無謀と勇敢の違いくれえルーキーのうちからしっかり学んどけってんだ

 麓から山頂までは距離がある。

 だから正確なことは言えないかもしれない。

 しかし俺には確信があった。

 今、この目に映っている黒い点は、クリスティナであるということ。

 そして彼女は今、リーパー・リントヴルムの注意を向けるために、卵の周りを旋回しているということを――

 

――ダァン!!


 悔しさのあまりに、思わず地面を左手で強く叩きつけると、先ほどとは異なる質の涙がこぼれ落ちてきた。

 

「くっそぉ! 全部台無しじゃねえか!! 俺の努力も覚悟も!!」


 俺は彼女を助けるために、自分の命をなげうって、ここまでやってきたんだ。

 それなのに、俺のこれまでを全て踏みにじるような真似しやがって……。

 

「そんなの許せるかよぉぉぉ!!!」


 動け! 動け! 動け、俺の足よ!!

 もうじゅうぶんに休んだじゃねえか!!

 

「うおぉぉぉぉ!!」


 ありったけの雄叫びを上げながら、全神経を麻痺してしまった両足に集中した。

 すると奇跡が起こった……。

 

――ダンッ!!


 なんと両足で立つことができたではないか。

 自分でも目を丸くしたが、ここで驚いてばかりいられない。

 

「へへ……。人間、最後は理屈じゃねえ。気合いってことか」


 いつもならここで入念に準備運動をする。

 しかしいつこの足がまた言うことを聞かなくなるかも分からないんだ。

 

「行くぜ。今度こそ俺を死なせてくれよ」


 そう言い聞かせただけで、俺はその場から飛び出した。

 既にドラゴンは山頂に向かって、全身を赤く染めながら飛んでいってしまっている。

 動けるようになったといっても、ほとんど歩いているようなものだ。

 しかもこれからは険しい山道……。

 

「こりゃあ、そうとうかかりそうだな……」


 しかし俺の相棒だった彼女なら、そう簡単にやられたりしねえよな。

 これは理屈なんかじゃねえ。

 気合いなんだよ。

 なあ、クリスティナ!

 

 心の中に浮かぶ彼女の笑顔に声をかけると、一歩また一歩と前に足を踏み出す。

 思ったよりも足は動く。

 これなら想像していたよりもずっと早くに山頂へ着けるかもしれない。

 そう考えながら足元を確かめていた時だった――

 

――ドオオオン!!


 と、前方から強烈な炸裂音が響いてきたのである。

 

「なんだぁ!?」


 急いで視線を足元から音のした前方の上空へと移す。

 すると驚くべき光景が目に飛び込んできたのである。

 

「ば……ばかな……」


 それは上空を飛ぶリーパー・リントヴルムに対して、無数の砲弾が浴びせられている光景だった……。

 

「あれは『ドラゴン・シューター』か!?」


 ドラゴン・シューターとは、『ライト・キャノン』という冒険者が扱う大型銃の砲弾の一種だ。

 対ドラゴン専用に用いられる、非常に強力なものだが、その分撃ったあとの反動も大きく、よほど熟練していないと安定して命中させることはできない。

 しかもあの数からして一人だけではない。

 数人で一斉に砲撃を行っているとしか思えない。

 

「あれを連続で何発も当てるだと……。おいおいそんな化け物じみた奴なんてこの世界にいるわけが……?」


 そう言いかけた瞬間……。

 電撃のようにとある人物の名前が、頭の中に走ったのである――

 

「真紅の戦乙女……。リーサ・ルーベンソンとそのパーティーか……。へへっ、バカヤロウどもめ。無謀と勇敢の違いくれえルーキーのうちからしっかり学んどけってんだ」


 口をついてでる罵倒にも近い言葉とは裏腹に、全身を駆け巡る興奮が抑えきれない。

 

「クリスティナ……。お前さんはお前さんしかできねえ、でっかい仕事をしてきたってわけかい。泣かせるじゃねえか。そんな小さくて、可愛らしい姿でよぉ」


 自然と歩幅は大きく、そして足取りは軽くなっていった。

 ちょっと血を流したくれえで弱気になってたんじゃ、大笑いされちまう。

 こんなどうしようもない男でも、ちっぽけなプライドはあるもんさ。

 

「待ってろよ。てめえらの悪あがきを手伝ってやるからよ」


 何の戦力にもならないのは分かっている。

 それでも勇気を振り絞って絶望に挑む英雄たちを、ほんの少しでも応援することができればいい。

 そしてもし彼らがピンチになったなら、盾くらいにはなってやるさ。

 

 俺は再び足元に視線を戻すと、山道を進むことに集中したのだった――

 

◇◇


 その頃、山頂では鬼神のような形相をしたリーサの号令が響き渡っていた。

 

「うてぇぇぇぇい!!」


――ドドドドオオン!! ドオオオオン!


 彼女の大声とともに、デニスとステファノの二人が構えたライト・キャノンが火を吹く。

 遅れてリーサのそれからも轟音が響いた。

 放たれた三発の『ドラゴン・シューター』は、リーパー・リントヴルムの頭、腹、足と三箇所に綺麗に分かれて命中した。

 

「ギャオオオ!!」


 しかしドラゴンにはかすり傷一つ与えることができなかったようだ。

 

「くっ……。奴に弱点はないってことなの?」


 リーサが悔しさのあまりに唇を噛むと、隣のデニスがニヤリと笑みを浮かべて言った。

 

「まあまあ、そう焦らさんな。まだ戦いは始まったばかりなんだからよ」


 デニスの落ち着いた声に、リーサの沸騰した頭が急激に冷やされた。

 

「そうね。よしっ! ここにやってくるまでにもう一発撃てるわね! 砲身が冷えたら、すぐに支度をしましょう!」

「おうよ!」


 冷静さを取り戻したリーサ。

 その一方で、リーパー・リントヴルムは怒りの炎に身を包んだようだ。

 全身を真っ赤に染めたリーパー・リントヴルムは、口を大きく開いて熱線を放つ準備を始めた。

 それを見たリーサが叫んだ。

 

「くるわよ!! みんな避けて!!」


 しかしステファノはリーサの指示には従わずに、全員を背にするように一歩前に出た。

 目を丸くするリーサに対して、彼は背を向けたまま告げた。

 

「俺の『盾』がどこまで通用するか、ここで一つ試しておきたい」


 彼は全身を覆ってもなお余りのある巨大な盾を構える。

 

「ふふ、さすがは『伝説の守護者(ガーディアン)』ね。でも無茶は禁物よ」

「悪いな、リーサ。今まで散々無茶してきた男とエルフを知ってるんでね」


 彼はチラリとリーサの背に隠れているクリスティナを見た。

 心配そうに彼の背を見つめる彼女に対してニコリと微笑むと、すぐに視線をドラゴンの方へと戻した。

 

「さあ、もうくるぜ!! 俺の背中の陰に隠れるんだな!!」


 そう彼が叫んだ瞬間だった。

 

――カアアアッ!!


 と、彼らの視界が眩い光に包まれた。

 

――ドゴオオオオン!!


 ステファノの頑強な盾に、灼熱の光線が激しくぶつかる。

 

「ぐおおおお!!」


 ステファノの渾身の気迫がドラゴンの熱線に負けじと、周囲の空気を震わせると、彼の両足が、みしみしと地面にめり込んでいった。

 

 そして……。

 彼は耐え抜いた――

 

「信念を忘れるな。失敗を恐れるな……全部、フィトさんから教わったことだ。だから今、俺はこうして立っていられるんだ」


 彼はリーサたちに背を向けたまま、そう言うと、砲身がすっかり冷えたライト・キャノンを構えたのだった――


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