。

 

 ちなみに山頂の形状は、ちょっとした広場のようになっており、巨大な龍と冒険者たちが死闘を繰り広げるには問題ない広さと言えよう。

 リーサは逃げも隠れもできない場に立っていながらも、普段通りの軽い調子でドラゴンに声をかけた。

 

「こんにちは、『死をもたらす龍』さん。わたしはリーサ・ルーベンソン。これでもモンスターたちの間ではずいぶんと恐れられているのよ」


 その言葉が終わるか終わらぬか分からないうちだった。

 

「くるぞ!!」


 というステファノの一喝で、場の空気がピリッと引き締まった。

 そしてドラゴンが大きく尻尾を振り回してきたのである。

 リーサは視線をドラゴンから変えずに叫んだ。

 

「ステファノ!! お願い!!」

「おうよ! 任せておけ!! これくらいなら!! うおおおお!!」


 リーサの指示にステファノがドラゴンの尻尾に向けて盾を押し出す。

 

――ドガガガガッ!


 つい先ほどフィトを軽々と吹き飛ばしたその攻撃は、『伝説の守護者』によって食い止められた。

 その隙をついてリーサが大剣を大きく振りかぶりながら突進を開始した。

 

「やああああ!!」


 一筋の線となってドラゴンの足元へ突き進んでいくリーサ。

 だがドラゴンは彼女に容赦ない一撃を振り下ろそうと、爪を鋭く光らせた。


「させるかよ!!」


――ドンッ!


 そこにデニスのライト・キャノンが火を吹くと、強烈な砲弾が、リーサの頭上へ振り下ろされようとしていたドラゴンの左手に命中した。

 わずかにドラゴンの腕の振りが鈍る。

 しかしそれでもなおリーサの頭上を掻き切るにはじゅうぶんの速度と威力に変わりはない。

 だが……。

 

「まだまだぁ!!」


――ドンッ! ドンッ!


 なんとデニスは、ライト・キャノンをたった一人で器用に三つも操って、ことごとくドラゴンの左手に命中させていったのである。

 たった一つでさえ扱いが難しく、思い通りに命中させるのは『運』とまで言われているライト・キャノン。

 それを同時に三つも扱うのは人間業とは到底言えない。

 それはデニスが『無双のガンナー』と言われるゆえんでもあった。

 

 それでもドラゴンの硬い鱗はかすり傷一つ負うことはない。

 だが、瞬間的とは言え、着弾による大爆発がもたらす圧力は、腕の振り下ろしを鈍らせるにはじゅうぶんであった。

 

――ブンッ!


 ドラゴンの爪が虚しく空を切ると、その真下を疾風のごときリーサが駆け抜けていく。

 

「うらああああああ!!」


 おおよそ年頃の乙女とは思えない雄たけびとともに、岩石ほどの重さの大剣を軽々と振りかぶる。

 そして……。

 

――ズガァァァァン!!


 と、足のつけねにそれを叩きつけた。

 鋼鉄のドラゴンの鱗と、数多のモンスターを仕留めてきた彼女自慢の大剣が激しくぶつかりあうと、周囲に火花が散る。

 ただし、ドラゴンを傷つけることはかなわなかった。

 

 しかしそれでもリーサは諦めない。

 

「一度の失敗がなんだ! わたしは何度でも這い上がる!!」


――ズガァァァァン!! ズガァァァァン!!


 ドラゴンに生じたわずかな隙をついて、二度、三度と大剣を同じ場所に叩きつけ続けた。

 そしてついに……。

 

――ザシュッ!!


 という先ほどまでとは明らかに異なる湿った音がこだますと、ドラゴンから絶叫があがった。

 

「ギャオオオオ!!」


 それはたった数cmの傷にすぎず、血がかすかに滲む程度だ。

 それでも人類が『死をもたらす龍』という、人智を超越した存在に対して、確かに爪跡を残した『奇跡』を起こした瞬間であった。

 しかし彼女たちは感傷にひたっている場合ではなかった。

 

「リーサ離れろ!! なにかくるぞ!!」

「わかったわ!!」


 みるみるうちにドラゴンの全身が白い光に包まれていく。

 その様子を一目見ただけで、リーサはドラゴンが次に何をしてくるか直感した。

 

「放射型ね! デニス!! クリスティナちゃんを守ってあげて!」

「へへっ! 簡単に言ってくれるぜ! まぁ、任せとけ!!」


 リーサはデニスとかけ合いをしているうちに、さっとステファノの背後に隠れる。

 

「やっぱりこの背中は頼りになるわ」

「ふふ、攻撃がくる前に言うセリフではないだろ」


 ステファノの口からは余裕とも取れる笑みがこぼれている。

 だが彼の太い腕は、ドラゴンの強烈な一撃に備えて、固く盾を握っていた。

 

「キャオオオオ!!」


 甲高い雄たけびがリーサたちの鼓膜だけではなく、心も震わせると、それまで微笑を浮かべていたリーサもきゅっと口を引き締めた。

 

――カアァァァァッ!!


 という高音とともに、目の前が真っ白になる。

 高熱の烈風にたなびくリーサの髪から、かすかに焦げた臭いがただよってきたが、彼女は気に留めることなく、ステファノの大きな背中を見つめていた。

 

「うおおおおおお!!」


 ステファノはドラゴンのブレスが巻き起こす突風に負けぬよう、必死にこらえ続けた。

 そして彼らの背後でクリスティナを守るように盾を構えているデニスも同様に、口をへの字に曲げて、ただ脅威が終わる時を耐え続けていたのである。

 

 そうしてしばらくした後、ようやく視界が元の景色を取り戻した。

 リーサは急いで背後を見ると、デニスが引きつった笑みを浮かべて手を上げている。

 しかしところどころ黒ずんだ彼の姿を見て、少なからずダメージを負っているのは明らかだ。

 そして今、彼女の目の前で仁王立ちしている『伝説の守護者』もまた同様であった。

 

 一方のドラゴンの方は、かすり傷を負ったものの、依然としてみなぎる気迫に瞳を煌々と燃やしている。

 その様子にさすがのリーサであっても、苦笑いを浮かべざるを得なかった。

 

「ふふ、面白くなってきたじゃない」

「リーサ。早めに決着をつける手段を見つける必要がありそうだな」

「ええ、こんな絶望でも一つくらいは希望が残されているってのが、この世界の面白みってものだものね」

「その通りだ。探すぞ。奴の弱点を!」


 リーサとステファノは笑顔でうなずき合うと、再びドラゴンに立ち向かっていったのだった――

 

 

 

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